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06「季節はずれのキノコ狩り」

「本当に、え、えええ、えっちな命令だけはしないでくださいましね?」


「だから、わかったって。さっきのは、たまたま目に入っただけであって事故だって」


「ああ、本当にこの方に私の貞操を捧げてしまってよろしいのか、悩みますわ」


「重い……おまえ、重すぎるよ」


「当然でしょう? 私に愛を告白した男は星の数ほどいましたが、奴隷になってありとあらゆる肉欲に応えろと宣言した方は英二さんがはじめてですからっ」


「俺はンなこと、これっぽっちもいってないんだがなぁ……じゃ契約をはじめるぞ。すぐすむから、目をつぶってくれ。さっきの打ち合わせどおりにな」


「まったくいろいろ手続きの多い面倒なスキルですわね」

「早くしてくれな」

「わかりましたよ……」


 綾乃はおとなしく英二の前に片膝を突くと、両手を胸の前で組み合わせ目を閉じて奴隷契約の文言を宣誓した。


「私、綾小路綾乃は、影村英二を主として認め、生涯この生命が尽きるまで奴隷として仕えることをここに宣誓します」


「先に謝っとく。あ、目は開けなくていいぞ」

「は?」


「すまん」

「あ……」


 英二は跪いていた綾乃の顎をつまんで上向きにすると、そっと口づけた。


 瞬間、パッと綾乃の首元が激しく輝き、白く明滅する細密な文様にかたどられた首輪が出現した。


「あー恥ずかしかった」


 ふと、綾乃の首に視線をやると、真っ白な奴隷の首輪がかっちりと嵌っている。英二は本能的に〈スキル〉の発動が成功したことを確信すると固まっていた綾乃をちらと見た。


 ――なんというか悪いことをしたな、という感はある。


 なにせ英二は、ぼっちの上クラス内でもダンゴ虫のような存在だったのだ。


 今は崩壊したとはいえ、それらをひっくるめても綾乃はとびきりの美少女なのだ。


 間違っても自分のような存在と、キスをするようなことは考えなかったはずだった。


 だが、〈スキル〉の発動には奴隷の宣言とキスはどうしても必要だった。


(俺が見るに、綾乃は、損得と感情を割り切って考えられないタイプだ。だから、この不意打ちはある意味賭けだった。彼女がこれ以降、俺のことを無視しようともすべて折り合って、このサバイバルには役立ってもらわないと困る)


「あ、あの綾乃さん? お、怒っているんですかね」

「は」

「は?」

「はにゅ……」


「あ! お、おーいっ。ぶっ倒れんな! 戻って来い、おーい。しっかりしろー」


 綾乃は目をぐるぐる回すと顔を真っ赤にして仰向けに倒れた。


 しばらく英二はどうしてもいいかわからずオロオロするのみ。


 やがて再起動すると、綾乃は再び頬を紅潮させながら英二を指差すと、口をパクパク開閉させた。


「こ、こっ、こここ、こ――」

「こっこは静岡のフェイバリットスイーツだぞ」


「そんなことをいっているんじゃありませんっ。あなたは清らかな乙女の唇をいったいぜんたいなんだと思っているのですかー! 私は、私は、はじめてだったんですからね……!」


「悪かったよ……俺だってはじめてだったんだし。こうしないと契約が完了しないんだし」


「へ? は、はじめてですの?」

「そうですの」

「そうですか……」


(なんか微妙な空気になっちゃったよ、どうすりゃいいのさ)


 ともあれ契約は無事に結ばれた。英二の存念をいえば、上手いこと綾乃をこき使って立ちはだかる迷宮のモンスターを排除し、生き残るのみである。


 ザックを背負い直して、両者沈黙を守ったまま再び歩き出した。

 なんというか、自業自得であるが気まずい。


「なあ、綾小路。せっかく契約したんだから、スキル使ってみろよ」

「え、あ! はい、それもそうですわね」


「うんうん」

「これで前と効果が変わらなければ、私、英二さんに汚されただけで終わってしまいますもの」


「おいっ!」

「ふふ。冗談ですの……」


 綾乃がこちらを見ながらくすくすと笑っている。ときどき頬を染めながら「でも、好かれていただなんて」とか「強引な方も悪くありませんね」など、不穏当な言葉を口走っているのが耳に入ってきた。


(コイツ……? もしかして、あの行為を勘違いしてないかな?)


