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03話 ここは日本 (魔女談)

隙間風が程よい換気になる程度の丸太で出来た古い建物、たぶん村民の集会場だろう。綺麗に編まれた絨毯が縞模様に敷いてあり人が座れる場所を提供していた。天井から吊されたランプに灯る明かりが部屋を柔らかく照らしていた。


室内には村長と名乗った中年太りの男性の前に、大神おおがみ巧真たくまかなえ友里華ゆりか、リュウ、フウが並んで座っていた。巧真たくまとリュウ、友里華ゆりかとフウは入れ替わったままである。


人攫さらいいから女性二人を救出した一行は、その報酬として一晩の寝床に加え夕と翌朝の二食を提供してもらえるようお願いしたのだった。


夕食はある意味戦争であった。出された食事に顔をつっこみ犬食いするリュウとフウ、それを止めようと慌てる人間二人、慣れないスプーンで食事をこぼしたり、お椀をひっくり返したり、猫舌なのを忘れて友里華ゆりかは舌を焼けどするし、もう食事を終える頃には全員ぐったりと疲れていた。


一緒に食事を取っていた村長は、

「皆さん、個性的ですね」と、苦笑いしたのだった。


食事を終え一息ついた一行は気がかりなことを村長に質問し始めた。


「村長、ここはどこですか?」と、リュウが巧真たくまの質問を通訳する。


「ここはニッポリですよ」と、笑顔で応える村長。


(ニッポリ……聞いたことのあるフレーズだな。どこだったかな、イタリア? いやスペインだったかな)


村長の返事を聞き、巧真たくまはブツブツと呟いていた。記憶には残っているが風景と地名がマッチしないためイマイチピンと来ないようである。


「ここは東京なのですか?」と、今度は友里華ゆりかの質問を通訳するフウ。


「ええそうです、寂しい村ですがこの付近では賑わっているほうですよ」


(はぁ? この人は何を言っているんだ……東京、まさか日暮里か! いやいやあり得ない。どうみても田舎だぞ、ここが二十三区内のわけがない。……しかし嘘をついている様子はない、そもそも俺達に嘘を教えて村長に何の得がある。)


「今年は何年ですか?」と、通訳を続けるリュウ。


「何年とは? すみませんが初めて聞く言葉でして、どのような意味ですか?」


(この年齢で年号を知らないとは考えられない、すると日本ではないか、日本の地名によく似た別の場所か……)


「ここは日本ですか?」と、通訳を続けるリュウ。


「ええそうですよ。……先ほどから随分と面白い質問をされますが、お二人はどちらからいらしたのですか?」


巧真たくまとリュウは顔を見合わせる、事前に入れ替わったことは秘密にしようと話し合っていたからだ。


(正直に話しても変人扱いされるのがオチだ。何か誤魔化せ――)


「私たちはここがどこだかわからないの。変な人に薬を飲まされて気が付いたら林の中にいて……」と、フウが通訳する。


(ナイスだフウ! 彼女らも空気を読んでくれたらしいな)


「それはそれは……、お辛いでしょうに。そのような状態でこれからどうなさるおつもりで?」


(これから……一番難しい質問だな。人のいる場所に辿り着けば自宅まで戻れると思っていたが当てが外れた、ここは日本でも俺の知っている日本ではなさそうだ。最近ドラマで流行した異世界なのか? それなら戻るための情報を入手しないと――)


「この付近で物知りな人はいませんか?」と、リュウが通訳する。


「物知り……ですか、そうですねお知りになりたい話しを知っているかわかりませんが、近くに魔女が住んでおります」


(はぁ? 今なんて言った、魔女? 魔女ってアレだろ、しわくちゃのお婆さんで鼻が長くてフードを被っていて鍋で何かを煮込んでいてリンゴをくれる人……。いよいよここが日本じゃない可能性が高くなったなぁ)


「そこの場所を教えて下さい、明日行ってみます」と、リュウが通訳する。


村長は紙に簡単な地図を書きリュウへ渡してくれた。それと厚手のシーツも貸してくれたので一行は疲れた体を休めるために早めに寝ることにしたのだった。


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


昨夜と同じ場所で暴れながら朝食を頂いた一行は、村長へお礼を伝えると地図に書いてある場所を目指し出発したのだった。


澄み渡る青空、からりと乾燥した涼しい風、気温も高くなく散歩には抜群の天候であった。車が走る姿など想像もできないほど牧歌的な田園風景、緩やかなカーブを描きつつ伸びる道はランニングコースに持ってこいだろう。


「ご主人! ご主人! 走っていい?」


もし陸上競技のスターターがピストルを鳴らしたら弾丸のように発射され、二度と戻っては来そうのないリュウだった。


「ワーン (走ってお腹を空かせても、ご飯はないぞー それでも良いなら行ってこーい)」


まさかご飯の話しが出ると思っていなかったのだろう、口をあんぐりと開け驚いた顔面が硬直している。


「ねぇ、眠たいわ……お昼寝していい?」と、ワガママを言い出すフウ。


(この子はほんとうに自由だなぁ、見た目は良いんだし、もう少し大人しくしてくれれば言うことないんだが……まぁ中身は猫だし、そう思えば仕方ないか)


