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14「お嬢さまを手に入れた」

「まったく英二さんは少しでも目を離すとロクなことをしないのですから」

「だから誤解だって」


「これはもう、私が片時も目を離せませんね。ふううっ。本当はヤなんですけど致し方ありませんわね。これは、私が好んで行っているのではなく、倫理的観点から」


「あのお、えーちゃん、あーちゃん。うち、ちょっと聞いていいかな?」

「なんですの、甘露寺さん。もう私たちは休むのですから、手短にお願いしますわ」


「はひいっ」

「雪絵。ここはあたしが聞くわ。下がっていてちょうだい」

「今度は西園寺さんですか。もうっ。なんなんですのよ」


「とりあえず清香との契約の話は持ち越すことにして、今日は休むことにした。これはいいわね」


「そうですわよ。せっかく今日はようやくのこと、たっぷりある水を使えたのですから気分も最高ですわ。この余韻を残したまま休みたいのに」


「そうではなくて。なぜ、あなたは自然に英二さんと同じテントで眠ろうとしているの?」

「え、あ――ほほ、これはその。おーっほっほっほ!」


「あーちゃん。笑ってなんでも誤魔化せると思うのは、うちよくないと思うでー」

「これはぼんやり気味だったあなたたちを試したのですわっ。決していつもどおりに英二さんに物語りをしてもらいながら、おやすみしようとか、そういう気持ちはさらさらないですわ!」


「あなた、英二にいつもお話を聞かせてもらわないと眠れなかったわけ?」

「ううっ。そういうことではありませんの」

「へえー。えーちゃん、どんなお話聞かせてたん?」


「俺はバートン版の千夜一夜物語を全部記憶しているのだ。お嬢さまは大層お気に入りだ」

「ええーん。いいなぁ。うちもえーちゃんの千夜千夜物語り聞いたいわぁ」


「雪絵。千夜一夜よ。あたしも英二の語りに興味はあるわね」

「駄目ですの、駄目ですのっ。英二さんは私専用のシェヘラザードですの!」


「あなたはさしずめシャフリヤール王ということなのかしら。けれど、今夜のところは諦めたほうがいいみたい。あのテントのなかで暴れている雌虎さんに引き裂かれてしまうわ」

「う、うぐっ」


 清香の怒りはまるで収まってはいなかった。

 あれから二時間近く経っているが、彼女は英二の顔を見ようともしなくなっていた。


「とりあえず今日はやめておくよ。おまえらも早く休め。あとひと晩くらいは結界ももつだろうし、不寝番はひとり二時間ずつでいいな」


 今やキャンプ地に設営された五つのテントはどれもが空だった。

 英二はそのうちのひとつに潜り込むと寝袋を広げてさっさと寝入った。


 不寝番は、順番的にいって真ん中が一番中途半端で辛いのだが、英二はあえてそれを買って出た。


(最初は甘露寺でその次は西園寺だな……あいつ変な起こし方しないだろうな)


 英二は奴隷契約時の雅が行った豹変した態度にドギマギしつつも、なにかを期待する緊張感で疲れているにもかかわらず、寝つけなかった。


 無論、期待するのは妙なエロスだ。

 ここは非日常的であるがゆえ、なにが起きても不思議ではない。


「ま、まさかな。でも、ああいう清楚そうな女が一番えっちいのかも。……いかんな。こんなことじゃ寝れなくなってしまうぜ。でも期待してしまう俺である」


 英二は寝袋のなかでがさごそやりながら、ちんポジ(大事な部分のポジション)を直した。


(あー。そーいや長いことパンツ変えてないし。これは失礼にあたるだろうか)

 むしろそういう匂いが好まれることもあるかも知れないと根拠のない自信を抱いていると、ゆっくりと眠気が差してくる。


 胸ポケットには現代文明の名残であるスマホが入っていたが、バッテリーはすでに切れていた。


 うとうととしていると、テントの入り口を割って入る気配を感じ、衣擦れとともに甘いような女独特の香りが漂って来た。嗅覚が鋭敏になっている。


「英二さん。英二さん。起きて……いますの?」

 寝たふりをしている英二のそばに寄って来たのは、どうやら綾乃だった。


 探るような心拙いか細い声だった。

 ――順番的には雪絵であり綾乃は一番最後の不寝番だ。ということは、夜這いか。


 英二は綾乃のスレンダーながらぷにぷにした身体を思い浮かべ、身を固くした。

 この際だ。贅沢をいわない。というか、綾乃ならば逆にうれしすぎる。


 英二は鈍感ではない。むしろぼっちなだけに人の好悪の情を読み取るのは長けていた。

 もちろん、人間関係の軋轢を防ぐための技術である。


 綾乃がかなり英二に対して甘いのは、勘違いではないというレベルに達している。

(おおお、俺もついにチェリー卒業なのか?) 


