04話 私は万能(ネコ型ロボット談)
魔女の館を出発した一行。花の香り溢れる箱庭を一歩出ると無味無臭の閑散とした風景に戻り、途端に現実世界へ引き戻されるのだった。
彼らの前にあるのは一本道、まずは左右どちらに進むか迷っている。
(あの魔女は犬も歩けば何とやら的に言ってくれたが、実際、この先どこへ向かえばいいんだ? 目的もなく歩くなんて、そんな無計画でこの先大丈夫なのか……)
地面を見つめながら考え込んでいる巧真にリュウが話しかける。
「ご主人……フウが……」
巧真が慌てて顔を上げるとスタスタと歩くフウが遠ざかっていく。
(おい! 館を出るときに言うこと聞くって言ったじゃないか! あっ……まぁいいか、どのみち行き先なんて無いからな、ここは彼女の気まぐれに乗っかるか)
魔女の館で少しウトウトできたので眠気が晴れたのか、少し機嫌の良いフウ。腕を後ろに回し軽く手を組み軽やかに歩いている。その後ろを付かず離れず巧真とリュウが歩いていた。一行は魔女の館を教えてくれた村とは反対の方向に進んでいた。
(まずは何をするべきだ? 優先順位を決めておくか。――まぁ第一は生き延びる、だよな……衣食住と言うが、要するに金だよなぁ。都合良く求人情報誌でも落ちてればいいけど、それは期待薄。……あ! 大事なことを忘れていた。俺犬じゃん!)
巧真はリュウを見上げると、
「ワン (リュウ、村長の渡してくれた地図あるよね、そこに書いてある文字は読めるか?)」
「ううん、わからないよ」
(あいたたた、やっぱりかー。会話はできるけど読み書きは無理か。リュウに働いて貰おうと思ったけどダメっぽいな。となると肉体労働か……、犬にできる肉体労働? ドッグレースで俺が走る? ナイナイ)
「いい天気だなー、ご主人と遊びたいなー」
(遊びたいなーってリュウは呑気だな。まあ癒やされるけどね。……遊び……!)
「ワン! (いいぞリュウ!)」
何で褒められたかわからないリュウはキョトンとしていた。その横でニヤニヤと笑う不気味な犬がいた。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
数時間歩いた一行は次の町へと辿り着いた。商業の盛んな町らしく露天が並んでいる。人の通行量もあり市場のような雰囲気だった。
巧真たち一行は露天の邪魔にならないよう、少し離れた所に立ち準備を始める。ここへ来る途中で打ち合わせしてあるのだ。
リュウが木の棒を投げる、それを巧真が口でキャッチし投げ返す、要するにキャッチボールだ。
まずはその単純な行動を延々と続けていた。すると、前を通り過ぎる人が立ち止まる、なんだなんだと人が集まり始めた頃合いを見計らって、リュウが難易度の高い投げかたをする。それを巧真はバク転や半ひねり、三角跳び等々、犬らしからぬ動きで投げられた木の棒をキャッチしたのだった。
巧真が技を披露する度に、
「おぉぉぉ」と、観衆からどよめきが起こる。
そこでフウの出番だ。
瞳をウルウルと潤ませ、手を胸の前で組み、上目遣いで囁く。
「私たちお金がなくて困っています、どうか助けてください」
「ふぅぅぅ」と、観衆からため息がもれる。
フウの足下には道中で拾った古びた鍋が置かれていた。そこへ、頬を赤らめた中年男性がお金を入れていく。
丁寧にお辞儀をしながら感謝の言葉もあわせて男性達に伝えた。
(大人しくしていれば可憐な少女、名演技だフウ! やればできる子だな、さあ次はリュウだ)
「おなかが空いたよう、何日もたべてないよう」
おなかを押さえ倒れそうな演技をするリュウ。
こちらも縋るような目で観衆にうったえかける。
「あらぁぁ」と、観衆から黄色い声が聞こえる。
野菜や果物など食べられるものをリュウに渡すミセスたち。
(なんだか複雑だなぁ、俺っておばさまに好かれるのか? それともリュウの魅力なのかな? ――しかし、これを巡業していけばお金には困らないかもしれない。もっと技を磨けばサーカスとして生きていけるかも……て、俺は何がしたいんだ?)
