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08「髑髏の王と一騎打ち」

 川を越えて横穴に入り、隧道に入った。キャンプ地から最初に選んだものと地形が酷似している。


「これは希望が持てるかもな」


 英二たちは黙々とひたすらに奇跡を願って闇を進んでゆく。


「そういえば英二さん。ひとつ聞きたいことがあったのですが、よろしいかしら?」


「なんだ」


「どうして、あなたはこれだけの実力があるにもかかわらず、みなを導かなかったんですの? 少なくとも的確な判断力と実行力は沢村よりも上ですわ」


「――」


 英二は無言にならざるを得ない。綾乃が上げた沢村一成は学級委員長で、サッカー部のエースでもあり、いわゆるクラスカーストの頂点に位置し、〈スキル〉も〈剣山〉という全身から刃を無数に出現させるという強アタッカーでもあった。


(だから、沢村は好む好まざるを別に、クラスを引っ張らなければならなかったし、常に敵の矢面に立って戦わざるを得なかった。そして、幾度も生死を分かつほどの大怪我を負って、最後にはあんな結果になったんだ)


「買いかぶり過ぎだ。俺はロクにクラスに馴染めなかったうえ、スキルといえば女子からも男子からも顰蹙を買いそうな奴隷の首輪カラーリングセレモニーしかない。それに、無能力者の扱いは散々なものだった。おまえだって、俺がクラスの連中にこき使われてるときに止めようともしなかっただろ?」


「それは――私が間違っていましたですの。今では反省していますわ」


「別に俺に媚びなくたっていいいさ」

「媚びてなんかおりませんわ!」


「それを批判しているわけじゃない。状況が変われば立場は変わる。いくらおまえだってクラスの総意に逆らうことはできないだろうし、今では俺が主人でおまえは奴隷だ。それが真実さ」


「私は魂まで英二さんに売り渡したつもりはございませんの」


「そんなことは、本来どうだっていいんだ。綾小路。俺はおまえが自信を持って導いてくれるなら、立場は逆だって構わないと思っている」


「え?」


「俺を生きて、この地獄から救い出してくれるのなら、おまえの靴だって舐めるさ。さ、この先どうやって進んでゆく? 仮に、無事にキャンプ地に戻れたからってすべてが解決したわけじゃない。あそこには、水場と予備の食料と資材が残っているかもしれないという可能性だけだ。けど、女子たちが崩落から逃れて戻っていれば、食い物は残らず引き上げられて、別のトンネルに向かっていることだって考えられるし、明確な道筋なんてどこにもないんだ」


「う、あう……」


「奴隷ってのもある意味楽なもんだ。考えるのも飯の算段もすべて主人任せ。いわれたことをとりあえずやっておけば、この先行きをどうすればいいかなんて考える必要もない。命も人生も他人任せほど気が楽なことはないぜ」


「どうして、英二さんはそうやって悪を気取って、私を突き放しますの」


「悪なんて気取ってねーさ。さ、そうこういってる間にきな臭くなってきたぜ」


 隧道を進むにつれ異様な熱さがふたりを押し包んでいった。


 洞窟特有のひんやりした空気は霧散してジリジリと身体を焼くような熱が蝕んでくる。


 まるでサウナのなかにいるような気分だ。

 額から、ぽたりぽたりと汗が流れ落ち、シャツの襟首を濡らしてゆく。


「凄く、嫌な臭いですの」


 クロスボウを下げて綾乃がいった。

 ――これは硫黄だ。


 英二は歩むスピードをゆるめると手にした松明の火を消した。穴の向こう側には、赤々とした燃えたぎるような熱気と光がうず巻いている。


「どうやらボスキャラがお待ちのようだな」


 開けた空間。まるで血の池地獄のように赤かった。

 目の前には熔岩の海が広がっており、向こう岸には石でできた白い橋がかかっている。


 熱いのは当然だった。足下に広がる灼熱地獄の海にはボコボコと煮えたぎったマグマの泡が、膨らんでは弾け、弾けては膨らんでいる。


 橋は、人ひとりがようやく渡れる幅しかなかったが、中央だけがやけに大きく円形に広がっていた。


 目測にして直径五メートルほど。土俵とあまり変わらない大きさの円の中央に、それは佇立していた。


 青で彩られた兜、甲冑、盾を装備した骸骨剣士が鋭い長剣を構えてジッとこちらを睥睨している。


 先ほど戦った雑魚たちとは違う風格がある。さながら骸骨剣士の王、といった貫禄である。


「綾乃、スキルはまだ回復してないよな」


「ねえ、英二さん。無理にここを通らなくてもほかに迂回路があるかも知れませんし」


「違うな。逆に、ここしかない可能性が高いと思う」

「英二さん――!」


 綾乃を後方に押しやるとザックを下ろした。腰の革ベルトから短剣を引き抜くと、ゆっくりとした歩みで橋を登ってゆく。


「援護はしなくていい。背中を射られちゃたまらないからな」


 二メートルほど上背がある骸骨剣士が、真っ黒な眼窩の奥に戦意の灯火をちろりと揺らめかした。


 ぎい、と軋んだ音を立てながら、敵はやや前傾姿勢になる。


 英二はただの高校生だ。〈スキル〉があるからといって、それは契約相手の力を向上させるものだし、自分が特別超人になったつもりもない。


 だが、やるしかない。やるしかないのだ。

 ここに到達するまで、分かれ道は面白いように一本もなかった。このような地下迷宮はどこの誰ぞが作ったかは知らないが、あきらかに作為のようなものを感じる。


 やけになっているわけでもない。英二は命の賭けどきを知っているだけなのだ。


 目の前の怪物にもたもたしていれば、背後に無数の新手が現れる可能性は大だ。もし、そうなれば聖王母の盾(マスターオブシールド)が使用不能である綾乃は頼りにならないし、なんとしてもこの一体を打倒し、先に進まねばならない。


