金がねぇ そんな輩は 客じゃねぇ
「ねぇ、お願い助けて・・・助けてよ・・・」
まだ少女の冒険者は樹木のような生物に片足と片腕を囚われていた。
その膝から先は徐々に木の幹の中へ消えていく。
その肘から先はまるで獲物を捕食するかのような動きを見せる木質な異形に埋もれていく。
ジワジワと
ゆっくりと
その怪異は食獣植物と呼ばれた生物
這い回る運動性の生き物たちを襲い喰らう、
自然の中で動かざるハズのモノ。
動かざるモノの影で潜み、暮し、滅び、還元され、住処の下でへ還元される。
それらは互いに協調姿勢を取っていた筈だ。
その本来の姿から逸脱した、
有り得べからざる魔性の姿。
油断を誘い、密かに根を張り獲物を待伏せる。
ダンジョンに住まう全てのモノは、その他の一切を貶める為にそのあり方を変えていく。
哀れな獲物がまた一人・・・。
転がり落ちる岩の法則に投げ込まれた生き物は、最後のあがきを見せ、無様にすがる。
少女は目の前の少年に、残された最後の手段で泣き縋る。
「はい、料金は100,000iいただきます。」
「お願い・・・なんでもしますから・・・
後からお金だって払います。
お願いだから、ずっと見てないで助けて・・・」
なりふり構っていられない少女は自由な左腕を少年の方に向け
その左腕は虚しく虚空を掴む。
「まあとりあえず背中のカバンこっちに向けてみ?」
言われるがままに少女は背中を少年に向け、
踏ん張りの聞かない片足で必死になって地面を踏む。
「財布、財布・・・
ああ、これはあとで換金して。
財布はどこだぁ~?」
「左側面のポケットの中よッ、
もうお金ならあとからいくらでも払ってあげるから早く助けてッ!」
耐えきれないとばかりに少女は叫び声を上げる。
それでも少年は呑気に鞄の中身を漁る。
― 何をやっているの?この少年は??
― 本当に助ける気があるのか?
― ふざけている暇があるなら少しでも助けようとする素振りを見せてはくれないのか?
だんだん少年への怒りと不信感が募り、
死への極限状態で不安が張り裂けそうな中で
彼は能天気な声で、こう言う
「足りない、足りないよぉ~お客さん。
これじゃ全然お家には帰れないよぉ~。」
― は?
「なんてこった、
どんなに良く見積もっても、これじゃあせいぜい80,000iにも満たないよ。」
― タリナイ?
― 何が??
― お金が???
その言葉の意味を頭が認識したとき、怒りと不安は爆発し、
罵声となって発露した。
「・・・お金が、足りない?
ふざけるんじゃないわよッ!
目の前で今にも死にそうな状況な人間がいて
アナタが少し手を貸しただけで助けられる状況だっていうのに
それをアナタは見殺しにするって言うの?
冗談でしょうッ!」
少女は張り裂けんばかりに声を荒げ、掴みかかろうかという勢いで片足は地を踏む。
囚われた腕はピンと張りつめ、それでも尚全力を振り絞り、湧き上がる怒号の力を直接ぶつけてやるべく
ひたすら抜け出せぬ体を反対へ押しやる。
「お~、すごいすごい!
このままいけば自力で脱出できるんじゃないですか?」
― コイツはどこまで人を虚仮にすれば気が済むのか!
