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15「一致団結ドラゴン退治」

「よーしよしよし。出ておい出ておいでドラゴンちゃん。うちらがおいしく料理したげるからなー」


「雪絵。あまり突出しないで。あなたの役目はみんなの治療よ」


「おーっほっほっほ! 西園寺さんのいうとおりですわ。おくすりはおくすりでおとなしくしておくことですわよっ。今回のメインはこの私と決まっていますわ」


「そっかー。うち、お薬箱やってんなぁ。おとなしゅうしとるわー」


「ノってるところ悪いが今回おまえは盾役に徹してもらうからな」

「なんでですの!」


「元々そのスキルは攻撃用じゃねーんだ。アタックは清閑寺がメインだ。な」


「雅。私の剣、ずれてないか見てくれるか」

「……」


「せっかくうちの英二さんが勇気を出して話しかけているのに。無視するとは冷たい方ですわね」


「あんなーあんなー、えーちゃん。さーちゃん悪気あらへんで。ちょい、気難しいやんかぁ。堪忍な。な?」


「つーか別に怒ってない。それより、気をつけろよ。血の臭いだ」


 英二が鼻孔を蠢かすとみなが身構えてあたりの気配を探り出した。雪絵は雅の腰にすがりつきながら、怯えた瞳を忙しなく動かしている。先頭を行く綾乃と清香が、しばらくして歩みを止めた。


「なん、ですの? これ」

「う……!」


 清香が青白い顔で口元を押さえる。英二は彼女を押しのけるようにして前に出ると、地面に転がっていた死骸を詳細に調べた。


 それは巨大な熊であった。洞窟に住む熊など、そもそもが普通ではない。


 ついぞ会ったことのない種類のモンスターだ。腸は綺麗にそっくり無くなり、六本の脚を蜘蛛のように大きく広げて絶命していた。強烈な血臭が漂っている。食事は今しがた終えられたばかりか、灰色の毛皮は今にも動き出しそうな迫力がある。


「デカさは二メートルくらいだが、腹の部分もそっくりやられてんなぁ」

「間違いない。これは地竜の仕業だ」


 隣にいた清香がふと顔を向けて来た。近距離で視線がかち合った。


「寄るな!」

「寄ってねーってよ」


 英二は平手で顔面をぐいと押されながら「ああそういえば久々に会話したな」と思う。


「清閑寺さん。お待ちになってっ。あなた先ほどから英二さんに対するもののおっしゃりよう、私、彼の主として許せませんわ!」


「なにをいっているんだっ。だいたい、エージ……もとい影村が主人でおまえが奴隷なんだろーが! 私は新しい時代に生きている女なんだ。男になんぞ隷属はしないっ」


「ふふん。主従契約は方便。あーあっ。わかりましたわ。清閑寺さんは、英二さんとのちゅうが怖くて逃げだしたんでしたっけ? これはまた、臆病な仔羊ちゃんですわね。もっとも! そんな弱っちくて惨めで憐れな仔羊ちゃんを守るのも、綾小路家の血を継ぐ私の役目ですからっ。安心してうしろに隠れていなさいなっ。おーっほっほっほ!」


「うるさいっ。だいたい、いっつもいっつも思っているのだが、その毎度毎度の馬鹿笑いをなんとかしろっ。おまえはコミックの登場人物か。綾小路の笑い方は阿呆みたいだぞっ。というか、まんまアホだ! そんなふうだから悪役令嬢などと陰口を叩かれるのだ!」


