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第一章 一日目・上司様がやってきた(二)

 少女が乗ってきたエレベーターは少女自身に与えられた〝創造者の力〟で作られている。つまり、エレベーターは何でもあり。地中から現れるなんて朝飯前。


 正宗がこれ以上、何かしようものなら、エレベーターは殺人トラップにも処刑マシーンにもなるので、仕返しは自殺志願者でもないかぎり、厳禁である。


 それでも、正宗はささやかな抗議として自分を圧死させようとしたリコール物のエレベーターの、閉じた扉を蹴飛ばし、心の中で叫んた。

「この、腐れエレベーターがー。俺様に、なんてことしやがる」


 しかし、その小さすぎる抗議も許されはしなかった。正宗がエレベーターを蹴ると、なぜかエレベーターの床が二つに割れて開き、短い茶色い袴を穿いた和装の男が、凄いスピードで飛び出してきた。


 和装の男の丸刈りの頭が綺麗に正宗の顎にヘッディングで入り、正宗の体は五センチほど宙に浮いた。

 軽い脳震盪を起こした正宗は、数歩フラフラと後ろによろめき、顎を押さえながら毒づいた。

「なぜ、下から? それより、何で男が?」


 本来ならば有り得ないところから出てきた男は、扇子を広げると、独得の節回しで、

「ひーがーしー、黒ー兎ー。にーしー、創ー造ー山」


 そう、それは、まさに相撲で言うところの〝呼び上げ〟だった。突如、現れた男の格好は、正式名称が裁着袴(たっつけばかま)。職業は相撲の『呼び出し』だった。


 呼び出しの声の余韻が、風に紛れて荒野に消えた。呼び出しの男は扇子を下げ、自分が出現したエレベーターの開いた床に飛び込んだ。床は何事もなかったかのように、ぴたりと閉じた。


 エレベーターの床に開いた扉の痕跡が、最初から存在しなかったかのように、すーっと消えていく。

 わけのわからない『呼び出し』の登場に怯んだ正宗は、視線を少女に戻した。

「いったい何をしたんだ」


 すると、少女が人差し指がエレベーターのパネルの上にあった『呼び出し』のボタンを押しているのが見えた。

(おいおい『呼び出し』ボタンって、そういう意味じゃないだろう!)


 この惑星では、創造者である少女が思い描くと、確かに全てが現実の出来事になる。といっても、こんなの有りか。


(全く、何て女なんだ。いや、本当に少女なのか。相撲ファンなのか)


 様々な心の叫びを抱えつつ、正宗は数歩さっと後ずさった。


 他の宇宙から、眠っている時に精神だけでやってくる創造者は、正宗の世界で実体化した時に、本来いた世界とは違う姿をしている事例が多々ある。


 つまり、少女がいる宇宙では、少女の正体は、もしかすると四十過ぎのオッサンで、ドSなSFマニアでロリコン・オタクだった、という状況も有り得なくはない。


 正宗は凶器ともいえるエレベーターから距離を確保した。正宗はクレームやら突っ込みやらを創造者の少女に言いたかった。


「俺が悪いのか。あんたに制裁を加えられ、ちょっとエレベーターを蹴っただっけでしょう。それすら許されんのですかー。俺の価値はあんたの足元のエレベーター以下ですか。それに、相撲の呼び出しって、何ですかー。ここは貴女の土俵だと言いたいのですか。神聖なんですか。俺は汚れですかー」


