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22「隠された切り札」

 英二を引きずって五味川が外へ消えた。綾乃が傷ついた身体でそれを追ってゆく。


 雅は蹴られた腹を押さえて蹲りながら、不甲斐ない自分を恥じていた。


 たかだか軽く蹴られたくらいでなんだ。


 英二たちはこれ以上のダメージを受けてなお、あの五味川に立ち向かっているというのに――。


 思えば自分ほど、このなかで役立たずはいないだろう。


 特殊能力である〈スキル〉の大いなる幻影(レッドファントム)は牽制や陽動程度にしか使えず、いざ脅されれば痛みに耐えかねあっさりと屈してしまっている。


 きっと、英二たちがいない状況で五味川に強要されれば、恐怖のあまりどんな痴態すら厭わず行ってしまうだろう。


 英二は勘違いしていた。自分は冷静なわけでも、思慮深いわけでもない。


 ただ、傷つきたくない臆病者だ。


「い、痛い……痛いよ」


 清香はどうにか剣を杖にして立ち上がろうとしているが意識が朦朧として眼の焦点が合っていない。


 雪絵に至っては腹に受けた一撃で未だ昏倒している。英二は、自分たちの受けた痛みがすべて主にフィードバックされるといっていた。と、いうことは個々に分散した衝撃をすべて分かち合っているのだ。考えられない。


「おやぁ。まだ意識がありましたかぁ」


 気づけばすぐそばまで五味川が接近していた。


 壁際に掲げられた灯火によって映し出される姿は途方もない肉量である。


 かなうわけない、こんなの。


 雅のなかにあった勇気を痛みの恐怖があっという間に塗り潰してゆく。


「英二たちを……どうしたの」

「ふぅう。西園寺。君は大和撫子そのものといった容姿なのに、敬語も使えないとは」


 ぐいと無理やり引き起こされた。

 五味川はすでに人間をやめている。


 肥大した筋肉の鎧に包まれた男の身体は酷く現実感がなかった。


「英二たちを、どうしたんですか」

「ま。いいでしょう。彼らは、惜しいことをしました」

「どういう意味よ」


 ぱんっと頬が張られて鋭い痛みが走った。

 鼻の奥が熱くなって糸のような血が流れ出した。


「敬語を使えといったはずだ、西園寺雅。やつらは、とっくに穴のなかだ」


 五味川はそういうと、無理やり雅を立たせて情け容赦なく平手で打ちはじめた。


 この男は天性のサディストだ。


 恐らくは雅が泣き喚いて命乞いをしない限り、殴打をやめようとしないだろう。


 奥歯を噛んで耐えた。


 西園寺家の箱入り娘として育てられた雅だ。もちろん、取っ組み合いの喧嘩などはしたことがないし、この迷宮に落ちてからもこの手で命あるものを殺めたことは一度もない。


 暴風雨に耐える。屈したくないというその思いが雅に悲鳴を押し殺させた。


「やめ、やめろ……私が、代わりに私が……受ける」


 清香が這いずりながら、寄って来て五味川の裾を掴んだ。


「清閑寺さん。あなたの指導はあとです。まずは西園寺さんを教育します。従順な妃となるようにね」


「せん、せい」

「なんですか? 少しは反省しましたか、西園寺さん」


 雅はわざとぼそぼそと小声で呟く振りをした。五味川は「んん」と気持ち悪い声を出しながら顔を近づけて来る。


 勢いよく口中に溜まった血の塊をびゅっと吹きつけてやった。五味川が、両目を見開いて掴んだ腕を細かく震わせている。ああ、これで楽になれる。雅は、このあとに起こるであろう痛みを予期しながらも、最後まで牙を折らずに満足していた。


