7.エリーナさんの驚く顔が見てみたい!
はい、自称スーパー三才児、アーサー君です。
楽しい一家団らんタイムに、教育ママ的なメイド長の一言で、水を差されてしまいました。
「どのくらい、お勉強するの?」
俺は、努めて三才児らしくエリーナさんに聞いてみました。
まあそんなに時間がかからないなら、妥協してもいいかなと思いまして。
「最低でも午前と午後にそれぞれ二刻ずつ、合せて八刻程でしょうか?」
前言撤回、ぜってー阻止するわ。
一刻=二時間として、一日八時間とか絶対ムリ!
「エリーナさん?アーサーはまだ子供よ?そんなに長い時間勉強させなくても、いいんじゃないかしら?」
今度は母さまが援護射撃をしてくれます。よし、そのまま撃沈してしまえ!
「なりません。簡単な手習いからと言っても、貴族が修めるべき事柄は多岐に渡ります。
セルウィン子爵家の後継者として恥ずかしくない教育を施す必要があります。
それに、将来アーサー様が学園に入られたおり、主席とはいかずとも上位に食い込めなければ、周囲の方々に侮られてしまいます!」
はい、完璧な論破ありがとうございます。ぐうの音も出ないっすね。ウチの家族……
うん、一家揃って轟沈っすわ。こりゃ修復に資源が……じゃなかった。団欒の場が一転して、お通夜になってますよ。
さて、それじゃあそろそろ俺のターンでいいかな?
「うーん、そんなに時間はいらないよ」
はい、お父様、母さま、そしてエリーナさんまで、俺の一言で我に返ったようです。
「これは、アーサー様のためでもあります。わがままは許されませんよ」
キリッとした表情で、エリーナさんが俺の方に鋭い視線を向けてきます。
子供の言い逃れは通用しません!って、顔に書いてあるな。
「リーラ、ごめん。書く物を持ってきてくれる?」
ちょっとかわいくお願いすると、リーラは俺の考えが読めたらしく、素早く藁紙と炭棒を持ってきてくれました。
両親などは俺が何をするのか興味津々って感じですが、まずはエリーナさんを撃沈させてしまいましょう。
身長的に椅子に座ってテーブルの上で書くには厳しいので、地面に紙をおいて書き始めます。
まずはこの世界のアルファベットを順番に書き連ねて、最後に数字も書いちゃおう。
これだけだと、インパクトが弱いので『記憶の泉』で話の内容を引っ張りだして、リーラに読んでもらった絵本の一節を書き記した。
あんまりやり過ぎると後が怖いから、このくらいにしとこう。
書き終わったそれを両親ではなく、エリーナさんに手渡した。
うん、撃破目標はエリーナさんだからね。
それを見たエリーナさんは、最初は木で鼻をくくったような表情だったが、書かれている内容を見て、クワっと目を見開いた。
よし、食いついた!
まあ、少しけれん味を効かせようと余白というか、隅の方に『エリーナさん、これでもまだ、お勉強が必要?』って書いてやった。
俺は何も言わずに、笑顔のままでエリーナさんに視線を送る。
最後まで目を通した後で、彼女は無言のままその紙をお父様と母さまの前に差し出した。
それを見た両親も、当社比三割増しくらいで目を見開いて、俺の方と紙を交互に見てる。まあ、そうなるわな。
エリーナさんは、少し考えてから再びキリリとした視線を俺に…… じゃなくてリーラに向けていた。
「リーラ、貴方いつから気づいていたのですか?」
うわ~、おっかね~わ。だが、ここでリーラを責められると俺が困る。
なんてったって、リーラに口止めをお願いしたのは、他でもない俺なんだからね。
「エリーナさん、リーラは悪くないよ。僕が話すまでみんなには黙っててって、言ったんだ」
「どうして、そんなふうにリーラに口止めしたのかしら?」
「だって、お父様と母さまを驚かせたかったんだもん……」
最近すっかり板についた幼児口調と、ちょっと残念そうな困った表情を浮かべれば大抵の大人はノックアウトです。
まあ、前世でやったら黄色い救急車で、ドナドナされると思いますが……
ほら、その証拠に両親なんか、感動で打ち震えていますよ。
「アーサー、どうやって字を覚えたんだい?」
おっと、お父様が至極まっとうな疑問を投げかけてまいりました。ぐふふ、その質問は想定内ですよ。
「うん、書いてみたくなって自分で頑張ったんだよ。リーラにも手伝ってもらった!」
そう言うと、感動したのかお父様と母さまが俺を抱きしめて「偉いなぁ」と優しく褒めてくれます。
まんざらでもないのですが…… 前世の記憶とチート使ってますので、ちょっと罪悪感。
母さま、ごめん貴方のバストは凶器です。窒息するからちょっと力抜いて!
