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20「最強の能力者」

「君たちはこのダンジョンで振るい落とされ、最後のゴーレムを倒したところで身柄を確保される手筈となっていた。もっともゴーレムは先生がつい倒しちゃいましたけどね。戸籍はすでに抹消ずみです。もはや抗う術などない。けれど、それは先生とて同じでした」


「先生?」


「私も父母と妻子を人質に取られ、無理やりあなたたちの監視役を務めさせられていたのですよ。先生も、実をいうと能力者なのです。否も応もない。だから、ずっと探っていたのですよ。次なる世界に生きる道をね――! 影村くん。その宝玉は、四人以上の能力者が触れなければ起動できないようになっている、異世界へのカギなのですよ。この地下迷宮を建設した場所は、政府でも観測できない特異点が定期的に表れる場所だったのです。移動の宝玉は、政府がどうにかして向こう側へ渡れないかと模索して作ったワームホールを起動させるアイテムであったのですが――それを見つけて、ゲートを開くタイミングを待ち望んでいた、ままま、ままま、待ち、待いいいいいィ!」


「先生、どうしたんですかっ」


 五味川はその場に膝を突くと、頭を抱えて脂汗を流し出した。苦悶の表情は演技ではない真に迫ったものだった。


「あの、バス事故は――実際に能力者たちの萌芽を促すため、行われたもので、私も嫌々ながら参加させられました。づううっ。その際にですね、どうも頭を強く打ちつけ、打ちつけ、打ちつけええぇ! てしまったようで。どうも自制が効かなくて困る」


(ハッキリいって五味川は異常だ。けど、彼が味方になってくれれば、なんとか地上に脱出して、政府との交渉に持ち込むことができるかもしれない――!)


 これだけ大規模の工作物を作るには並大抵の資金ではないだろう。


 異世界うんぬんは眉唾物だが、どうも五味川のいう政府は英二たちを鍛え上げ、あのゲートの向こう側に送ってなんらかの情報を得ようとしていることが窺えた。


 綾乃たちは五味川の残虐な行動に忌避感を覚え、なおかつ告げられた状況を上手く呑み込めず茫然としている。


 やむを得ない。できれば、あからさかまに常軌を逸したこの男のすがるのは問題がある。


 しかし、クラスで知っている彼は気弱な部分があったが生徒を依怙贔屓しないフェアな精神があった。


「なあ先生。先生はもう政府側に回る気はないんだろう。だったら俺たちと協力して地上に戻る方法を――」


「協力? なにを勘違いしているのかな。綾小路さん、以下女子たちはこれからすべて私の指揮下に入ってもらう。闘争が終われば、もちろんそのあと私の子を産んでもらうよ。王には、その座を受け継ぐ子たちが必要だからね」


「ちょっと待った。なにを先生はおっしゃられているか、意味が理解できない」


 清香が呟く。五味川はゾッとするような情欲に煮えたぎった瞳で、彼女を上から下まで舐めるように見つめた。


「ああ、それといい忘れていましたが影村くん。君は私の王国に必要ない。消えてください」

「は?」


 予備動作無しで肥大化した五味川の一撃が振るわれた。特殊訓練を受けた男たちを一撃で屠ってきた攻撃は一発天国コースである。


 ガッ、と激しい音が鳴って五味川が吹っ飛んだ。


「さっきからぺちゃくちゃぺくちゃと――! 先生。私たちはあなたに従うつもりなど、ただの一片もありませんわっ」


 綾乃が盾を展開し英二を守ったのだ。


「これはこれは……。影村くん。君のようなぼっちキャラは、彼女たちにいいように使われていると思っていたのですが。まさかとは思いますが、私の妃たちに手を出したのではないでしょうね。だとしたら、その罪は万死に値しますよ」


「はっ。残念でしたわね、五味川先生っ。ここにいる女子全員は英二さんの奴隷でしてよ。なにを好き好んであなたのような、脂ぎった中年に妃呼ばわりされなくてはいけないのですか? 虫唾が走りますわっ」