人の波が去った後、そこには数日は食いつなげるだけの食料とお金、それと一人の女性が残っていた。
ひっそりと立つ女性、なぜかセーラー服だった。学校など存在しないだろう古い町並みに、似つかわしくない服装だった。
(なんでこの子はセーラー服なんだ? あれ? ……そういえば、なんで町の人間は俺たちの服装に違和感を覚えないんだ?)
「ワン (リュウ、また通訳してくれ)」
「ダイジョウブ、ワタシ、ワカリマス」、セーラー服を着た女性が片言の日本語を喋った。
「ワン? (え、ここでは犬語ってメジャーなのか?)」
「ぷぷぅー、そんなわけあるかーって、あ、しまった片言で話すつもりだったのに」
どうやら演技だったらしい、腹をかかえ指をさしながら巧真を笑う彼女。
一頻り笑った彼女は話し始める。
「あーごめんごめん、私ネコ型ロボットなんで、ロボット風に喋ってみたの、ゴメーンね!」
セーラー服があまりにも印象的で他に目をやる余裕は無かったが、改めてみると不思議な子だった。
球体関節なのである。マネキンの関節と言えば良いだろうか、体の各パーツが球体で繋がれているのだ。
しかし顔だけは精巧にできていて、ロボットだとは思えない豊かな表情をする。
ただし、顔の作りはわざとだろうか、普通の一般人、綺麗でも可愛くもなく、標準だった。
「ワン? (ネコ型ロボットって、どう見ても人間なんだけど?)」
「あれ、知りません? ネコですよ、ネコ! ネコとタチわからないかなー?」
「ワン…… (あぁもういいわかった……)」
「そこの女性からはタチのスメルがプンプンします、どうかお姉様と呼ばせてください!」
体をくねらせながらフウに、にじり寄るネコ型ロボット。その異様な姿に怯えるフウが後ずさりしながら訴える。
「ねえ、何話してるの? ちょっとその人怖いんだけど」
「あら、犬語わからないのね。ちょっと待ってね」
彼女は急にセーラー服の腹のあたりを掴むと上へと引き上げた。すると、彼女の腹には跳ね橋のような扉が付いていた。扉が前へ倒れると作業台のような机が張り付いており、そこから爪楊枝のような小さなマニュピュレーターが何本も生えていた。
ぱっと見、ミニチュアの研究室だった。マニュピュレーターが器用に動き部品を運んでは切断や溶接などの加工を繰り返し、何やら組み立て作業をしている。
もの凄いスピードで作業が進み、あっという間に作業台の上に二個のイヤホンが完成していた。
「じゃっじゃじゃーん! スーパーほんやくん! あ、ほんやくんて本屋じゃないですよ、翻訳から付けたんですからね」
彼女はイヤホンを一つずつリュウとフウに渡し、耳に付けさせた。
「さぁ! 君、喋るのです」と、巧真を指差す。
(さっきからイラッとさせるね、このロボットは……まあいいか)
巧真がフウに話しかけると、どうやら会話が成立しているらしくイヤホンが正しく機能していることを証明してみせたのだった。
「どやぁ、凄いでしょ、ね、私って凄いでしょ!」
(なんだろう、凄いイラッとするわー)
「ワン? (ああ凄いよ。なぁ、その作業台は何でも作れるのか?)」
「私に不可能の文字はない! だって私は万能ネコ型ロボットなのだから!」
「ワン! (じゃあ、俺とこの男の中身を入れ替えることはできるのか!)」
「そんなの簡単ですよ! ちょちょいってなもんですよ。移植手術は得意ですよー、脳を入れ替えればいいんですから」
外科手術の手つきではない、ステーキを切って口へ運ぶジェスチャーをしている。
「ワフゥ? (ちょっとまて、入れ替え? 人間の脳が犬に入るのか?)」
「ちょっとカットすれは余裕、余裕。どうします? 今! やるなら今?」
「ワン…… (もしかして、君は冗談を言っているのかな……)」