「んなっ。だ、だーれがアホですって! 今のは断じて許せませんわ、許せませんわっ。きいいっ」


 綾乃と清香が途端に組み合って顔を引っ掻き合う。雪絵がすぐに止めにかかった。


「あああんっ。ふたりとも喧嘩はやめてーぇなぁ」

「――ッ! こんなことしている場合じゃないのに」


 雅が長い脚を踏み出して、三人のなかに飛び込もうとする。英二は彼女たちを振り返らず、低い声でいった。


「というか、西園寺。もう手遅れだぞ。敵さん、いよいよ来なすった」


 どずんどずんと。なにか固いものが地をほじくり返すような轟音が響き渡る。


 英二は手にしていた松明を雪絵に手渡すと、鋭い舌打ちをして腰に括りつけた矢壺から一本を抜き出した。


「ひゃうっ。えーちゃん、あれ、すっごく大きなっとるんっ」


 雪絵の悲鳴は当然のものだった。

 最後に英二が見た地竜は四メートルほどであったが、たかだか数日でひと回りほど肉の厚みが増えていた。


 そもそもがこんな迷宮に棲まう怪物だ。現代人の常識など通用しない。


「西園寺――!」

「任せて」


 英二のかけ声とともに雅は〈スキル〉大いなる幻影(レッドファントム)を発動させた。


 雅の首輪が輝くと同時に、赤黒い幻影の魔人たちが、十数体地竜の前に立ち昇った。


「あたしのスキルはただの幻じゃない。匂いも音も、そして質量もあるのよ」


 ファントムたちの大きさは百九十センチほどだが、地竜にとっては充分に脅威と映ったようだ。


 地竜は巨大な顎を振りたてて、牙を鳴らしてファントムを噛み殺そうと躍起になるが、幻は切り裂かれても切り裂かれても無限に復元するのみだ。


「いつもなら、三体が限界やのに。みーちゃん、すっごいがんばっとるわぁ」

「西園寺は下がって――ろ!」


 隙を突いて英二は矢をひょうと射た。距離は二十メートルほどだが、動き回る地竜に狙いを定めるのはなかなかに難しい。


 ガッと硬いウロコが鳴って鏃が弾き返される。

「英二さん凄いですわっ。弓もお使いなされるのですねっ!」


「ンなのはいい。綾小路。おまえは限界ギリギリまでスキルを使うな。あとは、清閑寺にかけるしかない。やれるな?」


「ふん。あたりまえだ。見てろよ、影村」


 清香は腰のベルトから長剣を引き抜くと頭上で二度ほど旋回させた。


 彼女のアタックスキルである勇気の紋章(ブレイブブレイド)が発動したのだ。


 幻影の魔人たちが群がる地竜の隙を突いて、横合いから向かってゆく。


 二度回したということは、二乗すれば四倍の力である。


「るおおおっ」


 清香は喉から声を振り絞って吐き出すと両手に持った長剣を地竜のがら空きになった脇腹にガツンと叩きつけた。


「っく!」


 ――が、予想以上に固かったのか、長剣はあっさり弾き飛ばされると清香は無手になった。


 地竜が身体を揺すりながら半回転し、清香をうしろ足で踏み潰そうとする。

 清香は左腕を強く突いて起き上がる。


 勢いが突き過ぎて人差し指と中指に痛みが走り顔をしかめた。


「清香――今助けるわっ」


 雅が大いなる幻影(レッドファントム)を駆使してファントムを三体ほど合成させ、三メートルほどの大きさにして盾にした。


 地竜はファントムの胴体をばちんと噛み切ると、バックステップで距離を空けた清香に向かって身を引くくして突っ込んだ。


 このままでは清香は地竜と岩肌にプレスされぺちゃんこの伸しイカだ。


 そう思った英二は大弓を引き絞ると、地竜目がけて狙い射った。


 どすっ、と。

 鈍い音がして矢は地竜の左目に突き立った。


「今ですわ――!」


 このときを待っていたのか。

 綾乃は両手を突き出すとたちまちに聖王母の盾(マスターオブシールド)を形成させて、動きの鈍った地竜の横合いに叩きつけた。


 シールドの規模は五メートル。手加減はない。円盤状の光の盾は、地竜を包み込むと遥か彼方の後方まで軽々と吹っ飛ばした。


「やりましたですの! おーっほっほっほ!」


 綾乃が口元に手をかざし勝利の凱歌を上げるのをよそに、英二は座り込んでしまった清香に手を伸ばした。彼女は、一瞬よろこびの笑顔を見せかけるが、すぐに怒りとも困惑とも似つかぬ表情を作り差し出した手を打ち払った。