 確かに綾乃は美人であるが、どう考えても彼女にしたいタイプではない。そもそも英二はスレンダータイプよりもグラマーでむっちりしている子のほうが断然命を賭けるに値すると思っている。


(もっとも、下手したらクラスの生き残りは俺たちふたりだけだろうし。ここは、あえてなにも聞かなかったことにして、探索を続けるのが知恵者なのだろう)


「えいっ」

「おお、出たっ。デカっ!」


 英二がかつてない卑怯極まりない思索に囚われていると、綾乃は手早く両手を目の前に突き出し聖王母の盾(マスターオブシールド)を出現させた。


 先ほどのゴブリン戦で見せた直径六十センチほどのものの、倍以上はある。


 だいたい、一メートル半といったところか。

 ほとんど綾乃の身体前面をカバーできる頼もしい魔法の盾だった。


「デカいな。これなら敵がまとめてかかってきても、ラクラク安心だ」


「ふっ。さすが私ですわね。このような極限状況でも、常に想像を超えた結果をいとも容易く生み出してしまう。ああっ、自分の才能が怖いですわ。おーっほっほっほ」


 綾乃は右手を水平に口元の前でかざすと、高らかに、なおかつ機嫌よさげに笑っている。


「つーわけで、綾小路。さっそく、出番が来たみたいなんで、あとはよろしくね」

「ん。にゃああっ!」


 英二はこそこそと綾乃の影に隠れると、前方のから狭い道一杯に沸き出した異形の怪物たちを示した。


「なんですの、なんですのっ。あれは、大きなブナシメジですの?」


「というか、エリンギのバケモンだな。マタンゴだよマタンゴ。東映モンスターだ」


 英二たちの前に沸き出したのは、紫色の巨大な傘を持った毒マタンゴの一団だった。


「綾小路。気をつけろよ。そいつにゃ沖原がやられてる。胞子は毒だ、吸うな」


「あ、あのときのキノコお化けがこんなにもたくさん……! ひいっ」


 英二と綾乃が気を引き締めたのは、以前交戦したとき同じクラスメイトの沖原竜司がこのマタンゴの毒攻撃を喰らって酷く苦しんだことを覚えていたからである。


 沖原は、男子のなかでも拳を強化する〈スキル〉を持っていたため、肉弾でこの怪物に当たって、胞子の攻撃を受け、全身からエノキの赤ちゃんが生えそろい、三日三晩苦しんだ。


 さいわいにも、同じクラスの甘露寺雪絵の〈スキル〉である癒しの青(ヒーリング)によって根治はできたのだが、毒はかなり抜けにくく、呻き声はキャンプ地のどこにいても聞こえるほどで、女子の何人かは軽い鬱になりかけたほどだった。


「いくらヘルシーだからとはいえ、キノコ祭はもうたっくさんですの!」


 ざっと見て、二十体はいる毒マタンゴたちは、両手を突き出しながら英二たち目がけて寄ってくる。

 歩みは遅く、走れば到底追いつかれることはなさそうだが、英二たちのトラウマは深い。


「シールドですのっ」


 綾乃は素早く前面に聖王母の盾(マスターオブシールド)を撃ち出すと、五メートルほど離れた地点でキノコたちの進軍を押し止めた。


「ようし、アヤノックス。その調子だ! 次は100万ボルトだ!」

「そんなことできませんわっ」


「なら、そのシールド、押したり引いたり操れないのか?」

「ん、感覚的には若干……可能かも」


 視線を転じると、百五十センチほどのシールドから逃れた毒マタンゴたちが脇に逃れようとしているのが見えた。


「とりあえず、ぶっ飛ばせ!」

「わかりましたわっ。えい!」


 綾乃が気迫を込めると聖王母の盾(マスターオブシールド)はぴかぴかと輝きを増し、触れていた毒キノコたちを一気に弾き飛ばした。


 ゴブリンたちを倒したときとは雲泥の差である。

 毒キノコたちは重なり合って吹き飛ぶと、背後の壁に激突してパッと爆散した。


「なんとなくコツが掴めてきましたの。でえいっ」


 綾乃は見えない手で盾を握るようにして、右に左に光のシールドを揺り動かした。


 シールドは当たるをさいわいに毒キノコたちを左右に弾き飛ばしてバラバラにする。


「すげぇ。圧倒的じゃないか、我が軍は」

「おーっほっほっほ! 感謝してもよろしくてよ、英二さん」


「するする。大感謝だ。さすが、俺の綾乃だぜ!」

「な、どさくさに紛れて――ま、いいですわ」


 刷毛でキャンバスを塗るようにして、前面のキノコどもを残らず退治してゆく。


 綾乃が勇ましくもえいえいと、一歩ずつ前進する背を見ながら英二は思う。


 ――あれ? これって、俺ってば完全に勝ち組じゃね?


