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20.エリカを探して~3


マズイ!目が合った瞬間、全身に寒気が走りました。本能的な直感です。

ぞわりと広がる恐怖感を、背中に感じるエリカのぬくもりが、かろうじて押し留めてくれました。


そうだ、俺がここでやられたらエリカも死ぬ。ここは俺が切り抜けないと、ダメなんだ!


そう腹をくくった瞬間、俺達に気づいた黒狼が首を伸ばして、俺達に噛み付こうと牙を向けてくる。

咄嗟に俺は無属性の弾丸を黒狼に向けて発射し、着弾の結果も見ないまま両手で次の魔法を練り込む。


両手に集めたのは風魔法。いくらなんでもこの足場が悪い斜面で戦うのは、エサに志願してるのと同じだ。

なんとか街道に出たいが俺達の直上には、黒狼がまるで黒い壁のように待ち構えている。


危険な賭けになるが、この場でロクに反撃もできずにやられるよりはいい。

両手に集めた風魔法を発動させて、斜め上に斜面を飛び上がる。


ズザザッ っと、着地に失敗して街道の上を転がってしまったが、まともな足場があるのはすごく安心できる。



黒狼は本来もっと森の深い所に生息しているはずで、人のテリトリーにはめったに降りてこない筈だ。

それがなんで、こんな街道の近くにいるんだ?


俺は、口に入った砂を吐き出しながら、黒狼から目を離さずに考えていた。


走っても、黒狼の脚力を前にしたら逃げ切れないだろう。どうする?どうしたらいい?


結局、俺が選択したのは助けを求めるって事だった。

笑ってくれてもいいし、カッコ悪いと思うかもしれないけど、今この場を生きて切り抜けられるなら、なんだっていい。



俺は頭上に向かって指を突き上げると、合図の灯火という火魔法を空高く打ち上げた。

打ち上げ花火のように尾をひいて空に打ち上がった灯火は、かなりの高度で炸裂し周囲に報せてくれる。


あの高さなら騎士団の詰所からでも見えるだろうし、何よりリーラが必ず父様に報告してくれる。

馬ならば飛ばせば、ここまでは一五分もかからない。それまで持ちこたえれば俺の勝ちだ。



でも、一縷の望みを込めて打ち上げた灯火は、同時に絶望的な状況も俺に教えてくれる。

灯火を反射して、赤く光る双眸がいくつもこちらに視線を向けていた。


そうだ、前世の日本では絶滅したって聞いてたから、見る機会はなかったけど狼は普通、集団で狩りをするんだ。

そして目の前にはゴブリンの死体よりも、柔らかくて美味そうな子供が二人……


気づけば存在がバレたと悟ったのか、3匹の黒狼が街道に降りてきて、俺達の前に立ちふさがる。

ゴブリンが最低ランクであるE、そして黒狼は単独でもCランク。それが4匹も目の前に出てくる。


聞いた話では黒狼を狩るのは、冒険者達でも命がけで、推奨ランクはC~Bランクが複数で当たるらしい。

そりゃ、この迫力なら納得だわ。うん、無事に切り抜けられるイメージが湧かないわ。


体格は俺やエリカなら余裕で乗れるくらいの大きさで、さっき口を開けた時なんか、俺の頭を丸飲み出来そうな口とでかい牙だった。


ゆっくりと黒狼を刺激しないように紐を解いてエリカを下ろすと、蒼白になってカチカチ歯を鳴らしているエリカに小さく語りかけた。


「いい、そこの斜面に雨で出来た隙間があるから、そこに入って……」


声も出せず、ただ震えるだけのエリカに、何かを期待するのは無理だなと思い直して、俺はエリカを背に隠しながら雨裂まで後ずさった。


そして左手で嫌がるエリカを強引に押し込むと、俺の持っていたバックを持たせる。


「いやっ、アーサー君はどうするの!」


泣きながら駄々をこねるエリカに、俺は剣を抜きながら背中越しに声をかける。


「大丈夫だよ。俺がここで食い止めるから」


エリカの顔は見れなかった。多分こいつらは一瞬でも目をそらしたり、意識が逸れればすぐに襲い掛かってくる。



俺と黒狼達の無言の対峙は、多分そんなに長い時間じゃないと思う。それでも、俺には永遠に近いぐらい長く感じられた。




秋葉流、秋葉…… いや、アーサー・セルウィン参る!