「やめた。人がやさしくしてやろうと思えばこれだよ。西園寺。我が愛撫で昇天するがいい」


 どう考えても絶望しかない。せめてこの男が自分を凌辱している最中は嘲笑ってやる――と、覚悟を決めたときにコツコツと床を鳴らす固いブーツの音が響いて来た。


 五味川が顔を上げる。同時に白く輝く手のひら程度の光が水平に走って激突した。


 襟元を掴んでいた腕から解放され尻もちを突いた。


「これは……」


 眼の前には、ほんの十五センチ程度に縮小された聖王母の盾(マスターオブシールド)が浮遊していた。


 見ただけでわかる。この盾には途方もない密度で力が込められている。五味川は銃弾でモロに顔面を打ち抜かれたようなものだ。


 痛みのあまり床に転がり、苦悶しつつ絶叫を上げていた。筋肉肥大の源泉である〈金剛〉の〈スキル〉も解かれていた。


 憐れっぽく泣き叫ぶ中年男に強者の風格はなく、そこには教室でよく見た、地味で目立たない貧相な面影しか残っていなかった。


「油断したな、五味川。スキルは能力者の創意工夫でどんなふうにも変化させられるんだ。それに、俺たちにトドメを刺さなかったのは、おまえのミスってやつさ」


「英二、それに綾乃も……!」


 そこには傷だらけであるが、しっかりと地に足をつけ立っている英二と綾乃が全身に闘気をみなぎらせ五味川を見据える姿があった。






「なぜだ、なぜあの崖に落ちて生きているんだああっ」


「五味川先生。私のスキルをお忘れですの? 単純に聖王母の盾(マスターオブシールド)を展開して落下を食い止め、油断したあなたの隙を突いただけですわよ。もっとも、こういった詰めの甘さが悪党の弱点でもあり――あなたの決定的敗因になるのですわよっ! おーっほっほっほ!」


 綾乃はふわふわな髪を波打たせながら、高らかに笑っていた。本当、この女は自分のいったことをなんでもあっさりと信頼する。五味川を破る策はある。ただそういっただけで、勇気百倍とは、いった自分も怖くなるほどの単純ぶりで、先行きが不安になる。


「綾小路ィ――! その小僧の口車にまんまと乗せられたようだが、この罪は重いぞぉ。新世界では、きさまは妃にしてはやらんっ。肉便器だぁああっ。通りすがりの野卑な男たちにも自由に使えるよう再調教してやるううう」


「あーらお生憎さまですわっ。私の英二さんが勝って、あとはエンドロール。綾小路綾乃が選んだ男が、あなたのような臭くて汚くて惨めで卑怯な男に負けるはずないですのっ!」


「カスがぁ。一体全体、先ほどの影村の逃げっぷりから見て、どうしてそこまで楽観視できるんだああっ」


「能書きはいいぜ五味川。さあ、カタつけっか。おっさんにゃ長引くと辛いべ」


「調子に乗り過ぎだ、小僧」


 五味川はのっそり立ち上がると、〈金剛〉の〈スキル〉で全身を再び肥大化させた。


 素足で床石を踏み込んで、真正面から飛びかかって来る。


「調子に乗り過ぎなのはあなたですのっ」


 綾乃が五メートルほどに構成させた聖王母の盾(マスターオブシールド)を横向きにして放った。


 凄まじい風切り音を唸らせて手裏剣のように光の盾がすべってゆく。


 この程度の攻撃は受け切れると判断したのか、五味川は〈鉄身〉で全身を硬化させ、熱い胸板で盾の手裏剣を弾き返そうとするが、瞬間綾乃の首輪が赤から黒に変化し、威力が倍増された。


