休題
ホルボシスがおこなった雇い入れは何時しか一つの雇用体系として当たり前の事となり
今尚未知の発見があるダンジョンで新しい何かを発掘する為に人を雇って向わせる事は、今では一般的なことになっていた。
危険な魔窟であるダンジョンの捜索を請け負う者は『冒険者』と呼ばれる様になり、
やがて依頼者と冒険者が増え、それぞれの要望や方策の取りまとめを行う『ギルド』と呼ばれる組織が作られ、
そうして産業としてお金の流れが生まれると、危険をかえりみない日々の冒険に疲れた彼らの生活を支える飲食業なども活発になる。
冒険者が集めた情報や品々は依頼者によって手が加えられ、生活を彩る様々な道具や手段に変化する。
真新しいそれらの情報を知った誰かはそれを求め、訪れる。
なんらかの形で獲得する。
新しかったそれらを多くの人が求めることでやがて未知だったそれらが普通になっていく。
その過程でそれまでのプロセスは多様化が進み、次なる需要を生み供給がされる。
その過程が繰り返されて何時しかダンジョンの近くにも街ができるのだ。
斯様にして世界各地にダンジョンがある場所にはそれぞれの街が、冒険者が、
ギルドが存在しているのだが
依頼の取りまとめを行うギルドでは情報が共有化されて、冒険者は希望する依頼の内容と達成率で格付けが行われている。
冒険者はピンからキリまでだが真に『冒険者』と呼べる存在は今現在殆どいない。
既に開拓が終わり、発見された資源の種類や量、其処までのルートや危険性が把握されて『資源的価値が確定された区画』
通称『資源化区画』で仕事を行えるレベルの冒険者から
まだ誰も到達していない、危険性も有効価値も把握出来ていない未知のエリア
『未確認エリア』へ足を踏み入れる事が許可された真の冒険者まで。
色々と決まり事や考え方の形が形成された今頃は未確認エリアへの調査依頼はギルドが行う様になり、殆どの依頼者にとっては既に開拓されたエリアで得られる恩恵で必要十分な世の中になってきている。
それでも経済を活発にする刺激を与えるべく必要なものとして、いち依頼者では賄えきれなくなった未知の発掘をギルドが請け負い、
ギルドが認定した一定以上のダンジョンに関する知識と技量を持った冒険者に対してのみ新規開拓を依頼する様になった。
現在、ホルボシスの鉱脈が存在するリンドの街のギルドでは
『52層』と呼ばれるエリアまでの経路が構築されており、
『60層』相当までの区画の確認がされている。
便宜上『層』という言葉で区分けされているが、これはホルボシスの鉱脈というダンジョンが雲母のように明確な区切りで積層されて別たれているわけではない。
その区切りは坑道を構築する間に到達した開けた空間であったり
湧水が滲み出るきれいな水場であったり
特に誰が決めたわけでもない偶発的なくつろぎの延長線上で生まれた休憩所であったり
ダンジョンで発生する様々な困難を退けた記念すべき場所であったりする。
それは高さであったり距離であったりではなく、連綿と続く冒険の中で構築された軌跡であり
人類がその地の終点に至るまでの記録である。
その記録は大よそ300年ほど前から行われているが今だ終点に訪れた者は存在せず
世界には更なる発見がもたらされ新たな記録が刻まれている。
一体この魔窟には、あとどれ程の未確認が残されているのだろうか?
