62.小動物⇔剣姫⇔王女様
あれ?チョロインとか思ったけど、もしかしてチョロかったのは自分のほうでしょうか?
なんだか、周囲の女性比率がだんだん心配になってきた、アーサー君です。
「…………」
「……すみません。ご無礼を……」
なんか、ウブというかベタな反応をしてしまいましたが、考えてみれば俺がミレイア様に接近した?された?のが、そもそもの原因ですからね。
これ以上、ディボに付け入る口実を与えてしまえば、今度こそ全面対立に発展してしまいます。
「……そんなことない!離さなくていい。 いえ、離さないで」
ゴフゥ、離れようとしたら、なんかミレイア様に似つかわしくない乙女チックな言葉が出てきました!
マズいです。超絶ヤバイです。
ギャップ萌えじゃないですけど、不覚にも一瞬ドキッとしてしまいました。
っていうか、お付の人達はどこ行った!
ホントにこの流れを変えない事には、既成事実化されてしまいます!
いやそれどころか、城に軟禁されて『イエス』か『はい』と言うまで、留め置かれる未来しか見えません。
そうなったら多分、笑顔で母様とかエリカが王都にやって来まして、お城が派手に燃える未来が……
「ゴホン!今はミレイア様もドレスですから、素振りはまたの機会にしましょう。
かわりと言ってはなんですが、これからお教えすることになる、基本の動作をお見せしますね」
「っ…… そ、そうね。その方がいいわね」
咄嗟に離れる口実を探して、そう言ったら不承不承といった感じではありましたが、ミレイア様はわずかに頷いてくれます。
いや、その残念そうな顔は、すごく心臓に悪いのでやめてください!
いや、前回は慌てていた事もあってあまり感じませんでしたが、お姫様だけあってけっこういい匂いするんですよね。
危なくクラっとしそうになりましたよ。
そんな訳で、ヤバイ未来と異性に言い寄られるという、二重の意味でドキドキする状況をなんとか回避しました。
風呂あがりなんですが、違う意味で変な汗かいちゃいましたね。
俺は少しミレイア様から距離を取ると、木刀を左手に持ち自然体で立ちます。
何となく鼻腔の奥に残っているミレイア様の残り香を、雑念と一緒に大きく深呼吸をして追い払いました。
ちょっとだけ、もったいないって思ったのは秘密ですよ?
ジジイからはひと通りの型や剣術を、文字通り叩き込まれましたが、間違いなく姫様は実戦向きですからね。
捧げ方や礼の所作は、後々としてまずは基本の型から見せてあげた方が食いつきもいいでしょう。
気持ちを静めた俺は、わずかに足を引いて正面を見据えます。
スゥッと意識を切り替え、静かに抜刀し正眼に構えた木刀を、スイと振り上げて迷いなく振り下ろします。
ブンッと風切り音を残して、一の太刀が振り下ろされます。
そこから一歩踏み込み、正眼から突き出した突きを同じく正面に繰り出す、二の太刀。
そして振り上げた木刀を切り下ろす右袈裟斬り……
長年繰り返してきた型の動作ですが、その動作が昼間の戦闘を思い起こさせて、わずかに体に力が入ります。
型の動作は雑念を払い、剣の曇りを明確に反映してくれますね。
動揺していない、立ち直ったと思っていても、やはり誤魔化せないみたいです。
俺は更に剣に意識を集中させ、自分の弱い心を振り払うかのように無心で木刀を振りました。
六の太刀まで振り終えて、血振りから納刀まで行うと幾らか気分も晴れまして、呼吸と共に再び雑念を振り払います。
いやはや、俺もまだ修行が足りませんね。
型を終えて振り返れば、食い入るように俺の動きを見ていたミレイア様が、ハッとした顔で口を開きます。
「これが基本の型なの?まるで舞を見ているような、流麗さがあったわね」
俺は小さく頷いてから、ようやく表情をゆるめました。
「お褒め頂き恐縮ですが、ミレイア様にもこの動きを習得してもらいますからね?」
俺がそう言うとミレイア様は、真剣な表情で頷いてくれます。
なんというか、剣に関することは素直なんですよね。いつもこうならいいんですけど……
「少しノドが乾いたわ。座りましょう」
何か言いたげな表情だったミレイア様は、少し考えてからそう言うと、くるりと踵を返してソファの方へ向かいました。
あれ?ミレイア様の事だから、すぐにでも型をやりたがると思ったんですが……?
