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07「骸骨剣士のお出迎え」

 


「それじゃいつまでもこうしてても仕方ないし。いくか」

「ですわね」


 英二は重い腰を上げると肩をぐーるぐると回しながら目の前の川を見やった。


 川幅の距離はたいしてあるわけではない。

 目測で二十メートルほどだろうか。

 向こう岸にはすぐそばに巨大な穴が口を開けている。


「うひっ。やっぱ冷たいな」


 流れに手を突っ込むと、飲んでいたときは爽快さで気づかなかったが、かなりの冷たさだ。


 パッと見でもそれほどの深さはないのが救いだろうか。


「うん? どうしたんだよ。とっとと行くぞ」


 ザックを背負い直して、後方を振り返ると綾乃はぷくっと頬を膨らませてご機嫌斜めなご様子だった。


「ちょっと。英二さん。あなた、なにを考えているおつもり?」


「なにって……川を渡るおつもりなんだが。せいぜい膝くらいまでだぜ。問題ないよ」


「そうではありませんわっ。まさか、この私の脚が濡れてもいいと本気でおっしゃってるわけじゃありませんわよね?」


「いやいやいや。濡れずにどうやったここを渡河するんだよ。じゃあさ。靴脱いで渡れば?」


「川底にある石ころで脚を切ってしまったらどうするおつもりなのですっ。私は嫁入り前の大切な身体なのですよっ」


「じゃ。じゃあ、どないせえっちゅうんだ」


「もう、もうっ。ホントに勘の鈍いお方ですね。……あなたが、その……私をおんぶして……渡ればいいじゃないですか」


 綾乃はどこか恥じらうようにぷいっと横を向くとそういった。英二の目は点になる。


「おい、おい。俺はこんなデカいザック背負ってるんだ。不可能だよ」


「二往復すればいいのではなくてっ。もう、あんまりワガママいわないでくださいまし」


(お、俺がワガママいってるのか……?)


「わかったよ。なにがなんだかわからんが、わかったから、もう勘弁しちくり」


「背負いたいのなら、さっさと早くしてくださいまし!」


(マジでなんなんですか、このお嬢。ワガママ極まれりだろ)


 ザックを下ろすと、英二はかがんだ。


 が。いつまで経っても綾乃が乗ってくる気配がない。

 不審に思って顔だけ振り返ると、両拳を握ったままぷるぷる震えていた。


「あのぉ、早くして欲しいんですけど」


「英二さんは無粋な方ですね。心の準備というものが必要なのですよ」


「さよか」


 もう、こいつの好きにさせるしかない。居直って、ぼうっと向こう岸だけを見つめていると、不意に背へと肉の重みが伸しかかった。


「い、行くぞ」

「どんとこい! ですわ」


 意識しないようにして瀬に足を踏み入れると、心臓が止まりそうなほど冷たい流れに身体がびくんっと反射行動を起こした。


「きゃっ。なんですの?」

「な、なんでもないよ」


(ううう。なんだか、コイツ太ももがぴちぴちしてる。それに、胸もやらけーし)


 同年代の女子を背負ったことなどついぞない。彼女を落とさないようがっちり固定するため腿を抱え込んだのだが、ストッキングを通して伝わるぬくもりと肉のやわらかさで指先が震えそうになる。


 それに背中へと押しつけられるふたつのハッキリとしたふくらみが思ったほど強烈で、英二は叫び出しそうになる自分をこらえるのが精一杯だった。


「お、落ちないようにしっかりつかまってろよ」

「わ、わかりましたわ。では、向こう岸までお願いしますわね」


「向こうに着いたら速攻で戻らせてもらうからな。ザックは俺たちの命が詰まってる」


「ふん。そうあからさまに差をつけられると悔しいですわね」


 半長靴のなかに水が容赦なく染み込み履いていた靴下がダボダボになる。


 無論、冒険者の遺品から拝借したものだが、ちょうどサイズがぴったりだったのか、やたらに重宝している。


 対する綾乃は学校指定のローファーだ。


 あんな足拵えで急坂を降りるのはそもそもが間違いである。そう思えば慣れない下降でやたらに疲労が蓄積していることを思えば、おんぶくらいは妥協してやろうじゃないかと寛大な気持ちになれなくもない。