いまだに終わりが訪れる気配はない。
そしてまた人の営みも絶えず移り行く。
街ができ、人が住み、命が芽吹き、命が枯れる。
移りゆく人波の中で世界は着実に変化していく。
現在、ホルボシスの鉱脈は60層までの確認がされ、
それから先が続いていることを把握している。
それまでも幾度となく新たな道筋や行き止まりが確認されたが、今のところこの道筋は延々と続いている。
まだ誰も到達したことのない頂に至るには更なる困難が立ちはだかる。
年々上がっていく到達までの難易度の中でその道筋を進む栄誉を、
ギルドよりの『認定』を受けた人間は現在50人。
その栄誉にあずかれない人間は約8000人にも及ぶ。
栄誉ある認定を受けた一級の冒険者たちは未知への探求という冒険者としての根源に迫り
認定を受けなかったその他大勢は情報が提示されたリスクのない探検を行う。
だがそれも当たり前のことだ。
すべての冒険者が危険を冒さねばならない道理はどこにも存在せず
またすべての探検に危険がないことは誰も保障していない。
冒険をするということは身の危険を承知の上で自らの命を投げ込む狂人の所業であり
存在するかもわからない発見に骨を埋めることは誰にでもできることではない。
だが明らかなリスクに首を差し出さなかっただけで其処に至るまでの道のりは決して容易でなかったようにいつだって其処には危険が潜んでいる。
其処にだってまだ日の目を浴びぬ事実は眠っている。
全ての冒険が探検でないように、全ての探検が冒険ではない。
だがそれでも彼らの心の中には程度の違いはあれど『未知への探求心』が存在しているのだ。
その死神に魅入られた彼らに取り残されてしまった人々は、彼らの無事を願って自分たちができる精一杯の支援を行い帰りを待ちわびる。
ギルドの職員 カレン=エルメスもその一人だ。
最近の彼女は小さな悩み事を抱えている。
(・・・やっぱりおかしい、どうして彼の実力で二級冒険者からも誘いがかかるの?)
彼女を悩ませているのはまだ若い、しかしそれ以外は特筆することのない何処にでもいる普通の三級冒険者だった。
ギルドでは冒険者に認定を行うにあたり、ある程度の実力でランク付けを行っている。
未確認エリアへの調査権限を与えられる『一級冒険者』
なんらかの資源価値の算出が途中の調査区画、今現在は第53から60層までのエリアの立ち入りが許可される『二級冒険者』
既に一定以上の調査が進み、其処までの危険性と発掘される資源の埋蔵量の概算が行われた、現在は52層までの資源化区画に立ち入り出来る『三級冒険者』
四級以降は各層ごとに立ち入りを制限している。
他にも依頼の達成率やら受けた依頼の内容、難易度などで逐次その等級に変化がみられるが
等級とはおおよそ、その者が同じ等級の仲間数名と共に
しっかりとした計画を立てれば普通に到達出来るであろう
ダンジョンの階層の目安となっている。
立ち入りを制限すると言っても実際に警戒線を敷いて冒険者の立ち入りを制限しているわけでは無い。
元よりギルド職員を常駐出来るほどダンジョンは生易しい場所じゃない。
ギルドではただ単純にその者の等級を越える難易度の依頼を依頼者より受注させないだけだ。
立ち入りを許可しょうが制限しようが勝手に入ってしまう分には認知しない。
その代わり何か事故や危険性が存在していても、其処から先のサポートは一切されなくなるだけだ。
だがら例え通常なら認可されない難易度の、
B級冒険者向けの依頼を行う冒険者の集まり『パーティー』に参加することもギルドは禁止していないし、それでC級が参加した事で依頼を失敗した等のトラブルが発生したとしても、それは受注者の責任として処理される。
だからギルドは彼への勧誘を止めることはしないし彼らへの依頼を取り消したりはしない。
そして自らの等級を超えた受注をしているパーティーに参加して依頼を達成しても
その者の昇級に対する評価は行われない。
だから普通なら両者にとって別段旨みのある話になるはずがないのである。
普通なら彼のように何度も上位の冒険者にお呼びがかかる筈がなく
普通なら更なる一歩を踏み出すために等級を伸ばしたい冒険者は、危険性の高いハイリスク・ローリターンな等級外の依頼は受託する価値が薄いのだ。
― 彼女は顔をしかめつつ、手元にある彼の受注履歴を見る。
だというのに彼はしょっちゅう等級外の依頼ばかりをこなしている。
