19.エリカを探して~2
エリカのリボンを見つけた俺は、もう一度叫びました。
「エリカーーーッ!!」
俺の声に驚いたのか小鳥が数羽、飛び立っていきます。
耳を澄ませてエリカからの返答があるかを確認しますが、何も聞こえません。
気づけばかなり日が傾いてきて、影が長く伸びています。
早く探し出さないと、街道付近とはいえ夜は非常に危険です。
俺はリボンが落ちていた周辺をくまなく調べていきます。
なぜこのリボンがここに落ちたのか? それとも落とすような事態が起きたのか?
地面にしゃがみこんで、エリカの足あとがないかを必死に探します。
あった!
小さくて体重も軽いから見づらいけど、こんな街道ではまず見かけない小さな足あとは、ほぼ間違いなくエリカのだろう。
もしも、このくらい小さな子供を旅に連れて行くなら、間違いなく馬車に乗せる筈だ。
俺はかすかに残るエリカの足あとをたどって、街道をゆっくりと進んでゆく。
フラフラと蛇行するように足あとが続いているのは、見たことのない道で不安なのだろう。
所々で休むように両足を揃えて立ち止まり、足あとが乱れている。
待ってろよ、エリカ。もうすぐ見つけてやるからな……
中腰のまま、数百メートルも進んだだろうか?
とぎれとぎれに発見した足跡を追って、進んでいった先で変化があった。
不意に片側に足あとが寄って行き、斜面の所で途切れている。
嫌な途切れ方だった。斜面の下を覗き込んで見ても、薄暗くなってきたせいかエリカらしき姿は見えなかった。
念の為に周辺の足跡を探すが、さっきまでは何とか見つけられていた足あとがやはりあそこで途切れている。
急に不安が俺の胸に襲いかかってきた。
俺は例外として、いくら魔法を使えてもエリカはまだ三歳なのだ。
俺は覚悟を決めると、魔力強化をかけ直して、斜面を駆け下りていった。
相変わらず街道を一歩でも外れると、林の中は陰鬱な空気に満ちていた。
こんな所に小さな女の子が一人で震えているとか、絶対に助けないと!
「ライト!」
俺は無属性の魔力を小さく凝縮して、照明に使う魔法を点灯する。
もう夕暮れ間近で、林の中はすでに暗くなってきていた。
母さんから教えてもらった魔法の初実戦が、こんな形になるとは思っても見なかったな。
「エリカーーー! いるなら返事をしてくれ!」
「えっ? アーサー君……なの?」
「エリカ!!」
いた! 良かった無事だったよ。
多少、ドロで汚れているけど見たところ大きな怪我もしていない。
「無事だったんだね。本当に良かった」
「グスッ…… 怖かった。 足が疲れてそこから落ちちゃったの。戻ろうと思って頑張ったけど、疲れちゃって動けなくなって……」
そこまで話したエリカは、安心したのか俺の胸でわんわんと泣き始めた。
そりゃ怖かっただろうな。こんな所に一人で取り残されるとか、ヘタしたらトラウマものだぞ。
でも本当に無事でよかった……
とりあえずこの場は危ないので、早く街道まで戻らないといけない。
でも間の悪い奴らって、どの世界にも居るものですね。
俺にとっては馴染み深い、あの耳障りなギャワギャワって声が聞こえてきました。
「エリカ、歩ける?」
エリカにもあの気持ち悪い声が聞こえたんだろう。俺にギュッとしがみつきながら、小さく横に首を振る。
降りる時は気にしなかったけど、こうして見上げてみると今の俺達には結構な高さの斜面で、ここをエリカを抱えて登るのは骨が折れそうです。
ライトの魔法を消してから、簡易的な魔力探査で距離を測れば、およそ20メートルくらいの距離で、こっちにまっすぐ向かってきています。
魔力探査(簡易)は、洞窟やダンジョンで生き物の反応を調べる魔法ですね。
無属性の魔力を薄く円形に放射して、大体の方向や距離を調べられます。
かなり難しい魔法だって母様は言っていたけど、生まれてからずっと無属性をいじっていた俺には余裕でした。
さて問題は、こっちに向かってくるギャワギャワ言ってる連中です。
ゴブリン程度なら、何も問題なく片付けられますが今は傍にエリカがいます。