「よし。なんとか到着したぞ、と」

「ん。そーっと下ろしてくださいましね。ご苦労さまですの」


(よく考えると俺が主人でこいつが奴隷のはずなんだが。ま、いいか)


 綾乃のやわらかな感触はそれなりに惜しかったが、すぐに戻ってザックを回収しなければならない。


 ざぶざぶと冷たい川の流れを掻いて進む。ちらと背後を振り返ると、膝を抱いて座っていた綾乃がひらひらと手を振っていた。正直、調子が狂う。


(まあ、今のうちにできるだけ譲歩して手懐けておこう。いざというときには、おまえを盾にしてでも俺は生き残ってやるからな)


 英二にとって綾乃は〈スキル〉奴隷の首輪カラーリングセレモニーを発動させた時点で道具のひとつにすぎないと割り切っていたはずだった。


 彼女はクラスカーストの頂点で自分はピラミッドの最底辺。


 現にクラス内で彼女がかなり傲慢に振る舞っていたのを、集団の影から嫌というほど見せつけられていた。


 だが実際彼女とふたりきりで行動すればするほど、綾乃は思った以上に嫌みがなく、むしろこちらを頼るような仕草を見せる様子は英二のなかに爪の先ほど残っていた庇護欲を刺激した。


 ――勘違いするんじゃねぇ、英二。おまえはなにを犠牲にしようとも生きて地上に戻らなきゃならねぇんだ。


「きゃあっ!」

「綾小路っ?」


 川の中間地点まで来たところで、それは起きた。誰もいないと思っていたトンネルの空間から、わらわらと肉の削げ落ちた白骨の武者たちが手に手に剣や盾を持って綾乃に襲いかかったのだ。


「くっ――」


 視点を変えると、元来た岸にも五、六体の骸骨剣士たちが現れ、デポしていたザックに手をかけている。

 ザックには、水や食料はもちろん、野営道具一式や灯火具に武具も入っている。


 水や食料は幾日か我慢できるとしても、穴倉を探索し続けることを思えば、松明や火打ち石などは絶対に失いたくはない。ヒカリゴケの皆無である場所では松明なしでは動きが取れなくなってしまう恐れがあるからだ。


 ――なんだ? 俺はなにをしているんだ!


 気づけば英二は、等距離であったにもかかわらず、ザックではなく綾乃のいる方向へと走り出していた。


 彼女には契約によって能力を向上させた聖王母の盾(マスターオブシールド)がある。


 〈スキル〉を使えば、英二がザックを奪い返して来るまで充分に持ちこたえることはできるだろうに、反射的に綾乃を選んでいたことが自分でも理解できなかった。


「綾小路っ、シールド! スキルを使うんだっ。落ち着けばなんてことないっ」

「あ、え、あ、えと。そうですわね、ええい!」


 恐怖で頭が真っ白になっていた綾乃であったが、こちらの声で正気に戻るや否や、すかさず目の前に輝く盾を構成し、攻め来る骸骨剣士の剣を跳ね返した。


 白骨化した禍々しい骸骨剣士は、カラカラと乾いた音を立てて吹っ飛んだ。


 さらに後列の仲間を巻き込みつつ吹っ飛び地に落下した。


 バラバラになった骨はすぐに組み上がって復活すると、ゆっくりと近づいてくる。


「ひっ。ぜんっぜん効かないですわよっ」


「落ち着け。とりあえずそばに寄せなければ大丈夫だ。やつらは飛び道具を持ってないし、所詮はただの骨だ。何度か繰り返せば復元は不可能になるはず」


「そうですわね。英二さんのいうとおり相手はただのカルシウム――やってやりますわ」


 耳元でささやくと綾乃は落ち着きを完全に取り戻したのか、向かい来る十体ほどの骸骨剣士を、手元から出現した光の盾を使って、弾き出す作業に没頭しはじめる。


 が。綾乃は、両手を突き出しながら虚空に舞う盾を敵にぶつけつつ、後方をチラチラ見やっている。


「英二さん、あのっ。お荷物がドクロさんたちに取られてしまいますっ」


「そんなことはどうでもいい。今は目の前の敵に集中しろ」


「――わかりましたわ」


 綾乃は目を伏せると再び丸盾で迫る骸骨剣士たちの迎撃に移った。彼女の伸ばした両腕から十メートルほど離れた場所で、意思を持ったかのように光の盾が猛威を振るい骸骨たちをまったく寄せつけない。


