82.大人って汚いですね!
あれ?そういえば、振りかかる火の粉を払うためとはいえ、これだけ働いてタダ働きなんでしょうか?
ちょっと労働賃金に関して、疑問を持ち始めたアーサー君です。
庭先ではフロックの私兵と小競り合いが発生していますが、見ているのがかわいそうになります。
及び腰で抵抗する私兵達とは対照的に、薄く笑みを浮かべながら騎士団の人達が圧倒していますね。
うん、人って変わるものですね……
「小物には構うな!俺達はヤツの身柄を確保するぞ!」
そう言ってダリルさんは容赦の無い一撃で、私兵の一人を屠ると俺に向けて正門を顎でしゃくりました。
へいへい、人使いが荒い団長さん(?)ですね。
俺は、中に人がいる可能性を考慮して、飛刃は使わずに風魔法の圧縮空気弾を正門にぶつけました。
ドン!という重々しい着弾音と、開放された空気が周囲に飛散して、ローブの裾がはためきます。
家財道具でバリケードを築こうとしていたのでしょうか?何人かの使用人が、ひっくり返っていますね。
俺は手近なメイドさんを回復魔法で意識を戻してから、フロックの居場所を尋ねます。
うん、ロングスカートがめくれ上がって、白い太ももがあらわになっていますよ。
「旦那様は、2階の奥に……」
言っていいのか躊躇いがちに、そう口にしたメイドさんに小さく頷いてから、俺は未練を振り払って階段に目を向けました。
縁があればまた会おう、ピンクのパンツちゃん!
ダリルさん、デレクさんと俺、そして数人の騎士さんが階段を駆け上ります。
すると襲撃を予期していたのか、数人の私兵達が盾や家具で堅固なバリケードを作り、立てこもっていました。
「面倒だ。薙ぎ払え!」
言うが早いか、俺は威力を調整したHEAT弾をバリケードめがけて打ち込みました!
ドン!という大きな音とともに、爆風と衝撃が、廊下をビリビリと圧します!
衝撃というか爆風に少し目を細めていましたが、その衝撃が収まる頃には、バリケードは綺麗サッパリ吹き飛ばされていました。
次の瞬間、ダリルさんは風の様に廊下を駆け抜けて、剣を一閃させます。
そして衝撃をモロに食らった私兵達は、朦朧とした状態で、次々とダリルさんに倒されていきます。
でも、これ俺いらないよな?ダリルさん一人で十分じゃね?
ですが、俺にはそれを口に出す勇気はありません。
そう思っていたのですが、部屋の中から飛び出してきた一陣の風が、ダリルさんに突進していきました。
ガキン!と、ひときわ大きな音が鳴り響き、一人の男がダリルさんと切り結んでいます。
ギリギリとつばぜり合いをしていたダリルさんは、ニヤリと笑いながら相手の剣を受け止めています。
「ほう、少しは骨のある奴が出てきたな……」
「フン、アンタみたいな化け物が出るとか、こっちは聞かされちゃいないんだがな。
だが、雇われた以上は、報酬分の仕事をしないといけないんでね」
そう言ってダリルさんを押し返した男は、かなりの剣速でダリルさんに攻撃を加えていきます。
しかし、その場から微動だにせず、冷静に男の剣を弾き返すダリルさんは、実に楽しそうです。
「しかし、このままでは首魁までたどり着かんな。それにこんな狭い場所では、お前も楽しめないだろう?」
そう言ったダリルさんがクルリと体を入れ替えて、男を窓から外へ吹き飛ばしました。
そしてその男を追いかけて外に出ようとして、こちらに視線を向けます。
「ウシガエルは任せた!手こずりそうな相手がいれば、アーサーに仕留めさせろ!」
ちょ!ダリルさん!これまで名前で呼んでいたのに、ここに来ていきなりウシガエルって!
戦闘中にもかかわらず、騎士の人が噴き出しているじゃないですか!
見ればデレクさんも、真面目な顔をしていますが、肩がプルプルしていますよ!
って、その前に騎士団ディスって、俺に強敵の相手をしろと?
チラリとデレクさんに視線を向ければ、ダリルさんには逆らえないのか、俺を見て頷いちゃってます。
ちくしょう!危険手当を騎士団に請求するぞ!