なんでしょうか?少し深刻そうな顔でソファに向かうのが、すごく不安になります。
もしかして難しすぎた?それともさっき手を離したことで不興を買っちゃった?
一歩間違うと処刑台かもという、不安定な身分ですので非常に不安になりますよ。何か言ってください!
今日だけで数年分ぐらい寿命が縮んだ気がするんですが…… 主にミレイア様のせいで。
俺は、ビクビクしながら対面するソファに座り、残ったアイスティーに手を付けます。
っと思ったら、いつの間にかアイスティーが淹れ直されています。
気づけばさっきのメイドさんが、再び瞬間移動してきてアイスティーが満たされていますよ!
いや、エリーナさんとかリーラも、かなり有能な部類のメイドだと思ったんですが、この人は一体!
そんな俺の思考の脱線を気にすることもなく、ミレイア様は少し難しそうな顔をしています。
「私は5歳から、騎士団で剣の稽古を受けてきたわ。
騎士達の中には、日々の任務で死んでいった者もいるし、生き残った者もいる。
そんな騎士達と剣を交えてきて、死線をくぐって来た者とそうでない者が、何となく判るようになったわ」
ミレイア様は、まっすぐに俺を見て、慎重に言葉を選びながらそう言いました。
「確かに…… 貴方の剣は綺麗だった。
でも、途中から怖いぐらいに、力がこもっていた」
あらら、どうやらバレてしまったようですね。
まあ黙っていても、早晩ミレイア様の耳には入ったでしょうから、隠す必要もないですか。
「アーサー、貴方…… 人を斬ったの?」
触れていいことなのか、推し量るようにそう行ったミレイア様は、何か不安そうな顔でこちらを見ています。
「ええ、黙っていても、いずれお耳に届くでしょう。
ここに来る途中、盗賊と思われる集団に襲われまして、人を斬りました」
俺がそう言った瞬間、ミレイア様はドレスの裾をギュッと握り、苦しそうに顔を歪めました。
いや、俺はそんなに気にしてませんから、大丈夫ですよ?
何か感情を整えるように短く息を吐くと、先程までの小動物でも剣姫でもない、もうひとつの顔が姿を現しました。
「委細漏らさず、すべて話しなさい」
ええ、紛れも無く王女様としての表情ですよ。なんか、さっきまでとはオーラが違います。
「アランを、至急此処へ……」
そんでもって、おそらくここに来る途中、自分で撒いたであろう護衛のアランさんを、しれっとメイドさんに呼び出させました。
いや、なんかおおごとになりそうな予感がするんですが、大丈夫なの?
程なくして息を切らせたアランさんと、別室でくつろいでいたであろうダリルさんが招集されました。
そして報告という名の、自白強要が行われました。
なんだかミレイア様の迫力が怖すぎて、おしっこ漏らしそうです。
「……以上が、これまでの経緯ですかね?」
少々端折りましたが事の次第を聞かせると、聞いている最中は無言を貫いていたミレイア様が、静かに口を開きます。
「アラン、わかっていますね?」
「はっ、これは勅旨に対する明確な害意であり、ひいては王家への叛意でしょう。
すぐに騎士団へ厳命を達します」
「必ず首謀者を捕らえて、私の目の前に連れてきなさい」
ヤバイです。母様とは違う迫力がありまして、思わずヒュンとしてしまいそうになりました。
でもここで王家が出てくるって…… まずくないですかね?
いや、どう考えてもマズいですよね!
どうしましょう!
話の都合でちょっと短め




