78.アーサー君、人助けをする!
食後の運動って、加減を間違えると気持ち悪くなっちゃいますよね。
十手を使ったのは、せっかくの食後に血を見ると気分悪いっていう、ちょっとした気分的な問題ですね。
ブンッ!と振り下ろされた剣は、ゆっくりとした軌跡で俺にめがけて飛んできます。
いや、心情描写とかじゃなくて、実際に遅いんですよ……ええ。
ため息をついて、たっぷり呆れる余裕があるぐらいの遅さですね。
比較対象が間違っている気がしますが、ダリルさんと比べたら、ホントに止まってるみたいなもんです。
俺は冷静に一歩踏み込んで、剣の間合いから外れると、居合で脇差しを抜いて、バスターソードの男に斬りつけました。
「……な!なんだとっ!」
脇差しの一閃は、的確に男の右腕の付け根を斬りつけてまして、その痛みからガランとデカイ剣が地面に転がります。
それには構わず俺は返す刀で、男の側面からひざ裏を斬りつけて機動力を奪い、首筋に切っ先を向けました。
「これ以上は無駄だ。大人しく捕まれば、命までは取らない」
俺がそう言うと、これまでポーカーフェイスを気取っていた男が、斬られた痛みをこらえながら、驚愕の表情でこちらを見ています。
「おーい、ガキんちょ!もういいぞ、出てこーい!」
俺はキズを押さえて苦しそうに呻く男から、視線を外さないようにしてアルバイトのガキを呼び出します。
するとあいつは、立板の一部をずらして、モゾモゾと這い出てきました。
「すごかったね!なんであんなに強いんだよ!びっくりしたよ!」
立板の隙間から見ていたんでしょうか?かなり興奮した様子で、まくしたてます。
「それよりも、ここまで騎士団を呼んできてくれ。これを持って行け」
俺は懐から短剣を取り出して、ガキんちょに預けました。
この短剣はお受けの貴族である証でして、各家の紋章が刻まれており、どこの家の誰の物かすぐに判別できます。
まるでどっかのジジイの印籠みたいな感じもしますが、身分証明としてはこれ以上のものはありません。
これがあれば都市や関所でも、ほぼフリーパスで通れるぐらいの代物ですね。
それに、もし盗まれたとしてもデザインは共通していまして、あっという間に手配がかかります。
紋章を見ればひと目で誰の物かわかりますから、商人なんかも絶対に買い取りはしてくれないんですね。
「わかった!」
銀貨の魅力なのか、根が素直なのかは分かりませんが、短剣を受け取ったガキは、ダッシュで大通りの方に向かって行きました。
その短剣を見て、ぎょっとした様子で男が吐き捨てました。
「クソッ、話が違うじゃねぇか。何が商人の息子だ。よりにもよって、貴族様かよ!」
男達を縛って回復魔法をかけてから、少し話を聞きます。
「それで、どんな理由で俺を襲うように言われたんだ?」
俺は十手を回収し、自分で投げた物を片付けてから、手近な木箱に腰掛けてそう聞いてみます。
「お前が『ある商会』の関係者だから、仕留めればそれ相応の報酬を出すと言われた」
バスターソードの男が、まだ傷口がうずくのか、モゾモゾと体を動かしながらぶっきらぼうにそう答えました。
「なるほどね…… それだけ聞ければ十分だわ。後は詰所で語ってくれ」
俺はそう言うと、後ろをチラリと振り返りました。
うん、ウチの紋章を見れば、自動的に『あの人』の顔が浮かぶでしょうからね。
全力疾走で数人の騎士さん達が、こちらにやって来ました。
「はぁ、はぁ…… アーサー様。ご無事ですか!」
その勢いに若干退きながらも、俺は襲撃者達の処遇を任せて、ガキんちょと一緒に大通りの方に向かいます。
「びっくりした!短剣見せた途端に騎士様の眼の色が変わって、すごく怖かったんだ」
俺はそんなガキんちょの言葉を笑いながら聞き、短剣を返してもらいました。
「っていうか、貴族様だったんだね。俺、口の聞き方とか知らないし、えっと、ごめんなさい……」
「いや、いいよ。貴族って言っても、そんな大きな家じゃないし、口調も今更だろ?」
そう言って頭をなでてやると、恐縮したように首をすくめていますね。
いや、ミレーユはまんま猫ですが、このガキんちょはどっちかと言えば、犬っぽいですな。
って言っても、獣人族じゃなくて普通の人間なんですがね。
「おっと、そうだった。報酬を渡さないとな」
俺はそう言って、懐から出した銀貨を今度は投げずに、しっかりと手に握らせてやりました。
「ありがとう。これで弟に、おいしいご飯食べさせられるよ」
そう言ってニッコリ笑ったガキんちょを見て、俺は少し考えました。
いや、ショタに目覚めた訳じゃないですよ!