って、お父様、だからヒゲが痛いって言ってるだろ!グリグリすんな!
微妙に拷問チックなハグタイムが落ち着いて、ふとエリーナさんの方を見てみれば、面白くなさそうな顔してますよ。やったね!
そこからすったもんだ紆余曲折ありまして、結局のところ常識や礼節などまだ俺の知らない分野に限り、週に一回お勉強タイムが決定致しました。
まあそれくらいなら、こちらにもプラスになるので、問題ないでしょう。
いや~、自由時間を確保するのも大変だわ!
晴れて自由時間を勝ち取った訳ですが、どさくさに紛れてこれまで内緒で立ち入っていた書庫にも、自由に入れるようお父様にお願いしました。
これまでは資料を汚したり散らかしてはマズイからって事で、立入禁止になってたんですけどね。
案の定、あっさり認められまして一石二鳥ですわー。
うん、これで知識面では制約が少なくなったな。あとは、行動範囲を広げて体づくりや魔法の練習に使える場所を確保したいんだけどなぁ。
その辺はリーラを丸め込んで、散歩と称して庭の外れにでも出られるようにしないとな。
「それじゃ、お庭で遊んできてもいいですか?」
一波乱あったティータイムも終わり、夕食までは時間がありますので早速下見です。
こういうのは、一気に畳み掛けてしまえば案外すんなり通るものですよ。ぐふふ。
「うむ、いっぱい遊んできなさい。でも、敷地から出てはいけないよ」
「は~い、お父様。リーラ、行こう!」
俺は、お父様の膝の上から飛び降りて、リーラの手を取ると庭の方向に駆け出します。
ホントは一人で行ってもいいんだけど、リーラを残しておくとエリーナさんの怒りの矛先が彼女に向きそうなんで、連れ出すことにしました。
フォローと口裏合わせは大切ですよね。
領主館は三階建てで、一階は来客をもてなす施設や使用人が使うスペースが主になっています。
二階が領主としての仕事に関するスペースで、三階が領主一家、つまり俺達のプライベート空間ですね。
階段を降りながら、俺はリーラにちらりと視線を向けます。
うん、顔はニコニコしてますが、微妙に笑顔がぎこちないです。はい。
「リーラ、怒ってる?」
俺は、恐る恐るそう切り出すと、彼女はすんげー器用にニコニコしたまま、なんかピキピキいってます。
「怒ってませんよ!帰ってからお母様に、色々とネチネチ言われるかもしれませんけど、怒ってなんかいませんから!」
リーラさん、ごめんなさい。ニコニコしたまま、握った手を振り回すのはやめてください。
腕の動きで体ごと振り回されてますから、やめてください!
大事なことなので……
「うひ~ぃ、まっすぐ歩けないからやめてよ~」
「エリーナお母様のお小言って、無限ループなんですよ。
やっと終わったと思ったら、また最初から同じ話を繰り返すんですよ?
その間、床に正座なんですよ。動いたらお小言ふえるんですよ!」
うわ~、聞いてるだけでげんなりします。
言ってて悲しくなったのか、リーラの瞳がなんだかすごく濁ってるよ。
「うぅ、ごめんね。あとでマッサージするから、それで許して……」
メリハリ効いたわがままボディの持ち主であるリーラは、まだ若いのに肩こりが酷いらしいのですよ。
そこで肩たたきをしてあげたのですが、状況が変わったのは、とある事情がありまして……
ほら、そこ!肩たたきって言っても、リーラをリストラなんかしませんよ!
