36.泉でびっくり!
「言い訳は見苦しいのじゃ…… とりあえず、死ね!」
なんか、同年代の方から、いきなり殺害予告されましたアーサー君です。
っていうかこの方、魔力量が尋常じゃないんですが……
たぶん魔力を放射してるんでしょうね。背景が、陽炎みたいにゆらゆらしてますよ。
なんでしょう、すっごく命の危険を感じます。
「あの、裸を見たのはあやまるよ。ごめんなさい」
目を離すと、途端に殺されそうな気がしますので、視線は逸らせませんが、わずかに頭を下げて謝ります。
いや、体のコンプレックスとか、やっぱり触れちゃいけないナイーブな部分ですからね。
「何を、ごちゃごちゃ言っておるのじゃ。裸など見られたくらいで妾は動じん。
それよりもヌシは、見てはいけないモノを見てしまったゆえ、消さねばならんのじゃ」
えっ?裸じゃないとか、何それ?
「えっと、じゃあ俺は…… 何を見ちゃったの?」
ワケガワカラナイヨ……
裸じゃないとしたら、ちょめちょめとか、まな板れーずん?
いや、それも裸の一部でしょ!
「えっ?それじゃ、俺は…… 何を、見ちゃったの?」
「龍の逆鱗の位置を盗み見て、生きて帰れると思うておるのかぇ?」
なんか今、『りゅう』とか『どらごん』とかいう物騒な単語が、幼女の口から出てきたんですが?
もしかして、きっちりフラグ回収……しちゃった?
って、いうか西洋の龍にも逆鱗ってあるの?
それよりもなんでドラゴンが、のじゃのじゃいう幼女の姿なのよ?そっちの方が気になるわ!
幼女が手をこちらにかざして、ニヤリと笑ったかと思えば、目が金色に輝き始めます。
マズい!
かわせたのは、直感と幸運のなせる技だったと思います。
隠していた魔力を一気に開放し、魔力強化と同時に横にジャンプしました。
その直後に、さっきまで俺が立っていた場所を白い魔力が、とんでもない速度で通過していきましたよ。
あの威力は無属性?それとも風魔法?
とにかく今は何でもいいけど、あの破壊力はヤバイ。
2メートル近い大きさの球形の魔力が、後方の木をバキバキとなぎ倒しながら、あっという間に後方へ飛んでいく。
これは話し合いとか、四の五の言ってる場合じゃない!
まずは戦わないと、これじゃ命がいくつあっても足りない。
太い木の幹へ、重力に逆らって横に着地した俺は、三角飛びの要領で彼女の後方に向けて跳躍する。
手加減とか本気とか考えてられない。
さっきの魔法は、間違いなく俺の無属性に匹敵する威力があって、あの大きさだ。
俺は一気に逃げた分の距離を詰めると、脇差しにいつもの倍近い魔力を流し込んで一閃させた。
オーガやエルモさんの工房をぶった斬った時よりも、はるかに多い魔力だ。
これでまずは先手を取る!
「ほう、ただのガキかと思っておったのじゃが、いくらか使うようじゃのぅ」
宙を飛ぶ不可視の斬撃を前にしても、一切動じることなく、この『のじゃロリ』は余裕しゃくしゃくで、人差し指を一本立ててます。
その指を上下にピシリと振りぬくと、ギリッという硬質な音を出して、斬撃と人差し指が拮抗しています!
「この程度の斬撃で、龍の鱗を切り裂こうなどとは、片腹痛いのじゃ」
拮抗していた斬撃は、ピシリと音を立てて幼女の人差し指に負け、真っ二つになり後方へ抜けていきました。
幼女はといえば、その場から動こうともせず、接近してくる俺に金色に光る目を向け、薄ら笑いを浮かべたままです。
ちくしょう、やってやろうじゃないの!相手が格上ってのは、日常茶飯事だっての。
俺は跳躍したまま相手に接近して、間合いに入った瞬間に三連撃を放つ。
脚・胴・首に左右から、斜めから切り上げるようにしてジグザグに斬り込むが、まるで竹を切り損ねたみたいに刃が滑る。
刀が通じなければ、魔法で対抗するまでだ!
俺は再び距離を取ろうと、刀を振りぬいた所で、足元に風魔法を撃ち込んで目眩ましをして後方に飛ぶ。
「むわっ! せっかく水浴びをしたというのに、埃を巻き上げるではない!」
こっちは必死だってのに、なんか身だしなみについて文句言ってるんですが?