(よし。その調子だ)


 そもそも骸骨剣士たちの動作はそれほど機敏ではない。今や直径二メートルほどの大きさとなった聖王母の盾(マスターオブシールド)の前ではトラックに体当たりする小ウサギのようなものだ。


 敵も左右に広がって状況を打破しようと試みるが、綾乃が「えいえい」と盾をぐりんぐりん扇のような動きで展開するので、まったくもってこちらに近づくことはできない。


「や、やったか……?」


 やがてダメージの値が骸骨剣士の回復値を上回ったのか、粉々になった彼らは二度と立ち上がることはできなくなり、完全に沈黙した。


「まだ――ですわ」


 綾乃がくるりと踵を返し対岸を睨みつけた。ザックを奪った骸骨剣士の一団は、すでにはるか離れた道向こうに消えようとしていた。


 目測でもうじゃうじゃと現れた骸骨剣士の群れは三十体は確実にいる。綾乃は〈スキル〉の連続使用で疲弊しきっている。戦闘の継続は不可能そうに思えた。


 本来〈スキル〉は使用頻度に応じて確実に向上する。しかし、その間には人間が筋骨を鍛えて肥大化させるのと同じくして充分な休養が必要なのだ。


(もう、無理だろうな)


 これから川を渡って引き返しても暗渠に誘い込まれるだろうし、その先にはどんな罠が待ち受けているかわからない。英二はこの時点で、半ばザックの奪還を諦めつつあった。


(どうする――? 綾乃をここに置いて、取り返しに行くか?)


「えいっ、ですわ!」

「は――?」


 綾乃はえいやと両腕を遠ざかってゆく骸骨剣士の群れに向けて差し伸べるとギュッと目をつむって精神を集中させはじめた。


 彼女の首筋に嵌っている奴隷の首輪が白から透き通った青へと変化してゆく。


(マジかよ。これは、能力のレベルアップ?)


 骸骨剣士たちとの距離は二百メートル。

 聖王母の盾(マスターオブシールド)は青白く輝きながら飛翔すると、遥かに離れた敵の頭上へとあっさり到達した。


 光の丸盾はザックを引きずる骸骨剣士たちに覆いかぶさると、一瞬だけ直径二十メートルほどに変化し、一気に圧殺した。


 骸骨たちは弾けて飛散すると白い砂になってあたりを漂った。


「ふうっ。思ったとおりなんとか上手くいきましたわ」


 英二は言葉もなくポカンと呆気に取られていたが、すぐさま川をざぶざぶと渡りはじめた。


「ザックは、なんともないな」


 荷物を回収して調べてみると、食料や水、雑多な道具はすべて無事だった。


 綾乃の聖王母の盾(マスターオブシールド)は骸骨剣士のみをターゲットにして見事粉砕したのである。


(ただの肉壁くらいにしか思ってなかったのに……こいつは案外と使えるじゃないか)


 ザックを背負い直して、再び戻りはじめると、綾乃が力尽きたようにへなへなと座り込むのが見えた。


「おいっ、大丈夫か!」


 慌てて駆け戻って抱き起すと綾乃が力ない笑みを浮かべて、ウインクをした。


「問題ありませんわ。ちょっと、スキルを使い過ぎただけですの」


「馬鹿。やり過ぎだ。長丁場だぞ。こんなことしてたら、キャンプ地に戻るまでもたない」


「でも、英二さんだってお馬鹿さんですわ。なんで、あのときザックのほうではなく、私に向かって駆け出したんですの?」


「それは――」


「英二さんがいた位置は川の半ば。私ではなく、命だっておっしゃられた荷物をお選びにならなかったのはなぜですの? ああ……そんな顔なさらないで。別に、困らせるつもりはなかったんですの。ただ――」