そんなことを考えながら、俺達はズカズカと一番奥の部屋を目指して進んでいきます。
そしてひときわ豪華な部屋に踏み込んだ俺達を待っていたのは、大量の汗を流しながら狼狽しているフロックと、もう一人の男でした。
その男はうろたえているフロックとは対照的に、静かな雰囲気の痩身の男でした。
「なっ、なぜ私が、けっ嫌疑をかけられなければならないのだ!これはセルウィン家の陰謀だ!」
大きな鞄を胸に抱きながら、ウシガエルがツバをまき散らしながら何かわめいています。
「諦めろ。複数の嫌疑が提起されており、それを裏付ける証拠も上がっている。
これ以上の抵抗は王家への叛逆とみなして、騎士団の権限においてこの場で処断するぞ!」
デレクさんがそう言い放つと、ウシガエルは俺とデレクさんを見て、怒りの形相を浮かべました。
「その小僧が、全ての元凶ではないか!
自出もわきまえずに辺境伯家と対立し、貴族の序列を乱すその小僧こそ、処断されるべきだろう!」
「言いたいことはそれだけか?
対立したからと言って王家の定める法に背いて、刺客を送って良いなどという事はない!」
「そもそもが、お前がミュアー商会と結託して、セルウィン領の特産品を独占しようとしている事実は揺るがん!
さらに鉄鉱山など、資産価値の増えたあの領に、少し前から目をつけていた事もすでに明白。
いらぬ波風を立てて、チェスター卿の統治能力を疑わせるように仕向けたことも、すでに露見している!」
そこまで企みをバラされたウシガエルは、言葉に詰まり、入ってきた人数を一瞥すると痩せた男に声をかけます。
「おい、高い金を払っているんだ!逃げる時間ぐらいは稼げ!」
ウシガエルの言葉を聞いた痩男は、小さくため息をついてから、腰の剣を抜き放ちます。
「やれやれ、高給につられて仕事を受けてみれば、とんだ貧乏クジだ……」
男の剣は種別的にはレイピアですが、身幅が広く突くというよりは、切ることに向いている剣でした。
さっき、ダリルさんと当たった男も、かなりの腕だったと思いますが、コイツも相当使いそうですね。
「デレクさん……」
俺は痩男から視線を外さずに、小声でデレクさんに問いかけます。
「ああ、そっちは任せる。俺達はフロックを捕縛する」
その言葉に頷いた俺は、小太刀の鍔を親指で押し鯉口を切りました。
手加減は無用というか、気を抜いたらやられる可能性もあります……
痩男はダラリと剣を下げたまま、冷たい視線をこちらに向けてきます。
俺は居合の構えを取り、ジリジリと間合いを測りながら対峙します。
うん、今までの奴らとは、放たれる殺気が桁違いですね。
俺はどういう訳かフッと笑みが浮かんできまして、俺の表情を見た痩男が掻き消えるように動き出します。
その速度に、一瞬だけ面食らいましたが、見えないほどの動きではありません。
俺は進路を妨害するように、無属性の魔力弾を相手の右側に向けて放ち、そのまま小太刀の柄に手を這わせます。
魔力弾を躱すように進路を変えた痩男は、俺の右側に回り込み、小太刀の間合いから外れるような位置取りで、すくい上げるような一撃を放ってきました。
速度的に刀へ魔力を込めている余裕はありません。
純粋な剣速で痩男を上回らなければ、やられてしまうでしょう。
俺は無心で腰を切り、体を回しながら最速の一撃を放ちました。
ギン!と青白い火花が飛び散り、咄嗟に防御に回った痩男の剣に小太刀の刀身が食い込みます。
刀を引き抜くようにして、互いに後方へ飛び再び相対しました。
後方で魔力弾が着弾した残響が鳴り響いていますが、互いにそれを気にする余裕はありません。
「ほう、ミスリル製の俺の剣がここまで欠けるとは、普通の剣じゃないな?」
俺の刀の性能を見ぬいた痩男は、ニヤリと笑って構えを取ります。
「あいにくと、剣については企業秘密が多くてね。ご購入はセルウィン領までどうぞ」
俺もそう言って正眼に構えた小太刀の刀身に一瞬だけ目を向けますが、こちらはいつもと変わらずに冷たい輝きを放っています。
