4.ハイハイの誘惑と好奇心
前世、秋葉 豊ことアーサー・セルウィン (0歳)です。
あれから二ヶ月ほど経ちまして、体の方はすくすくと成長しております。
最近はベビーベッドから出されまして、ハイハイで動き回れるぐらいに育っております。
言葉の方もいくらか発声できるようになってきまして、なんだか成長っていいもんですね。
もうすぐ1歳ですが、日々の鍛錬を欠かさなかったおかげでだいぶステータスも伸びております。
アーサー・セルウィン (0歳)
体力 :10/10 → 12/12
魔力 :5/5 → 7/7
攻撃力 :1 → 2
防御力 :2 → 3
素早さ :1 → 3
状態 :通常
スキル :真理の目 限界突破 記憶の泉
功罪、称号 聖杯を受けし者 女神の祝福
ステータスは伸びましたが、相変わらず風魔法の習得には苦戦しており、未だに発動には至っておりませぬ。
まあ、それでも魔力を使う分だけ成長するので、練習は続けておりますがね。
今日も今日とて、じゅうたんの上にペタンと座りながら両手を前につきだして、「うー」とか「だー」とか声を出しております。
それを見てディアナ母様やリーラが、幸せそうに眺めております。
う~ん、わりと真剣なんだけどなぁ……
これは、俺に魔法適正が無いんでしょうか?
あの駄女神、俺を筋肉バカに仕立てて、この世界に送り出したのかという疑念が生まれます。
もしそうだとしたら、いっぺんあの世に戻って……
おっと、いかんいかん。思考が0才児のそれじゃなかった。
いけませんね。貴族の息子たるアーサー君は、こんな事ではくじけませんよ。
おっと、噂をすれば何とやら。ガチャリとドアを開けて、我が父上であるチェスター・セルウィン子爵が部屋にやって来たようです。
リーラが一礼して、ディアナ母様は旦那にハグしてますがな。
うん、貴族というかガタイのいい戦士風の兄ちゃんと行った方が、しっくり来るマイ・ダディでございます。
仕立てのいい服を着ていますが、厚い胸板や大きな体格は、まさに戦士って感じですね。
両親とも美男美女ですので、自分の将来が楽しみですわ、ホント。
ん? 前世での容姿? ……聞くな。悲しくなるから。
おお、お父さまが我が子を抱き上げてくれるようですね。
でも、自分の体格から見ると、結構な高さに持ち上げられて、かなり怖い。
まだ小さな息子の息子が、縮み上がりそうです。
風魔法の練習中で両手を前に突き出したままの状態で抱き上げられまして、両手が動きません。
「おお、我が子よ。元気に遊んでいたかな?」
やめて下さい。スリスリじゃなくてジョリジョリします。
赤子の柔肌にヒゲの剃り残しが、突き刺さってますよ。
手足をジタバタと動かして抵抗の意思を表しますが、自分の数倍もある大男には為す術もなく、ほっぺたを蹂躙されております。
ええい、痛いって言っとるだろう!
「へぶっ!」
あっ、風魔法の発動、成功したみたいです……
何かコツを掴んだ気もしますが、それよりもお父さまの状況です。
空気の塊が顎にクリーンヒットしたようです。俺を抱いたまま大きくのけぞっております。
アカン…… 脳が揺れて足にきとる。
なんかカクカクしてるぞ。って、この高さから落とされたたら、ワリと命の危機なのですが。赤子的に……
ん?足元の揺れがおさまってゆっくりとのけぞっていた顔が、戻ってきます。
ヤバイ、現実に戻ってきたお父様の顔が驚愕にあふれております。これはまずったな。
「うお~っ、ディアナ、喜べ! この子は魔法の才があるようだぞ!」
よかった、見た目に反せずお父様はタフだったようで、高々と俺を持ち上げてぐるぐる振り回し始めました。
やめて、あんたのダメージ的に転倒が怖い。つか、酔う!
