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17「彼女たちはイチイチもめる」

「あなたは、そのリスクまであたしたちに説明しなかったわ。なんで……いいわ。とにかく、すぐにあたしと雪絵の契約を解除しましょう。大いなる幻影(レッドファントム)癒しの青(ヒーリング)も強化しなくても、ここから先きちんと戦えるわ。それで、あなたの危険は半分にまで抑えられるはず――! 怪我がスキルで治療できないんなら、あなたの致死率は高すぎて話にならないわ!」


「いや、そんなことはする必要はないし。第一、俺のスキルは一度契約を結んだが最後、主人が死なない限り奴隷は解放されない」


「もしかして――通常の怪我なら雪絵のスキルで治せると踏んで、清香をかばったの?」


 清楚なお嬢さまそのものといった雅が声を荒げて詰め寄って来た。


 黒目がちな瞳から涙がみるみるうちに盛り上がってゆく。


 彼女は普段は自制しているが、元々が感情豊かな人間だ。知られたのはまずかった。


「そーだ。おまえらは勘違いしているかもしれないが、俺にとってはおまえらが怪我をするよりも、そのほうが都合がよかったからかばったんだ。知られちまっちゃあ仕方ないな。西園寺。おまえにも協力してもらうぜ。嫌とはいわせねぇぜ……!」


「あたしがそれでも拒否したどうするの」

「力ずくでも、黙らせるさ」


 英二は雅に押し倒すと強引にスカートへと手を突っ込んだ。少女の大事な部分に指を乗せると、さすがに雅は引き攣って怯えた表情を見せたが、あろうことか英二の頭を掻き抱くとやさしく撫ではじめた。


「なにやってんだ、おまえ。俺は今から無理やり黙らせるっていってんだぞ」


「ごめん、ごめんなさいね英二。あたし、ちっとも、ちっともあなたのことわかってなかった」


「なにが……おまえは勘違いしているようだけど、俺はそんな大層な人間じゃない。こうしている間にも、黙ってたことがばれて、あいつらにぎゃあぎゃあいわれることを恐れてる」


「でも、それはあなたが、みんなを守りたいからでしょう?」


 英二は黙った。清香も黙ったまま英二の頭を撫で続けている。


「とにかく、余計なことをいうなよ。この秘密は。墓まで持って行ってもらう」


「うん、わかった」

「な――?」


 雅の腕を振りほどいた。彼女は涙で頬を濡らしながら無理やり笑みを作っていた。


「あたしが、あなたを守るわ。英二。なにがあってもね」






「頼むから話を戻させてくれ」


 雅を連れて戻った英二のただならぬ表情に、綾乃と清香は一旦矛を収めた形となった。

 これから先の方針を決めねばならない。


「十七番トンネルに入ろうと思う」


 一同が顔を見合わせ身を固くした。

 というのも、その場所は探索をはじめてすぐに入った隧道であり、最初に2Aの仲間が手痛い敗北を喫した苦い地でもあった。


「エージ。正気か? あそこにはゴーレムがいる」


 清香が眉間にシワを寄せ咎めるようにいい放った。

 ゴーレムのことは英二も忘れてしまったわけではない。


 全長十メートルにも達していた石造りの怪物は確かに難敵だが、逆をいえば初回に見た神殿のような場所はもっとも怪しかった。


「えーちゃん……」


 怯えたように雪絵が右手の袖口を握って来た。雅は英二の思考を探るよう真っ直ぐな目で見つめている。


「死中に活を求める。それにやっぱあの場所がもっとも臭いと俺は思うんだ」


「ま、英二さんがそこまでいうのならば、そうなんでしょうね。きっと間違いないと思いますわ!」


「なんで、綾小路がそこまで過度な自信をさらけ出す。第一、それは私のセリフだぞっ」


「お間抜けさんは放っておいて、確かに一番守りが固い場所が怪しいかもしれない」


「なんかわからんが、うちはえーちゃんについてくだけやわ」


「きーっ誰がお間抜けさんですのっ」

「いちいちエージにべたべたするなっ」


「……どっちにしろ、この数のトンネルをすべて端から探っていくわけにもいかない。そもそもそこまで食料がもたないと思う。ほとんど賭けだが、やるしかない」


 十七番トンネルにすべてをかけた。


 地竜との戦いで疲労した身体を丸一日休めて万全の態勢を整えた。それから、英二たちはザックに水と食料、必要な物資を詰め込むと、勇躍、闇の穴へと乗り込んでいった。


「ううっ。重いですわ」

「我慢しろ。エージは私たちの倍以上持っているんだぞ?」


「うち、けっこー力持ちなんよ。雅ちゃんも辛くなったら教えてや」

「ん。平気よ、雪絵。ありがとうね」


 ぬるりと湿った岩に脚を取られないよう慎重に進んでいく。一度通った経験があるので、ほとんどトラウマと化したゴーレムがいるはずの神殿まで、だいたい半日ほどの工程だとわかっているが、緊張を切ることもできそうにない。


