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終わりが始まり  作者: 在人
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閑話・マルカムラ王家

 真偽の王は異世界の人間である


 それは最早マルカムラでは常識だ。

 マルカムラの人間では開放しえない奇跡を、異世界の少女は成し遂げたのだ。それ故にマルカムラの民は少女を崇拝し王にした。我らの救世主、真偽の王…と。


 だが数年経っても、救世主は伴侶を頑なに選ばなかった。

 誰か好いた者がいるのかと問えば、普段滅多なことでは怒らない真偽の王が、この時だけは恐ろしい形相で睨む。

 だから真偽の王は忘れられぬ人がいるのだとか、恋路破れて傷心なのだだとか、そういう噂が流れた。けれど真偽の王は何も言わなかった。ただ仕事に打ち込むばかりだった。


 再度記すが、真偽の王は異世界の人間である。

 まだあどけない少女の頃に、ただ独りマルカムラに呼ばれた。

 孤独だろうにと、誰かが呟いた。波紋のように広がったその言葉を、民は共有するようになる。憐憫の情を見せる民に、けれど真偽の王は何も言わなかった。


 その真偽の王がようやく選んだのは、全てを失った男性だった。

 辺境から逃げるように王都に来た男性は、何も持たず生きる気力さえ失っていた。

 祝福を受けて復興していくその様を、その光の宿らない、曇った瞳で見つめる。何を言われても無気力なまま、人の目にはただ薄気味の悪さだけが映った。


 その男性を、真偽の王は迷いなく選んだ。

 当然彼は拒絶した。だが真偽の王は彼でなければ結婚はしないと言い切った。

きっといつまでも希望を抱けないその姿が気にかかり、いつしかそれが愛へと変わったのだと、民はそう思った。

 どこまでも慈悲深い民の救世主ならばありうる話だ、と。


 無気力であった彼は、結婚後大いに変わった。仕事に没頭しすぎる真偽の王を嗜め、公私ともに支え続けた。


 そして男児一人を儲ける。

 王族だと言うのにたった一人だけかと落胆する者や、過労限界まで働き続けているならば仕方ないと納得する者と、反応は様々だった。

 とにかく、こうして生まれた男児はすくすくと怪我も病気も大してせずに成長する。




 そこで語り手はようやく一息つき、目の前で翠の瞳を潤ませている我が子ににこりと笑いかける。


「ほーらアン、待望のお父さまの名前が出たぞー」

「おじいさま、ぐす、かわいそう……」

「大変だったが、孫がこんなに優しい子に育ったんだ。今は幸せだよ」

「おーい、ちょっとそこの爺と可愛いアンちゃん?お父さまガン無視?」


 えぐえぐと、小さな女の子が祖父にしがみつき、祖父は優しい手つきで女の子の黒い髪を撫でる。祖父を思いやる孫と、孫の優しい心に穏やかな表情を浮かべる祖父と、絵になっているのだが、如何せん父親が邪魔をする。


「あなたと会話するに値しないのではなくて?」

「君は相変わらず辛口だね、アルリシル。そんなところも可愛いよ」

「はいはい、わかっていますわ」

「そのブリザード対応もそろそろ癖になってきた」

「…伴侶の選択、間違えたかしら」

「返品不可だから変更はできないよ、奥さん」

「それは残念で仕方がないわ、旦那さま」


 口では情けないが、その他愛もない会話の合間に妻から幼児を抱き上げる。身重には少々辛かったので助かった。ほっと一息をついていると、こちらへどうぞと椅子を引いてエスコートまでする。所作は気品を感じさせると言うのに、どうしてこう言動が残念なのだろうかと思いが、そっちに惚れこんだ身としては何も言えない。