「見てくださいまし、英二さぁん? どうですか、この私の華麗な戦いぶりは!」


「アメージィングゥ! グッドですよ、綾乃さんっ」


 数分後。

 脅威と思われていた毒マタンゴたちは綾乃の〈スキル〉によって駆逐されていた。


 懸念していた毒胞子攻撃を実行させる暇も与えずの大勝利に、英二は歓喜した。


「あ、あの……」

「ん? ああ、悪い。俺としたことが、ついつい」


 気づけば綾乃に抱きつき、仔犬をそうするように頭を撫でていた。


 気まずくなって離れると、綾乃もどこかもじもじしながらうしろを向いた。


「つーか、こんなラブコメってる場合じゃない。気力が残っているうちに進まねば」


 英二が勢いをつけてぐっと拳を天に突き上げたが綾乃は下を向いてもじもししっ放しだった。


 大丈夫だろうか。

 たぶん大丈夫じゃないだろうな。






 あきらかに様子のおかしくなった綾乃を引き連れ先に進む。しばらくすると、道は終わっており、代わりに右側が大きく切れ落ちた崖に出ていた。


「ずいぶんと、高いですわね」

「見ろ。飲めるかどうかはわからんが、川がある」


 真下にはごうごうと音を立てて流れる巨大な地下水脈が唸っていた。視線を落とせば、渓谷へ降りてゆく道らしきものがかろうじて目に入った。


 目を凝らしてみれば、踏み固められた跡がある。恐らくゴブリンや地下に住む生物たちが使っていた獣道のたぐいなのだろう。


「降りるぞ」

「それしか手はありませんものねぇ」


 意を決して谷を降りはじめた。実際、足を踏み出せばそれなりに体重をかける場所はしっかりしており、これならそれほど苦労せずにすむと胸を撫で下ろす。


「きゃっ」

「うわっ!」


 うしろを歩いていた綾乃がバランスを崩したのか、ザックを押してきた。


 英二は歯を食いしばって体勢を保持すると、落下していった石ころのなんともいえない冷たい響きを唾を呑み込みながら耳にし、遅れて恐怖で背中の毛を逆立てた。


「綾小路。気をつけてくれ。じゃないと俺も死ぬ」

「は、はい。以後気をつけますわ……」


 気を取り直して、再び下降していく。

 背負ったザックの重さが少しばかり気になったが、中身はどれこれも無い無い尽くしの地下迷宮では値千金のレアアイテムだ。


 ジグザグに下ってゆくと、やはり傾斜のせいか徐々に脚の筋肉へと乳酸が溜まってゆく。


 だいたいにおいて、登りよりも下りのほうが技術を要するのだ――。


「んにゃっ」

「だはっ!」


 と、慎重に足元を見つめていると、再度ザックにアタックがかけられた。


「だから気をつけろっていってるだろーが! マジで死んじゃうからっ」


「仕方がありませんわっ。足場がよくないですもの。私だってわざとじゃありませんの!」


 英二は背後も注意して崖を下ることとなり、精神を非常に摩耗させられた。


「や、やった……! ついたぞ、綾小路」

「ようやく、つきましたの? 私、もうへとへとですの」


 ふたりがようやく川岸までくだりきった頃には相当に体力を消費していた。


「水、お水がありますの……」

「ああ、水だな」


 目の前には滔々と地下水脈から湧き出た清げな水が流れている。


 パッと見は別段問題なく飲用には問題なさそうだが、英二はわずかに迷った。


「な、なあ綾小路。これ、飲んでも平気――」

「がぶ、がぶぶっ」

「って、もう飲んでるしっ!」


 綾乃は喉が渇き切ったわんころのようにはしたなく流れに顔をくっつけて、うまそうに水を飲んでいる。


「ふーっ。生き返りましたわ。まさに甘露というものですね。あら? 英二さん。あなたはお飲みにならないんですの? とってもおいしいですわよ」


「あ、ああ。綾小路。おまえってば、実のところ凄い大物なのかもな」


「なにをいってらっしゃるの? ふふっ。おかしな英二さんですこと。がぶがぶっ」


「って、まだ追加で飲むんかい。どんだけ喉渇いてたんだよ……」


 英二はそれから十分ほど時間を置いて、綾乃の体調に異変がないことを確認してからようやく川の水を飲みはじめた。用心深さはかなりのものである。


 それから、しばらく座ったまま休憩を取った。

 ふたりとも結構疲れているので、特に口も利かず川の流れを見ながらぼーっとする。


「英二さん」

「なんだよ」

「みなさん、ご無事でいらっしゃるでしょうか……」

「さあな」


 英二は綾乃がさびしそうに拾った小石を投げる姿をチラリと見た。彼女が心配しているのはもちろんあの崩落事故で分断されてしまった2A女子たちのことだ。


「ほら、あの先を見ろよ。道が続いている。おそらく、元来たトンネルの隣に移れるはずだ。女子たちが無事かどうかは、キャンプ地に戻ればすぐにわかることさ」


 なるべく平たい石を探して立ち上がると、アンダースローの綺麗なフォームで投擲した。


 小石は、ぴちょちょんっと小気味いい音を残して川の上を幾度も跳ねてゆく。


 英二は、ニッと綾乃に向かってどうだといわんばかりに笑って見せた。


 綾乃は、どことなく困ったように眉を下げると、それでも微笑み返してくれた。


 降ろしてあったザックに水を詰めた革袋を戻しながら、英二も女子たちが無事キャンプ地に戻っているよう天に祈った。



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