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05「ぼくと契約して肉奴隷になってよ」

「どうしましょう。ピンチですわね」

「頼むから少し黙っててくれないかな」


 なし崩しに綾乃とパーティーを組むこととなった英二は、隧道の隘路で岩陰に隠れながら四体のゴブリンがたむろしている様子をこっそり窺っていた。


 昨日、野営した場所から三時間ほど歩いている。天井に頭がつくかつかないか程度の穴に行きあたってイチかバチか突入を決め込んだのは、一時間前だった。


 洞窟に自生するヒカリゴケの加護が得られず、手持ちの少ない貴重な松明を消費しここまで潜って来たのは、入り口の付近で明らかに何者かが頻繁にこの道を使用している痕跡を発見したからである。


 ゴブリンたちはこの道を日常的に使っている。

 ということは、ここは隧道のどん詰まりではなく、抜けた先には必ずなんらかの展望が望めるはずだろう。

 薄い。確かに薄い確信であったが、今はそれにすがらずにはいられない。


 英二は少々古臭い剣術の心得はあるが別段達人というわけではない。


 できれば無意味な戦いはさけたいところだ――。


 現実問題、これはゲームではなく、敵を倒してもすぐさま経験値が入るわけでもなく、あらゆる文明社会から隔絶された穴倉で金目のものを手に入れても換金できるわけでもない。


 敵が食料や水を保持しているのなら命を賭ける理由にもなるのだが。


「どうしましたの?」

「なんでもない。それより、マジで黙って。な」


 渇いた喉に唾を呑み込む。手持ちの水は刻一刻と減り続けている。


 このお嬢さま、結構遠慮なしにガンガンと水を飲んでくれるのだ。


 男子全滅フラグの暗渠から、ただの一度も水場というものは見つかっていない。


 水がなければあらゆる生命体は命を永らえることができない。


「お、マジか……」


 ひたすら岩になって息を潜めていると、進行方向のちょっとした膨らみに溜まっていたゴブリンたちが移動しはじめた。隣を振り返ると綾乃は目をつむって両手で口を覆っている。英二は、唇に人差し指を立てつつ、静かに彼らのあとを追う指示を出した。