 だが、これ以上のトラブルは、自分のためにならないのは明白だ。

 正宗は言いたい文句を、ぐっと腹に収めた。今までの出来事がなかったかのように、どうにか懸命に営業スマイルを浮かべる。もちろん、不意打ちに対する警戒を怠らずに。

「初めまして、お嬢さん。私は、この世界で貴女の行う惑星の創造を手助けする、正宗と申します」


 創造者の少女は、殺人兵器とも言えるエレベーターのコンソール・パネルから左手を離さずに、フワフワ髪の頭を下げて挨拶した。

「初めまして、正宗さん。私は、二宮七穂(にのみやななほ)です」


 やれやれ、ようやくこれで話が進む。

「それで、二宮さん。貴女がここに来た理由ですが、ルクレールという、貴女と同じくらい歳格好の少女から聞いたと思いますが。もう一度、簡単に説明しますね」


 七穂は軽くお辞儀した。社会科見学でやってきた、興味のない博物館で、学芸員におざなりの挨拶をするような感じで。

「お願いします」


「ここは貴女が眠っている間に訪れることができる世界。まあ、夢の世界とお考えください」


 七穂は神妙な面持ちで頷いた。

「はい、確かにそうですね。脳波レベルで眠っているはずなのに、脳は活発に活動している。うーん、別の宇宙って本当にあるんですね」


 正宗は七穂の言葉に構わず、慣れたマニュアル口調で、スラスラと口上を続けた。

「この別世界で貴女には、星の創造を六日間で行ってもらいます。難しいことは何もありません。貴女がああしたい、こうしたいとプランを言っていただければ、そのようになります」


 七穂は、にこやかな表情で、明るく頷いた。

「そういえば、確かに『星の創造者をやって欲しい』と、ルクレールちゃんから頼まれました」


「なお、複雑で難しい案件につきましては、業者の発注、予算管理、官庁への書類作成等の事務手続きなど、全部こちらで行いますので、ご安心ください。では、よろしくお願いします」


 七穂がエレベーターの中で、小学生が質問するように、そーっと小さな手を上げた。

「あの、一度、家に帰って着替えて来てもいいですか。この格好だと、汚れると思うんです」


「心配はありません。あなたにとって、しょせん、ここは夢の世界。ここでどんなに汚れようと、起きれば関係ありません。というか、望まない限り、汚れません」


 七穂は自分のパジャマ姿の格好を見ながら、

「でも、この格好は、ちょっと」

「こちらの世界では、貴女が望んだことは、まあ大体は実現します。服装を変えたいのなら、自分でこうなりたいと思えば、望んだ服装に変わりますよ」


 七穂が望んだことは、基本的に思い通りになる。それが、この世界に呼ばれた創造者に与えられる力なのだ。

 つまり、ここに来る手段としてリコール物のエレベーターを出したのも、正宗の顎に呼び出しの頭でジャンピング・ヘッドパットの一撃を入れたのも、全て七穂の潜在的な願望なのである。


 七穂は可愛い外見とは裏腹に、根が攻撃的な性格か、あるいは独裁者の一族かもしれない。どちらにしろ、要注意である。


 正宗は心の中で戒めた。

「綺麗なバラには棘がある。仏の顔に鬼が住むという諺もあるしな。小さな可愛らしい娘でも、心の中は、できたての星のように熱いマグマでドロドロかもしれん」


 七穂は手を胸の前でギュッと握ると、姿が揺らぎ、ピンクのパジャマから黒いゴム長、ニッカポッカのズボン、白シャツ、黄色の安全ヘルメット姿に変わった。

「おいおい、工事現場のコントかよ!」


 正宗は心の中で突っ込んだ。

 だが、本人は変身した後の、コントにも見える衣装が気に入ったのか、自らの姿を見て大満足のようであった。正宗のスタイルに合わせたつもりかもしれない。

「あ、本当だ。いい感じになったー」


 そうなのか? いい感じなのか? こんな願望もあるのかよ。

 正宗は営業スマイルのまま、ショップの店員のように褒め言葉を述べた。

「二宮さん。とてもよくお似合いですよ。それでは、まずこの星を、どう創造しましょう?」


 七穂がエレベーターから降りると、エレベーターは地面に沈むように消えた。正宗は凶器が消えたので、少し安心した。

 正宗は七穂に聞こえないように呟いた。

「やっと消えたよ」


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