「ふむ、頑張ってくれたからな。少しボーナスをやろう。ついて来い」
「えっ、これ以上は貰いすぎだよ。それに、早く帰って弟を喜ばせてやりたい」
「まあ、そう言うな。貰えるもんはもらっておいて損はないぞ?」
俺はそう言って、ガキんちょの手を引いてスタスタと道を歩いていきます。
服装の差があるのか、周囲から好奇の視線が向けられている気がしますが、そんなものは無視です。
そうして辿り着いた先は、先程手紙を預けたロイド商会です。
ガキんちょは、いきなり商会の前に連れて来られて、若干ビビっているみたいですね。
「おや、アーサー様。手紙なら先程お引き受けしたと思いましたが?」
調度良いタイミングで現れたのは、この支店を任されている、ロイドさん腹心の支店長さんでした。
「ああ支店長さん、調度良かった。この子なんですが、丁稚見習いとして雇ってやってもらえませんか?」
俺がそう言うと、支店長さんはガキんちょを上から下までジロリと見てから、ゆっくりと口を開きました。
「読み書きや計算、それに仕事の内容など覚えることは沢山ありますが、あなたに出来ますか?」
ガキんちょは、いきなりの展開に驚いていた様子だったのですが、何かを確かめるように頷いてからゆっくりと返答しました。
「はい、簡単な読み書きと計算は、お母さんに少し習いました。仕事もしっかり覚えます!」
「ほう、読み書きが出来ますか……」
少し食指が動いた様子の支店長さんが、片眉を少し釣り上げました。
「はい!一生懸命働きますのでお願いします!」
ガキんちょも、突然訪れたチャンスに必死に食い下がっていますね。
うん、本当であれば、縁故やそれなりの紹介状がなければ、商会の丁稚にはまずなれません。
人足や配達員とは違って、商品や現金を扱う可能性がある丁稚は、将来の幹部候補な訳です。
なので、しっかりとした身元の人間でないと、いくら頭が良くても潜り込んだりは出来ないんですね。
「この子の身元保証は僕がします。何か間違いがあれば、奴隷にして領に送ってくれても構いません。
ですので、お願いできますか?」
そう言って俺は頭を下げました。
「やれやれ、アーサー様に頭を下げられては、商会長から殺されてしまいます。
わかりました。見習いということで、雇いましょう」
そう言って表情をゆるめた支店長さんを見て、ガキんちょは狐につままれたように、ポカーンとしていますね。
その間に、俺と支店長さんが小声で会話をしていきます。
「最悪、この子の給金は、俺に請求してもらっても構わないから」
「それは、ウチの預かりとして、いずれはお手元に?」
「いや、そういうワケじゃないけど、急なお願いだったから、そのくらいは考えているって話ですよ」
俺の言葉に、支店長さんは少し考えこんでから小さく頷いてくれます。
「わかりました。私が責任をもって読み書きから礼節まで、しっかりと仕込ませて頂きます」
う~ん、何か微妙に話が食い違っている気がしますが、とりあえずは就職先が決まったので良しとしましょう。
とりあえず、明日からガキんちょはロイド商会で働く事になりまして、俺に何度も頭を下げてきます。
「ありがとうございます!このお礼は必ず返します!」
そう言って頭を上げないガキんちょを、支店長さんに託し、俺は手を振ってその場を離れました。
うん、なんだか会社辞めてからの自分を省みて、ガキんちょの真っ直ぐさが心に突き刺さりましたね。
俺にもあんな時期が……あったっけ? いや、たぶんあったはず……うん。
そうして城に向けてブラブラ歩いていると、シュタタッ!っとミレーユが帰ってきました。
「お疲れ様。それで、予想通りだったかな?」
「ウニャ!アーサー様の言った通りの場所だったニャ!」
ええ、二番煎じもいいところですが、先だってのやり方と同じように、ミレーユに例のショートソードの男を尾行させたら、あっさり引っかかってくれました。
もうちょっと用心しろよと、敵ながら情けなくなりますね。
「まあ、ここまでくれば、後は騎士団の仕事だなぁ……」
俺はそう言いながら、焼き魚の屋台から目を離さないミレーユを見て苦笑します。
俺は焼き魚を買ってミレーユに手渡してから、再び歩き出しました。
「それじゃあ、引き続き見張りよろしくね」
俺はそう言って、城を目指して再び歩き出しました。
王都って、無駄に広いもんですから、城まで距離があるんですよね……
歩くのけっこうしんどいです。




