噂によりもたらされた発症
この作品は「夏のホラー2016」企画に従って架空の舞台「裏野ハイツ」とその住人を使用して作成した短編です。
短編作成にあたって自宅にあった日記を参考にしました。
住民情報
【101】号室 50代男性、会社員
いつもにこやかに挨拶をしてくる、感じの良い男性。 同居人が居るという話だが、そちらの姿は一切見かけない。
【102】号室 40代男性、無職
カーテンは常に閉まっており、外出している様子は見られない。毎年、年末の2日間だけは留守にしているようだ。
【103】号室 30代夫婦と3歳くらいの男の子
穏やかそうな夫婦で、ご主人は会社員、奥さんはパートをしている。時々小さな息子さんの姿を見かけるが、大人しい子で普段騒ぐ音が聞こえることはない。
【201】号室 70代女性、年金暮らし
気さくな面倒見の良いお婆さんで、ここに住み始めてもう20年は経つそうだ。お孫さんのボロボロの写真を大事に持っているが、家族らしき人が会いに来るのを見たことがない。
【202】号室 ???
人の気配はあるのだが、誰かが出入りしている様子はない。201号室のお婆さんは事情を知っているようだが、詳しくは教えてもらえない。
【203】号室 空室
裏野ハイツ情報
家賃4.9万円 敷金 なし
交通 最寄り駅まで徒歩7分 ※徒歩10分圏内にコンビニ・郵便局・コインランドリー有り
間取り 1LDK(リビング9畳 洋室6畳)
築年 1986年7月(築30年)
方位 東
種別 ハイツ
構造 木造
階層 2階建(1階3戸、計6戸)
備考 全住人、表札等にて名前は出しておりません バス・トイレ別 独立洗面台有り ベランダ有り 駐輪場有り
年増達は群がって下らない話、根拠の無い噂を広めたり、他人の悪口を言いあっている。
奴ら年増のネットワークはとてつもなく広がっており、そのネットワーク内の地位だけで子供達の地位も決まってしまうのだ。
裏野ハイツの一階に住んでいる男が無職だとか、彼が家から出ているのを見たことがないとか、そういえばずっと窓が閉まっているだとか、そこから飛躍してきっと怪しい宗教をしているだの、私達の可愛い子供達が狙われているだの。
尾ひれに尾ひれをつけてさらに尾ひれを付けて別の魚にしてしまう様な噂を作る彼女達に罪悪感などはない。
それはそうだろう。話が盛り上がれば良いのだから。ただそれだけの為に変な噂を作っていく。
そして飽きると別の人間の話を始める。
この一連の出来事が真実を歪曲していく原因である。
最初は冗談だと解っていても、次第にその話が本当と思い始め頭の中で上書きされてしまう。
こうして女性達の話は脱線してまた違うネタで会話を始める。
こうして話は生成されていくのである。
ただ面白く。解りやすく。包丁を研ぐように言霊の力で嘘が真実に変換されていくのである。
1.裏野ハイツ103号室
思えば結婚をして五年目。年を取ると月日があっという間に過ぎていくのは本当だったのね。
乾いた洗濯物を畳みながらふとそんな事を思った。
天候は晴れ。
湿度など考えられないほど乾いた空気は洗濯物を干すのにふさわしい日である。
洗濯機が無いので近くのコインランドリーで洗われた衣類達はこの天気のおかげですぐに乾いた。
夫は息子を連れてドライブに行ってくれている。休日だから自分の子供と少しでも長く一緒に居たいんだって。口ではそんな事を言っていたけれど私に洗濯とかを押し付けようとしたのと育児疲れの私を労わってくれたのも理由の内に入っているんだろうな。
「フフッ」夫の優しさと洗濯から逃げたお茶目な部分に思わず笑みが漏れてしまった。
衣類を畳んでいる内に一枚足りない事に気が付いた。
「…下着が無い。」ピンク色のブラジャーが一枚無くなっている。結構高かったのに…。というより無くなっている?下着泥棒?盗まれた?