 弓は地竜との戦いで胴の部分から真っ二つにぽっきりいってしまったので置いてきた。


 基本は、綾乃たちの〈スキル〉を有効に活用することにかかっている。


「確か、ゴーレムのいる神殿の前には橋がかかっていたよな」


「そうだ。とにかく気を抜かないようにしよう。エージ。先陣は任せてくれ」


 清香が凛とした表情で自分の胸をポンと叩いた。


「英二さん。清閑寺さんに頼らずとも、あなたにはこの私がついておりましてよっ。この綾小路綾乃が赴くところ、すべてが華々しい勝利で満ちあふれているに決まっておりますの」


「だから私が話しているときに、どうしていちいち邪魔をだな……」


「あっ! えーちゃん、あれ見てやっ。橋が壊されとる」


 雪絵が穴の向こうを指差して叫んだ。彼女は何気に視力がずば抜けている。


 英二は足早に隧道を抜けて外に出ると、約二十メートルほど先にある神殿とこちら側を繋いでいる石橋が破損していることに気づき愕然とした。


「マジかよ……! あ、でも全部ってわけじゃねぇな。なんとか飛び越せねーか」


 苔むした灰色がかった橋の中央部は砲弾が直撃したかのように破壊されていた。


「英二。よく見て。橋は完全に壊れてるわけじゃないけど、無作為に進むのは危険よ」


 なるほど。橋の中央部はスプーンで抉ったように抜けているが、どうにか身体を横にして欄干に掴まれば通過できないこともないだろう。


「迂回できないかしら。危険だわ」


 雅がいったとおり、神殿と英二たちの立ち位置の間にはどこまで深いのかわからない暗渠がぽっかりと口を開けていた。


 試しに拾った小石をぽーいと投げ込んではみたものの、いつまで経っても落下した音が聞こえては来ない。


「ふん。この程度、どうってことはない。心配ならば命綱をつけてゆけば安心だろう」


「清閑寺のいうとおりだな。ザイルはたっぷりあるし、やるしかないな」

「いい出した手前、口火は私が切ろう」


 英二は清香の細い腰にザイルをきゅきゅっと結びつけた。なんというか。実際にしげしげ見るとキュッとしたくびれがあって彼女はスタイルがモデルのようによかった。


「ん。エージ。そんなに見つめられると、恥ずかしい」

「あ、悪いな」


「おーっほっほっほっ。英二さん。そんな寸胴鍋さんで驚いていただいては困りますわぁ。私の腰は清閑寺さんより、なおのこと細いですわよ!」


「んなっ。綾小路ぃいッ」

「ンな馬鹿なことが……げ、清閑寺より細い」


 清香は剣道をやるので平均より引き締まっているとはいえ、スレンダーお嬢さまタイプの綾乃と比べるのは酷というものだ。


 英二は反射的に回していた綾乃の腰からそっと腕を離すと、涙目になってこちらを睨んでいる清香から顔を背けた。


「あ。うち、ぽちゃっとしてんねん。恥ずかしいから見んといてぇな」


「英二。女性の大事な場所を品定めするのは紳士らしいとはいえない行動よ。慎みなさい」

「別に、品定めしてるわけじゃねーよ」


「つけ加えておくと、あたしは綾乃よりもさらに細いのよ」


 雅はさっと髪をかき上げると、腰に手を回してくいくいと誘うように振った。


 英二は真顔のまま、雅の顔と腰の動きを交互に見る。雅の顔がさっと紅に染まった。


「……早く計りなさい。それともあたしを恥ずかしめるのがお望み?」


 雅のいわれるままに腰に手を回す。確かに、清香や綾乃より彼女のほうが細かった。


「いちゃついてないで、とっとと渡るぞっ。エージも雅にべたべたするんじゃないっ!」


「あなたがはじめたようなものですのに」

「さーちゃんワガママやなぁ」


「とりあえず暫定一位ということで。敗者はいつも見苦しいわね」


「もう、おまえたちがスレンダーなのはわかったから。とっとと進もうぜ」


 いちいち安全帯を結ぶたび格付けを行っていたら干上がってしまう。


「ふふん。こんなものはどうってことないな」

 まずいい出しっぺの清香が渡り。


「この程度の危険などどうってことわりませんわ」

 キレッキレな動きで綾乃が渡り。


「……」

 特になにごともなく雅が渡った。


 ザイルは五十メートルほどあるので余裕マージンはたっぷり取れる。橋は横合いから噛みつかれたように、千切れかかっているが今しばらくは大丈夫そうな感じだ。


「んじゃ、次は西園寺か?」

「あ、あんな。あんな、えーちゃん」


 震えた声で雪絵が上着の裾をキュッと握ってくる。


「なんだ。なんかあるか」

「あ、あんな。うち、高いところ、苦手やねん。ひ、ひとりじゃ渡れへんから……ここに置いてってや」


「馬鹿いうな。いまさら、ンなことできねーよ。しゃあねぇな」


 英二はむずがる雪絵を自分の背中にザイルで結わえつけると、しっかり密着させた。これなら嫌でも落ちるときはいっしょだ。