「いやだなぁ、ロボットは嘘が言えないんですよ? ロボット工学三原則って知ってます? ――残業の苦情を言ってはならない、社長の命令に服従しなければならない、人命より社の利益を守らなければならない、ってインプットされてるんですから!」
「ワン! (それ、単なるブラック企業じゃねえか!)」
「私にブラック企業の文字はインプットされてない!」
(あああ、頭が痛くなってきた、もうギブアップだ。どうしよう、このまま彼女と話をしていたら気が変になりそうだ。しかしこれだけ特殊な子だ、魔女の話じゃないけど、きっと重要な登場人物なんだろう、もっと情報を引き出さないと……)
「ワン (あー、ちょっと聞いていいかな? 君のようなロボットはこのあたりに多いの?)」
「まっさかー、私は一点物ですよ! その辺の性処理器具と一緒にしないでください、え? してない? そうですか、まあ、私はこの時代のロボットではないですからね」
「ワフゥ? (この時代? もしかして君はタイムスリップして来たとか?)」
「おやおや、君はSFファンですか、話しが早いですね。そう! 私はタイムスリップした謎の美少女なのです!」
なにやらジャンプするポーズを取っている。時間的ジャンプの比喩なのだろうか。
(いや、普通だから、君の顔はどう見ても普通だから、フウの半分ぐらいだから)
「ワン! (もしかして! タイムマシンがあるとか!)」
「ぷぷっ、なにそれSFの見過ぎですよ。いいですか――」
頼みもしないのに彼女のご高説が始まった。
彼女曰く、干渉のできる過去と未来は存在しないらしい。小説の本で例えるなら、最終ページが現在であり、読み終えた前のページが過去である。その前のページに何か追記しても他のページには影響が出ず単なる落書きになるそうだ。そして未来は本に収録されていないプロットのような物で、概要しか存在せずリアルな世界として認識できないのだそうだ。タイムスリップというのは最終ページの登場人物や物が凍結し、新しく追加された数ページ先で解凍されるようなものらしい。
「ワン…… (と言うことは、俺達は過去へは戻れないのか……)」
「まあまあ、そんなに落ち込まないで、まだ可能性は残っているのデス!」、ビシッと彼を指さす。
「ワン? (可能性?)」
「過去には戻れませんが、過去の未来を作る事はできるのです!」
「ワフゥ! (過去の未来……、そうか! プロットのような不安定な未来に過去のプロットを上書きすれば同じ世界になる、二度繰り返される歴史か!)」
「イエース! イェス! イェス! 理由は知りませんけど、どうやら今は未来のプロットが不安定らしいので、それを利用するのです!」
(なるほどな、魔女の言っていたノベルウイルスとは、未来のプロットを書き換える力があるんだな、何をすればいいか先が見えた気がするぞ)
「ワン! (なあ君も俺達と一緒に未来を書き換える旅に出ないか!)」
「アンタバカァ? 未来を書き換えるってことは、今いる人を全員殺すって意味なのよ?」
(あ……、そうか、時間軸の移動じゃなくて上書きなのか……。クソッ、考えが浅かったか……。いや、歴史は繰り返されるんだから生き返るって考えも……、違うなプロットだけじゃ確実に生まれるとは言えないし……、あああ混乱してきた)
「もし君が未来を書き換えると言うなら、全力で阻止しますよ! 色仕掛けで!」
(顔見てモノを言えと。……そう言えば俺、優先順位を決めようとしてたな。過去へ戻るのは最低ランクにしておくか……、なんか夏休みの宿題を最後の日まで残すようで気分が悪いんだけど、今は仕方ないか)
「ワン (ありがとう、色々聞けて良かったよ、できれば二度と会いたくないけど)」
「なかなか刺激的な別れの挨拶ねっ、私の体が欲しくなったらいつでも来るといいわ」
「ワン! (こねぇよ!)」