探してみても見つからず、事実を理解した私の全身から冷や汗が出てくるのを感じる。
やっぱり見当たらない…。少し震える手で電話を取った私は夫に電話をした。
突然鳴った電話を出ると妻の下着が一枚無いという。コインランドリーに忘れたのではないかと聞いてもあのブラは高いから忘れるはずはないと言ってくる。
正直下着に高いも安いも無いと思うのだが彼女が言うからそうなのであろう。ブラにしても大事なブラなのであろう。
息子を車に乗せ公園から家に帰る途中にいつも使っているコインランドリーに行って忘れ物が無いかを確認するが無い。
家に帰ると妻が震えながら床に座っていた。
詳細を聞いた所値段の高いブラジャーが一枚見当たらないそうだ。下はあるのにブラだけ無いのは確かにおかしい。
警察に相談した方がいいのではと言おうとしたが、外に干しておいたブラジャー一枚で警察に相談に行くのも可笑しい気がしてきたし何より下着一枚で警察は動いてくれないであろう。
だがそんな事を言っても妻は納得しないだろうし、次盗まれないための方法を考えた方が良いだろうと思う。
「隣の人。」妻は呟くとスイッチが入った様に言葉を吐き始める。
「そうよ隣の人、あの人なら隣の部屋の下着を盗むことが可能。おまけに無職だって噂だし…。無職の人間が何かしても可笑しくないわ。きっとそう、きっとそうね。犯人はあいつよ。」何かが乗り移った様にヒステリックな口調になった妻の肩に手を掛け慌てて説得をする。
「どうしたんだよ!!落ち着けよ!犯人が隣の人と決まったわけじゃないだろ!」説得をするが妻はヒステリックに呟くのを止めない。
「そうよ。あいつが、あいつが盗んだんだ。あいつが悪いのよ!あいつが、あいつが、あいつが悪いのよ!」呟き続ける妻の肩を揺さぶりながら声を掛けるが反応せずひたすら同じ言葉を呟き続ける。
反応が無い妻をよそに息子は天井をじっと見たまま動かずにいた。
天井からいつの間にか生えていた腕は定期的に指を動かし私をあっちの世界にいざなおうとしている。
だから見ない。見えないフリをしているのだ。天井から腕が生えていようと本能的に視界から消し去ってしまう。
危機回避能力の無い者は?たとえば子供。まだ判断力も無い小さい子供の場合は?
目を覚ました私はその場から起き上がろうとするが頭痛に襲われその場で頭を押さえた。
「痛い。」目覚めた私に気が付いた夫が近づいてくる。
「大丈夫?」心配そうな表情をする夫をよそになぜか息子の心配をしてしまった私は周囲を確認すると私の横で小さな寝息をたてていた。
なぜか安心した私はホッとため息をつくと改めて周囲を見回してみるといつも通りの光景である。
なにを心配したのであろう?というよりなぜ私は寝ていたのであろう?頭の中の霧みたいにぼやけていた考える力は次第に戻っていき意識を失う前の事を思い出そうとした。
…思い出せない。何があったのであろう?全く思い出せない。今日一日の出来事を思い出せない。
まず目を覚まして。というより目を覚ました記憶が無い。朝ごはんは?今日の日付は?思い出そうとしてもなぜか今日の出来事だけが抜け落ちており元からなかったような感覚に陥る。
頭を両手で押さえて思い出そうとするけれどやっぱり何も出てこない。何があったのであろう?