「別に難しいことはない。そもそも、橋の右側は足場をかけるとこが残ってる。ザイルの片っぽは先に渡ったあいつらが確保してるし、万が一にも問題ねーよ」


 英二は背中にぴっとりくっついた雪絵のやわらかみに、ほんのりとした恥ずかしさを覚えながら歩き出した。


 神殿にいるはずのゴーレムは影すら見せない。清香が抜剣したまま警戒しているが、この分では英二たちが向こう側にたどり着くまで問題はないだろう。


 コツコツと石畳に音を立てながら歩いてゆく。

 びょうと、時折駆け抜ける迷宮の冷たい風が火照った頭をいい塩梅に冷やしてくれた。


 やがて核心部にたどり着く。


 石橋のど真ん中は、そっくり丸く欠けていた。英二は右端に欄干をしっかり掴み、わずかに残っている足場を雪絵にいちいち教えながらジリジリと進んでいく。


「ひっ」

「下を向くなっ。いいか、俺のいうとおり脚を動かせば大丈夫だ。な」


 びょうびょうと下から吹きあげて来る凍りついた風にはさすがに背筋がゾクッとした。


 命綱のザイルは綾乃と雅が確保しているとはいえ、足をすべらせたときのことはやはり考えたくない状況だった。


「ごめんな、ごめんな。うち、トロくて、臆病やねんから……高いとこ、怖いねん」


「怖いこと、ひとつやふたつあったほうがかわいらしいぜ。それに女の子なんだから仕方ないだろ」


「ん。えーちゃんはやっぱやさしいなぁ。うち、えーちゃん好きやねん……」


「世辞はいいって。俺にサービスしてもなんも出ないぞ」


「お世辞ちゃうよ。うち、ほんまにえーちゃんのことが――」


 ふわっと、身体が宙に浮いた。

 雪絵の立っている部分が前触れもなく崩れ出した。


 ――落ちるッ!

 ほかのことは考えられない。


 間の悪いことに、命綱の先端がぷつぷつと断線し、ザイルを引いていた綾乃と雅が後方に吹っ飛ぶのが見えた。


「南無三ッ」


 英二は瞬間的に両腕を伸ばして欄干に掴まると、ほとんど超人的な動きで括りつけた雪絵ごと身体をわずかに残った足場まで引き戻した。


 突き指した左手がジンジンと熱を持っていたが、ショックで無痛となった。


 左斜めに飛ぶと残っていた橋に着地した。


 ぐらぐらと抜けかかっていた歯のように危うい安定を誇っていた橋が崩落をはじめた。


「うおおおおっ!」


 綾乃たちが必死の形相で自分たちの名を呼んでいる。

 英二は背後から追いすがる死神を振り切るように全力で駆け出した。


 どどっと白煙を上げて石組みがバラバラに解けていく。


 脳天から火が噴き出しそうな焦燥感に駆られ、両足を車輪のようにぐるぐると回した。


「きゃっち! ですわっ」

「ば、馬鹿っ。押すな」

「んんっ」


 英二はほとんどタックるするように待ち構えていた綾乃たちの中央へ頭から突っ込んだ。


 山津波のようなゴーという凄まじい轟音とともに、石橋は完全に落ち切った。


「せ、セーフだな」

「た、助かったのは重畳ですが、重いのでみなさんとっととどいてくださいましっ」


「むきゅう」

「み、雅。伸びてないで、お尻を私の顔から、のけてくれ」


 ――まあ、なにはともあれ無事助かった。

 英二は結んでいた縄から雪絵を解き放つと、あちこちぶつけた場所をさすっていた。


 遠景を眺める。

 そこには今しがた通って来た隧道の入り口がさびしそうに横たわっている。


 これで、とうとうあと戻りはできない。

 そう考えれば退路を断ったことは天の導きかもしれないと思えた。


「ご、ごめ……えーちゃん、みんなうちのせいで……あとちょっと、えーちゃんまで」


 いつも明るく落ち込むことを知らない雪絵が人の変わったように怯えきっている。


「英二。この子を怒らないであげて、ね」


 雅がかばうように雪絵の前に出ようとするが、本人は青白い顔でかぶりを振った。


「あのな。なにか勘違いしてるようだが、すべて想定の範囲内なんだよ」


「え――」

「甘露寺。俺はおまえを重荷だと思ったことはないし、これからもそうだ。なんでだと思う? それはな、おまえにはここにいる誰もが持ちえない長所があるからだ」


「うちの長所――?」


「RPGはやったこと、ないだろうな。お嬢だし。とにかくゲームではどんだけアタックスキルやディフェンススキルがすぐれてても、ヒーラーがいなきゃラスボスは斃せない仕様になっているんだ。そういう意味で、おまえは俺がなにがあっても守らなきゃならない、重要なファクターなんだよ。つーわけでいちいち落ち込んでる暇があるなら、怪我でも治してくれや」


 英二はそういってすりむいた右の二の腕を雪絵に向けてずいと差し出した。


「ん――。やっぱうち、えーちゃん大好きやわぁ」


 雪絵は泣き笑いの表情で破顔すると、素早くヒールを唱え出した。



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