火事場の馬鹿力
その一瞬は恐怖が吹き飛び、ただ純粋な怒りの力だけが彼女を支えていた。
だがそんな彼女をあざ笑うかのように、彼女の奮闘は続かず―
植物はそれまでよりも一層強い力で彼女を引き込み始めた。
元々力の入りずらい体制で暴れまわり、やがて一時得た力は出力を弱め
再び奈落の海に沈む哀れな傀儡として、そのあり方を確定する。
ジワジワと
確かな速度で
微かに消えゆく火の如く。
それまで彼女を支えていた怒りは、その身が自身の抵抗に反してどこまでも埋まっていった分
逃れられない死への恐怖に取って代わる。
結局、彼女にはなりふり構ってなどいられなかったのだ。
「お願いです・・・・・・ひっぐ
なんでもしますから・・・
助けて、グスン・・・ください」
「申し訳ございません、
あと20,000i頂ければお力になれると思います。」
涙で視界が霞む。
声は裏返り、精一杯の気持ちの中で助けを乞う。
助かりたかった。
まだ死にたくなどなかった。
貧しかった家族は必死に生きてきた。
大好きな母親は病気でつらい筈なのに、私に不自由な思いをさせまいと身を粉にして働いた。
私たちが貧しいのは父の借金のせいだ。
それでも自分は関係ないとばかり、母を捨てて逃げた。
母が病気で倒れると、借金のカタとして私は身売りに出される事となった。
そうなる前に私を逃がし、その時渡された白銀のロケットが私たち親子をつなぐ最後の絆となった。
そんな、大切なペンダントだった。
それを差し出すのに大きく気持ちが揺らいだ。
でも母が命がけで守ってくれた、自分の命を失うよりはましだと思った。
だから仕方がなく、胸元で寄り添う最愛の母と別れを告げた。
片手の自由が利かぬ少女が胸元のペンダントのチェーンを、もう片方の腕で絞り少年の前に突き出す。
少年は少女の胸元の、ペンダントロケットに手を添え、見やる。
ロケットを開くと、幸せそうな男女と、幼き頃の少女の姿が映されている。
和やかな、家族の団欒のひとときが写っている。
少年は穏やかな笑みを浮かべていた。
少女はその穏やかな表情に、どうしようもないほど安堵した。
安堵してしまったのだ。
「申し訳ございません
これでもまだ、10,000i不足しております。」
― え?
「残念ですが、今回の話はなかった事とさせて頂きます。」
― なんで?
「また機会がございましたら、お気軽にご相談ください。」
その言葉を聞いた最後に、少女は今までよりも急激な速度で樹に飲み込まれる。
深く―
絶望の顔を最後に、少女の姿は完全に樹皮の奥底に消えてしまう。
深い ―
静寂が訪れる。
そこには何の変哲もない、ただの木々と一人の少年がいるだけ。
少年の正面にあった、木の根元に落ちていたロケットだけが
そこに少女が存在していたことを告げていた。
「お客さん、忘れ物ですよ」
異形の樹木の根元に忘れ去られたペンダントは少女の面影を残し、
彼女が生きていた証は少年の手によって命の営みの中に返される。
ダンジョンの闇の中に静かに消えゆ ―
――――――――
―――――
―
ダンジョンの中での一日は長い。
暗い穴倉の中は時間の感覚を狂わる。
狂った時間の中で、沢山の人間が命を落とす。
そして、また新たに一人の男が命を落とそうとしていた。
「頼むぅぅぅっ!助けてくれぇ!!」
本日の俺の営業活動、兼お小遣い稼ぎは全くと言っていいほど振るわず。
3件も小口案件を手がけた割には、これまで全てスカ。
「お客さん、助けて下さいですよ?
まあもっとも、金も持ってないあんたは客ですらないわけだが?」
3件目の物件にいたったては支払能力皆無。
資産価値ゼロ。
スッカスカの素寒貧。
「あんたならこんな窮地でもひとっ飛びで安全な場所まで運ぶことが出来るんだろ?
