欠格してクエーサー
天も地も、東西南北もない場所で、無数の星に囲まれて過ごしていたあの日あの瞬間は、自分が何者かを知覚でき無い程に虚無感で圧倒されていた。それは同時に、人とは所詮この数多ある星の中で視認でき無い程に淡い光にすら及ぶことができないのだと、ごく当たり前の事実の確認を今更蒸し返すかのごとく消えゆく光が思い出させた。星が輝きを喪うのではない。人の眼は順応しやがて明るさを見失う。自分が何者であるかの問いに答えなんて望むべくも無い。自分の存在を確かめる前にまずは意識を、心を、存在を闇に委ねるべきだ。常闇は暗き ――
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眼が覚めたら、そこは異世界、だったらイイナーと思いながら瞼を開けると、するとそこには美女のキス顏……の丁度逆バージョンが既に実行済みだった。悪夢かな?
んーっと、何やら首すじのあたりでハスハス聴こえるゾォ? 受け入れがたいことだがどうやらこれは夢ではなく現実で、いま俺に覆いかぶさってる知らない中年オヤジはテイスティングの最中らしいネ。あまりの芳しさに思わず抱き締め殺してしまいそうだと? オーケー、そちらがその気ならこっちはそのいい感じに無防備な相手の首すじを食んで相手してあげよう。あーんガブガブ。うーん、クソマジぃ肉!やたらと筋張ってる上に鉄の味がするなんて食えたもんじゃねぇぞ、オマエ。
なんだか余計にインモラルな感じだが俺からすればワッツァヘルアモラルで正直知ったこっちゃねぇんで殺ってヤッタでやんす。うふんあふんガブガブあぼーん。どうだいおいらの牙の具合は?ほうほう、異世界にでも達してしまいそうなハイパークールな心地よさだと、そりゃあよかった。
「ゴ?!……ァぁは、は……」
男は土で練った牙で脊椎を刺し貫かれて呻き声を上げあっちゅう間に絶命した模様。
男の死骸は割と重かった。牙を抜き、身を捩り、人型の肉袋の下から抜け出すと辺りは真っ暗で月明かりが一つ。ふむ、この状況、俺の身に一体何が起きたというのか。【模造の人物像】が完全に解けて俺の本体が剥き出しな訳だと? ああ、確か刺されて意識が急に遠く……で気を失ってる間にすっぽんぽんでたぬき合戦ぽんぽこしちゃってた感じかな?
「ヴォェェェェェエ!!」
身に降りかかった最低な結末に気づいてそれはもう盛大に吐いたね。まるでかつて見たゲロ鳥のアスキーアートみたいな有様でクラウザー様の悪魔玉はとどまるところを知らないご様子みたいだヨ。それ痰壷ですよ、なーんって。いやもう冗談抜きで俺の身体が痰壷みたいな有様で死にたい気分ですのよ奥さん。得体の知れない汁と返り血と自分のゲロでベッタベッタクリスマスパーティ、不愉快でしかたがない。
最低最悪の気分で死にたくなるね。いや死んでやる気はサラサラないが。幸い、気絶直前の仕込みが効いたのか外傷は殆どない、心の方は死に体だが。体力、魔力の方も少し回復してる。だからさ、借りは返すよ。今すぐにな。
ザスザスと足音を立てて誰かが近づいてくるのを地面の振動を感知して知覚した。十中八九こいつの仲間だろう。
俺は直ぐに死体を砂に埋め、俺本体を模した泥人形を造って地面に寝かせた。安らかな寝顔で寝息まで再現する徹底振りだ。自分の寝相は分からんからイメージで、だが。
「おーい、カインド。そろそろガキは目ェ覚ましやがったか? 遊んでねぇでいい加減お頭の居所を突き止めねぇと不味いだろっと、あれ?お前なんか雰囲気ーー」
「やあリック、丁度いま起きたところだよ。ちゃんとおはようの挨拶をしないとね。
そして、これでサヨウナラさ☆彡」
「え?あカペッ」
「リックのお腹の中、暖かいわぁ」
三級冒険者パーティのリック・デイアズは、お仲間のカインド・リゲンジョンに腹を刺し貫かれた。彼のお腹の中では暫くの間、太くて硬くて逞しいのが出たり入ったり高速回転したりして、彼は体の大事な部分を散々弄ばれていろいろ撒き散らしながら死んでいったのだった。
「ドリルは男のロマン、なんてな」
俺は既に事切れているリックの野郎から右腕を引き抜いて、腕に纏った砂と共に血を払い落とす。
血で固まった土がボトボトと音を立てながら地面に落ちる間に騒ぎを聞きつけたディーン・リィーが大きな足音を立てながらやって来たので、【模造の人物像】で今度はリックに変装、しかし魔力が足りずに再現できず。ええい、仕方ない。男のロマンで正面突破じゃ。
「カインド! 一体どうし?!