「そ――そうか。影村ァ! きさまおれの天使たちに手を出して、あまつさえか調教までェええっ。おれの楽しみを奪うとはぁ、許せん、許せんぞおおっ!」


「おい、綾小路。なにをあいつを煽ってくれちゃってんのおおっ!」


「あらら、怒っちゃいましたわ。器の小さなお方ですこと」


「う、うちの身も心もえーちゃんのもんやしなぁ。先生のお妃なんかまっぴらやで」


「同感。ちょっと五味川先生だけはありえないわ」


「と、いうことだ先生。ここはおとなしく、私たちに地上への出口を教えてあとはお好きなところへどうぞ」


「清閑寺ぃいいいっ! そこまで影村に対して従順になるまでどんな卑猥な調教をされたんだああっ。先生はなんでも初物が好きなのにいいっ。新雪を泥靴で踏みにじられた気分だよ。こうなったら、影村を半殺しにして、やつが見ている前でありとあらゆる調教を行うしかこのNTR感を払拭する手立てはなあああいっ!」


「キチりやがって。こうなったら、もうやるしかないみたいだな」


 五味川は全身の筋肉をあっという間に肥大させると、上着をビリビリに吹き飛ばした。


 上半身はぱんぱんに膨れた筋肉の塊で今にも弾けそうで、対照的な下半身とアンバランスだ。


 百七十そこそこだった背が二メートルをはるかに超えるほどに膨れ上がっている。


 両腕は確実に雅の腰回りよりも太く、巨大な丸太のようであった。


「おれのスキルである金剛はこのように身体の筋肉を限界まで引き上げることができる。さあ、影村。ここで自害するなら、拷問や恥辱を加えることは元担任として許してやろう。さっさとそこに跪いて、頭を差し伸べおれに蹴り砕かれろ」