 もぞもぞと芋虫のような動きでジリジリと歩み出す。

 ときどき、綾乃が背中に顔を寄せるようにぶつかって、そのやわらかな感触にどぎまぎしてしまう自分が悲しい。


「出口だ……」


 ぞろぞろとゴブリンたちが穴から這い出てゆく。早急に追って出て鉢合わせてしまえば隠密行動を取った意味がないので、その場に留まったまま時間をずらす。


 ゴブリンたちが持つ灯火にのみすがって移動するので、当然ながら足元はまるで見えない。


 真の闇で行動するのはそれなりに骨が折れたが、出口側にほんのりとしたヒカリゴケの明るさを見た英二は思わず駆け出して行って叫びそうになる自分を留めた。


「出口ですわっ」

「ちょっ!」


 ちっちゃな子供のように背中にくっついていた綾乃がいきなり走り出したときは、あまりのショッキングさに動けなかった。


「おいっ。阿保なお嬢さまっ。今行ったらやばすぎんだろが!」


 英二が叫びながらあとを追ったがときすでに遅かった。


 目の前には開けた広間で、心なしかほくそ笑む四体のゴブリンが手ぐすね引いて待ち構えていた。


 綾乃はあまりのショックさにグリコのポーズで硬直していた。


 英二は素早く短剣を引き抜くと、綾乃の前に立ってこん棒を振りかぶったゴブリンと対峙した。


「俺が二匹なんとか引き受けるっ。綾小路は時間を稼いでくれ!」

「え、えええっ! 待ってください、英二さん?」


 英二はもう背後を振り返ることなく、四体のゴブリンに真正面から飛び込んでいった。


 これに度肝を抜かれたのか、包囲はあっさりと崩され英二はこん棒を持つゴブリンと長剣を持ったゴブリンの二体と対峙する格好となった。


 綾乃はきゃあきゃあ叫びながら、槍を持つゴブリンと手斧を振りかざしたゴブリンから逃げ回っている。


 正直、悪役令嬢ごときに構っている暇はない。英二は目前の敵を倒すことに専心する。


 こん棒ゴブリンが口元から唾液を吐き散らかしながら襲いかかって来た。


 英二は大振りの一撃を身をかがめてかわすと、がら空きになった右手首に短剣を叩き込んだ。


 すっぱりこん棒ゴブリンの手首が斬り飛ばされ、得物ごと地に転がった。


 素早く足払いをかけて寝転がすと、顔面を踵で踏みつけながら長剣ゴブリンに斬りかかった。


 武器のリーチが違い過ぎる。英二の短剣は四十センチ程度なら、向こうの刃渡りは少なくとも倍以上ある。


 打ち合っては勝負にならない。距離を詰めて胸元を狙ったが、相手も必死だ。剣を振り回して果敢に防戦する。


「やだっ、やだやだやだっ! 来ないで、来ないでくださいましっ!」


 ちらと視線を向けると綾乃はあっさりと岩肌がボコボコしている壁際まで追い詰められていた。


「なにやってんだ、綾乃! 走り回れ、空間を生かすんだよ――!」


 二十メートルほど離れた場所で綾乃は槍ゴブリンと手斧ゴブリンに追い詰められていた。


 もう間に合わないか、と英二が剣ゴブリンを放っておいて加勢に向かおうとしたとき、綾乃が目をつむって突き出した両手の空間に光り輝く真円が浮かび上がった。


 ――そうだ、俺たちには〈スキル〉があったんじゃないか!


 英二は失念していたが、綾小路綾乃が何度かあの技で自らの身を守っていたことを思い出した。


「確か、あいつの〈スキル〉は聖王母の盾(マスターオブシールド)!」


 直径六十センチほどの光り輝くシールドは襲いかかろうとしていた槍ゴブリンの穂先に触れると、ものの見事に槍ごとゴブリンを弾き返した。返す刀で手斧ゴブリンが振るった得物にぶつかると、これもまたピンポン玉が飛ぶようにゴブリンごと虚空へと舞い上げる。


 槍ゴブリンは反対側の壁まで吹き飛んで激突すると、積載トラックにぶつかったように全身の骨を粉砕されて動かなくなった。


 手斧ゴブリンも同様に地上へ落下すると、手足をあり得ない方向に捻じ曲げたまま、ひゅうひゅうと荒い息を漏らしている。


(俺は、今まで綾小路が後方で敵の矢を弾くくらいしか見てなかったが……これは使えるかも知れない。俺の〈スキル〉を使えば、あるいは……)


 綾乃が華麗に二体のゴブリンを屠った場面を目にして動きが知らず止まっていたのだろう。


「って、とは!」


 剣ゴブリンが隙を突いて長剣を見舞って来たのだ。


 英二は短剣を器用にしならせ、斬撃の勢いを殺すと腰を捻って回転しながらすれ違いざまにゴブリンの首根を打った。


 しゅうしゅうと血煙を上げて剣ゴブリンが倒れ込む。

 まだ息のある手斧ゴブリンにトドメを刺すと、未だ茫然としている綾乃に駆け寄り、英二は今浮かんだ最高のアイデアを余すことなく伝えた。


「すげぇな! やったぜ、綾乃!」

「え、英二さぁん」


 彼女にとってははじめてのキルであったのだろうか。綾乃はくしゃくしゃに顔を歪めてその場に座り込んでいた。


 いくら悪役令嬢という二つ名を持つほど気丈であってもただの高校生である。


 そんな彼女の誰かにすがりたい気持ちに思いが至らぬ英二は、なるほどぼっちとなる資質を秘めた天性の男であった。


「おまえに提案がある。真面目な話だ。聞いてくれ」

「な、なんですの?」

「綾小路――俺の奴隷になってくれないか」

「……」

「げひゅっ!」


 英二は綾乃の聖王母の盾(マスターオブシールド)を喰らってポーンと吹き飛ばされた。






「ひ、人が真面目に話を聞いてあげようと思えば……よりにもよって、この私によくもに、ににに、肉奴隷に、俺の肉奴隷になって肉奉仕しろなんて口にできますわねっ。私、生まれてから男性の方にここまで侮辱されたのは、はじめてございますっ。少しは見どころのある方かと思っていましたのにっ。よ、よよよ、よくも裏切ってくれましたわね! もう、英二さんとは金輪際口を利いたりいたしませんわっ」