最近では半年以上前に護衛依頼を受注しているが、危険性の薄いダンジョン外の護衛依頼は等級付けがなく、大体三級一人に四級程度の冒険者が固まっていれば何事もなくこなせることが過去の統計から明らかになっている。
あとは依頼者の面談次第でことは運ぶのだが、ダンジョン外の依頼ばかりこなしていてもギルドの等級は滅多なことでは上がらない。
依頼人との信頼関係、信用も確かに重要な要素だがそれだけではダンジョン内での依頼はこなせない。
確かな実力が、経験と技術に裏付けされた確固たる力が必要だ。
ダンジョンに潜る冒険者は自分の等級に対して納得し、しっかりと自分の実力を把握して分をわきまえている。
だからそもそも自分の実力を超える依頼の誘いは、じっくりとその内容を
背景を吟味して断るなり、条件を見定めて請け負うなりするはずなのだ。
だから彼のように
「明日『コカトリス』の捕獲に行くんだけどついてきてくれないかな?」
「かしこまり~♪」
みたいな軽いノリで準一級依頼である捕獲クエストは受けないのだ。
しかもソレは先日発見された60層未調査区画の、
調査中の二級冒険者4人を食べたと思われる獰猛な怪鳥じゃないか。
まだ個体数も把握されていない未知の生物は発見次第
好事家から捕獲依頼が舞い込むことがあるのだけれど、今回は現在確認されている最高層の
先日多くの冒険者たちに緊張をもたらした話題のヤツ。
難易度は既に一級クラスに到達していることが明らかな案件だ。
ソレは「卵切れたから買い物行ってきて~!」みたいな感じで捕獲するような生き物じゃないのだ。
分からない・・・
見れば彼は今までのところ、依頼の内容を見る限りでは最大41層の区画までしか到達していないはずなのだ。
仮にギルドの情報サポートも受けずに、自分からその先に進んだとしても
その行く先は並大抵のことではすまない困難が待ち構えているはずなのだ。
ましてやこれまで最低限の評価で3級に到達してきている。
受ける依頼は情報が出そろって比較的安全に進められるものばかり・・・
それなのにどうして周りは彼に分不相応な依頼の誘いを持ち掛けるのか・・・
分からない・・・
なぜ彼はあそこまで疎まれて
なのに取り立てられて
それでも全く動じずに。
どうして彼はあの日、二級冒険者パーティー『アルファロイ』が消失した日に彼だけ帰ってこれたのだろう?
なぜ三級でありながら一級冒険者のように『回帰する朱の冒険者』と二つ名がつけらたのだろう。
なんであの時、悲しそうな顔をして私を助け出したのだろう?
ワカラナイ・・・
分からないよ、彼のことが・・・・
――――――――
―――――
―
久々に冒険者ギルドに足を運んでみた。
「げっ?!、朱の冒険者!?」
入場して早々、そんな声が聞こえてきた。
― うん?呼んだ??
声のした方向に目を見やると、何故かササッと顔をそらしてぎこちなく歩き始めた。
隣では子供のころはさぞ愛らしかったであろう、今では見る影もないメスゴリら・・・
おっと失礼、遠目でチラ見をすれば目麗しい微女たちが陰でヒソヒソ話しこんでいる。
なんだよ、俺の噂話かい?
全く、モテる男はつらいなぁ。
「ええー?アレがあの『アルファロイ』を壊滅させたっていう朱の…ムグゥッ?!」
すると突如雄たけびを上げたオランうーたん♪
それを取り押さえる森の仲間たちにShit!
うーたんか・・・
いや、そういえば中学の頃にいた彼女のあだ名がうーたんだったなと。
いやはや懐かしや。あれは何年前の話ぞ?
それは前世での話なので、今世から考えて今から通算40年ぐらい前の話ということになる。
なんとビックリしたことか、そんなに年を取っていたのに驚きだ。
嗚呼、いつの間にか俺もオッサンになっていたのだな・・・
現在は年のころは18を数えるようになり、まだまだ体はピッチピチ。
だけど心は加齢臭漂うオッサン。
そうか、ということはあいつらよりも実際は年上ということになるんだな。
年上の寛大な心で貴様らの無礼はすべて鼻水と一緒にティッシュにくるんで焼却炉にポイしてやろう。
よかったな、俺がやっさすぃー紳士で。
それにしても、なんとまあ俺も有名になったものである。
それも悪い意味で。
ああ心配するな、それぐらいの自覚はある。
普通に公共施設に入ったら知らない人間に『ゲェ?!』なんて言われるぐらいなんだもの。
席替えに例えるなら隣の席になった女子が悲鳴を上げた時のような響きだったぜ。
隠さなくてもわかる。
所謂、キラワレモノってやつかな?