「さあ、やりあおうぜ。髑髏の王さま」


 戦いの潮合――。

 極まった。


 英二は短剣を持ったままジリジリと骸骨剣士と距離を詰めた。


 かしゃりと骨が鳴ったかと思うと、刃風が脳天目がけて振り下ろされた。


 英二の得物は刃渡り四十センチほどだ。

 受け切るには度胸しかない。


 ギリギリを見切って切っ先を弾くと踏み込んで突っかかった。


 骸骨剣士は盾を引き回してこちらの突きを軽々と弾く。


 剣は所詮腕の延長でしかない。

 英二は脚を使って背後に回り込むと無防備な腰骨を狙った。


 がいんと、柄が痺れるほどに斬撃が決まった。


「うわっ!」


 が、そもそもが血肉の通う生物ではない。骸骨剣士の固い骨はわずかに鳴っただけで、どうということもない。


 上半身だけが腰骨を起点として反転した。

 敵の切っ先が唸るよう迫ってくる。

 英二は胸元を浅く切り裂かれ後方に跳んだ。


 跳ね退いた英二を追うようにして骸骨剣士が長剣を振り回す。

 傷つけられたのは胸の皮一枚だけだ。


 致命傷には至らない。

 前進して揉み合った。

 懐に入れば長いだけ敵が不利になる。


 英二は繰り出される斬撃の雨を呼吸を止めてひたすら防いだ。


 骸骨剣士が力を込めて長剣を振りかぶった。

 英二は相手の盾に肩から思いきり体当たりをかました。


 二メートルと上背はあるが肉の無い分、向こうのほうが遥かに目方は軽い。


 たたらを踏んでバランスを崩した骸骨剣士に足払いを決めると面白いように転がった。


「しめたっ」


 転がった敵の長剣を蹴り飛ばす。

 石の上をすべりながら長剣は流れると熔岩の海に落下していく。


 戦果に気を裂いたのがまずかったのか――。


 がいん、と。前頭部に重い衝撃を受け目の前に火花が散った。骸骨剣士が手にした盾を叩きつけたのだ。

 まずいと思ったときは遅かった。


 喉輪にぬっと白い白骨化した腕が伸びて絡まった。

 ぐいぐいと強い力で締めつけてくる。


 両手をかけて振りほどこうとするが、もの凄い握力だ。ぴくりともしない。


「は、な、せ……この……!」


 みるみるうちに後方へと押しやられ、橋の欄干に立たされた。


 手すりはせいぜい英二の腰くらいまでしかないのだ。このままでは突き落とされてしまう。


 激しい怯えで全身が総毛立った。背中が焼かれるように熱い。ごぼごぼと呪わしくも熔岩の煮えたぎる音が嫌でも大きくなってゆく。


 額が割れて流れた血が右目に入った。痛みと熱さと苦痛で目尻に涙が溜まる。はぁはぁと呼吸が荒くなり、耐えていた両の腿が痺れてくる。


「英二さんをお離しになってっ。この――!」


 もう駄目だと思った瞬間、綾乃の甲高い叫び声が響き渡った。


 青白い稲光が凄まじい勢いで放射され、刹那の速さで光の円盤がしゅるしゅると動いた。


 綾乃が聖王母の盾(マスターオブシールド)を解き放ったのだ。


 光の盾は無防備な骸骨剣士の腰骨を真っ二つにすると、美しい弧を描いて上方から落下すると跳ね上がった骸骨剣士の頭蓋をこれでもかというくらいに粉砕した。


「え――?」


 助かった、と思ったとき英二の身体は宙にあった。

 ふわりとした浮遊感と落下していく感覚。


 意識だけはみょうにくっきりとしていて、これで自分は死ぬのだなと他人ごとのようにどこか落ち着いていた。


「英二さんは、死なせません」


 落下は途中で止まった。綾乃の聖王母の盾(マスターオブシールド)が巨大化し、英二の身体を受け止めたのだ。


 盾の上で大の字になったまま英二はふよふよと橋の真上に運ばれる。盾は英二をやさしく降ろすと、光の粒子となって飛散する。顔を上げる。綾乃が前のめりに倒れているのが目に入った。


「綾乃、なんでだよ、チクショウ!」


 駆け寄って抱き起す。ああ、これで何度目だ。彼女の身体は酷く冷たかった。消耗しきっている。


 こうさせないように、前に出たのに。胸元に手を置くと、酷く心音が弱い。顔色は紙のように真っ白だ。額に手を当てると氷のように冷たく英二はゾッとした。


「なんでスキルを使ったんだよ――! やばいってのは自分でもわかってんだろがっ」


 以前、クラス内で女子のひとりが仲間を救うため〈スキル〉を多用し、呆気なく心臓が止まって息を引き取った。


 そうでなくても、能力者は本能として〈スキル〉が顕現すると同時に自分の限界を理解する。


 ここまでは平気でこれ以上は不可能と、ボーダーを引く。


 それを越えれば情け容赦のない死が待っていた。


「おかしなことを……いいますね。契約をお忘れ……? 私は……あなたの……奴隷……ですのよ……」


 途切れ途切れに。綾乃は酷くやさしい声を出した。

 綾乃は英二が無理を押して挑んだことをとうに見抜いていた。


 そして、いざとなれば己の身体がどうなろうとも〈スキル〉を行使して助けると決心していたことに、今更ながら気づかされた。


「馬鹿だな。俺もおまえもさ」

「馬鹿ですわ。私もあなたも」


 ふたりは見つめ合ったまま握った手と手の指を絡ませ合うと、照れたように笑った。



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