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終わりが始まり  作者: 在人
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閑話・とある一族の話

 貴族家に迎え入れられたのは、祖父の時代だった。

 曾義祖父である当主の奥方は随分前に亡くなられていて、二人の間には子供もいなかった。当時は国の暗黒期とも言われるほど混乱していて、結局曾義祖父は再婚することなく初老となっていた。

 急いていたのか、祝福の直後に曾義祖父は祖父を養子として引き取った。


 祖父は孤児だった。

 暗黒期に生まれ、王都のスラムで育った。何も持たない青年だったと言うのに、曾義祖父は祖父を選んだ。それ偶然だったのか、必然だったのかは知らない。曾義祖父は語らず、祖父も問わなかった。


 祖父に後継者としての教育を施した後、家督を譲った曾義祖父は人知れず去っていった。鍛えていた身体はまだ老いにはほど遠かったが、世界を見て回りたいのだと言っていたらしい。家督を明け渡した数日後、曾義祖父は消えた。それ以来、彼を見た者はいない。


 そうして祖父はとある貴族の当主となり、小さな貴族だった祖母と出会い結婚し、二人の子供を儲けた。

 一人は次の当主となり、一人は別の貴族家に嫁ぐ。

 孤児だった祖父の娘であり、騎士貴族の分家に嫁いだのが私の母だった。


 三男として生まれた私は、家のことは兄たちに任せて騎士を目指した。すると何の縁か、真偽の王から勅命でとある方の第一の近衛騎士の任を授かった。

 それが後に女王陛下となる、高貴なお方との出会いとなる。




「それで、今日は何の愚痴でしょうか」


 優雅にカップを持つその人は、けれど呆れてもいた。流水を連想させる色合いの髪を複雑に結い上げているのは、毎度のことながら見事だと思う。

 忙しい中でも優美を忘れることなかれ。それがスラムの青年から貴族となった祖父の教えだった。貴族の血を持たないからこそ、誰よりも立ち振る舞いに気を付けろと。

 彼女は母方の伯父、つまり件の貴族の当主を継いだ祖父の息子の子供で、私たちは従兄弟ということになる。同時に、宮廷に勤める同僚でもあった。


「陛下の第一の近衛殿が、随分情けない顔ですね、アルト」

「うぅ、否定できません」

「そうですね、きっと何かばれて、あなたの親戚からねちっこいお説教を貰ったのではありませんか」

「残念ながらそのとおりですね…」

「けれどあなたのことだから、きっとそれは陛下の為を想ってのことでしょう。だったら胸を張ってください」


 酷く静かで穏やかな、けれどいつだって彼女は欲しい言葉をくれる。私とそう歳も変わらないと言うのに、この落ち着きはなんだろうか。幼い頃、共に遊びまわったあの無邪気な輝きが懐かしい。


「あなたの方はどうですか、エリ」

「変わりありませんよ。相変わらずの仕事ぶりです」

「ロン様の噂を聞かないのですが、最近大人しくなったということでしょうか」

「ようやく王族としての自覚を持ったのではありませんか。今になって」

「あの、ロン様は五子の親ではありませんでしたか…」

「いいえ、六子の父君ですよ」

「え、懐妊なさったのですか」


 第五子であるシン王弟殿下が生まれてから既に数年が経っており、もう子供を作る気がないのだと勝手に予想していた。これは陛下が喜びそうだと顔が緩む。


「ええ。数日内には公表されるでしょうね」

「真偽の王はロン様ただ御一人しか授からなかったことを考えれば、かなり喜ばしいことですね」

「こちらはその度に浮かれる主の対処に追われていますが…悪いことではありません」


 涼しげな表情だが、本心では心から祝福しているのがわかる。その従兄弟の様子を穏やかな気持ちで眺め、私も紅茶に口をつけて喉を潤した。

 すると従兄弟は随分複雑そうな、言いにくそうな顔をしていた。穏やかではあるけれど物事をはっきり言うひとだから、どうしたのだろうと不思議に思う。無言のまま待てば、視線を彷徨わせて口を開いた。


「ところで、アルト」

「何か?」

「あなたは歴代の栄えある宮廷士の絵画を見たことがありますか」

「多少の数は拝見しましたが、いつの時代のものですか?」

「暗黒期のものです」

「いえ、機会が無かったもので」

「見てみたいと、思いますか」

「…どうしたのですか、エリ」


 思いつめた従兄弟に目を見張る。その一向に晴れることの無い様子を打開すべく、私は問う。


「何があなたを悩ませているのか、伺ってもよろしいでしょうか」

「……ロン様が、離れにある絵画を見せてくださったのですが」


 …離れは確か、誰も近づけないようになっていなかっただろうかと意識が遠のく。あの人はまた、性懲りもなく。聞かなかったことにしよう。従兄弟には悪いが、父方の親戚にばれたら再びお説教コース、断固拒否だ。