「んなっ。馬鹿な――攻撃が、受け切れぬっ」


 英二の能力である奴隷の首輪カラーリングセレモニーは奴隷の主に対する忠誠度でその色を変えてゆく。


 順番は、白、青、赤、黒。

 なにものにも染まっていない純白――。

 未だ実を成さない果実の青――。

 熟しきった忠誠を表す赤――。


 そして、もはやどんな色にも染めることはできない黒――。


「喰らいなさいっ。私と英二さんの愛の結晶をっ」


 五味川の鋼鉄の身体が後方に吹っ飛んだ。壁に激突して、石片が濛々と舞い上がる。


 どんな防御態勢も取れないまま、五味川は虚空に舞ってついに血反吐を吐き出した。


「その虚言に関しては、私から異議があるッ!」


 がら空きになった五味川の後方に飛翔した清香が剣を大上段に構えて待ち構えていた。


 視線を動かすと気絶していたはずの雪絵が四つん這いのままVサインを送って来た。

 彼女も自ら為すべきことを果たしたのだ。


「ば、馬鹿なぁ! おれは、さいきょ、最強の力を手に入れたんだっ」


 五味川は最後の気力を振り絞って右腕をぶおんと後方に振るった。


 直撃を喰らったはずの清香の姿が赤黒く変色し霧散してゆく。


 五味川が気づかぬうちに雅の大いなる幻影(レッドファントム)で作り出した幻影と置き換わっていたのだ。


 裂帛の気合を込めて、清香が四回転させた勇気の紋章(ブレイブブレイド)――256倍の一撃が五味川の胴を穿った。


 鋼鉄の身体を持っているとはいえ、この一撃には耐えようもない。


 五味川は壁際まで吹っ飛ぶと背面をモロに打ちつけ、血反吐を吐き出し呻いた。


 ぱきぱきと音が鳴って黒色の身体が元へと戻ってゆく。


「が――はっ」


 だが先に体勢を立て直したのは五味川だった。無尽蔵の耐久力といえよう。


 一方、綾乃たちは立て続けの〈スキル〉行使で限界が来たのか、みなその場に崩れ落ちた。


 オーバーロードだ。


「ど、どうやら打ち止めのようだなぁ。綾小路、清閑寺、西園寺、甘露寺ィい! やはり、最後に勝つのは絶対正義のこのおれだァ……!」


「とかいっちゃって、もうフラフラじゃねぇか。先生よぉ」


 体力を温存していた英二は短剣を引き抜いたまま五味川の前に立った。


「馬鹿か、影村。おまえのスキルは所詮仲間の底上げ。直接攻撃のできない雑魚が、疲労したおれ相手なら勝てるとでも思ったか。その思い上がり、ぶっ壊してやるよう」


「いいえ。英二さんは勝ちますわ」


「綾小路――! さすがの奴隷根性だな。そこまでおまえを縛ることのできる影村のスキルだけは褒めてやろう。だが、このカスが本当に勝てると思っているのかぁ? その感情はスキルの効果でないといい切れるのかァ?」


「契約なんて関係ありませんわ。この綾小路綾乃が信じたのですから、英二さんが勝利するのは当然の結果でございます」


 五味川は綾乃の毅然とした態度に息を呑んでいる。


 ――ああそうだぜ、綾小路綾乃。影村英二は、こんな外道に負けるほどやわな根性を持ち合わせていない。 

 そして、今からそれを証明してみせる。


 五味川が瘴気を発しながら英二を睨みつけて来る。

 文字通りの最後の大勝負だ。これを落とすことは許されない。


 ここぞとばかりに〈鉄身〉を使用し身体を鋼鉄化する。


「影村ぁ。おまえは学習能力がないのかァ。先生に普通の攻撃は通用しないと、さっき身体で思い知ったはずだろう?」


 確かにそうだな、先生。


 英二の攻撃は、硬質化した五味川典膳には通じない。

 ならば、五味川がただの人間に戻るまで、待ち続けるだけだ――。


 綾乃たちのフィードバックをモロに喰らって、痛みは全身を支配している。


 ちょっとでも気を抜けば発狂しそうなほど強烈だが、英二はそれを意思で押し殺す。


 五味川はすでに満身創痍だ。必死に英二を追って手刀を繰り出しているが、動きはドンドンと緩慢かつ単調になってゆく。


 ――あんた、しょせんは素人だぜ。


「さっきから、なにをブツブツと数えているッ」


 六十五、六十六、六十七――。

 左右に細かく飛んで五味川の追撃をかわし続ける。


 英二は頭上から振り落とされた鋼鉄の脚をわずかに身体を開いてさけると、反撃に出ず、ただそのときを待った。


「決まってる。あんたの魔法が解ける瞬間だよ」


 五味川のラッシュがさらに大振りとなった。


 これではよけてくださいと懇願しているかのようだ。


「先生。あんたのダブルスキルは確かに凄い。けど、なぜ常時剛力を司る金剛と無敵の防御力を誇る鉄身を同時に使い続けない。いいや、使い続けないわけじゃない。あんたは、使えないんだ」