「だーかーら、肉奴隷だなんてひとこともいってないじゃんよぅ」

「はじめから私の豊満な身体が目当てだったのですねっ。いやらしい方っ」

「いきなり口利いてんじゃん」


 それに豊満でもない。


「そ、それはあなたが色魔に囚われ――いいや、色魔そのものといっていい邪悪な人物ですからいけないんですのよっ!」


「誤解だって。それに、何度も説明してるように、これが俺の〈スキル〉なんだってば……」


 今まで秘匿していた英二の〈スキル〉――。


 攻撃系ではなく、そのあまりの限定条件の酷さに隠蔽を余儀なくされていたその名を、奴隷の首輪カラーリングセレモニーといった。


「俺のスキルは奴隷の首輪カラーリングセレモニーっていって、契約者のスキルを倍加させる能力なんだ。綾小路。こいつを使えば、おまえのスキル聖王母の盾(マスターオブシールド)の今までと比較できないほど向上させることができるんだ。な、別段不都合はないだろ。ただ、俺が主人でおまえが奴隷になるだけなんだけど、特に問題はないよな」


「大アリですわ! なんですか、その奴隷は主人のあらゆる命令に逆らえなくなるっていう悪魔的所業はっ。私にとって自害しろっていってるも同じでしょう?」


 〈スキル〉奴隷の首輪カラーリングセレモニーを受け入れた主人と奴隷は、その瞬間から絶対的な関係が生まれ、戦闘中は主人からの命令をたとえどのような理不尽なものであろうと奴隷は絶対に拒めないという制約が発動するのである。


 これが、かつて2Aのメンバーがそろっていたときに英二が自分の〈スキル〉を開示できなかった理由であった。


 いくら地上への脱出を望むとはいえ、あらゆる女子はいわゆるクラスカーストで最下層に位置する英二に隷属することを拒否するだろうし、よしんば英二が特定の女子と契約を結んだところで、男子の誰かがその関係性を逆手にとって悪用しないとはいい切れない。


「あのな。冷静に考えろよ。命がかかった戦闘時に、おまえが考えるような不埒なことを俺がするような男にでも見えるというのか」


「見えますわ」

「あ、あのなぁ……」


「確かに私が箱入りのお嬢さまであり、世間一般の女子と比べれば男性に対する経験が少ないといわれればそのとおりですが、いくらなんでもこのような見え見えな罠に自分からかかるほど、この綾小路綾乃は愚かではございませんことよっ」


「おまえ、俺のこといったい、今までどう見てたんだよ」

「使い勝手のいい従者ですわ」

「あのな」


「それに、たとえなにもしないって約束されても、土壇場で私のこと裏切るんでしょう?」

「裏切らねーよ」


「その……あの……でも、戦闘中私に下着姿になれとか、その程度のことは考えていらっしゃるのでは……?」


「ねーよ。てか、それはおまえの願望じゃないのか?」


「は……? はぁ? わ、私がそのような破廉恥なこといつ望んだというのですかっ」


「いちいちキレんなよ。なあ、頼むよ。この通りだ。土下座でもなんでもするよ」

「なにをしてらっしゃるんですかっ?」


 英二は素早くその場で膝を折ると綾乃の足元に正座し地べたに額をこすりつけた。


「ちょっと! 殿方がそのようなみっともない真似をするのはよろしくありませんわよ」


「俺のプライドなんて、カスみたいなもんだ。俺はどんなことがあっても、このクソッタレな地下から脱出して元の生活に戻りたいんだ……そのためだったら、頭だってこうしていくらでもこすりつけるし、必要ならおまえの靴にだってキスくらいする。綾小路、俺にはおまえの力が必要なんだよ。頼む、俺と契約して奴隷になってくれ……頼むよ……形だけでいいんだ……神に誓って戦闘中、おまえにセクハラ的命令を出したりしない」


「英二さん……わかりましたわ。あなたは、殿方の誇りを捨ててまで私を望んだ。私もあなたに女の誠を示さねばなりません。淑女として、そこまで頼まれて断ることはできませんわ。さ、膝に泥がついてしまいます。お立ちになって……」


「綾小路――いいのか?」


「あなたが私に賭けてくれたように、私もあなたの作戦に賭けてみたいのです」

「……白か」

「――!」


 ちらと顔を上げると、ちょうど立っていた綾乃のショーツが丸見えだった。


 いわんでもいいことをつい口走り、顔が青ざめるのよりも早く。


 綾乃の踵が英二の顔面を踏み潰すのは当然の行為だった。



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