まいったね~、どうも。
まぁ別にお前ら微女風情にとやかく言われようが
動物園の霊長類に無視されたり、バナナに夢中で構ってもらえなかった…
などと考えれば大したことではない。
よかったな、俺が懐の大きい男で。
普通なら馬の糞と一緒に肥溜めにぶち込んでバナナ農園の有機肥料として出荷されるところだったぞ?
命拾いしたな。
などなどと下らない思考は放棄して、十把一絡げのちり芥風情の羨望の眼差しを華麗に無視して
適当に暇がつぶせそうな簡単な依頼を受注してみましょうかねぇ~?
「へー、君が最近噂の回帰する朱か。
確かに赤っぽい髪の色をしてるよね?」
なんかいきなりイケメンに話しかけられた。
「如何にも、拙者が朱の冒険者である。」
なんとなく、不遜な態度で応じてみた。
しかしまぁ、何ともこそばゆいというか
香ばしい感じだな。
『回帰する朱の冒険者』とか言う二つ名(笑)
回帰する朱ってなに
なにそれぇ~?
なんでぇ、なんでぇ朱なんでしゅかぁ?
何で赤じゃなくて朱なんでしゅかぁ??
ねぇ?へんにこだわってみたの?
なんで赤じゃなくて
紅でもなくて
朱なんでしゅのぉ?
どうなの、これ最初に言い始めたやつぅ~
もしかしてちゅーに?
うける~!
大草原が広がる悪寒。
なんでかしらないが一瞬胸が苦しくなったのでこのへんにしといてやるか。
「とりあえず自己紹介しようよ。
僕は二級冒険者パーティー『ラプラス』のリーダーをやっているシオン=アルマークっていうんだ。
僕の仲間を紹介するよ。」
おいおいおい、勝手に話進めないでもらえますの、お坊ちゃんよ。
見た目俺よりちょい年上っぽいからってこれでも心は40代のおっちゃんなんだぜ?
もっと年上を敬えよ坊主。
などとまぁ言いたいところは少しばかしあるが、語りたい奴は何言っても煩いので喋らせるに限る。
大人の対応ってやつだな。
「初めまして、私はラプラスの後衛をやっています
セシル=クラッドといいます。
どうぞよろしくお願いします。」
澄んだ声の持ち主である彼女は微少女()ではなく、まことに腹立たしいことに美少女であった。
パッキンサラサラヘアーの王子様風イケメンと銀髪ふんわりヘアーの美少女の組み合わせ。
きっと仲間という関係以上の、何か特別なアーンな関係や、そ~んな関係になっているに違いない。
殴っていい?
「ええと、ボクはイオン=アルマークと言います・・・」
次に現れたのは打って変わって、小柄な感じの
よく言えばショタっぽい
悪く言うならションベン臭そうなガキが現れた。
ん、待てよ?
コイツどこかで・・・
「この子はどうも以前君に助けられたことがあったみたいでね。
何度か街で見かけたこともあったそうだが中々声をかける機会がなくてね
今回は運よくばったりギルドの集会所で見かけたから声をかけてみたんだ。」
あ、思い出したぞ!
「お前52層で小便ちびって倒れたマセガキのシーフだな?
あんときはよくも俺の仕事を邪魔してくれやがったな!」
「うぅっ・・・ごめんなさい。」
忘れもしないあの日の出来事。
その日は57層まで潜り、事前に入手しておいた二級冒険者どものプロフィールと依頼の内容を突き合わせ
失敗率高しと踏んだ俺は無駄に将来有望な若者たちが命を落とすことを嘆き
彼らが得た全てと引き換えに命を救ってやろうという、
実に高潔な使命感が湧き上がり、まだ先のある彼らに救いの手を差し伸べようとしたのだ。
ところがだ!