 英二は狂ったように打ちだされる五味川の拳を紙一重でかわすと、わざと相手に届くよう叫ぶようにカウントダウンを続ける。


「八十八、八十九、九十――。そうら、あんたの魔法はきっかり九十秒。それが、スキルの限界なんだよっ!」

「くそがぁあああっ――!」


 英二は鉄身がみるみるうちに解けた五味川の左手首に短剣を打ち落した。


 ざくり、と。


 肉を割る感触とともに、五味川の左手が床に転がった。


 五味川は血涙を流して悶え狂った。綾乃が座りながら拳を突き上げている。


「いがあああっ。影村ァああああっ! 殺すうううっ。絶対にぃいいっ」


 英二は唇から流れ出ている血を袖口でこすり取ると不敵な笑みを浮かべた。


「いつものあんたならよけられない斬撃じゃないが、無駄にスキルを使用し過ぎた罰だ」


「ふざ、ふざざ、ふざけるなああっ。時間をおけば、またスキルは回復するぅうう。それに、おれの金剛はまだ敗れたわけじゃないいいっ。影村、どうあがいてもおまえのスキルは他人の底上げでしかない。中途半端な剣術でおれを倒せると思ったら、それは妄想だ。金剛だけでもおれはおまえを圧倒できる」


「確かにそうだな」


 だから奥の手を使わせてもらう。


 英二は五味川から距離を取って壁から剥落した瓦礫のカケラを掴むと、素早く並んだランプに投げつけはじめた。


「なにをやっているんだあ、影村ぁ。恐怖で頭がおかしくなっちまったかぁ」


 黙々と駆けながら石を投げつけ灯火を破壊していく。五味川はほくそ笑みながらその場に佇立してカラカラと笑い出した。


「奥の手ってのはそれかっ。暗ければおれの攻撃をよけやすくでもなると思ったのかァ! 馬鹿だなぁ影村くぅん。先生はドンドン回復していってるぞお。そぉら。もう鉄身だって使えちゃううっ」