「ねえ、英二さん。私とふたりで逃げましょう」


 思いを百八十度裏切って、綾乃は驚天動地の提案を仕掛けて来た。


「どういうことだ」

「やはり起きていたんですのね」


「綾小路。おまえのいっている意味は、清閑寺たちを見捨てるという意味なのか?」

「ええ。正確には違いますが。あの子たちを地竜のエサにするんですの」

「――」


「清閑寺さんは傲慢な上に阿呆ですの。英二さんの提案を断りました。みや、西園寺さんと甘露寺さ、んの能力はすぐれていますがふたりとも補助的能力で清閑寺さんのアタックスキルの皇女がなければ、あまり役に立つとはいえません。あの三人を囮にして、私の聖王母の盾(マスターオブシールド)で攻撃を防ぎつつ、英二さんが地竜に攻撃を――」


「清閑寺が契約を拒んだ以上、その手が悪いとはいい切れない。けど」

 英二が悩むように言葉を切ると、綾乃の影が覆いかぶさって来た。


「な――! なにをしてんだよっ」

「とぼけなくてもいいですわ。英二さん。私はあなたの奴隷ですの。今夜は、あなたが欲しいものを全部あげます。だから、どうか……! ほかの誰かを選ばないでください。この私だけを、どうか」


 影は英二の手を掴んだまま、そっと自分の胸に押し当てていく。

 ふんわりとした胸の重みとやわらかさによって脳天に甘い痺れが走った。


「英二、さん?」

 英二は無言で寝袋から這い出すと、しなだれかかっていた女の顎をつまんで顔を近づけその瞳を覗き込んだ。


「で――おまえはいったいなにがしたいんだ。西園寺雅」

 綾乃であったそれは赤い霧状になって飛び散ると、目の前には西園寺雅がつまらなそうに座っていた。


 胸から手を放すと、雅はいたずらを見つけられた幼児のようなバツの悪い顔をした。


「あら? 自分では完璧だと思っていたのだけど。どうしてわかったのかしら」


 雅の〈スキル〉幻影を作り出す大いなる幻影(レッドファントム)だ。

 はじめて味わった本物同然のまぼろしの凄さに呑まれつつ平静を装った。


「胸だよ。綾小路の胸はそんなにデカくねぇからな」

「ふぅん。あなたたちが肉交を本当に結んでいるとは思わなかったのが敗因ね」

「にく……! そんなんじゃねぇよっ。目測でもおおよそわかるだろっ」


「――」

「勝手に引くなよ。そっちから振ってきたんじゃねぇか。だいたいこの茶番はなんなんだ」


「試したのよ」

「試すだ? 今更だな。で、結果はどうだ」


「清香が契約を拒んだ時点であなたが妙な考えを起こさないか不安だったの。あなたはクラスで存在感を意図的に消していたつもりでしょうけど、案外に抜け目ない。そして知能も低くないわ。それに、ここまで生き残ったという時点でツキも度胸もあるわ」


「買いかぶり過ぎだ。だいたい俺は小物だよ。闇夜になればロウソクのともしびも目立つようなもんだ。太陽は残らず吹っ飛んだからな――って、おい。今度はなんだ」


 髪をくしゃりとかき上げると雅が胸のなかに飛び込んで来た。

 今度は色仕掛けで妙な要求でも突きつけてくるのかと思いきや、雅は英二に抱き止められながら、カタカタと震えていた。


 ――演技か?

 一瞬、だけそう考えたが思い直せば彼女は炊事の途中でも妙に情緒不安定だった。英二は、お嬢さまたちのなかでも、実のところ雅が一番安定しているように考えていたのだが、なんのことはない。彼女は強がって平気な振りをしていただけだった。


 英二は即座に混乱状況に陥ったが雅の怯えようを見れば、次第に自分の心拍が落ち着いていくのがわかった。


 黙ったまま抱き返してやると、彼女は小さな子のようにすんすんと鼻を鳴らし顔を押しつけてくる。

 まったくもって現実感がない。


 ついひと月前までは、クラスの窓際で数人の女子に囲まれ静かに微笑んでいたような、カースト上位種が、今は己の腕に抱かれまるで恋人同士のように抱き合っている。


(もしや俺は、このダンジョンに来てから妙なフェロモンが出るスキルでも獲得したんじゃねーのか)