間違いなく前世でもこちらでも、初の経験になる命をかけた死合。


死にそうになったり、一歩間違えば死んでいたような状況には何度も遭遇した事はある。

だけど、文字通り自分の命をかけて、相手を仕留める決意を持ったのは初めてだった。



でもそれにしては、心はすごく穏やかだった。

俺の気配が変わったことに気づいたのか、黒狼達が一斉に牙をむき出しにしてうなり始める。


おう、そうだ。それでいい。

俺に集中しろ。エリカに気を取られたら俺に殺られるぞ……



俺は左手に魔力を集めるとまずは牽制がわりに、火魔法を発動する。

いつものように球体に集めるのではなく、固まる寸前まで魔力を流して、そのままホースのように魔力を放射する。

中級魔法のファイヤ・スネークを、黒狼達の鼻先に撒き散らす。


火炎放射器のように飛び出した炎のうねりは、まるで灯油でも撒いたように地面を燃え上がらせた。


当たらなくてもいい。目隠しになれば次につながる。

炎に驚いて黒狼達が後ろへ飛び退いた時には、俺は右手に持っていた短剣を左手に持ち替え指先を突き出していた。


すっかり俺の得意魔法になった魔弾(改)を、容赦なく炎の壁に向けて放つ。


バシュン!バシュン!バシュン!という反動を、これほど頼もしく感じるとは思わなかった。


撃ち出された魔弾は炎を突き破って、その先に居る黒狼達の元へ吸い込まれてゆく。



「ギャイン!」「ギャンッ!!」


目隠しに使った炎で着弾は見えなかったが、黒狼の悲鳴らしき声が聞こえてきた。

だが、まだ安心はできない。 「油断するなよ」と、左手の短剣を握りなおして、自分に言い聞かせたのと同時だった。



斜面を切り崩して作られているこの街道は、俺達の登ってきた斜面とは反対側に、登りの斜面が続いているんだ。

1匹の黒狼が三角飛びの要領で、その崖を利用して炎を飛び越え、俺に迫ってきた。


魔法を撃っている暇はない!

気づいた時には黒狼の口が、大きく開かれその中の鋭利な牙が、俺に向けてどんどん近づいてくる。



相手の体重と勢いに負けないように目いっぱいに魔力強化をかけながら、俺は短剣を構えた。

黒狼の体毛は固くて厚い。なら狙うのは腹付近しかない。



俺に向けて飛び込んできた黒狼の牙を上体を傾けて何とか躱した俺は、肩に担ぐようにして構えていた短剣を黒狼の下からおもいっきり振りぬいた。


手応えはあった。振り返れば内蔵をまき散らした黒狼が、街道に衝突してゴロゴロと転がっている。



これでやっと1匹……



もう一度炎の壁の方を見ればすでに火勢は衰え、もう1匹の黒狼が強引に炎を突破して、こちらに突進してくる。

俺は左手を黒狼にかざすと、小さな魔力体を5個、指先に作り出した。



凝縮した火魔法を5個指先から放つ魔法で、俺のオリジナル魔法、フレイム・バースト!


指先から放たれた小さな粒は、まっすぐに黒狼に向かって飛んで行く。

黒狼はそんな小さな粒が、何倍も大きな自分に痛痒を与える訳がないとでも言いたげに、まっすぐ突っ込んでくる。


その小さな粒が黒狼にぶつかった瞬間、大音響とともに盛大な爆発が連続して起こった!