うん、小太刀を作っておいて本当に良かった。これが脇差しだったら、もしかすれば刀身にダメージを受けていたかもしれません。
「まあいい。お前に勝ってその剣も、報酬として頂くとしよう!」
そう言った男が再びすごい速度で突っ込んできまして、横薙ぎの一閃を放ちます。
クソ!今日ほど体格差を恨めしいと思った日はありません。
純粋な体格差と速度差が、単純な斬撃であっても防御が難しい一撃と化してしまいます。
後方に飛んで一撃を躱した俺は、魔力を込めてお返しとばかりに飛刃を飛ばしました。
ちょうど体が入れ替わって、カエルの解剖を心配しなくていいので、迷うことなく飛刃を使えますね。
飛刃は不可視なのですが、痩男は何かを感じ取ったのか、俺への追撃を諦めて魔力を防御に回しました。
「ぐおっっ!」
ですが、完全には防御できなかったようで、痩男は飛刃が走り抜けた箇所から、浅く血を流し苦悶の声をあげます。
何か痩男が口を開きかけましたが、相手に一息つかせるほど俺は甘くありませんよ?
俺は先程よりも魔力を込めた魔力弾を、痩男に向かって放ちながら接近していきます。
うん、ハメ技とか卑怯なんて言われても、実戦で命を落とすくらいなら、安心確実に仕留める方を取りますよ。ええ。
最初の数発は防御していたようですが、その直後に痩男の剣が砕けて、その後の光弾がモロに男の胴体にめり込みました。
その時にはすでに、俺は痩男を間合いに捉えていまして、峰を返した小太刀で痩男の左右の胴と脳天を打ち据えました。
「おっ、お、お、お、ぉ……」
雄叫びのような声を上げながら、ガックリとヒザから崩れ落ちた痩男は、そのままドサリと倒れました。
俺は少し距離をとってから残心を残し、呼吸を整えます。
そう言えばフロックがどうなったかと思い、後ろを振り返るとデレクさん達に捕縛されたウシガエルが、泡を吹いて失神していました。
「ああ、アーサー君の魔法が跳ね返されて、逃げようとしたコイツの後頭部を直撃したんだ」
なんとも残念そうな声で、近寄った俺にデレクさんがそう伝えてくれました。
うん、なんて言うか、もうちょっと悪役らしく最後のあがきをして欲しいというか、きれいな散り際を見せて欲しかったですね。
まあウシガエルに、そこまで期待するのは酷でしょうか?
そうしているうちに、屋敷の制圧が完了したようで、次々に騎士達が報告に訪れます。
そして先程まで元気にダリルさんと切り結んでいた男がズルズルと引きずられてきました。
気のせいですかね?引きずってきたダリルさんが、若干機嫌良さそうなのは?
「こっちは終わったぞ。そちらはどんな具合だ?」
ドサリと男を転がして、ドッカリとソファに腰を下ろしたダリルさんが、デレクさんに視線を向けます。
「ええ、館の制圧は完了しました。後は関係者を連行して証拠品の押収だけです。
今夜から城の地下牢は、随分と賑やかになると思いますよ」
「そうか、それで例の男は、発見できたのか?」
おお、そう言えばウシガエルの捕獲に忙しくて、重要な証人の確保について、まだ聞いてませんでしたね。
「ええ、さっき離れで無事に捕獲したそうですよ。言われた通り、真っ青な顔で」
そう言ってデレクさんは、クツクツと笑いをこぼしました。
実は、先日城下で襲われた時に、ワザと逃した男なんですけどね。
俺が焦ったふりをして投げつけたものの中に、ウチの領の特産品候補が含まれてたんですよ。
藍色の染料で、大森林で見つけたけっこう強力なヤツなんです。
以前採取している時に、手に付いたら1週間以上、色が取れなかったんですよね。
そんな訳で、慌てたふりをして即席のカラーボールとして使用したら、見事に色がついたみたいです。
今回の一件は、王都への旅路で手を下したのはミュアー商会で、その裏にウシガエルがいるのは確実だったんです。
ですがウシガエルまで捕縛できるかといえば、微妙な線だったわけでして……