「あなた、喜ぶのはわかりますが、アーサーを乱暴に扱うのはいけませんよ」
うん、ディアナ母様の笑顔が怖いです。
それを見たチェスター父様が、ピタリと動きを止めました。
うん、赤子の俺にもわかる。あのスマイルは敵に回しちゃいけない部類の人だ。
リーラが素早い身のこなしで、俺を確保してくれてようやく危機を脱しました。
ですが、母様にドナドナされていく父様を、無力な赤子の俺はリーラの腕の中で、黙って見送るしかありませんでした。
合掌。
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さて、無事ベッドへ帰還できた俺は、無人になったのを見計らい、先程の感触を忘れないうちに頑張っております。
何となくだけど、さっき魔法を撃った時は何か溜めみたいのがあった気がする。
そう考えて、これまで放出するだけだった魔力を、手のひらに集めてみた。
すると身体から魔力が抜けるような感触が消えて、手のひらがじんわりと熱くなってきた。
これを飛ばせば、多分風魔法になるんだと思う。
試しに溜まった魔力を切り離してみる。すると、勢い良く飛び出した風玉みたいなものが、天井にぶつかってポンと弾けた。
おおぅ、ちょっと派手にやり過ぎたか。なんか、リーラがあわてて部屋に入って来た。
ここは、寝たフリでごまかそう…… いや、魔力切れでマジで眠く……
はっ!
寝る子は育つといいますが、寝落ちして悔しがる赤子はこの世界広しといえど、俺ぐらいのものだと思います。
まあ、赤ん坊は寝るのが仕事だしね。
寝返りをうって、窓の外に目を向けてみれば、そろそろ日が暮れそうな頃合いですね。
最近は乳離れも進んできまして、ミルク粥のような離乳食も、ぼちぼち食べ始めています。
リーラはその準備のためか、部屋の中には見当たらずどうやら俺一人のようです。
しめしめ、これでゆっくりと考察できますね。
さて、寝落ちしたので、改めてステータスを確認してみたら変化があったようです。
アーサー・セルウィン (0歳)
体力 :12/12
魔力 :10/10
攻撃力 :3
防御力 :3
素早さ :3
状態 :通常
スキル :風魔法(初級) 真理の目 限界突破 記憶の泉
功罪、称号 聖杯を受けし者 女神の祝福
魔力が増えてスキルに風魔法が追加されています。
それに、微妙ですが攻撃力も上がったようです。不慮の事故とはいえ、父様に風魔法を喰らわせたせいでしょうか?
ちょっとだけ良心が痛みます。相手が両親なだけに……ゲフンゲフン。
ですが風魔法を習得できたのは、ようやく一歩を踏み出せたようで嬉しいですね。
もう一度風魔法の練習をしてもいいのですが、今寝落ちするとせっかくの離乳食が無駄になるので、ちょっと控えましょう。
魔法の発動は大体コツを掴んだのですが、まだまだ疑問はつきません。
例えばリーラが使っていたあのドライヤーの魔法、あんな風に発動させるにはどうすればいいのか?
他の魔法の発動はどうするのか?などなど、好奇心旺盛な赤ん坊には、将来に向けて楽しみがいっぱいです。
寝ながら考えるのも何か惜しい気がして、身体を動かしながらあれこれ考えていました。
おや? ん?
おお!アーサー君は、ハイハイを習得しました!
気を抜くとコケますが、よたよたとベッドの端から端まで移動することに成功しましたよ。
いや~、これで部屋の中を色々と見て回れます。
屋敷の奥にはまだ手が届きませんが、本棚なんかもありますので文字も早く覚えたいですね。
次のステップは、つかまり立ちと二足歩行ですな。
前世では子供はおろか、彼女もいませんでしたが、子供がいれば、我が事のように喜んだでしょうね。
うん、なんだかとってもフクザツな心境です。
自分の成長を、存在しない前世の我が子に重ねるとか、ちょっと泣きたくなります。
「ふえぇ~ん、ふげぇ~ん」
いかん、感情が昂ってアーサー君の身体が反応してしまいました。
身体に引っ張られるってヤツですな。
うん、決めた。この世界では絶対かわいい嫁さん貰って、絶対自分の子供作るんだ!
泣きながらそんな決意を固めた俺なのでした。