全身から滲み出てくる気持ちの悪い汗が衣服に染みついてくる。ああ気持ち悪い。思い出せない事により苛々とした気持ちと焦りの感情が混じり合ってストレスになる。
何だろう。何か大事な事だった気がするんだけど…。
思い出せない。思い出したいのに思い出せない。
ふと息子の方を見ると顔が無くなっていた。先ほどはあった瞼も口も鼻も無くなって凹凸が無くなっており、肌の皮で顔の部分だけを覆った様な見た目になっていた。
小さく悲鳴をあげたことにより夫は近づいてくるが息子の変化に気が付いていないようだ。
私が指を指しても夫は息子の変化に触れず私の心配ばかりしてくる。
「どうしたんだよ。」とか「大丈夫か?」とかでも私は息子の顔が無くなっている事に気が付いてほしくて何度も指を指す。
だが途中で夫にはいつもの様に息子の顔が見えているのだと気が付いた。
どうして私だけ見えないのであろう?私の可愛い子の小さな顔がなんで急に見えなくなったのだろう?なぜだろう。記憶の中にも息子の顔が思い浮かばない。
思い出そうとしても顔の部分だけが靄がかかっている。
なぜ?なぜ?どうして?頭の中が疑問で埋め尽くされていく。
目からは涙が零れ落ち口は無意識の内に震えて声がうまく出せない。
ぼやけている視界が捉えたのは息子の顔を天井から生えている腕が握る姿であった。
あれから結局私は息子の顔が認識できない。
私以外の人間には息子の輪郭、目、口、鼻、全てが見えているのに私にだけ見えていない。
一日経っても二日経っても三日経っても変化は無い。
病院で相談をしても無駄だった。
しばらくの間入院をすることになったがきっと家に帰っても天井から生えた腕が息子の顔を持っているのである。
私以外には見えていない腕が私を呪っているのである。
きっと私は我が子の顔も見れずに一生を終えるのだ。
そもそも明日なんてくるのだろうか七日目の今日。私の体に入りこんだ白い腕が眼球の裏を刺激してくる。
左の目が後ろから握り潰されようとしている。
その力はだんだんとつよくなって
あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ
いつもの様に年増達は集団で話しを始める。
「ねぇ聞いたぁ?あそこの103号室の奥様病院に運ばれたって?」
「まぁ本当?」
「あら怖いわね。」年増の一人が生唾をごくりと飲み込んだ後に言った。
「やっぱりあの家って…。」全てを言い終える前に止めに入る。
「やめなさいよ。気味悪いわ。」気の強そうな年増の一言で皆が黙った。
沈黙を無理やり破る様に一人の年増が口を開ける。
「なんだか下着が無くなっていたらしいわよ。」
「だれのよ?」違う年増の質問に水を得た魚のように笑顔になると声を小さくして話し始めた。
「それは奥様、103号室の奥さんのよ。」年増の言葉に餌を目の前で見せられた犬の様に他の年増は彼女の方を見つめ黙ると一斉に同じ言葉を吐いた。
「「まぁ!!怖いわねぇ!!」
「きっとあれよ!!102号室の男よ!!」
「そうねあの人ほら…。言っちゃ悪いと思うけどニートでしょニート。」
「そうよニートよ!それで隣の奥様の下着を…。」再び年増達は黙ると一斉に同じ言葉を吐いた。
「「まぁ!!!怖い!!」
2.裏野ハイツ101号室
薄暗い部屋の中で荒く息を吐く音がする。
「はぁ…。はぁ…。」部屋の中に籠っている色々な臭いが男の加齢臭と混じり合っている。
したたる汗は決して運動によって体から出た物ではない。
粘り気を帯びた汗は臭気を放ち部屋の中をより一層に追わせる。
「はぁ…。はぁ…。うっ!!」その場で果てた男は無心になり鼻元に近づけていた女性用下着を投げ捨てるとその場でティッシュを数枚取った。
真っ白になった頭が回復してくると男は一人で「ふふふ」と笑い出し、物入れの引き戸を開ける。
水分を感じない肌。開き続ける眼球。整った顔は人工的な違和感がある。160㎝ほどの女性の人形が物入れの中で座っている。
「あぁ、栄子。栄子。」男性は憑りつかれた様に人形の太ももを枕にして頭を預けた。
「あぁ、栄子。栄子。」男は甘える声をあげながら人形の太ももにくっついている自分の頬をスリスリと動かしている。