そこで先日の挑発を行ったら、まあ短慮というか堪え性がないといいますか、ものの見事に引っ掛かってくれた訳です。
商会の方を有罪に持ち込む仲介屋は押さえてありますので、ミュアー商会はアウト。
ウシガエルの方も、顔が青く染まった野郎が、邸内で発見されてアウト。
あとは、一連のつながりをたどって証拠を固めれば、スリーアウトチェンジでしょうね。
肝心の動機ですが、デレクさんが言っていた通り、領地の欲に目が眩んだというのが真相のようです。
これは、後から聞いた話も含まれているんですが、話をまとめると真相はウシガエルの嫉妬と強欲が根源らしいのですよ。
ウシガエルはいわゆる法衣貴族で、城での商務を担当していたらしいですね。
2代にわたって文官を務めたウシガエルの家は、慣例に倣えばそろそろ領地を与えられてもおかしくない時期だったそうです。
しかし、すでにめぼしい領地には領主が据えられておりまして、北の天領は現在、皇太子様が治めています。
そうなると、どこかの家が寄親になって、地方の分限統治をさせる訳ですが、そこがこのウシガエルの欲深い所。
そんな小さな借り物の領地と権限では満足できず、もっと大きな領地を望んでいたようです。
そこに昵懇にしているミュアー商会からもたらされた、ウチの領地に関する金の匂い。
商務を担当していることもあり、ロイドさんに有形無形の圧力をかけていたそうです。
そうしているうちに、父様が王都に呼ばれてお褒めに預かりました。
その拝謁の席に、俺は気づいていませんでしたが、ウシガエルも居たそうです。
その姿を見ているうちに、なぜあそこで拝謁しているのが自分ではないのかと、思い始めたらしいのです。
いやいや、それウチとしてはとんだとばっちりですよ?
まあ、目立ってしまった弊害とも、言えなくもないかもしれません。
そしてそこに降って湧いた、派閥の長である辺境伯家の息子と俺の対立。
言葉巧みに勅使を買って出て、ウチの当地に難癖をつけようかと思っていたら、フォアグラにされて出荷……
腹の虫が収まらないウシガエルは、同行していたミュアー商会の番頭に命じて、俺達の妨害を画策したそうです。
王都への帰路に仲介屋や盗賊ギルドにつなぎをつけさせて、襲撃の算段を組んだらしいですね。
俺達が死んだり、献上品が盗まれれば万々歳。たとえ失敗したとしても、期日に間に合わなければ、ある事ないこと難癖をつけようとしていたらしいです。
まあ、策にもなっていませんが、策に溺れたウシガエルは、最後に馬脚を現したと言う事が真相だそうです。
なんだよ!小役人が自分の欲望で暴走しただけとか!
必死に裏を考えてた俺の苦労を返せ!
おっと、そろそろ撤収が始まるみたいですね。
檻馬車が乗り入れられまして、捕縛された奴らが次々と放り込まれていきます。
「そろそろ我々も撤収しましょう」
デレクさんがそう言って、俺達も動き出しました。
おや?ダリルさんがどこかで見た鞄を、片手に持っていますね?
「あれ、そのかばん。ウシガエルが持ってたヤツですよね?」
俺はダリルさんに並んで、小声でそう聞きました。
「ああ、さっきデレクに『確認』した。帰ったら山分けするぞ」
うん…… なんだか大人の汚さを見た気がします。
チラリと横目で見れば、デレクさんは苦笑いを浮かべて視線を逸らしました。
「これだけの功績を上げておいて、タダ働きじゃ割に合わんだろう?
それに騎士団を鍛えてやった報酬も、貰ってないからな」
そう言って、ダリルさんはニヤリと笑いました。
「まあ、書類上フロックは手ぶらだった事になる。
正式に何かしらの金は出るだろうが、アレは騎士団からの迷惑料だと思ってくれ」
近づいてきたデレクさんが、俺に小声でそうささやきました。
ええ、俺は何も見てませんよ?
鞄の横から出てるごっつい宝石とか、まばゆい金貨の光とかね!
うん、スルー力って大切ですからね! ね!