リストラ回避を条件にして情事……とか思った人、三才児にそんな性欲ありませんから!
ゴホン、話がそれました。まあ、少し前に僕ちゃん風邪をこじらせてしまったんですよ。
ええ抵抗力の低いお子ちゃまですからね。
そしたら、お仕事を途中で切り上げて、母さまが息せき切って部屋に駆けつけてくれたんですよ。
あぁ、ボク愛されてるな~ なんて、感動しましたが、びっくりしたのはその後だったんです。
ママンったら、いきなり額に手を当てて、何やらつぶやきだしたんですね。
そしたら淡い光が額から入り込んでくるイメージがありまして、気づいたら熱が引いていたんです。
熱が引いたのを確認した後も、ニコニコしたまま優しく撫でてくれまして、随分幸せな時間でございました。
それでその光の正体は何だったのかといえば、ズバリ回復魔法だったんですね。
あらビックリ、母さま魔法使いだったのです。
リーラにそのことを聞いてから、真理の目と記憶の泉を駆使して、回復魔法を受けた状況を思い出しながら練習したんです。
それである程度形になったかな?って思った所で、ふと難題に直面してしまいました。
ええ、キズとか病人がいないと、効果を確認できないんですね。
いやいくら実験とは言え、親からもらった体を傷つけるのはさすがにねぇ……
そんな訳で一旦回復魔法の練習はおやすみしていたんですが、ふとリーラの肩を叩いていた時に閃いたんです。
肩の血行不良って、回復魔法効くんじゃね?って。
さすがに叩きながら魔法を使うわけにはいかないので、叩き終わってから肩に手を添えて発動!
うん、ちょっとドキドキものだったけど、結果成功致しました。
「えっ、えっ?なんだかすごい肩が軽い!」
なんて、びっくりしてましたけどね。
それ以来、だいたい週一ペースで肩たたきが習慣になりまして、今回みたいなご褒美というか、お目こぼしの対価にも活用している訳でございます。
それを聞いたリーラは、ちょっとニヘラっと笑いながら、「仕方ありませんね~」なんて言ってます。うん、チョロい!
「ねえ、リーラ。庭のどこかに人目につかないような場所ってあるかな?」
はい、前世で発言したら通報レベルですが、幼児パワーバンザイですね。
「うーん、何をするつもりですか?これ以上、お母様にお説教を受けるような事態は、避けたいんですが……」
「ほら、魔法の練習とかさすがに屋敷だと出来ないから……」
「ああ…… なるほど」
ごめん。なんだか見てるこっちが切なくなるから、そんな遠い目をしないで下さい。
実の所、リーラには俺が魔法を使えることは、とっくの昔にバレてました。
まあ感付かれてた節はあったけど、誰も居ない部屋で魔力練ってたら、後ろに視線を感じましてね。
振り返ったらバッチリ、リーラと目が合ったんですよ。
その時、俺はね。慌てず騒がず、落ち着いて魔力を消してから、おもむろにベッドまで歩いて行って、寝たフリしたんですよ。
ねっ?完璧なごまかし方でしょ!
おっかしーなー?完璧にごまかせたと思ったんですが、枕元に立ったリーラがね。
「アーサー様、今の…… 魔法ですよね?」
って、ボソッとつぶやきやがったんですよ!
「なんのことかなー、ぼくねてたから、わからないなー」
「ほほぅ、アーサー様は寝ながら歩きまわってなおかつ無属性の魔法を出してしまう、世にも奇妙な病気にかかっていらっしゃるんですね?
これは、王都の高名な医官の方に、診察をお願いしなければならないほどの事案ですね……」
「くっ、いたいところをつきやがって…… なにがのぞみだ!」
弱みを握られてしまいましたので、お布団をかぶりながら棒読みで俺はそう聞いたんですよ。様式美的に。
そしたら、リーラはとんでもない要求を俺に求めてきまして……
「毎日のおやつの増量を要求します!」
なんて恐ろしい事を、三才児に要求するのでしょうか!このメイドはっ!
はい、素直に要求を飲みました。ええ、可及的速やかに。