遠ざかりながらも追撃を避けるために、さっきと同じくらいの魔力を込めた斬撃を放つ。
しかし袈裟斬りで飛ぶ斬撃は、土埃が舞い上がり視界が悪いにも関わらず、少し体を傾けただけで、あっさりかわされた。
背後の木々がキレイに剪定されたんですが、お構いなしみたいです。
ここまでくると、もう笑いしか出ないわ。
続けて人差し指から魔力弾を作り、二発を頭に撃ち込む。こっちもかなり圧縮した強力なやつだ。
「ふぎぃっ、何じゃこの豆粒は!?」
ガキン! と、これまでよりも大きな音が鳴って、着弾した魔力弾に幼女が驚いたようだ。
おお!のけぞってる、のけぞってる!
あの魔力量なら、黒狼クラスでも一撃で撃ち抜ける威力だよ。それがのけぞるだけとか、どうなってんのよ?
でも、驚くのはここからですよ……!
俺は着地すると、左手に脇差しを持ち替えて右手に魔力を集中させます。
外殻から炸薬、円錐に信管……
うりゃ!喰らえ! 限界まで凝縮したHEAT弾だ!
今の俺が持っている最大火力をぶつけます。
これで通用しなければ、あとは逃げるか特攻するしかない。
それでも通用するか、もしくは逃げられるかは微妙なところだ。
それに逃げるって言っても、どこに?
街に逃げていったら、とんでもなく被害が大きくなるし、それで倒せる見込みもない。
あとは特攻。
といっても、最後の切り札である無属性の短刀を出すにしても、どこまで通用するか……
グダグダ考えてもしょうがない。HEAT弾が着弾してから考えよう。
シュルシュルと飛んでいったHEAT弾は、怪訝そうな顔を浮かべる幼女に向けてまっすぐ飛んで行く。
「なんなのじゃ?この珍妙な魔法は?」
これまで飛び交っていた魔法に比べれば、ひどく鈍重なそれを見て、首を傾げながらも、どうやら避ける気はなさそうだ。
よし、そのまま油断しててくれ。
「なんじゃ!この魔力と圧力は! くっ、少々厳しいか……」
いや、おかしいから!
速度が遅いって言っても、圧縮魔力で撃ち出した砲弾だよ?
それを素手で、しかも片手で受け止めるとかあり得ないから!!!
ズズン!と、重い振動と衝撃波が周囲に広がり、泉の水が細かく振動して波立っています。
貫頭衣を着ていた幼女は、裾が千切れて足元が露出している。
HEAT弾を受け止めようとした左手からは、血を滴らせているが、薄く冷たい笑顔その表情は嬉しそうだった。
「ほう、随分と久しぶりに傷を負ったのじゃ。 ……面白い、この童、しばらく飼うか」
えっ?まさかのお持ち帰り宣言ですか! 意味がわからないんですけど!
「えっと、とりあえずは落ち着きましょうよ。
なにか色々と誤解とかすれ違いが、生じているような気がするんですが?」
「ん?そうじゃのう。こんな場所では落ち着かんか。少し場所を変えるとするのじゃ」
そう言った幼女が、魔力をほとばしらせながら光り始めて、トランスフォームしていきます。
みるみる大きくなって、あっという間に見上げるくらいの大きさになりましたよ。
金色の鱗に鋭い爪、たくましい尻尾にギザギザお口。 ……ああ、ほんまモンのドラゴンさんでした。
「どれ、それでは妾の塒に招待するのじゃ!」
その体格で幼女の のじゃボイスって、ギャップがありすぎるんですが!
しかも俺の意見とか人権なんて、ガン無視ですか!
さすが爬虫類!人間様の都合なんて聞いちゃくれませんね!
「ん?なんぞお主、今失礼な事を考えておらんかったか?」
「イエ、ナニモ カンガエテ イマセンヨ!」
ええ、圧倒的な戦力差と威圧感の前には、ちっぽけな五才児は無力なもんです。はい。
「どれ、それでは出発するのじゃ!」
「はへっ!?」
えーっと、後足というか爪でワシっと襟首の辺りを掴まれまして、天高く飛び立ちました。
「あ~れ~っ!!!」
アーサー君の明日はどっちだ!果たして貞操は守れるのか!
いやその前に、この高さから落っこちたら、間違いなく即死なんですが!
た~す~け~て~!