「綾小路――!」


「清閑寺さん。英二さんを信じましょう。彼は、無意味な行動をする人間ではありませんわ」


 ふらつきながら、灯火のほとんどを破壊すると室内は暗闇に近づいた。


 五味川は長い影を伸ばしながら、眼だけをギラギラさせて近づいて来る。


 身体はすでに能力を回復させたのか、黒い鋼鉄に変化をはじめていた。


「先生。んな簡単に近づいてもいいのかい?」


「影村くん。これが最後の授業ですよ。教師には敬意をもって接しなさいっ!」


 五味川は手にしていたスイカ大の瓦礫を英二に向かって投げつけて来た。


 砲弾のように大気を裂いて飛翔するそれを喰らえば即死は免れない――。


 綾乃たちが悲鳴を上げかけたとき、奇妙な光景が英二の身体に起こった。


 石くれの弾丸が貫こうとしたとき、英二の身体はどろりと溶けて影と同化した。


「ん――がっ! はっ?」


 同時に五味川の身体が凍りついたようにその場へと固着。


「英二さんはどこへ行ったんですのっ」

「綾小路、違うっ。影だ! エージは影になったんだ!」


 五味川の身体は下半身のみが鋼鉄化し、上半身は通常を保っていた。脂汗を垂れ流しながら身体を動かそうとしているのだが、指先ひとつ動かせない。


 焦燥感と恐怖に駆られながら五味川が獣のような凄まじい咆哮を上げた。


「影村ぁ……きさま、なにを……おれになにをしたァ!」


「切り札は最後の最後まで取っておく。なぁ五味川。どうして自分だけがスキルをふたつ持っていると思い込んでいたんだ……?」


 英二のもうひとつの能力である影移し(シルバーゴースト)――。


 影を支配することによって自らを影と同一化させる。


 そして対象者の動きを制限するチートのなかのチート能力だ。


「これでおまえはもう動けない。チェックメイトだ」

「そのために……灯りを……壊していたのか」


「俺の基本スキルは奴隷の首輪カラーリングセレモニーだ。スキルを併用する弊害はおまえがその身で実感しているだろう。こいつは体力の消耗が尋常ない上、オーバーロードの危険性が高すぎる。死んでも使わないつもりだったが……まぁ本当に死ぬよりかは若干マシだろうな」


 英二はシャドウ体のまま音もなくすべるように近づくと、動けなくなった五味川の脇腹へ短剣を埋没させた。


 肉を穿っていく感触ととともに五味川は涙をこぼしながら絶叫を上げる。


 素早く引き抜くと、噴水のような血潮がびゅうびゅうとあたりに撒き散らされた。


「た……たすけ……せ、先生だぞ……私は、おまえの先生なんだぞ……な。影村?」


「先生、ご教授ありがとうございました。これからも俺たちは強く生きていきます」


 にこりと微笑んだ。五味川の顔が凄絶な怯えに彩られた。


 英二は短剣を一閃させると喉笛を切り裂いた。五味川は絶叫を上げ舌を出してあえぐ。


 影移し(シルバーゴースト)を解く。この〈スキル〉は長時間使用できない。


 五味川は巨体を持て余すように血溜まりへと横倒しになった。


 英二は五味川の横っ腹に蹴りを入れて仰向けにすると、左乳の下へと短剣を振り下ろす。


 五味川は両手で虚空を数度掻くと、激しく痙攣し、やがて二度と動かなくなった。






 終わった――。


 英二は五味川の両目を見開いたまま絶命した死体を見ながら、小さくあえいだ。


 限界まで能力を使用したせいで、身体が泥のように疲れ切っている。


 無言のまま黙っていると、綾乃が清香が雅が雪絵が近寄って来て抱きついた。


 英二たちはそのまま一個の意思を持った生物のように寄り添って互いの体温を確かめ合っていた。


「鳳鳴学園の生徒たちだな? 手を上げてこちらに来なさい」


 不意に入り口から拡声器を使った男の声が聞こえて来た。


 視線を向けると、迷彩服を着込んだ特殊部隊の男たちがM4カービンを構えている。


「一難去ってまた一難か。綾小路」

「はいですのっ」


 心得たもので綾乃は特大の聖王母の盾(マスターオブシールド)を構成すると入り口を完全にふさいでしまう。男たちが怒声を上げて、投降を促している。英二からいわせてもらえば噴飯ものだった。


「さあ、俺たちにはふたつの選択肢が残されている。ひとつは、このままおとなしくあの謎サバゲもどき軍団に下ることだ。その場合は――」


「その場合は、どうなのかしら」


 雅がからかうようにいった。


「よくて工作員。下手すりゃモルモットで終わりかも知れん」


「うち、そんなんいやや」

「で、エージ。もうひとつの選択肢は?」


 清香が長剣を地面に突いて、なんだか楽しそうに問うた。


「見ろ。幸か不幸か、俺たちの背後には次の世界の扉が開いたままだ。もう、この国に戻っては来れないかもしれない。でも――」


「英二さん。そんなこと聞くまでもないですわよ」


 綾乃が、清香が、雅が、雪絵が微笑みながらうなずいた。


「さあ、みなさんっ。私たちには輝かしい新世界が待ち受けていますわ。心配などございません。なにせ、この綾小路綾乃がついておりますのよ! ごーごーですわっ!」


 英二は黙ったままシニカルな笑みを浮かべると、頭のうしろで手を組んでゆっくりと次元のうずに向かっていく。


 みながそれに続いた。


 英二は短剣に付着した血の汚れをポケットのハンカチで拭き取ると、背後に放り投げた。


 それはこの世界との決別を表す合図だった。





 



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