第七章 まだ五日目・瑕疵露見(五)
正宗には予想だにしない答だった。あまりの展開に、正宗の体に溜まっていた光がエネルギー欠乏の症状のように発散した。
「何ーですーとー」
「だから、あなたは、ここにいてもいいわ。ほら、通訳してクロさん」
正宗が七穂の言葉をたどたどしく伝えると、幽霊は頭を振って答えた。
「無理です。私は悪霊なんです。神様になんてなれません」
七穂は胸を張り自信たっぷりに宣言した。
「大丈夫。ここに住む人が貴方を奉るから、貴方は土地神になるの。自分で神様になろうなんて、思わなくてもいいのよ」
正宗の驚きは収まらない。だが、七穂の言葉を通訳しないわけにはいかなかった。
創造者が〝何でもあり〟だからといって、神様まで作れるのか?
仮にできるとしても、それには七穂の創造者としての力量が関係してくる。果たして、七穂にはそこまで創造者としての力が使いこなせるのか。
幽霊を土地神にする力が七穂にあるのかについては、幽霊も疑問があるのか、ぎこちなく七穂に尋ねた。
「土地神様になるなんて、そんな、いいのですか?」
七穂はニコリと幽霊に微笑んだ。
「私の住む国じゃそうだから、それでいいのよ」
本当にこいつをここに置くのか? 正宗は抗議した。
「そんな、無茶苦茶な!」
「私のいた国じゃ、菅原道真さんという、元悪霊から神様になった人だっているんだしー。前例があるから、いいんじゃなーい? それに、やっぱり悪霊は拙いけど、土地神様なら良いんじゃないのかなー」
また、突拍子もない前例主義が来た。確かに、惑星に知的生命体が生まれれば、宗教が発生することもある。宗教行為が何らかの事象として現れる事例も存在する。
でも、今回のような破天荒なケースは、正宗が知っている限り、一度も聞いた記憶がない。
正宗は慌てて抗議を続けた。
「でも、この星の住人が受け入れるかどうか。そもそも電子情報生命体が土地神という概念を持って奉るかどうかなんて、わかりませんよ」
七穂はピシャリと発言する。
「なら、そういう風なロジックをプログラムに汲みこんでよ」
また、創造者様のご無体が始まった。これは電子情報生命体ならではの、ご都合主義な解決法だ。
「そんな、電子情報生命体に信仰心を持たせるのですか?」
七穂は力強く断言した。
「敬虔な心はある程度まで進化した生命体にこそ、必要なのよ。それがないから、環境破壊とかが起きるのよ」
(だったら、まず良い環境を作れよ。草木の一本もないだろうに)
そんな正宗の心の突っ込みなぞ知る由もない七穂は、幽霊に向き直った。
「あと、御神体は自然石で、神社はサイバースペース上になるけど、いいかしら?」
正宗が渋々それも伝えると、幽霊はコクリと頷いた。
「ええ、それは構いません。私、コンピュータのことなら良くわかりますから、自分の神社のホームページくらい、自分で管理できます」
チッ、この居候が! 元が中途半端に進化した知的生命体だけに、順応してやがる。それに、権力者と見た七穂に、すっかり取り入ってやがる。
「じゃあ、行くねー」
七穂が巫女装束で玉串を振って目を閉じて『えい』と掛け声を掛けると、幽霊が光に包まれた。
すると、幽霊は煌びやかな着物を着た髪の長い七穂に似た少女になった。
正宗は七穂が失敗もなく悪霊を土地神に変えてしまったのに驚愕した。七穂の創造者としての力には、一般的な創造者を越えるものがある。
七穂は自分が変えた土地神を見ると、満足そうに頷いた。
「さあ、これであなたは、この星の土地神よ。土地神たるもの、祭ってくれる人を大切にしなきゃダメよ。いじめられたら祟りを起こすのもいいけど、あまり人に嫌われるような真似をしてはダメ。神様なんだから、寛容さと忍耐を持つこと。いいわね」
驚きから抜け出せず、正宗はつい女言葉で早口に伝えてしまった。悪霊改め土地神は、七穂とそっくりな血色の良い笑顔で答えた。
「はい、創造者様」
傍目に見れば、この二人の関係は仲の良い双子の姉妹のようですらある。それだけに正宗には、トラブルの種が二倍になったように思え、いい気が全然しなかった。
これも、創造者様と同じ姿の奴に八つ当たりした報いなのか。正宗は小さな声で、そっと独り言を呟いた。
「チッ、人を呪わば穴二つか」
すかさず、土地神と七穂の同じ二つの顔が正宗を向いた。
「何か言った、クロさん?」
「いえ、創造主様の寛容さにはつくづく感服いたしました」
思わず長年にわたって染み付いた下っ端根性が出て、ヨイショ用のスマイルが浮かぶ。
その後も土地神は、正宗が惑星開発の作業状態を七穂に説明する間、ずっと七穂についてきた。
七穂が地下都市の整備とロボットの改良をしている間も、ずっと側にいた。
電子情報生命体の仕様書を七穂に見せて仕様書の直しや追加をしている時にも、土地神は読めないにも関わらず、それを上から覗き込んで、フムフムと知ったかぶりに頷いていた。
「何か、やりづらいな」
正宗がそう感じつつも、時間は過ぎて行った。