「はいそうですかとテメーの頭を差し出す馬鹿はいねーだろがよ」


「教師に向かってその口の利き方。許せんなぁ、まったくもって許せんよ。これは教育的指導だな――ッ!」

 速い。


 五味川は地を蹴ると弾丸のような動きで英二目がけて突っ込んで来た。


「させませんわっ」

「ぬうっ」


 すかさず綾乃が割って入って、一メートルほどの盾を展開し防ぐ。


 が、肉体肥大の〈スキル〉である〈金剛〉は凄まじく強化された聖王母の盾(マスターオブシールド)でも容易に吹き飛ばすことはできない。


「りゃああっ!」


 隙を突いて清香が頭上で長剣を二回ほど旋回させ勇気の紋章(ブレイブブレイド)を発動。四倍に向上された攻撃力で斬撃を見舞った。


 長剣が光芒を描いて頭上から振り落とされる。

 五味川は左腕を盾にすると、真っ向から清香の攻撃を受けた。


 切っ先は五味川の腕に食い込むと血飛沫を吹き上がらせるが、切断には至らない。


「いーいい、攻撃だぁ清閑寺。だが、四十点しかやれんなぁ」

「きゃっ」


 五味川は剣を食い込ませたまま、ぶんと腕を振るって清香を床に叩きつけた。


 軽くバウンドした清香は強く背を打って苦痛の声を上げた。


「今からたっぷり教育してやる」


 ゆっくりとした動きで五味川が近づいてゆく。遮るように雅が大いなる幻影(レッドファントム)を発動させ、ゆらめくファントムを十体ほど浮かび上がらせた。


「西園寺。たかが幻影などこの筋肉の前では無意味だとわからんかぁっ!」


 吠えながら五味川が一撃をファントム体に入れる。


 しかし、まぼろしの魔人たちは自らの体内に拳を受け入れつつ、身を引き締め続けて五味川に殺到してパンチの雨を降らし出した。


「あたしの幻影は実体化もできる――! さあ、綾乃っ」

「油断しましたわねっ。五味川先生!」


 綾乃が精神を集中させ巨大な盾を虚空に形成させた。

 盾は螺旋を描いて光を放つとファントム体もろとも動きを封じられていた五味川をかっさらい凄まじいスピードで壁際に押しつけ、弾けた。


 白い堅牢な造りの石壁に無数の亀裂が走った。

 地竜すら転がすような圧力だ。


 勝負は決まったと誰もが思ったとき、そこには全身を黒々とした鋼鉄に変え、口元を釣り上げる魔人がなんてことのないように佇立していた。


「おいおい。綾小路。痛いじゃないか。こんなことをしては、駄目だぞぉ」

「ひっ」


 その隙を突いて清香が走り出した。素早く頭上で、一回、二回、三回、四回と剣を回転させた。


 地竜を撃ち滅ぼした256倍の一撃だ。


 五味川が両腕をクロスさせるように防御する。駆け違いながら清香は長剣で無防備な五味川の脇腹を打った。


 どおん、と。


 野砲で敵陣を破壊するような腹に響く音が鳴った。


「どうだ!」 


 清香が振り返ると同時に五味川はすでに距離を詰め切っていた。回避する間もなく頭を鷲掴みにされる。


「清閑寺――!」


「騒ぐなぁ、影村。今からちょいとお仕置きするだけだ。つう。にしても、今のはまぁまぁ効いたかぁ? おかげで、少しばかり痒い」


 五味川は黒々とした〈鉄身〉の〈スキル〉を解くと片手で清香を吊り上げていた。


「が、あああっ」

「清閑寺さんをお放しになってっ」


「んー。いいのか、綾小路。おれにそいつをつかえば、清閑寺もただじゃあすまんぜぇ」


「くっ」


 確かに綾乃の聖王母の盾(マスターオブシールド)をぶつければ五味川を吹き飛ばすことはできるだろうが、その場合捕らえられている清香も無事ではすまない。


「五味川。もういい、俺と一騎打ちだ」

「英二さん? それは無茶ですわ!」


「ずっと女の影に隠れていたかと思ったら、ようやく前に出たかぁ。偽善者が」


 五味川は清香を離すと、ゆっくりと近づいて来た。

 英二はベルトから短剣を引き抜くと腰を落とし構えた。


 五味川の〈スキル〉は肉体強化の〈金剛〉と身体を硬化させる〈鉄身〉の二種だ。


 だが、いかなる理由があるのか、常時使い続けているのは〈金剛〉のみである。


 英二は少々剣術の心得があるとはいえ、あの剛力に真正面から立ち向かって勝てるとは思えない。


 そして、現に、こうして綾乃たちを戦わせることによってダメージのフィードバックを受けている。


 これは通常の負傷と違って〈スキル〉奴隷の首輪カラーリングセレモニーの能力のうちであり、雪絵の癒しの青(ヒーリング)でも治療することが不可能なのだ。ならば、こうして自分が矢面になって時間を稼ぎ、その間になんとか勝利の糸口を見つけるしか、今を凌ぐ法はなかった。


「どうした影村。来ないのなら、先生から行くからなぁ!」


 英二は床を蹴って駆け寄って来る五味川を見据えながら迎え撃った。


 ぶ厚い肉の塊とそれに伴う熱量は普通ではない。ギリギリまで引きつける。


 引きつけておいてかわし、一撃を加える。


 英二は五味川の大ぶりな一撃を身をかがんでかわすと、素早く短剣を水平に振った。


「あがあっ」


 五味川の悲鳴。

 的確に左膝を割られた五味川が重心を崩して前に倒れ込む。


 思ったとおりだった。五味川は上半身の肥大に比べて下半身が虚弱すぎる。


 どうやらまだ〈スキル〉の力を完全に使いこなせていないらしい。


 パワータイプの能力者は小細工を要する必要がないので力に頼った戦い方をする。


 ――そこが唯一つけ込めるとすれば、すべてだった。





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