お前…ちくしょうやりやがったなぁぁぁぁ!」
ディーンは剣を抜き放ち鬼のような形相で襲いかかる。剣は赤熱しキンキンと乾いた音を立て、頭上から力強く打ち下ろされる。俺はそれを前に無手で挑み
「【儀装・第一地殻水晶】」
右掌に作った魔法の結晶で難なく塞ぎ、掴み取った。
「馬鹿な?! 金剛石すら断ち割る俺の必殺剣を防い」
そして
「【蝕甌穿・地】」
相手が喋ってる時でも俺は容赦なく左手の砂を纏いしドリルで攻撃するのでした。
「おわっ!?」
しかし、相手も馬鹿ではない。たとえ油断していようと、たとえ動揺していようともいきなり目の前の相手が凶器を突きつけてきたら驚くだろう。それが無手だと思われた相手の側から突如現れた自分の腰回りの太さは有りそうな巨大ドリルだったら尚更だ。
ギョッとしてディーンは剣を捨て飛び退いた。去り際にナイフを投げながら。こちらの視界がドリルで塞がっている事を考慮して無防備そうな足元への投擲。柔らかそうなふくらはぎなどを狙った投げナイフはしかし狙った足が大きく前に向けて振り上げられた事で躱わされる。その時奴は思っただろう。それではバランスを崩すはずだ、酷い悪手であろうと。実際ディーンは内心ほくそ笑んでいた。
ところが彼は異変に気付く。後方へ下がろうとしていた体は思うように進んでくれない。それは何故か。一瞬の攻防が終わる直前、ディーンは自分の身体が酷くゆったりとした動きで宙を舞っている事に気がついた。
「【停滞地帯】、そしてこれはお互い様、こっちもゆっくりとしか動けませんのでェ〜、たっぷり後悔しやがりましょうねぇ〜。おっとこのタイミングでぇ【液状の古城】、おっとどうした突然ヤツの足元に沼地が出現したゾォ? コレは大変だァ」
ディーンは崩れた体勢を直すため、思うように動かない身体を捩って踏ん張ろうとする。ところがそこへ俺様が先ほど振り上げた右脚がゆったりと襲いかかるぅ!
それを跳ね除けようと両腕を胸の前に持って来た為に、重心がズレて屁っ放り腰ぃ!
ディーン選手、ゆったりと沼地へお尻からダイブ。おおっとォ?!そしてそこへなんとドリルが、ドリルがやって来たァ!
せめて一矢報いるためか俺っちの美しい右脚に傷をつけようと、今度は腰の方へ腕をやりナイフを探っていたディーン選手も、しかしこれには堪らずお手上げです。身体を庇おうとマッタリとした仕草で両の手を戻す。キュインキュイーン、ほらほらどうしたぁ、やる気あんのかゴルァ。頑張って守らないとてめえの虫歯を頭蓋ごと治療しちゃうわよォん。痛くなったら両手を挙げて先生に教えろや。あ?
あ、……あーあー。全部一瞬で治療終わっちまった、ありがたくてものも言えねぇってツラしてるぜ。礼には及ばねえ。だが一番重症なてめぇの脳みそはまだ大丈夫そうだなぁ。てな訳で先生のオペ開始。及ばずながら今度は脳外科医として俺っち、頑張りますよン。
ああ、泣くほど嬉しいか、感謝しろ。あ?何言ってるか分からねえよ、ハッキリ喋りやがれ。口が無かろうが舌を捥がれようがそんなの知ったことかよ。ンだよ、顔色悪いなぁ。もっと盛り上がっていこうぜ。どうしたらもっと怨んでくれる?あ、そうだ。
心優しい俺は塞がりかけてる自分の腹の傷を少し開いて流れた血を少し分けてやった。お、元気になったじゃない。
水の力は力の流れに干渉する。【夢幻夢想】。俺の体液に触れた者は正常な思考力を失う。言わずもがな、最初に刺してきたこいつもあの時既に。
俺により強烈に敵意を向ける様になった男の頭蓋をかち割り開頭する。ええっと、シワの数はっと、んーもう少し足した方が良いかねぇ?掻きむしれば少しはマシになるだろう。こういう時はそうだな、痒いところはございませんか、なんてな。
そして俺はそれから数十分間の間、触れる度に悦びをビクンビクン表現してくださる患者様に一生懸命ご奉仕させていただきましたとさ。
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闇が世界を覆い隠すのでは無い。光が世界を埋め尽くすのだ。殊更意味の無い境界を暴き出す不届きな光が、世界をより画一的に選別する。彼らには見える領域のみが全てで、目に映し出せる全てを隔たり無く表現することにしか考えを置か無い。それでも世界は混沌で埋め尽くされている。だがそれは永久の彼方から続く混沌の必然を前にすればあまりにも無力で、答えは総てに答えを見出すか、全てを無価値に捉えるか。或いは……
光は闇を祓うのではない。
光は照らすものではない。
光が指し示すのではない。
光に魅せられてはならない。
沈め、永久の闇に消えし光の渦よ。調和を乱す一条の光芒を昏い総てを全に回帰しろ。
時は満ちた、ならばその罪業、披けーー
【終焉を迎える深淵】
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……俺っちは今度こそ死にかけデス。咄嗟の事とはいえ【夢幻夢想】の掛けてしまったが為に命こそ無事でしたがそのせいで、オヴェェェェェ!