「君は美しい。本当に美しい。だから僕はお前を傷つけない。解るだろう?なぁ?だから他の女を性欲のはけ口で使うんだ?きっと君にも聞こえただろう?僕の汚らしい声が…。だけど君ではない。性欲のはけ口に君を使うなんて、ましてや妄想で君を犯すなんて僕に出来るわけがないだろ?だから淫乱な女を使ったんだ。男とやって、子供を産んだ淫乱糞野郎を使ってさ。これはあいつに与えた罰であり僕は正しい事をしたんだ。君ならわかってくれるよね?」男は人形に話しかけるが当然返事は返ってこない。
だが男には返事が聞こえたようで幸福感に満たされただらしない顔をすると「そうだよね。わかってくれるよね?そうだよね?ふふふ。嬉しいな。栄子は僕の理解者だ。」男はそう言うと幼い子供の様に無邪気な顔で眠りについた。
仕事とは楽ではないが苦痛でもない。人はそれでも労働を行うのである。
一日決められた時間に起き仕事場に向かう。そうして私は仕事を終え家に帰る。
どうやら昨日103号室の淫乱女が倒れたらしい。色んな人間に尻を振っていた罰だろう。
こうして家に帰ると私はスーツを脱ぎ再び下着を使う。
性欲のはけ口として使うのと淫乱女を懲らしめる為だ。
この世の中は腐った脳の男と女がほとんどを占めている。だが、国はそれを健全と呼びそれに洗脳された哀れな人間共もそれを普通と考える。
だがそれは間違っている。奴らの腐った人間は我々とは別の生き物だ。だから何をされようと文句などないはずだし。私が下着を盗んでも悪くはない。そしてそれは正義の行いなのである。
いつもの様に私は栄子に話しかける。
彼女は私の家に住み着いていているが体が無い為人形に憑りついているのである。
彼女は私の話を親身に聞いてくれそして励ましてくれる。理想的な女性だ。彼女に比べたら他の女などカスでありゴミなのだ。
だが政府に犯された阿呆な人間達は彼女の魅力も彼女の存在すら信じない。
だから私は外で他の人間と同じレベルに合わせて行動を行っており私は家でのみ正直にいられる。
「なぁ、そうだろう?」ふふ。そうだ。そうだね。そうだそうだね。
だから僕はこの世界で唯一のまともな人間なのである。彼ら彼女らを騙し続ける存在なのである。
こうして私は彼女とこの世界で一番美しい時を刻むのである。
こんな低俗な奴らにやられるなんてふざけやがって。奴ら低俗人間を有効活用するために下着を盗もうとした所奴らに捕まってしまった。
あぁ、留置所とかはどうでも良い。裁判なんてどうでもいい。そもそも悪いなんて気持ちはない。私は正しい事をしたのだから。会社をクビなどどうでも良い。所詮社会で生きていくのなんて低能のフリをしなければならないから疲れるのだ。どこかでひっそりと暮らすなんて楽に出来る。
そうだろ?そんな事より彼女の事が気になるんだ。彼女がさぁ?もう何日も会えていないんだ。それだけがずっと不満なんだ。不安感もある。私を心配しているのではないか?彼女一人で居るのは苦手だから僕が助けてあげないと…。
なぁ?そうだろう?そうだろう?僕が助けないといけないだろう?僕がさぁ?助けないとさぁ?いけないだろ?
あぁ、何日目だ、今日は何日目だ?六日?六日も彼女と話が出来ていないのか?土手異能の低俗生物がふざけやがって。
あぁ、もうじき七日になる。七日になってしまった。
「あぁ、君から来てくれたんだ。」目の前に彼女が現れてくれた。彼女はいつもの様に美しい笑顔を浮かべながら僕の体に入りこんで僕の胃を心臓を肝臓を腎臓を筋肉も骨も全部全部壊してくれる。
きもちのいい日だ。しぬのがこんなにきもちのいいことだなんて
ぜんしんが粉々だ、彼女は窪んだ両目で僕の顔をみるとそれをこわしてくれた。
あぁありがとう。きみはなんてやさしいんだぼくをたべてくれるなんてきもちいいきもちいよあぁ、あぁ。
年増達はまた話を始める。
「103号室の方…。逮捕されたらしいですわよ。」わざとらしく声を小さく話を始めた年増の一人に同意するように他の年増も口を開いた。
「怖いわねぇ。やっぱりあいつが犯人だと思っていたのよ。声とか気持ち悪いですし。」その言葉に他の年増も口を開く。
「なんか部屋の中に等身大の人形が置いてあったらしいですわよ。」
「もしかしてそうやってイヤラシイ事をしていたのかしら。怖いわぁ。あれよきっとオタクとかいう奴ですわよ。」一人の年増の言葉を聞いた女達は口を揃えて同じ言葉を吐いた。
「「まぁ、怖い。」」
3.裏野ハイツ102号室
いい加減にしてほしい。なぜあいつらはいつもの様に下らない話をするのであろうか。毎日ほとんど変わらない話題。噂話。薄い皮で覆われた嘘の笑顔。それぞれがそれぞれより優位に立っていると思いこみながら笑顔を振りまいている。