あろうことかよくあるご都合主義展開で彼らには絶対退けられなかったであろう『変異体ヴォルノゥチ』を
たまたま・・・
うっかり・・・・
偶然にも・・・・・
驚くべきことに・・・・・・・・
倒 せ て し ま っ た の だ !
くそ~う、なんだよぉ・・・
せっかくピンチを演出するために
高いお金を出して買った浸蝕媒体を仕込んでおいたウロヴォロスをダメ押しに準備してたのに・・・
あろうことか俺が一生懸命頑張って作りあげた段取りを
「二人の力を一つに、僕たちならやれるッ!」
などという汗臭そうなセリフをのたまって・・・
手塩にかけて可愛がってやったウロヴォロスちゃんも・・・・・・・
撃 退 さ れ て し ま っ た の だ !
何だよ、人がせっかく更なる絶望を与えて
「もうダメだ・・・」ってなってるところをカッコよく救世主様みたいに登場して
それはもう迷う間もなく二つ返事で神にでも縋るかのように俺に救いを求めるはずだったのに
「私たちならどんな苦難にでも立ち向かえる」なーんて。
お前らはアレか、少年誌の主人公か何かか?
テメェらみたいなんがいるからその気になった若者が変な勘違いをして大事な場面で自爆して命落とすことになるんだよ。
そうなる前に大失敗して大切な大切な教訓をその身で学んだ方が後々ちゃんと大成するんだ。
凡人は地道に努力してろ。
でなきゃ奇人変人として使えない人間として社会の陰で腐って消えろ。
テメェらみたいな例外を引き合いに出されても、なーんの参考にもできねぇっつの。
だからテメェらみたいなのは凡人にとっては強すぎる毒にしかならないの。
わかる?
オメェらだよ、オメぇら。
思い出したぞ。
あのクッサイ台詞は美男美女にしか許されないの。
あ?美男美女だから問題ないですだぁ?
うるせぇ馬鹿野郎。
お前らのおかげで傷ついて怯えすくんで暴走して
使えなくなったペットから証拠隠滅するのに大変だったんだぞ。
蝕媒が呪化してウロヴォロスちゃん覚醒するわ
鉱脈にでかい穴開けてショートカットするわ
突如できた巨大な洞窟で後々大騒ぎするわ
そこから宝石が発掘されて大騒ぎするわで
おかげで少しもうけさせてもらいましたよ、ええ。
ああ、そっちじゃなかった。
ペットの始末で苦労するわ、呪化して呪核になった蝕媒がどこかに飛ぶわ
とんだ呪核が52層の冒険者に拾われるわ
あまりの禍々しさに冒険者が気絶して周囲の魔物を呼び寄せるわ
呼び寄せた魔物が蝕まれて暴れ出したから、泣く泣く拾った冒険者ごと地上にトぶ羽目になったりとか。
そう、お前らだよ。お前ら。
まさかこんなところで出会うなんて、奇遇だな。
殴っていい?
・・・なんて、言えるはずもないけどさ。
「ええと、・・・助けていただいて本当にありがとうございました。
酷いことも言ってしまって・・・
それから、お仕事の邪魔もしちゃって本当にすみませんでした!」
おまけに街の広場についたら路地裏まで移動して
おもらしして気絶してるガキから厄介な呪核を回収していたところ
荷物に紛れていた女性ものの下着を握りしめているところで、そいつが目を覚ました。
目が合うなり、そいつは何を思ったか行き成り俺にビンタをかまして来て口論が始まり
騒ぎを聞きつけた野次馬が集まってきはじめたので
ギリギリのタイミングで下着と一緒に回収できた呪核を片手にとんずらこいたのだ。
おかげで街に戻りづらいわ、収入ぜろだわ、高いお金をかけたペットが死ぬわでむしろマイナスだわで。
おまけにクソガキ拾って叩かれるわで。
全く持って踏んだり蹴ったりな一日だった。
「いいよ、ビンタと一緒に謝礼もいただいているんだし。
困ったときはお互い様だよね~」
しかし俺は表では紳士で通しているので多少の嫌味で話を流してやることにした。
おおらかな俺マジでイケメソ。
ちなみに謝礼は誰のとも知らない女性の下着である。
完全にガラクタである。
「しかし街の人の証言から君がダンジョンから妹を助け出したことは分かっているとはいえ
何で妹の荷物を漁っていたんだい?
