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埋まる

作者: 駒由李

 掘れば、土が堆積する。母の三回忌を過ぎた今も続く遺品整理は、そのような印象を受ける。寧ろ埋まっていたそれらは圧縮されていて、掘り出された事で空気を含んで解凍された。

 強ち本当にそうなのかもしれない。

「これ、もっと整理しておけ」

 父の言葉に、姉が生返事をする。その時の自分は遅めの夕食を摂っていて、玄関で交わされた言葉を直ぐには理解できなかった。しかし、父のその言葉は日常的に繰り返されるもので、耳にたこができそうだ。

 整理整頓、片付け。母が新婚当初に父を「躾け」してから、父は潔癖のきらいが出る程に片付けをするようになった。否、散らかっているという状況に耐えられないのだ。妻としては、夫がその辺りに靴下や服を脱ぎ散らかしたり、食器を出しっぱなしにしたりしないように、結婚生活を潤滑にしたかっただけだろう。結果として、半分は成功していた。半分は、その生活に破綻をもたらしていたように思える。母が亡くなる直前、夫婦の関係は、体をあまり動かせず掃除の出来ない妻と、その状況を嫌いながらも自らはあまり掃除しようとしない夫という荒んだものだった。

 切欠は、父の浮気だ。それから、母は壊れた。壊れたのは、同時に、それまで自分の思い通りに成長していた長女がはじめて挫折をした事による。母の心には、穴が空いた。

「この雑誌、買ってきてくれる」

 動けない母に代わり、買い出しに行く。渡された買い物メモには、食料品の他に、雑誌が多く綴られていた。雑誌を手に取れば、必ずといっていい程、分厚い付録がついていた。

 何らかの法律が改正されて、付録の大きさの制限が広がったと聞いている。のちにこの事が我が家の膿を生み出すとは思わなかった。

(本当は、この未来を予想はしていたけれど)

 食料品や洗剤と共に買ってきた雑誌。本誌よりも、それについた付録を嬉しそうに広げる姿は、まるでプラモデルの箱を開ける少年だった。

 黒いリボンが無造作にいくつも縫いつけられたバッグ。ヒョウ柄のエコバッグ。水色のショルダーバッグ。階段を上がれない母の居場所は1階のリビングで、彼女の布団の傍らに、卓袱台の脇に、テレビの隣に、母の「付録」は積まれていく。眺めて、手に触れて、満足するとそれらは放置される。堆積する付録の高さが上がる程、夫妻の関係は冷え、母の心は埋まるどころか、重みで穿たれていく。

 そして関係は破綻したまま、母は肉体を脱ぎ捨てた。付録と共に。

 それから3年以上が過ぎた。突然の、現代日本では早い死は、自分達の心の時間を加速させた。気がつけば春が来て夏が照り、秋が過ぎて冬が積もった。3人家族となった生活には、半年もすれば順応する。

 精神はそうして落ち着いたけれど、物質的にはそうもいかない。母が5年をかけて、巣材として詰め込んだ付録達は天井まで堆く積もっている。それはほんの膝丈ほどを削っても、削られた分、雪崩を起こす。3年前と、家の片隅にある母の巣は、撤去されないままだ。カラスの巣材なら、撤去し続ければいい話だ。ヒトの巣材は、複雑で重くて、おまけに始末に困る。

 買い物袋。あるいは父の弁当袋。そうやって仕分けしても、どちらか片方をゴミ袋に詰めれば、引き摺る程の重さになる。こんなには要らない。玄関に堆く積まれた「エコバッグ」という名の母の置き土産は、父の顔を顰めさせる。自分達とて、好きで置いている訳ではない。

 ただのバッグならともかく、雑誌の付録だ。これの転売は禁じられているらしい。ならば知人友人、親類に譲るか。そんなに伝手はなかった。いっそ寄付したいが、当てもなかった。なれば、捨てるか。ファッション性の高いそれらは、最後の選択肢を躊躇させる。だから、堆積した付録の丘を見る度に、嘆息するのだ。

 少しでも、3年前に落ちた穴からはい上がろうとしただけだ。なのに、掘られた穴の横に積まれた土が、伸ばした手の先に崩れてくる。空気を含んで膨れあがった土が、明るい場所へと這いずろうとする人間を、覆い被さって埋めていく。

 けれど、その土の下で、湿気った冷たさに心地よさも覚えるのだ。だから、始末に負えないのだ。これから、また、暑くなる。


埋まる

(煌びやかな土だ。空虚な煌びやかさは、ヒトを埋めると影を作った)


End.

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