普通は俺の頭ぐらいの大きさになるファイヤーボールを、限界まで圧縮してあるんだ。

その爆発はすさまじい威力になり、黒狼を吹き飛ばした。



よし!


そう思った瞬間、不意に背中にゾワリとした悪寒を感じて振り返る。

そこには腹から血をしたたらせながらも、気配を消して回りこんできた黒狼が、俺に噛み付こうとその牙を剥いている。



「ちっ!」


咄嗟に風魔法を作り出した俺は、無照準で黒狼に向けて風をぶつけた。


自分よりも何倍も大きな黒狼を、吹き飛ばせるなんて考えちゃいない。

どちらかといえば、自分が吹き飛ぶために風魔法を使ったのだ。


不安定な体勢から、無理やり風魔法を使ったせいで、きれいに着地など出来ず、無様に街道を転がってようやく止まった。


そして油断の代償は大きかった。黒狼の爪が俺の肩を深く切り裂いて、腕を伝って指先まで血が滴り落ちている。

熱を持った痛みが、脈打つように肩から腕に向かって走り、思わず顔を歪めてしまう。



出血はマズイ。魔力も残り少ないが回復魔法でキズだけを簡単に塞ぎ、とりあえずは出血を止めた。

時間をかけて回復魔法をかけないと、痛みも引かないしキズ自体も治らない。



だけど、相手はそんな余裕は与えてくれない。


唸り声を上げながら、先程の黒狼が俺に向かってゆっくりと近づいてくる。



指先を動かそうとすれば鋭い痛みが肩に走る。これじゃ左手を動かすのはムリだろう。

右手一本で対処するしかない。でもそれだと、剣か魔法どちらかしか使えない。


俺は迫り来る黒狼から目を逸らさずに、探知魔法を周囲に放つ。

さっきみたいな奇襲はもうゴメンだ。もし、最初の魔弾で仕留めきれていなかったら、もう1匹厄介な相手が存在することになる。


やっぱりまだ、生きてる。最初に飛び退いた位置から何故か動かずにいるけど、そっちに目を向けている余裕はない。


そうこうしているうちに、正面の黒狼が目の前まで迫ってくる。

俺はその赤い目をじっと見据えたまま、地面に短剣を突き刺して、右手を黒狼に向けた。



チャンスは一瞬。しくじればアウト……



俺の動きに警戒したのか黒狼はピタリと足を止め、腹に響くような唸り声を上げて、威嚇してくる。

それに合わせて俺も右手に魔力を集め、いつでも魔法を発動できるように待ち構えた。



その瞬間は、まるでスローモーションのように時の流れが遅く感じられる。

飛びかかってきた黒狼の顎が開いていき、その大きな牙が白く光る。

そんな光景をどこか他人事のように見ながら、俺は魔法を発動させた。


無属性、魔法障壁――


手のひらから生み出された光る壁は、一瞬で俺の体よりも大きく展開し、強固な壁になった。

突然現れた壁に、すでに空中を飛んでいた黒狼は対応できずに勢い良くぶつかってしまう。


ズン!と重い衝撃が壁を通して体につたわり―― 俺の賭けは成立した。



すぐに魔法障壁を解除して、短剣を引き抜くと渾身の力を込めて、黒狼の喉元を切り裂いた。

一呼吸置いてドサリと地面に落ちた黒狼は、首から恐ろしいほどの血を撒き散らして、俺のズボンを濡らしていった。



ヤバイな、そろそろ限界が近い……



それでも騎士団が駆けつけるまで、最後の1匹を俺の方に引きつけておかないと。


疲労と魔力切れが近い感覚の中、俺は振り向いて最後の1匹に視線をぶつけた。



月が雲から覗き、わずかに街道を照らす。

最後の1匹は、唸りもせずただ静かに座ってこちらを見ていた。


だが、あの赤い目には、仲間を殺された怨嗟が、間違いなく宿っている。



「アォォォォ……ン!」



その遠吠えは、悲しみのようにも何かの決意のようにも聞こえる遠吠えだった。


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