まあそれもセシルの分のカバンの訳だけれど。」
ん、妹??
そういやどちらもアルマークとか言ったな?
ガキの方はすっかり少年だと勘違いしていたのだが
まあ、確かにショートヘアだがちゃんと顔を合わてみると女顔だわな。
いや~、ガキの顔なんて蹴り飛ばしやすい位置にあるから
思わずソレを実行したくなるのでよく観察しないのだ。
しかし、なんだ?
「ん?妹??
ああ、妹だったのか?
それにしてはあまり似ていないな。」
「え?ああそれは・・・少し家庭の事情でね?」
「ふーん」
ということはだ、つまりはアレだ。
俺は気絶した幼女 を路地裏に連れ込んで体をまさぐり、持ち物を探っていた
変 質 者
ということになる。
あ、叩かれて当然ですね♪
「ああ、君の妹さんが持っていた荷物を漁っていた理由だが
彼女がある危険物を拾っている瞬間を目撃してね。
まあその危険物というのは上級召喚ように使う触媒の元となる『コールヌイ』と呼ばれる宝石なんだけど
それ単体は特殊な保存の仕方をしないと周りの魔力に干渉したりするので厄介な代物なんだ。
特にあの時、君の妹さんは魔力循環が停止する状態に陥っていたから直ちに始末する必要があったんだ。
勝手に人の荷物を漁ってこちらこそ申し訳ない。」
まあ実際はコールヌイじゃなくてもっと危険かもしれないウロヴォロスの呪核なのだが、
本当のことを言ったら困るのは自分なので嘘を言っておく。
「と、言うことは貴方はイオンちゃんの本当の命の恩人だったのね!
彼女を助けてくれて本当にありがとうございます!
そしてごめんなさい・・・
私の荷物が漁られてたと聞いたとき、貴方を疑ってしまったの。
本当は私たちが取り逃がした大蛇の脅威に犯されているダンジョンの中からイオンちゃんを助け出して
なおかつ彼女に迫るもう一つの危険からも救ってくださっていただなんて。
貴方のような親切で心確かな人間を疑うだなんて、私どうかしてたわ・・・
本当にごめんなさいね、そしてイオンちゃんを助けてくれてありがとう。」
お、おう。
なんか俺の両手を取って正面から食い気味な感じで銀髪美少女がしゃべり始めたでござる。
照れるぜ。
まぁ実はあんたがにらんでた通りの怪しい人間なわけなのだが。
「ほら、だから言ったじゃないか。
あの大蛇は層をさかのぼるように、ダンジョンの外に外に向かおうとしていた!
もしかしたら何もしらずにキャンプで待っているイオンの元へ向かっていたかもしれない。
何にしても彼は妹を助けてくれていたんだ。
僕からも改めてお礼を言うよ、ありがとう!」
いつの間にやら彼らの中での俺の評価がうなぎ上りである。
だがしかし・・・彼らは知らなかったのであった。
彼らの身に降りかかった危機は、すべて一人の男に作り出されたもので
その元凶は何も知らずに礼を言う彼らを見て密かにほくそ笑んでいるということを。
倒すべき、悪がそこに存在していたことを・・・
ふっーふっふっふっふ・・・
いかん、笑うな。耐えろ俺の表情筋!
「お礼と言っては何だけど、受け取ってくれないかな?」
えーと、確かシオン君だっけ?
君もなかなか出来る男ではないか。
悪の親玉を命の恩人と誤解し、あまつさえ敵に塩を送るだなんて。
これは最近見つかった例の宝石洞窟の石で作られたポケットウォッチじゃないか。
彼の名工、『フィル・ロンデ』が作りあげた23石のクロノメーター
平均日差一秒レベルの、この世界じゃオーバーテクノロジーともいえる一品。
文字盤にセンス良く刻まれた数字がカックイイぜ!