頼む、この通りだ、助けてくれ!」
ー 金さえ貰えりゃな。
目の前では下半身を細長い口に丸呑みにされている男が喚き散らしている。
その口はウネウネと、自らの体内へ獲物を放り込まんと脈動する。
よく見ればウツボカズラのように見えなくも無いが、そのアグレッシブな動きはどう見ても獣の本能を感じさせる。
食獣植物ネペンテス
その生物は植物と目されているが、この様に動物を食らう。
と言ってもダンジョンではちょっかいを出さない限り攻撃性がなく、その場から動かないようなモンスターは皆
すべからく植物扱いなのだから実際その生態系が植物なのかは非常に怪しいところだ。
「やめろ、俺はまだ死にたくない。
嫌だぁぁぁぁぁぁぁ―」
ネペンテスに飲まれた生き物はまずその体内の麻痺毒で身動きが取れなくなった後、ゆっくりと時間をかけて溶かされていくのだ。
皮膚が溶け、ケロイド状になった体を眺めても中々楽には死んでしまえないので、最後には自らが力を振り絞って舌を噛んで死んで行くそうな。
まあ何もできずに骨になるまでゆっくりと時間をかけて死んでいく生き物が大半だが。
そうこうしているうちに彼はその細長い口に飲まれていってしまった。
まぁ客でもなければ知り合いでもない。
そんな男が一人いなくなったところで別に思うところなどあるはずもなく。
ああ、因みにネペンテスはある程度のレベルがあるなら飲まれたところで毒も酸液も効かない。
まあ間違いなく飲まれる事態になる事がない筈だが。
とにかく、ある程度のレベルを所持している人間なら屁でもないような生き物で手こずるダンジョン初心者さんでも、当サービスは対応致しますので是非この機会に御一考下さい。
まあ、利益率悪いので若干割高スタートだが。
「それでは来世でも、ご利用おまちしております。」
非常に残念ながら、返事は返ってこなかったー。
カナシイナー。
マタヒトリボッチダヨ。
それにしても本日2人目のお客さんは良い商談が出来ると思っていたのに。
真に残念無念である。
特に形見っぽいペンダントを査定した時は、
目標金額に、行くかぁ〜?行けるのかぁ〜??って少し期待してみたの。
差し出すまでは・・・
あんだけ葛藤してたのに・・・
差し出したら・・・
まるで合格発表前の様な、祈るような縋るような瞳でこっち見てんの・・・
だけどざぁ〜んねん!!
あんなに勿体振って出したわりには、やっぱり全然足り無いんだもん!
プーッ、クスクス
おっと、流石に趣味が悪いな。
気をつけよう。
なので、あの時も思わず「フフッ」ってなったよ。
あの時の安心し切った顔と来たら・・・
・・・ブフフッ!
アー、タスケテアゲタカッタナー。
でも、お金持って無いなら仕方がないよね☆彡
カナシイナー。
今日のお昼はおむすびだけかー。
お外で女の子と優雅なランチタイムが待っていると思っていたのに。
カナシイナー。
さて、過ぎたことはぱっぱと忘れて、本日の本命に向かいますかね〜。
気持ちを切り替えた俺は己の中で眠る力に意識を集中する。
ここではない何処かに
それは皮一枚隔てた、俺の身体の何処でもない何処かに存在する感じがするし
俺の手足のように、密に俺を支えているようにも感じる。
だが、そんなことよりも大事なことはそのナニカを意識し、身体を動かす感じで使おうとするイメージ。
するとそのナニカは自由自在に、思うがままとなりその感覚は俺のモノとして、自分が住まう世界へ干渉する術となる。
人が当たり前にそこに歩みを進めるように
俺はそこまでの道を開け、繋ぐ。
先ほどまで、視線を何処かに向けたらそこは変わった植物が生息するダンジョンの奥底であっただろう。
それまでの光景は突如として歪み、混ざり、此処ではない何処かへと変容する。
溶けて、混ざり、飽和し、かき消され、書きかわる。
いつの間にか景色は賑やかな午後の街並み、お昼時のリンドの街の広場へと変貌をとげていた。
「そういや、今日はこの後約束があったから弁当は持って無かったんだった。」
よくよく考えると持ってる時のそれは大概
小腹が減った時のオヤツなので、やっぱり昼食は街でほとんど済ませていた。
「今度は、お弁当持って出かけるのも悪くないかもね」
自分の食事スタイルに新たな選択肢を追加すること検討しながら、少年は街の食事処へ向かうのであった。
――――
―
「フーン、あんたがアタシをアザレアの港に連れてってくれる協力者って訳かい?
勘弁しておくれよ。
何処からどう見てもまだ半人前のガキじゃ無いか。
こんなので本当に密航なんで出来るのかね?