「ワン!」、大声で吠える巧真たくま


ビクッと眠気が覚めたフウが、

「なによっ!」とプリプリと怒っていた。


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


村長の地図を頼りに魔女の住む場所まで辿り着いた一行。

そこは明らかに異質だった。直径五十メートルぐらいの円形、そこにだけ多種多様な花が咲き乱れていた。実物大の箱庭と言っていいだろう、その中央には三色ほどのレンガで組み立てられた家が鎮座し、その存在感をアピールしていた。家の背後には大きな幹の大木が育っているがまるで盆栽のように綺麗に剪定せんていされ高さは抑えられている、それと楕円形の葉の塊が点在し浮き雲を連想させていた。家の前には小さな池があり底が見えるほど澄んだ水中には魚が泳いでいた。


(うわぁなんだここ……、綺麗なんだけど不気味だ、あまりにも不自然で近寄りたくないぞ……)


「なんで止まってるのよっ」と、吐き捨てるように言うとフウはその家へ近寄っていく。


(おおぅ、平気で侵入したぞ、怖くないのか? まぁ害は無いって体を張って確かめてくれたし良しとしよう)


一行は家の前まで行くと緑に塗られた木製の扉の前に立ち、獅子をかたどったドアノックを使い住人を呼び出した。


「はい、扉は開いていますのでどうぞお入りになって」


家の中から聞こえたのは若い女性の声、扉越しのはずなのに濁りを感じさせない甘く澄んだ声色だった。

フウは扉を躊躇ちゅうちょなく開き家へと入っていく、残りの一行も彼女に続いてお邪魔したのだった。


(これが魔女……、お姫様だろう……)


ソファーにゆったりと腰を下ろす若い女性、二十歳ぐらいに見える。とても上品な白く輝く服を着ている、その女性が着ると私服でもドレスと言って良いほど豪華に見えた。光を反射するプラチナブロンドのウエーブヘアが腰まで伸び、透き通るような白い肌に色を添えていた。


「いらっしゃい、どうぞお座りになって」と、その女性は膝丈のテーブルを挟んだ向かいのソファーを案内する。


気後れする巧真たくまとリュウをその場に残し、フウはずかずかと進むとソファーに座りポジションを確かめて早くも昼寝をしようと体を横にする。


「あらあら」と、上品に手を口の前に当てコロコロと笑う女性、

「さぁ、あなたたちもどうぞ」と、再びソファーへと導こうとする。


リュウは友里華ゆりかをバッグから出すとソファーへと座る。久しぶりに外に出た友里華ゆりかは背伸びをした後リュウとフウの間に座った。巧真たくまはソファー横でお座りをしている。


「ワン (リュウ、また通訳を頼む)」と、巧真たくまが話しかけると。


「大丈夫ですよ、私は犬語と猫語を理解できますから」と、女性が話しかけてきた。


(なるほど流石は魔女だ、話が早くて助かる)


「ワンワゥ (初めまして、大神おおがみ巧真たくまと言います。お話を聞きたくてお邪魔させてもらいました)」


「ここを訪れる人は話を聞きたくて来ますの。遠慮なさらずに何でも聞いてくださいな」


「ワワン (助かります。では始めに、ここへ来る前に立ち寄った村の村長にあなたは魔女だと伺いました、それは本当ですか?)」


「私には名前がありません、でも村長さんが魔女と言うのなら私は魔女なのでしょう、決してからかっているのではありませんよ、私はそのような存在なのです」


「ワンワン (私とリュウは中身が入れ替わっています。もし魔女なら戻せますか? それか戻す方法をご存じありませんか?)」


「私にはそのような力はありません、申し訳ないけれど戻す方法もわかりませんわ」


ほんの少しだけ困った顔をする魔女、それがとても可愛くリュウは目が離せなかった。


「ワン…… (そうですか……)」


(クソッ……魔女と聞いて期待していたが空振りだったか……。しかし犬語を理解できるんだ普通の人というわけではないだろう、他に何か情報を――)


「ニャー」


「ええそうですよ、ここは日本です」


かなえさんは場所を聞いたんだな……そうだな少なくとも場所は特定しよう)


「ワワン (私たちの知る日本とは違うようなのですが何かご存じありませんか?)」


「違う日本ですか……もしかすると……あなたたちは何年からいらしたの?」


「ワン (西暦二千○○年です)」


「なるほど、驚かないで下さいね、今は新暦三千百二十九年です」


「ワフゥ? (え?)」


「少し長くなりますが、昔話を聞かれますか?」


巧真たくまが頷くと魔女は語り出す。話しの内容はこうだった。


ある日、ノベルウイルスが人間ではなく世界に感染した。ウイルスは人間では知覚できないが、魔女だけは知覚できた。ウイルスに感染した世界は様々な小説の世界にゆっくりと変貌を遂げ、SFやファンタジー、ミリタリーなど幾度となく世界規模の変革が行われた。感染した年を新暦元年として既に三千年が経過していると言う。