ありがたく頂戴いたそう。
「僕はさ、ここで出会えたのも何かの縁だと思うんだ。
君さえ良ければだけれど、僕たちのパーティー『ラプラス』に入ってくれないかな?」
「ああすまん、それは断る。」
「そんな!
少しだけでいいからさ、ねっ?」
全く、この男は本当に可笑しいな。
この俺をパーティに誘うだと?
『朱の冒険者』であるこの俺を??
心底笑わせてくれる。
済まんがなれ合いは趣味じゃない。
丁重におーこーとわ~りしますぅ。
「な、ならせめて一回、一緒にクエストをするだけでも」
こいつ、どんだけ俺を誘いたいんだよ。
「僕たちはこの間、60層で発見された『コカトリス』の捕獲をしようと思う。
言っておくがこれは本気だ。
僕たちは本気でこの依頼を達成するつもりで向かう。
この依頼に、妹を助けてくれた君にも参加して貰いたいんだ!」
なるほど、コイツさてはアレか
アレなのか
あれなんだな。
バカだ。
とんでもないバカばかなんだな。
ふふ・・・はははっは!
「ぶははっ、はははっは
あ~っはっはっはっはー。
お前バカだろ
馬鹿ですね
ばかなんですよね?
馬鹿野郎だわ!」
嗚呼、笑いが止まらない。
だってお前、あれだぞ。
この俺をあろうことか上級依頼の、それも捕獲依頼 に誘ってるだなんて。
さてはコイツ、なんで俺が『朱の冒険者』だなんて香ばしい通り名で呼ばれているのかを知らないな?
見ろよ、あそこで聞き耳を立てていたヤツなんて「こいつマジか?!」みたいな感じの驚愕をお顔に張り付けてこっちを見てるぞ。
こいつは傑作だ!
「変だと思うかもしれないけれど、ここで君と出会った瞬間
僕は言葉にはできない何かを感じ取ったんだ。
なんとなくだけど僕は今回の依頼で、君が何か大切なものを僕たちに与えてくれるんじゃないかと思ってる。
なにか君を利用するみたいな言い方だけど、だけど僕は君の力が欲しいんだ。
なんでだろう?
君には妹を助けてもらっているのに、さらに身勝手なお願いをするだなんて、
けど、
それでも、僕たちは・・・・」
― その男は、真剣な顔になって俺の目を見て言う。
「明日『コカトリス』の捕獲に行くんだけどついてきてくれないかな?」
そんな顔して頼み込んじゃってさー
お前ら本当に俺がついてくると思ってんの?
考えてみろ、
なんで俺なの?
なんで突然俺にそんな話持ち掛けるの?
そもそも何でお前らは『コカトリス』なんか捕獲しに行くの?
なんでお前の妄言に耳を貸さなきゃいけないの?
今まで俺にメリットを感じさせる話聞いてないよ?
そもそも互いに聞いてない事多すぎるよ、俺ら。
ここで俺が本当にその話受けると思ってんの?
さては馬鹿だな?
馬鹿ですよね?
馬鹿なんでしょ?
だからさ―
「かしこまり~♪」
受けるしかないっしょッ!
だって馬鹿なんだぜ?
大馬鹿なんだぜ?
泥棒を招き入れて合鍵渡すレベルの大馬鹿なんだぜ??
傑作だわ
どうしようもなく阿呆だわ
救いようがない茶番だわ
でも踊り切ったら立派な役者だぜ?
もちろん踊らねーよ?
むしろ俺の手のひらでどこまでも踊らせてやるよ。
「え?いいのかい??」
おいおい、そもそもお前が言い始めたことだぜ?これはよ。
大丈夫、しっかりと主演男優賞取らしてやるから。
幸いにもまだ約束の日には十分間がある。
その間だけ、てめえの戯言に耳を傾けてやるだけだ。
さーて、ひょんなことから幕開けした劇場はどのような結末を迎えるのかな?
― ジンバルの上で揺れる時計は静かに時を刻む。