 座った椅子は義父と娘からは少し距離があり、そこから静かに二人を見守る。


「悪くない場所だろう」

「あなたにしては随分控えめな場所ですわね」

「ここは父親に花を持たせてあげようと」

「負け惜しみではなくて?」

「ぐ」


 引き攣った顔ではあるけれど、息子を抱く腕にぶれは無い。放浪癖も脱走癖も怠け癖もあるどうしようもない男だが、家族を大切にすることに関しては誠実である。


「じゃあ、おばあさまは、おじいさまをたすけたの?」

「…ああ、きっとそうなるんだろうね」


 純粋な疑問に、けれど祖父は曖昧に返す。その様子にアルリシルはあら、と首を傾げて夫を見るが、夫は若干険しい顔をしていた。


「ロン?」

「ん、何だい」

「あなたの方こそどうしたの。眉間に皺が寄っていますわ」

「…君にだけは打ち明ける」

「……ええ」

「あの爺、意味深なことを言ってアンを誑かすつもりだ」


 瞬間、アルリシルの視線が氷点下に変わる。だがロンは気づかず、視線を祖父孫に固定したまま鋭く解説を始める。


「ああ見えてあの人は昔、随分色々とやらかしていたらしい。下流貴族の末息子だったから、かなり甘やかされたみたいでね、昔の悪行がばれる度に母上に跪いて許しを乞うていたよ」

「…お義父さま、が?」

「ああ、あの絶望のロレイと言われるあの人が、だ」

「信じられないわ、だって今はあんなに誠実な人ですのに」

「恐ろしく手が早かったらしいから、本当はどこかに異母兄姉がいるんじゃないかと思って冷や冷やしているんだが」

「それは作り話ではなくて?」

「母上の雷が落ちたのを最初に見たのは、僕が七つの時だ。父上の旧友が王城に来ていたらしく、父上を交えて談笑していたらしい。その雲行きが怪しくなったのが、父上の親友の女兄弟全て食らった話が出始めてから、だな」

「全てって…全員とういうことかしら?」

「ああ、姉妹は勿論、従姉妹にその親友も…だったそうだ。中々綺麗な顔立ちの友人だったから、一族みんな美しかったんだろうな」


 ちらりと盗み見るような視線の先には、孫娘を大事に抱きしめるロレイ。話に伝え聞くように、深い絶望を知り尽くし、その淵から這い上がってきたからこその落ち着きがあると思っていたが、その前はとんでもなくやらかしていたらしい。


「全てを失って以来、そういうことは一切無くなったと聞いているし、王配になってからも鱗片さえ出さなかった。今は過去の清算に追われているようだがね」

「それでアンを誑かそうとしている、と?」

「だってあんな可愛いんだぞ!君譲りの綺麗な瞳に見つめられたら、どんなに恐ろしい妻がいようと危ない橋を渡りたくなるだろう…!!」

「自分の母親を捕まえて恐ろしい妻と言い切るあなたが、危ない橋を渡っているのではないかしら?」

「本当のことだから仕方がない、僕はあの人ほど恐ろしいとは思ったことが無いよ。救世主?とんでもないただの般若だ、いや、夜叉か」

「酷い例えですわね」

「般若や夜叉の方が情を持っているかもしれないと期待を抱けるが、母上に関してはこと、希望を抱くな、失望するだけだと忠告したいものだ」

「お義母さまのことをそこまで言えるのは、きっと世界中であなただけでしょうね」


 呆れたようなアルリシルに、ロンは皮肉な笑みを浮かべる。


「残念だが僕だけじゃない。…父上も同意見だ」

「お義母さまが可哀想ですわ。愛する伴侶と息子からそんな風に言われているだなんて知れたら…」

「間違いなく報復するだろうさ」

「疑わないのですね」

「疑う余地が一体どこにあると言うんだい」

「悲しみに暮れるとか、そういう発想はありませんの」


 すると突然ロンは笑いだす。驚いたのはアルリシルだけでなく、祖父と孫も何事かと注目を浴びせる。


「あっはっは!!では父上にお聞きしてもいいでしょうか」

「大笑いして、一体何だ」

「僕や父上が、母上のことを血も涙もない人だと言って…悲嘆に暮れるような人ですかね?」

「は?そんなわけないだろう」

「ですよね、ほらアルリシル、僕と父上は同意見だけど?」

「お二人とも。確かにお義母さまはお強いですけれど、女性なのですよ…!」


 語気を荒めて反発する義理の娘に、まあ落ち着きなさいと穏やかな瞳で見つめられる。その視線に、言葉を詰まらせた。その理由が、数分前に聞いた義父の噂話のせいだなんて、本人には言えないが。