それはともかくとして完全に魔力が付きかけています。それはもう、ハンガーノックでヘロヘロになったスプリンターに追い打ちをかけるが如く力を使いましたから。マジで息絶える五秒前って感じ。
そんなゲロヤベェ状況にさらに降ってわいたかの様な不幸。目の前が真っ暗で一瞬目が見えなくなるほどほどヤベェのかと思ったら、そんなことはなかったぜ。
空を覆い尽くすどす黒い闇に思わず手を伸ばすと、吸い込まれるかのように地面から離れていく俺。
おっと?他にも色々、人型がどんどん天に昇っていくみたいだぞん?
なるほど、どうやらこれがお迎えとやら……んなわけあるかいな。
上昇はいったん止まり、虚空にたたずむ俺の周りでは、何やら掘り返されたと思しき骸骨達の周りに腐りかけの肉が受肉したり、先ほどやっつけたオジサンズがグロテスクな感じで復活している。
「おいおい、こいつはどうなってんだ?」
おっと、近くにどっかのパーティーリーダーがいるみたいだどん?生き埋めにしたつもりが、よくもまあ無事でいらっしゃいましたわね。ゴキブリ並の生命力に感服いたしましたわ。
「あ、誰だテメェ?なんて恰好してやがる、誘ってんのか?」
「冗談きついぜ、全裸のオッサンに身なりを気にされるとは、俺っちも落ちぶれたもんだ」
「え、はぁ?! 何で俺マッパに。あの時燃えたのか? そうだ仲間は?」
「お仲間さんはお隣でグジャグジャになってるよ、気が付かなかったのかい?」
「そんなわけねぇ……嘘だろ?! カインド、リック、ディーン、他のやつらも なんであんな姿に」
「いやぁねぇ、ゾンビですって。熟成肉と言えば聞こえはいいが腐ってるんでしょう? 腐っていいのは発酵食品だけですわ。あんまりよ」
「お前、こんな状況で良く落ち着いていられるな。俺らもあんな姿になっちまうのか? いったいどうすれば?」
「んー? 今んとこ死んだ奴だけっぽいんし、大丈夫なんじゃね? 知らんけど。
つか、無重力って結構気分悪いよな。ジェットコースターでふわっとする感じが延々続くだけだろって思ってたけど、これはキモチワルイ。俺クン、今体調不良なの、病人はいたわれ」
「は?死んだってお前……まさか!」
「そう、そのまさかだよ」
不意に、俺ら二人とは違う、誰かの声が響いた。
いや、この声は。
「シオンか」
「やあ、その魔力はひょっとしてドルさんかい?
驚いたなぁ、何か纏ってるとは思っていたけど君は結構チャーミングな姿をしていたんだね」
「ほざけ。他の2人はどうした?」
「おや、心配してくれるのかい?僕らを見捨てた君が?
いや、違うか。ハメたんだろう?こうなることが分かってて」
「さて。何のことかな……」
「ふーん。まあいいや。
おい、そこのオッサン。アンタの仲間だが、ごらんのとおり全員お亡くなりだよ」
「テメェ……よくも俺の仲間たちを!」
「おっと、君たちが言うところの本隊、ラストアークのお友達については、僕は知らないな」
「ほざけ!他に誰が……ッ?」
ハッとした表情で首を回すオッサン。見つめ合うボクチン。うふふ……あっかんベー!
