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第一章 一日目・上司様がやってきた(三)

 創造者は社長人事で選ばれるので、正宗は部下という立場になる。そのため、創造者様の〝ご無体な要求〟でも、できるだけ聞かなければならない。


 惑星開発事業部の中には『創造者様に言いたいことは日陰で言え』という不文律すら存在する。

 七穂は辺りを見回し、何かを探すように視線をキョロキョロさせて歩いていた。だが、青空の下にある荒野以外には何もない。


 それもそのはず。今いる星には空に浮かぶ陽の光以外、茶色い地表の上には、正宗と七穂しかいないのだ。


 七穂は立ち止まると、大きな目で正宗を見つめた。

「あのー、正宗」

「はい?」


「正宗だと呼びにくいので、可愛いニックネームつけてあげます。うーん。クロさんて、どうでしょう?」

(いきなり、もう呼び捨てかよ。それに、ニックネームって言っても、正宗の一字すら入ってねえー。それに『クロさん』なんて、見たまんまだよ。センスなさすぎだよ)

 と突っ込みたかったが、正宗は腹の内に言葉を飲み込んだ。

 

代わりに正宗は、大人の笑顔で七穂に応えた。

「ええ、よろしいですよ。七穂さん。『クロさん』とは、私を一言で表す、実に見事な表現力です」


 正宗はささやかな抵抗を込めて、七穂を名で呼ぶことにした。

 七穂は呼び名が変わったことに気付いていない様子で、黒に近い焦げ茶色の大地をグルリと見回していた。


 どう見ても、荒野と地平線しかない。七穂はあまりにも何もなさすぎるのに感心したように、

「クロさん。綺麗に何もありませんねー」


「ええ、七穂さん。できたてのホヤホヤですから」

「前には何かあったんですか?」


 正宗は七穂から視線を逸らして別の方角を見た。もちろん、どこを見ても、辺りには何もない荒野だけである。

「ええ、まあ。以前は廃屋とかが、チラチラ」


 七穂は正宗をじっと見つめ、疑わしい目つきになった。

「もしかして、いわくつきの星だとか?」


 正宗は一瞬ドキリとしたが、瞬時にはぐらかした。

「まあ、昔のことはその辺にして、そろそろ作業に移りましょう。今日できることは今日の内にやっておかないと。工期が遅れると面倒ですから」


 七穂は鋭かった。今いる開発予定の星には、やはり、かつて他の誰かが造った知的生命体が住んでいた。


 以前の住民は資源を奪い合い、最終的には戦争をして滅びたのだ。また、戦争の当事者同士は、よほど相手が憎かったと見えて、破壊による滅びっぷりは見事としかいいようないほどで、地表には細菌すら残っていなかった。おかげで、正宗が造成業者に頼んで更地に戻す作業は、大幅に安く上がった。


 惑星開発業者である正宗にしてみれば、

「ここは野蛮な原住民が殺し合い、文明が滅びた星を更地にしたものですよ」

 とは、口が裂けても言えるわけがない。


 そんな争いと憎しみが渦巻いていた星である。不思議な現象の一つも起きれば、気味悪がって七穂が仕事を投げ出すかもしれない。


 また、別に隠したかった理由があった。七穂はこちらの世界で創造が仕事である。しかし、正宗の使命には、その後の星の売却ビジネスまでもが含まれている。


 隠したい情報は広がらないと思っても、注意しなければ噂となって一挙に広まる。

 そのため、一度は滅びた星である事実については、星を買うバイヤーには聞かれない限り、黙っておく。そして、売買時にルーペを使わないと読めない程度の小さな字で、そーっと何箇所かに、それとなくわかる表現で潜り込ませる手を使うのがベストなのである。