「お、おまえの手は借りない」

「怪我ねぇか?」

「だから、影村に心配される覚えは――」


 ひゅっと風切り音が鳴った気がした。

 反射的に清香をかばうよう身体が動いた。


 握り拳大の岩であったが直撃でなかったのが幸いだったか。


 離れていた雅がファントム体の腕を伸ばして若干飛行速度を減じてくれたのだ。

 がつっと額が鳴って意識が吹っ飛んだ。


「エージッ!」


 どっと血が流れ出て、清香の叫びが霞んでいった。


「雪絵――! 早くヒーリングをっ」

「えーちゃんっ」


 雅の声に雪絵が引き攣った声を出した。


「英二さんっ? くっ、嘘ですわ! アレを喰らってぴんぴんしているだなんてっ」


 誰かに抱きかかえられている。熱い湯みたいなものが勢いよく流れ出て顔が浸かったようにあたたかいのだ。


「エージ、エージっ。なんで、こんなっ。なんで、私をかばったり!」


「さーちゃん、どいてや! 邪魔! なおるなおるなおるなおる……」


 滝のように流れ出ていた血がみるみるうちに止まってゆく。英二は片目を無理やり開けると、雪絵がかつてなく真剣な表情で癒しの青(ヒーリング)を使っているのを見て、ちょっとだけ安心した。彼女の〈スキル〉はとびきりだ。自分もそう簡単に死ぬことはないだろう。


 ええと、なんだっけかな。


 血が止まってゆくに連れ、消えかけていた意識がハッキリして来た。


「ううっ。死なないで、死なないでよエージ。こんなことで死んだら意地を張ってた私が馬鹿みたいじゃないか……」

「えーちゃんは死んだりしぃひん!」


 ああ、そういえば。ガキの頃、こんなことがあったような気が――。


 あれは英二が、六つか五つか。

 とにかく小学校に上がる前の頃の記憶だった。


 祖父の古臭い剣術道場に預けられ、わけもわからず長い間小さな木刀を振るっていた。


 別に面白いわけでもない。

 道場には子供などまず来ない。大人かくたびれた爺さんだけである。


 そう。いつだったか、一度だけ英二と同じくらいの少女が遊びに来ていた。


 ぱっと見ても、剣道をやるようなタイプではない。

 線が細くお姫さまみたいにフリフリした服とスカートが印象的だった。


 庭に出ようといったのはたぶん自分だ。子供の頃は性差など気にせずアクティブだった。


 はじめはうちとけなかったその子に庭の鯉を見せてあげたり、花を眺めたりしているうちに仲よくなったのは無邪気さゆえか。


 手にした木刀で習い覚えたばかりの型を見せると拍手してよろこんでくれた。


 そして調子乗った英二は、その子にいいところを見せてやろうと庭の木に登り。


 あえなく墜落した――。


「昔と……同じことばかり……してるな」

「影村、気がついたのか?」

「えーちゃん?」


 気づけば英二は清香に膝枕をされていた。くすぐったいような申し訳ないような気分で、少女の顔を見た。


「泣きぼくろのあるある女は一生不運につきまとわれる」


「もしかして……!」

「だから、そう簡単に泣くんじゃないって、いっただろ。さやちゃん」


「あ……!」


 あのとき、木から落ちて庭石に額を思いきり打ちつけた。幸か不幸か。そのショックであの夏の思い出はそっくり失われていたのだった。


「ああ、くそ。こんなデカい石にぶつかって……ようやく思い出せた。すまないな、清閑寺。衝撃が強すぎて、ぜんっぶ忘れてたみたいだ。今、やっと思い出せたよ……」


 清香は両手で口を覆ってうんうんと大きくうなずいていた。雪絵もこんなときであったが、ふたりの関係性がいいほうに向かっているのがわかったのか、緊張をわずかにゆるめていた。