「確かに女性であることは認めるが、あの性格だから落ち込むことは滅多に無いだろう」

「反論さえ許さない責めの口調に、一体どれほどの人が泣いたか知れない…そんな人だ、母上は」

「落ち込むより落ち込ませる方が得意だろうなぁ」

「自分が泣くくらいなら相手を泣かせますよ」

「違いない」


 はっはっは、と二人してどこかひきつった笑みを浮かべる。その光景を思い浮かべているのだろう。そこまで酷評を受けるのは、恐らくこの二人が最も身近で真偽の王を見てきたからであって。


「私にはそう見えないのですけれど、私の努力が足りていないせいでしょうか?」

「見えない方が幸せだよ。母上のことを知りにいくのは勧められないな…夢を夢のままで終わらせたいなら、ね」

「向こうも見せるつもりがないから君と距離をとっているのだろう。何、気にするな。君が気に入らないわけではなく、伝承とかけ離れた自分を見せたくないだけだ」

「意地っ張りですからねぇ」

「気が強いともいう」

「本当に酷い評価ですわね…」


 もう反論する元気も無くなったのだろうアルリシルは、少々納得していないようだがとりあえず黙る他なかった。

 すると今度は祖父の腕の中にいた孫がもそもそと動き始める。息子と同じ色の、つまり真偽の王と同色の髪から覗く、真っ直ぐな瞳が祖父を捉える。


「おじいさま?おばあさまは、おつよいの?」

「ああ、強いよ。とっても強い。この世界の女王様だからね」

「強くて、怖くて、厳しくて、…でもとっても優しい人…と追加しておこうか」

「保身だな、息子よ」

「うっかりアンがそのまま母上に伝えたら、僕の命はありませんからね」


 父子は、お互いに諦めたような色を見せる。堅実な父と、奔放な息子の共通点と言えばその瞳だけかと思っていたのだが、どうやら真偽の王に関する考えは全く同じらしい。


「じゃあ…じゃあ、アン、おばあさまみたいになる!」


 幼い子供の特権である、突拍子もない宣言は、共通認識を持つ二人を数秒固まらせるだけの力があった。不思議そうにその二人を見て、唯一まともに話せそうな母親を見つけて、孫娘は宣言を新たにする。


「おばあさまみたいに、つよくて、やさしいひとになる!」

「色々抜けていますけれど、良いと思いますわよ。お母さまは応援していますわ、アン」

「うんっ!」

「ちょ、アルリシル?!僕たちの話を聞いていたよね、聞いてたのに、そういうこと言う?!」

「あら、別に私は賛成したわけではありませんのよ?」

「ううむ、アルリシル殿。それはいくらなんでも、ちょっとまずいのでは」

「あらまあ、どうしてですの、お義父さま。一体どれほど夫と息子に悪く言われようとも」


 慌てて撤回させようとする男性陣を、アルリシルはきっぱりと言い切った。


「お義母さまの家族は、こんなに素晴らしい方々ですのよ。お義母さまの判断は正しかった、ということではありませんの?」

「いや、確かに聡明だが…」

「人柄は真似て欲しくないというか…」

「しどろもどろ、はっきりしませんわね。大丈夫ですわアン、私はあなたの味方ですわ」

「わぁい、おかあさまが、アンの、みかた!」


 味方、という意味は理解していないだろうが、肯定的に見られていることはわかったらしい孫娘は、微妙な顔をする祖父の腕の中で嬉しそうにはしゃいでいた。




 後に八人の子を授かる夫婦に、まだ二人の子供と、身重の妻しかいない頃のはなし。

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