 普通の男であれば勘違いのひとつやふたつしそうなものだが、英二は身のほどわきまえていた。

 しばらく雅の好きにさせておく。それが吉だったのか、満足した彼女はそっと離れると目元をハンカチでしきりに拭っていた。


「なあ、マジで大丈夫か?」

「ええ、みっともないところを見せてしまったわね。それに、試すような真似をしてごめんなさい。あなたは、やっぱりほかの男子と違うみたいね」


「はぁ……」

「あなたはわからなくていいのよ。ね、英二」


 雅は置いてあった燭台のロウソクに火を灯すと薄く笑った。どこか儚げな笑みだった。


「必ず、生きて地上に戻りましょうね」

 彼女はそういうと、素早く入り口を潜り抜け見張りの交代に戻っていった。






 迷宮には昼夜の観念が喪失しがちである。洞窟の天井に自生する特殊なヒカリゴケのおかげで最低限の光量は確保できているが、ちょっとした窪みや陰に入るともう真っ暗闇なのだ。


 休養時間が終わり適度に睡眠をとったあと、英二たちは地竜退治に向けて準備を整え、意気揚々と隊伍を組んで出発した。


「最後に地竜を見かけたのはこの十七番トンネルよ。清香のスキルでなんとか退却する時間は稼げたけど、あの大きさではまともな攻撃は通用しないわ」


「ふふん。西園寺さん。もう、そんな心配はいらなくてよ。あなたたちにはこの綾小路綾乃がついておりますゆえ、大船に乗ったつもりでいらしても構いませんことよ」

「うひー。あーちゃん、すっごい自信やわぁ。うち心強いなぁ」


 雅の先導でやや広めの隧道を進んでゆく。

(この広さなら、あの地竜も余裕で行き来できるな)


 英二と綾乃が逃げ回った地竜の大きさは優に四メートルを超えていた。

 あの大きさでは、かなりの破壊力を持った武器でなければ打倒は難しいだろう。


 英二たちの作戦は至ってシンプルである。


 雅の大いなる幻影(レッドファントム)で攪乱し、綾乃の聖王母の盾(マスターオブシールド)で防御し、怪我人が出れば雪絵の癒しの青(ヒーリング)で治療しつつ、トドメは清香の勇気の紋章(ブレイブブレイド)で行う。


 英二はその間、冒険者たちが残した大弓で援護射撃を行う。これはあまりに大きすぎて持ち運びに不便であり、キャンプ地に残しておいたものだが、今回の乾坤一擲の大勝負に活用しようと苦労して運搬していた。


「けど、なんといっても今回は清閑寺のスキルがキモだ。よろしく頼むよ」


 清香は準備のときからふて腐れて英二の顔を見ようとはしない。

 休養時、ずっと考えていたことなのだが、清香が思い出せ思い出せといった事柄は、たぶん英二が幼少時に通っていた実家の道場関係のことであろう。


 英二の家はお嬢さま方財閥連に比べれば資力はだいぶ落ちるが、鎌倉御家人時代から続く千年以上の名家である。剣術も今は亡き祖父が熱心に教えており、各界の著名人たちもお忍びで訊ね、政策や生き方、経営方針にサジェスチョンを与えていたという。


 クラス内で耳にしたが清閑寺鉄鋼の会長、つまりは清香の祖父も刀剣を好み、自らも剣で精神を練磨していたらしい。

 清香が剣道をはじめたきっかけもそこから起こっているのだ。


 ――だが英二は忘れた。痛恨の極みだ。


(たぶん、それを怒っているのだろう。ガキのときに顔を会わせていれば、俺たちは幼なじみってやつになる。たぶん、俺は自らフラグをぶち折ってゴミ箱にダンクしていたんだろうな。アホじゃん)


 清香の〈スキル〉勇気の紋章(ブレイブブレイド)は頭上で武器をぶん回すことにより、回転ごとに攻撃力を増すというチート能力であるが、反面揺り戻しも凄かった。


 肉体にかける疲労が並大抵ではないのだ。三回転、つまりは十六倍まで引き上げるのが限界で、それを放てば、ほぼ戦闘不能になってしまう。


(地竜の大きさを思えば、二回転の四倍パワーでは心もとない。俺たちはどっちみち、清閑寺任せなんだ)


 太い革帯を腰に巻き、何本もの長剣を鳴らしている清香が差す位置が気になったのか脚を止め、偶然視線が交錯した。英二は引き攣った笑顔を不器用に作った。


「ぷいっ」


 思いきり無視され、酷くダウナーな状態に陥るのだった。





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