「思い出してくれたんだな、エージ」

「悪い。あんときはさ、好きな子の前でカッコつけたかったんだ……」


「もう、もういい……ずっと無視したり、意地悪したりして、ごめんなさい」


「あー、うちようわからんが、ふたりが仲直りできてよかったわぁ」


 清香はいつになく満足げな笑みを浮かべると、頬にそっと手を差し伸べて来た。彼女の手のひらは、やわらかく、そして冷たかった。


「なら、私も自分にできることをするよ。私、清閑寺清香は、影村英二を主として認め、生涯この生命が尽きるまで奴隷として仕えることをここに宣誓します」

「んっ……」


 ついばむような軽いキス。

 清香がそっと顔を離すと、自分の頬が火照っていることがわかった。


「あ。えーちゃん、照れてるん? 妬けるわぁ」

「ば、ばかっ。ンなことねーよ」


「影む――いや、エージ。あとはここで休んでいてくれ。あの地竜は将来の妻として、もはや指一本おまえに触れさせなどしない」


 立ち上がった清香の首には英二の能力である奴隷の首輪カラーリングセレモニーが上手く発動したのであろう、赤く輝く光の輪がカッチリと嵌っていた。


「だから、ここで待っていて。あなたに必ず勝利を捧げて見せる」


 清香はすらりと腰のベルトから予備の長剣を引き抜くと、振り返りざま不器用に投げキスまでして見せた。


「将来の妻……とは? いぢぃ! なにすんだよっ」

「うち、知らんもんっ」


 隣ではぶんむくれた雪絵が頬を餅のように膨らませて拗ねていた。






 契約の効果だけではない。清香は今日ほど自分の身体が軽く感じたことはなかった。


 十二年前のあの日。自分は記憶のなかの英二にすがり生き続けていた。


 今でこそ、衆を率いるような苛烈な性格に育ったかのように見えるが本質は変わらない。


 臆病者なのだ。

 清閑寺鉄鋼は上り調子であったが、母は幼い頃に死に父は仕事ばかりで構ってくれない。


 義母はなにかにつけ自分の子ばかりかわいがる。

 唯一愛してくれた祖父は余命幾許もなかった。


 祖父がこの道場に来るのは「死」をどうして清香に納得させるか悩んでいたからである。


 そんな自分を慰めてくれた少年。

 自分を好きだといってくれた。泣きぼくろをかわいいといってくれた少年。


 ――いつか大人になったそのときは必ずお嫁さんにしてあげるよ。


 幼稚な夢だと今でも思う。でもその希望がなければ、今の今まで生きては来られなかった。


 英二が鳳鳴学園に転入してきたとき、すぐに気づいた。


 だから率先して面倒を見て、自分なりに女性としてのアピールを行った。


 だが、肝心の英二はこちらのことを覚えてもいなかった。


 愛憎とは常に紙一重で表裏一体だ。それはいつだって容易に裏返ってしまう。


 ようやくひとりではないと思えたあとの絶望は凄まじい。


「けど、エージは違った。ちゃんと思い出してくれた」


 こんな地の底に落ちるなどついていないと思ったが、今では少しだけ感謝している。


 雅と綾乃が足止めしていた地竜が勢いよくこちらに向かって来た。


「清香――そっちよ!」

「任せろ」


 長剣を頭上で旋回させた。

 一回。


 地竜がそうはさせまじと巨体を半回転させ巨大な尾を打ち振るう。

 飛び退いてかわした。


 猛烈な風切り音が足元をかすめた。

 さらに回転を加える。


 二回。

 地面は平坦ではないが軽やかに着地した。


「危ないですわ!」


 わかっている。

 わかっているから、そう騒がないで欲しい。


 英二が見ている。自分の戦う今を見ているのだ。格好悪いところなんか見せられない。


 地竜が猛然と突っ込んで来た。だが左目が利かないだけ隙がある。


 腹の下をすべるようにくぐって回避――。

 ぐわらん、と岩肌に衝突する地響きが轟いた。


 清香は冷静に立ち上がると、剣を車輪のように頭上で振り回す。


 三回、四回――。


 首輪が赤く輝き出し長剣がまばゆいばかりの光に包まれてゆく。


 これで都合256倍だ。


 この地下迷宮で備わった〈スキル〉の存在は今を持っても理解し難い力だ。


 なんらかの生体エネルギーの発現であると思われるが、役に立つならばそれで充分だ。


 呼吸を整えながら地を蹴って飛翔した。

 長剣が腕の延長線上に思えるほど感覚が合一している。


 すでに衝撃から立ち直った地竜が再び真正面から突っかかって来た。


 裂帛の気合とともに長剣を打ち振るった。


 空間に閃光がほとばしり地竜の顔面から胸まで見事に朱線が走った。


 清香は確かな手ごたえを感じて地に降り立った。

 獲物を喰らおうと無防備な前面を晒した怪物は太い声で 


 うるおる~ん

 と哭いた。


 刻まれた斬撃は不可避の膨大な生体エネルギーを込めた最強無比の一発だ。


 地竜の強固なウロコに走った朱線はやがて太さを増し、やがて割れた肉が露呈した。


 巨大な音に塗れて立ち昇る土煙を目にし、清香は駆け寄る仲間にVサインを突きつけた。



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