このまま逃げて斜面を登っても、あいつら石とか投げてきますから、万が一転げ落ちたら袋叩きになってしまいます。
やり過ごすのも難しいので、ここはひとつ先制攻撃でさっさと片付けてしまって、それからゆっくり斜面を登るしかなさそうですね……
「エリカ、ここで目と耳をつむって待ってて。すぐに戻るよ」
「……やだ」
あれま、困りました。でも今の状況を考えれば、しょうがないかな。
この場でエリカには目と耳を閉じるように言い聞かせ俺は迎撃の準備を整えます。
うん、サクッと魔法で片付けましょう。
キィィン……という少し甲高い音を出して、すぐに発射準備が完了します。
今準備しているのが魔弾(改)
自己流で魔法を練習していた時は反動と照準の問題で、威力が上げられなかったけど、今なら魔力強化があるので問題なしです。
もう一度、昔見たテレビの内容を記憶から掘り出して、無属性の弾頭をライフル型の尖った形状に。
銃弾に合わせて銃身になる筒も少し長く、指先から出せるように改良しました。これで照準もやり易くなったのです。
そして、最大限の改良ポイントはと言えば……
「ファイヤ!」
いつもの通りにバシュン!という音を残して弾丸が飛んでいきますが、魔弾(改)はひと味違いますよ。
バシュン!バシュン!バシュン!と連続して撃ち込み、その度に茂みの向こうから、ゴブリン達の悲鳴が聞こえてきます。
流石に魔力を練るタイムラグがあるので、前世のマシンガンのように発射速度の早い連射は利きませんが、それでも必要十分ですね。
十発ほど魔弾を撃ちこめば、茂みの向こう側は悲鳴も聞こえなくなりました。よし、これで斜面を登る時間が稼げるでしょう。
「エリカ、終わったよ。おうちに帰ろう」
俺に肩を叩かれて、顔を上げたエリカはようやく、少しだけ笑ってくれました。
うん、やっぱり女の子は笑顔が一番だね。
エリカは相当疲れてるらしくて、やっぱり足元がおぼつかない感じです。
まあエリカくらいの体重なら、魔力強化していれば背負っても、何とか街道まで戻れるかな?
おれはエリカを背負うとバックに入れていた紐でエリカと俺を縛って、落ちないように固定します。
例の紐…… エリカちゃんの、今後の成長にご期待下さい。って感じだな。
三才児の緊縛プレイとかそんな危なげなネタは、流石に通報されそうなんで自粛しましょう。
さて、適度に場の空気もほぐれたので、斜面の攻略にかかりましょうかね。
なんかついこないだまでやってた記憶のあるハイハイの要領で、手足を斜面に食い込ませながらゆっくりと登っていきます。
焦って落ちたらエリカも巻き添え食っちゃいますので、三点支持を崩さないようにして慎重に足場を探していきます。
エリカは、俺の背にしがみついて、大人しくしてくれているので助かりますね。
「エリカ、もう少しだから我慢してね」
「うん、アーサー君、頑張って」
よっしゃ、応援頂きました!もうひと頑張りですね。
上を見上げれば、すでに空には星が出ています。早く帰って、みんなを安心させてあげないと……
ようやく半分登りきり、もうすぐ街道に出られそうです。
俺、街道まで出たら、水飲んで少し休憩するんだ……
あっ、ヤバイ。自分で考えておいて言うのもなんですが、もしかするとフラグが立っちゃった。かも知れません。
何か嫌~な声が、上の方から聞こえてきました。
「今のって、もしかして…… 狼の鳴き声?」
「多分……そうだと思う。急ごう」
俺は、滑落しないギリギリの速度で、慌てず急いで斜面を登っていきます。
ああ、こんな時は大人の体が羨ましいですね。
急いだかいがあって、もう一息で街道まで出られます。
でも、どうやら立てたフラグは、残念ながらきっちり回収されるみたいです。
ストッ、っと軽い足取りで俺達の目の前に、黒い塊が飛び込んできました。
その黒い塊は斜面の方向に首を伸ばし、スンスンと匂いを嗅いでいます。
マズった。斜面の下には、ゴブリンの新鮮な死体がそのまま放置です。
今の状態で一番遭いたくない魔物ダントツNO.1 ランクCの黒狼が斜面を覗き込み……
俺と、バッチリ目が合いました……