「私だけが歳を取らず、また世界の変革にも影響されずにこの家に住んでおります、お気づきかも知れませんが円形の小さな広場が閉じられた世界なの。私はそこから外へは出られませんのよ」


魔女は少しもの悲しげに物語を話し終えた。

聞き終えた巧真たくま友里華ゆりかは暫く放心状態であった。


「この広場に足を踏み入れられるのは物語の主人公だけ。そう今回のお話はあなたがたが主人公なのです」


「ワ……ン? (前は……どんな人が来られたので?)」


「ヒノキの棒と木の盾を持った少年が魔王を倒すと言っていましたわ。そのとき私は賢者と呼ばれていましたね」


「ワン…… (その少年はその後……)」


「魔王を倒した少年もいれば、道半ばで倒れた少年もいますのよ……。もう何人もの少年が訪れましたから……」


「ワン? (道半ばで倒れた少年は、始めから倒れるのが決まったストーリーだったと思いますか?)」


「いいえ、主人公の行動で物語は変化するのだと私は思いますのよ」


「ワン (それを聞いて安心しました)」


「あなたたちが過去からの来訪者と言われるのなら、今回の物語はタイムスリップなのでしょう」


「ワン…… (新暦元年は西暦何年ですか……)」


魔女は人差し指を立て口元へ運び、

「それは秘密です」と、巧真たくまとろけるような笑顔で答えた。


魔女は続けて、

「私の唯一の楽しみは主人公の活躍ですの。この広場からずっとあなたたちを見守っています」


(ここは未来……そして物語の中……。たぶん俺達が元の姿になり、過去へ戻らなければ終わらない世界……マジかぁー、どんな罰ゲームなんだよ……)


「ワン (戻る方法をご存じないと仰いましたよね? 手がかりもありませんか?)」


「推理小説の探偵がただ歩くだけで殺人事件に遭遇するように、あなたたちも自然と何かの物語に巻き込まれますわ」


首をほんの少し傾けて悪戯っぽく笑う魔女。


(あぁ、ずっとここにいたくなる。魔女の誘惑こわいわぁー、早く出ないとヤバイ気がしてきた、ちょっと急ぐか)


巧真たくまは他の面子を見ながら、

「ワン! (俺は人間に戻りたい! まぁ元の世界に戻るのは少し考えたいが……、そんなわけで戻る方法を探しに行こうと思う、皆はどうする)」、魔女が通訳した。


「もちろんボクはご主人と一緒に行くよ! 犬に戻って遊んでもらうんだ」


「わたしはココで寝てるわぁー」と、フウが寝転んだまま呟く。


「あ、ここで食事は出ませんよ? 私は食事しなくて大丈夫なの」と、魔女が説明した。


「えー、じゃあ誰が私のご飯用意するのよ!」、泣きそうな顔で魔女を見つめるフウ。


「ご自分でお願いしますね」と返す魔女だった。


「ニャー」


「そうですか、彼女は残るそうですよ」


「ワン? (え? どうして)」


「私は人間に戻りたいとは思っていないし、過去に戻らなくても平気。それにここなら安全そうだし、この体なら外の草を食べて生活できるわ」と、友里華ゆりかの話を魔女が通訳してくれた。


(そうか……無理強いする気はないけど、全員一緒じゃないと戻れないという制限があった場合どうするか……。まあ戻れる目処が立ってからここへ連れ戻しに来たらいいか。最悪は俺とリュウが入れ替われればいいし)


「ワン (わかった、じゃあ俺とリュウで行くよ)」と、女神が通訳する。


「ちょっと! 私のご飯の話しはどうなったの!」


誰も返事はしなかった。


巧真たくまとリュウは立ち上がり、

「ワン (魔女さん、いろいろ聞けて良かったです)」と巧真たくま。続けて、

「またねー」と、リュウが手を振る。


「ねぇ! ちょっと! 話しを聞きなさいよ!」、マジギレするフウ。


「ぼくたちも今夜のご飯が食べられるかわからないんだ、それでも行くよ? もしご主人の言うこと聞くなら一緒に来てもいいけど、ってさ」と、リュウは巧真たくまの話を通訳する。


(猫は飼ったことないし、どうしつけていいかわからない、これで言うこと聞くって言わなければ酷いかも知れないけど置いてく)


「ねぇ、ご飯を食べるために私は何をすればいいの?」、半泣き状態で訴えるフウ。


「ご主人の言うこと聞けばだいじょうぶさ」、屈託のない笑顔。通訳ではないリュウの意見だった。


「言うこと……聞く……、だから、ご飯ちょうだい」、涙を目に溜めウルウルとしている。


(あーもう! 猫は飯と昼寝ができればいいんか! ……まあそうだよな、仕方ないかー)


「ご主人がいいってさ、さあ、一緒に行こう」と、通訳したリュウがフウに手を差し出す。


「ありがと」、犬と猫が手を繋いだ瞬間だった。見た目は人間だが。


「またお会いしましょうね」、そう言いながら魔女はゆっくりと手を振り扉から旅立つ一行を見送るのだった。


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