「コイツ、ぶっ殺してやる!!」
「まぁ、落ち着きなよ。これから君たちには人柱として働いてもらうんだから。同じ生贄仲間同士、仲良くしておきなよ」
「生憎さま。こんな趣味の悪い場所に長居するきはぁないんでぇ、少ししたらお暇させてもらうてきな感じでよろしく」
なんか雰囲気変わったシオン君には不敵な笑みを浮かべてそう返しておく。
「へぇ、どうやって? 境界は閉じた。境界の波長を乱す異物を間引けば再び開くと思ったけど、事はそう単純じゃなさそうだし、だったら強引に開くしかない。それを君ができるとでも?」
「できないとでも?」
ジリジリと緊迫した雰囲気。視線で火花を散らし合う俺ら。おいてけぼりのオッサン。
「ふーん、まぁいいか。一緒に戦った仲間としてここはひとつ助けてあげようじゃないか。どうやら君が悪さをした結果ってわけでもなさそうだしね。それだけボロ雑巾にされてるんじゃ、見てるこっちが不憫に思うよ」
「うっせバーカ。それに何か勘違いしてるみたいだが、そこのオッサンじゃねぇよ」
「ふーん、それは何を根拠に?」
「そこのオッサンの乱入と境界が閉じたタイミングをどうしても結び付けたいみたいだが、他にも心当たりがあるんじゃないか?認めちまえよ、楽になるぜ」
「……コカトリスは離せない。こればっかりは曲げられない一線だ」
「命あってのなんとやら、だぜ。イオンさんよ、お仲間をこれ以上危険にさらすのは不味いんじゃないか?」
シオン君、苦悶の表情を浮かべる。つかここで御託を並べてみても最初から結果は見えていると思うがね。
「……彼女たちを、無事に返せるのか?」
「アリアドネの糸。聞き覚えがあんだろう?」
「まさか!?」
「おうよ、そのまさかよ。
ダンジョンに潜ったは良いが、道に迷って帰れない。待ち合わせの時間に間に合わない。敵が強すぎて死んでしまう。
何かお心当たりは御座いませんか?
緊急脱出サービス LIFT では貴方の迅速なダンジョン脱出をサーポートします、で有名なあのLIFT。
ご存じない?」
「ゴメン、聞いたことないんだけど……」
「ええー・・・」
「……おい、お前ら、さっきからいったい何をごちゃごちゃ抜かしてやがる」
俺たちがそんな茶番を繰り広げていると、お仲間を全員殺されてお怒りになられた40代ぐらいのおっさんが暴力に訴えかけてきた
「モルスァ?!」
「止めてくれないか、僕は今彼女と話している!」
悲報、俺氏、ぺちんとぶん殴られる。
「ガァ…クソ、力が出ねぇ」
尚、案外痛くなかった模様。
オッサンは宙にぶらぶら浮いたままろくに身動き取れずにイオンにボコられ気絶なすった。
「この中の者達は皆瀕死の状態で保たれている。無理をしたところで特は無い。
とは言え、無理をしない事にはこの境界から逃れられないことも事実。
君の話がもし本当なら頼るべきところなのだろうが、信用できない」
「溺れる者は藁をもつかむって諺、知っているか?それから考えるにお前さんはずいぶんと余裕そうだな?
別に信じなくてもいいぜ、俺は回復次第勝手に逃げさせてもらうさ」
「余裕があるわけじゃ無いよ、だからこそ用心深く、だ
まあ回復については、うん。できるといいね」
「あン?」
「言っただろう。この中の者達は皆瀕死の状態で保たれている、と。
この中じゃ誰もが生かさず殺さず死の際で生きながらえる。僕が力を維持する限りずっとね」
「ほーん、その割には随分と顔色がいいみたいだな?
「まさか。唯のやせ我慢だよ。
……さて、おしゃべりもこのぐらいにしておこう。ドルさん、やっぱり僕はまだ君を信用しきれないみたいだ。だから―」
シオンは剣先を俺の喉元に突きつけ、告げた。
死にたくなければ、僕に絶対の服従を約束する奴隷となってくれないかと。
俺ッちは思ったねぇ、うわ~コイツ趣味わるぅ!、と。
だって俺、断ったら殺されちゃうパターンでしょ、これ?俺まだ死にたくないじゃん。断りたくても断れないじゃん。むかつくじゃん。
かくして俺はシオンきゅんの奴隷になったふりをすることにするのでしたとさ。ご主人様ぁ、馬車をご用意いたしましたァ、なんつってな。
俺はね、こう傷口から滲み出る血をこう、バシャーっとね。シオンアルマークにばらまーく。
ほい、【夢幻夢想】
ぐへへ、これでお前さんは気が狂ったみたいに自らに秘めた衝動に焼かれ、三大欲求のどれかに飲まれ正常な判断能力を失うぜぇ?お前さんはずいぶんと疲れてるみたいだから、さぞ眠たいところを我慢していることだろう。あ、食欲と性欲は簡便な。もしそれらが当たるならそこら辺の腐肉で発散しといてくれ。
ダメでしたぁ。血を駆けられたイオンさんはきょとんとした顔してる。死にかけとは思えないほど冴えた剣筋で首元にシュッと刃先がかすめたときは死ぬかと思ったぜ。
はいはい、従いますよ、従いますぅ。
俺は今度こそ、恭順の意を示した。不本意ながらね。