 七穂は正宗のはぐらかしに対し、それ以上は深く追及してこなかった。

 七穂はさほど気にした様子もなく簡単に、

「ふーん。そういうものなんですか」


 正宗は「してやったり」と思った。

 けれども、七穂が突拍子もない言葉を発した。


「じゃあ、まず、発電所を作りましょう」


 この女は何を言うんだ。正宗にはそんな物を作って欲しくなかった。

 理由はコストである。創造者といえども、無から惑星を覆う海のような巨大な質量の物や、発電機一式のような頭で想像し難いものは、作るのが難しい。


 そのため、簡単に創造できない物が必要な時は、正宗が管理している予算から会社を通して購入するのだ。


 正宗はやんわりとダメ出しした。

「電気ですか。確かに文明の必需品ですが。それは、おいおい考えませんか」

 人類のような知的生命体がいるのなら、電力は文明を発展させて星の価値の上昇を見こめる投資になる。だが、文明が育たないと、全くの無駄になる。


 七穂は当然という顔つきで否定した。

「まずは電気でしょう」


 いきなりの発電所設置は、正宗の誘導しようとしているプランとは根本的に違った。しょせんは、いわくつきの星である。


 正宗の希望は海を作り、植物を育て、動物が繁殖する程度の低コストな星として売りに出す予定だった。

 売れれば、それでよし。売れなければ、ほとぼりの冷めたころに再度、手を入れてリニューアルし、売り出せばよい。


 どうせ動植物だけなら、一万年ぐらい放っておいても、星の形態も価値も変わらない。


(おいおい、あんたは社長が籤引きで選んできたような創造者様だろ。せいぜい地形を整備して、美しい森や海、それに、綺麗な花や可愛い動物を作ることに熱中してればいいんだよ)

 というのが正宗の正直な感想だったが、それは言えない。


 もし、本当に口にすれば、相手は上司なので、パワー・ハラスメントもどきとなって〝わが身〟に返ってくる。あるいは、暴走する最新兵器のように、正宗の言葉を一切てんで受けつけなくなり、黙々と働き続ける危険性が大だ。


 正宗は上目遣いで言い方を変え、心の内を伝えた。

「一般的な基本から行きませんか。整地して、植物を植えましょう。次に、動物と行きませんか。それで、進化が始まったら、文明を考えましょう」


 正宗は間違ってもハイリスク・ハイリターンな急速な文明発達なぞは望んではいない。なまじ高度な文明ができて売却の時点までに戦争が起これば、投資が百パーセント回収できなくなる恐れがある。


 ところが七穂は正宗の提案に渋い顔をした。

「クロさん。余所は余所、ウチはウチの独自スタイルで行きましょう。とにかく、ウチには発電機が必要なんですよ」


 クッ、やけに電気にこだわるな。だが、こちらもプロだ。心のツボを突いて軌道修正する。

 正宗は灰色の大きな翼を広げて、空に浮き上がった。


「七穂さん。まずですね。発電所を作るにしても、それを使う生物がいないといけませんよね。だったら、まず水から行きませんか。水は良いですよ。イルカなんか、可愛いじゃないですか」


 七穂は黄色いヘルメットを中指でコツコツと叩きながら、ちょっと関心を見せた。

「水かー。水は確かに必要ね」


 我が奇襲、成功せり。正宗は頭の中で、自軍の兵隊が敵陣への奇襲を成功させて色めき立つイメージを思い浮かべた。


 七穂は俯きながら、突拍子もないことを口にした。

「だって、半導体を作るのには、純水が必要でしょ。でも、純水を作り続けるには、やっぱり電気は必要なのよ」


 何ですとー! 一転して正宗の頭の中で、調子づいた自軍の兵隊が落とし穴に嵌り、浮き足立つイメージが思い浮かんだ。


(半導体だと? 丸顔のチンチクリン少女は、いったい何を考えているんだ)


 正宗が言葉に詰まると、七穂は適当な一角を指す。

「あそこにバーンと原子力発電所と海を作るのはどう?」


 保守員がいないのに、そんなもん作ったら、世界がバーンと壊れるわ。

「あ、いや、でもですね。私的には、そのー、もっと環境に優しい、争いのない夢のような世界を、前向き的に作りませんか」


 七穂は工事現場のコント・スタイルのまま、正宗に目を合わせて可愛らしく、おねだりするように訊いた。

「できないのー?」


「できません」

 きっぱり正宗は言いたかった。しかし、嘘はつけない。創造者に対する権利の虚偽通知は、懲戒処分の対象になる。


 正宗は回答を避けた。

「まっ、前向きに検討します」


 七穂は丸い目をパチクリさせた。

「できないの?」


「か、可能かもしれません」

「じゃあ、決定ね。お願い」


 ゴーサインが出た。決定と言われると、立場上は部下である正宗には、どうしようもない。

 それに、最初からダメ出しして関係をこじらせるのは、得策ではない。まあ、これくらいなら、後からどうにでも修正可能だ。 

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