「その絵画に、先王のものがありました」

「…真偽の王ではなくて、ですか?」

「ええ、先王です」


 その人は、真偽の王を呼ぶための贄となった。王と、その一族全てを犠牲に、異世界人を呼んだ。


「恐らく真偽の王を呼ぶ直前だったのだと思います。王を囲んだ十貴人の顔触れは、真偽の王の時とさほど変わり映えがありませんでした…一人を除いて」

「その人は」

「文武の十貴人…私たちの祖父を引き取った曾義祖父様と、対になる人です」


 息が、止まった。


「ロン様が、仰るのです。その人の髪は、私たち一族のものと同じではないかと」

「…つまり、血縁がある、と?」

「ええ。ロン様はそう言われました。彼の人は祖父や父、それにあなたの母君と同じ色を持っており…そして私とは、顔つきも雰囲気も瓜二つで、まるで同一人物のようだと」


 流水のような髪、涼しげな表情、けれど穏やかな雰囲気。目の前にいる従兄弟と、全く同じ人が、絵画の中にいた…?


「その方は、真偽の王がまだ偽りの王であられた頃に、亡くなったそうです」

「原因を知っているのですか」

「わかりません。ただ、自害だったと聞いています」

「自害…ですか」

「はい。何を想ってそうしたのかはわかりませんが、ただ、だから曾義祖父様は、」


 従兄弟はそこで言葉を区切る。己の心を落ち着かせているようだった。

 だからその先を、私が続けた。


「己の対である人の、血縁であるかもしれない祖父を引き取った、と?」

「そう考えるのが妥当ではありませんか。何故わざわざスラム出身の男を養子に選んだのか、不思議でなりませんでしたが、彼の者の血縁ならば、わからなくはありません」

「ですが、それを証明するにはあまりに曖昧すぎます。あなたと当時の十貴人の容姿が似ていたからなどと…」

「ではどうして、曾義祖父様は…ベッシュ様は祖父を引き取ったのでしょうか」


 従兄弟の不安定さは、ここにあると気づいた。

 私は、結局のところ祖父の家から離れている。母が嫁いだ先の家に生まれ、その家のために生きている。

 けれど従兄弟は、曾義祖父の不可解な行動の意味を求めている。何故貴族でもない祖父を選んだのか、スラム出身の青年を貴族にしたその理由を、探している。


「……」

「大貴族と言って差支えが無いほどの家です。跡継ぎなら別の貴族家から貰えばいい。それが最も差し障りのない方法です。実際、祖父を養子にした際の反発は酷いものだったと聞いています。ですがその声を一喝したのが、真偽の王でした」


『十貴人の為すことに異を唱えるつもりか』

 そう言って、真偽の王はその場を黙らせた。その顔に例えようもない感情が浮かび上がっていたと、誰かが言っていた。


「…真偽の王にとって、その十貴人は偽りの王の時に亡くなった人です。何か思うところがあったのかもしれません。だから擁護してくれたのでは、と」

「考えすぎです、エリ」


 私には何も言えない。

 それが真実なのかどうかも、従兄弟を救う言葉さえも。


「あなたは、曾義祖父様が認められた祖父の血を引いているのです。最早あなた達一族を疑う者はいません、祖父や伯父が認めさせた今までの功績があるのですから。だから例え祖父が全く宮廷とは無関係の人間だったとしても、もう今となっては関係のないことです」

「…そう、考えるのが妥当、でしょうね」

「ええ」


 私の言葉に納得したのかどうかはわからないが、従兄弟は一度、大きく息をついた。


「すみません、こんな突拍子もないことを話し出して」

「いいえ、私としては従兄弟が悩みを打ち明けてくれて嬉しいですよ」

「相変わらずの紳士ですね、だというのに何故恋人ができないのでしょうか」

「こ、こここここいびと?!」

「…なるほど、そちらは相変わらずでしたか」


 諦めたような顔で見られたのは、心外です。


「いつあなたが伴侶を選ぶのか。楽しみにしています」

「そ、それは…!エリとて同じでしょう?!」

「ああ、今日はそれを伝えに来たのに忘れていました。婚約しましたよ」

「え、えええ?!」

「近いうちに正式な発表があると思うので、よろしくお願いします」

「いつの間に…」

「いつでしょうね。いつのまにか、です」


 小さく笑う従兄弟はどこか幸せそうで、その婚約が望んだものであると教えてくれる。よかった、と心か思う。この大切なひとが、共に歩む人を見つけられたことが嬉しい。


「おめでとうございます、エリ」

「ありがとう、アルト」




 例え貴族の血が無くても、このひとの価値が損なわれるわけではない。

 だから、真っ直ぐ背筋を伸ばしてもらいたいと、アルトは別れ際に静かに願った。

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