無事に港に着くかどうかさえ、アタシは心配だよ。」
落ち着いた雰囲気の、気品の良い調度品で整えられた高級レストランで、ふくよかな貴婦人はその場違いとも言える若さの少年を訝しんでいた。
年の頃はまだ十代後半、
少なくとも20歳には到達していないだろう。
だいぶ垢抜けて大人の顔つきに近づいてきているとはいえ 、それでもまだ成長段階だろう。
この国では一般的に15歳で成人であるとされ、15にして家庭を築く人間も少なからず存在している。
それを思えば目の前の彼なら成人してある程度経験を積んでいるのかもしれ無いが、それでもまだ成長途中の半人前であるという見識を持つことは無理からぬ事。
それなりに太々しい顔立ちに育つまでは、やはり仕事を一人で任せるというのは些か難しい話であった。
そんな不安を抱く婦人を前にしても少年は慣れたもので、特に反論を述べる訳でもなく落ち着いた物腰と話の運びで目の前の顧客の反応を惹きつける。
「ははっ!よく言われます。
特にお客様のような妖艶な美貌をお持ちなマダムには、僕のようなセンシティブな年頃の若造は酷く頼りなく見えてしまうでしょう。
仰る通りかも知れません・・・。
無責任な態度で安心してくださいとは言えません。
お客様を不安にさせるような粗相をしでかすかも知れません・・・
それでも僕は、お客様の為に最大限の働きをもたらす為の努力をすると誓います。
なので、近くで見ていてくださいませんか?
僕が、貴方の為を思い精一杯の力で貴方をお守りする姿を・・・
その為にはこの身を焦がす事も厭いません。
ですのでどうか僕に、いえ私に
貴方をお守りする栄誉を
貴方を無事にお連れする機会を私めに与えてくださいませんか?」
「馬鹿も休み休みお言い。
そんな簡単にお付きは勤まるもんじゃないよ。
いいかい、簡単にお守りしますなんて言うがねぇ、例えばあんたに死なれちゃ次はこっちの番なんだよ?
そうなったらアタシはどうすりゃ良いのさ?」
「私は貴方を残して絶対に死ぬような真似はしません。
その為の準備は怠りませんし、その為の配慮も欠かしません。
その段取りはこの資料をご覧に頂ければ少しはご納得頂けるかと思います。」
「真面目にやろうって姿勢なら分かったけどさ、どうなのかねぇ?
本当に上手く出来る段取りは準備出来るかねぇ?」
少年の口からは思ってもない台詞が次々と飛び出し、まるで糞真面目な好青年のような不器用さと実直さを演出する。
そんな彼の態度に婦人は不安さを隠しもせず、彼の弱い部分を遠慮なく刺激してくる。
ここまで来ればあとは彼のペースで、嘘をつけ無い愚直な好青年と、
裏を読むにも素直すぎる若者を相手にするご婦人の前には、
腹の探り合いは意味を成さず、ただ思った事を指摘し、それに精一杯の回答が添えられてくる。
実に毒気のない攻防が続く。
題して「母性本能を刺激しろ!」作戦だ。
題名からして身も蓋もない。
だが、婦人には
「うそ?この子本当に私の為を思ってここまで・・・」
などと言う感情が薄らと芽生え始めていた為、程なくしてこの商談は身を結び、少年は食い扶持に有り付くだろう。
チョロいもんだぜ。
一通りの段取りと当日の合流場所、
密航する時の搬出等の確認を行う。
しかし、密航の手伝いをするなんて糞真面目な間抜けも居たもんだ。
愛だの恋だのは盲目盲目とも言うし、その線で設定を適当に詰めとくか。
「それで、密航の用向きはどの様に?」
「船内備品とでもしておけば良いと思うわ。適当にでっち上げなさい。」
「承知しました。
して、その船内備品の内容と言うのは?」
マダムはプディングの甘味をアフタヌーンティーで流し、夜の帳が降りるまでの、黄昏時の赤焼けの空に視線を向けて言った。
「奴隷だよ、まだ穢れを知らない青い青い乙女たちのね。」
取り敢えず
その場のノリで
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