「ただ、なんだよ?」

「あのとき、なんのためらいもなく私を選んでくれたことが、うれしかったんですの」


 そんなことはない、と言葉が出かかったが綾乃の自分を信頼しきった瞳を直視すると舌が魔法にかかったように凍りついた。


 自分はあのとき確実に、ザックと綾乃を天秤にかけた。綾乃には英二がザックを回収してから戻るまで持ちこたえるだけの〈スキル〉があるにもかかわらず、放っておけなかったのは、単に己のなかの甘さをまだ完全に殺せていないだけなのだ。


「ありがとうございます、英二さん」


 ――それならそれで別にいい。勘違いするなら好都合ってもんだ。俺はこの奴隷を駆使して絶対に生き残ってやる。


「ぶえっくしょいっ」

「あらあらお風邪を召されましたの? 少し休んでゆきましょうか」


「いや、ちょっとムズムズしただけだ。どっうてことない。それより、これだ」


 英二はザックから布袋に包まれた器具を取り出すとあっという間に組み上げ、綾乃に手渡した。


「これは?」


「クロスボウだ。とっときだったんだが、おまえにやる。スキルは連続で使うと激しく体力を消耗するだろう。弓は訓練しないと使えないが、これならおまえにうってつけだ」


「英二さん。実は私、弓道の嗜みがありましてよ?」


 と、いいつつも綾乃は新しいオモチャを与えられた子供のように、クロスボウをぺたぺた触ってどこか楽しげである。


「基本はおまえのスキルで凌ごうと思っていたんだが、体力切れを思えばここぞという場面まで力は取っておきたい。ゴブリン程度なら、俺の剣でなんとかできるだろうから綾小路は弓矢で援護射撃を頼むよ」


「まったく英二さんは私がいなければなーんにもできないのですから、仕方がありませんわねぇ。よろしくてよ。この綾小路綾乃、見事英二さんを陰からお支えしますわ!」


「いや、体力が回復したらスキルで無双して欲しいんだが。聞いてる?」


「で、これってばどうやって使いますの?」


「その真ん中にハンドルがついてるだろ。それをぐるぐる回して矢を飛ばすんだよ」


「へー。意外と固いですわね。んしょ、んしょ。ほっ」

「どわっ!」


 綾乃は弦を巻き上げると、こちらに向けてひょいと矢を放った。英二はすかさず横っ飛びでさける。矢は、びいんと岩にぶつかってぽきりと折れた。


「あぶねーだろがっ! 人に向かって引くんじゃねぇよ。殺す気か!」

「ご、ごめんなさいですの……」


 綾乃も英二を殺しかけたことに気づいたのか、いい返すこともなく猛省した。うつむきながらしゅんとして今にも泣きそうである。強気の彼女としては珍しいといえた。


(やっば。ま、まあロクに説明しなかった俺も悪かったしな。てか、どうすりゃいいのさ)


 英二はむろんのことクラスでぼっちになってしまうほど対人スキルは乏しい男だ。


 そしてロクに友達もいない男が女性の扱い方を熟知しているはずもない。


 パニックになった英二はあろうことか慌てて綾乃を抱きしめると、小さな子をあやすように頭を撫ではじめた。


「きゃっ。なにをするんですのっ」

「うぎっ」


 ふたりは別段恋人でもなんでもない。正気に戻った綾乃から金的へと強烈な膝蹴りを入れられ、英二は形容し難い痛みに耐えかねその場に両膝を折った。


「あ、あ。大丈夫ですの?」

「わ、悪気は、ない……」

「英二さん……?」


「おまえに……悪気がなかったように……俺にも……悪気はない……これで、あいこに……しようや……」


「はあっ。英二さんは、もう少しレディの扱い方の勉強をしたほうがいいと思いますわ。私も軽率でしたが、英二さんも悪ふざけが過ぎますの。相殺ということでこの話は終わりにしましょう」


「お……オーケイ。それと、矢は五本しかなかったから、大切に使ってね」


「ほら、英二さん。先を急ぎますわよっ。キリキリ歩く!」


「は……はい」



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