吐き気がする。あいつらが暇つぶしで話す内容によってあいつの力は強くなっていくのだ。これに怒らないで何に怒れというのであろう。
奴らの会話は実に下らない。内容も無く、理解すらしていないくせに笑顔でごまかす。なんてド低能であろう。
だから奴らは巨大だが穴だらけのネットワーク「ママさんネットワーク」を使っている。
奴らは下らない噂をママ友に流し、そのママ友が自分の子供に話し、その子供が学校で話しどんどんと話は広がっていくのである。
これによって噂話は途中で内容が変化して嘘の情報が混じっていくのである。
嘘の情報の中にも口に出してしまうとエネルギーを持つ言霊として聞いた人間の脳裏にへばり付き、他の言葉と連鎖して恐怖心を煽る。
そうして人間にへばり付くエネルギーとは別に残ったエネルギーは塊になって怪異となり心霊現象へと変換される。
奴らはそれを体験しているのにも関わらず自分は巻き込まれないであろうという根拠のない安心感によって話を広げる。
これによってこの家に憑いている奴の力が強まっていっているのと同時にその場所に束縛されるわけだが、俺も奴の標的になってしまうのではないかという恐怖心が湧き出てきた。
202号室。封印された部屋。俺の真上にある部屋。
奴は家に七日間戻らなかった住居人を狙って消している。
なぜ七日なのかはわからない。
だが妊娠により病院で入院する事になった前の住人は七日後に行方不明。
仲の良かった住人も七日後に行方不明。
引っ越した人間も行方不明。
七日後、七日後に必ず消えるのだ。どんな人間も七日後に姿を現さずに消えてしまうのである。
だが七日で消えるというのはもしかしたら違うのかもしれない。
条件によって一日で消えるのかもしれないし、九日で消えるのかもしれない。ただ調べると過去の住人は七日後に行方不明になっているのだ。
だから俺は引っ越すことが出来ない。株で数年前に買ったことにより働かなくても良いほどの金は手に入れたのだがこの安っぽい建物での暮らしてしまったせいで引っ越すことも出来ず、いつ襲い掛かってくるのかという恐怖心により娯楽も満足に行えない。
毎日呪われない事を心の隅で祈りながら目を覚まし部屋に塩を撒く。そうしてじっと一日を過ごす。
無駄な時間。無駄な人生。全てが無駄に思える。
隣の住人は引っ越しをするだろう。
だが俺は何もしない。自分が大事だからだ。他人が死のうと自分が助かれば後は何でもいい。
どうせ言ったとしても頭の可笑しい奴だと思われるのはわかっているし、その話をする事によってまた変な噂に変換されて年増達のネタにされるのはわかりきっているのである。
天井からは小さく何かを咀嚼する音が微かに聞こえる。
一か月前に聞いた音だが何度聞いても慣れない。
どうやら昨日101号室の人間が下着泥棒の罪で捕まったらしい。
二日前には103号室の女性が病院に運ばれた。
これで奴はしばらく落ち着くはずだ。
これでしばらくの間は生きていける。
俺は俺が生きていければ後はなんでもいいんだ。だから他の人間はこの家に来て犠牲になってくれ。
そうすれば俺は生きていけるのだから。
だが、この建物に寿命が来たらどうなるのであろう。呪いは無くなるのであろうか。俺は結局死ぬしかないのであろうか?
4.裏野ハイツ201号室
なぁ、徹。本当にお前の事を思うと私は胸が張り裂けそうになるよ。結婚も決まっていたのに。
栄子さんもお前もあの事件が起きるまでは本当に幸せだったろうに。私は何年もずっと思っているよ。
お前が事故で死んでしまってから七日経ってあの子はあの部屋で自殺をしてしまった。
ずっと彼女はお前を待っているんだ。だがお前はもう居ない。
でも彼女は徹、お前を待っているんだ。何も出来ない私は彼女の事を見守っている。
あれから何年経つだろう。ずっと彼女を見守っている。
彼女はずっと前から私に話しかけてくれるようになったよ。
その言葉に憎しみが籠っていても話しかけてくれただけで満足だ。
彼女は何もかもが変わってしまったけれど満足だ。
きっと彼女は私も殺すだろう。でもお前をこんなに愛してくれている人が居るとわかったんだから私は嬉しい。
彼女は怨霊になってお前を愛しているんだよ。
老婆は穏やかな表情で日記を書いた後、古ぼけた写真が入っている写真立てをみて微笑んだ。
どう妄想しようが自由です。文字は見た人間の脳にへばり付いてしまうので気をつけてください。
ただ、私はあの日記と書類は燃やしました。