18.エリカを探して~1
俺は館の中に入ると、まっすぐ二階にある父様の執務室に駆け込みました。
「父様、さっき聞きました。エリカがいなくなったって!」
書類にペンで書き込みをしていた父様は、ペン差しにペンを戻すと少し困ったように、こちらへ顔を向けてきます。
「ああ、報告は聞いた。今騎士団が捜索に出ている所だ」
「何が、あったのですか?」
俺は乾いた喉に、無理やりつばを飲み下し努めて平静に父様へ状況を尋ねます。
「ロイドが、本来ならば今日返ってくる予定だったのだが、すこし遅れているらしくてな。
商会の番頭が言った内容では、それを聞いたエリカがウチに来たいと言ったらしい」
そこまで聞いた俺は、リーラが持ってきてくれた水をゴクゴクと飲んで、喉を潤すが喉がヒリつく感覚はぜんぜん取れなかった。
「それで、いつロイドが帰ってくるか分からないから、エリカには大人しく待っているように言ったらしい」
「そうしたら、エリカが消えていたと?」
俺の言葉に父様は無言のまま頷き、そして釘を刺してきました。
「アーサー、お前が動いても何も変わらない。下手な動きはするなよ?」
むぐっ、確かにそれはそうです。二次遭難にでもなったら目も当てられません。
しかしこのまま手をこまねいているのも、精神衛生上、非常によろしくありませんね。
「それで、騎士団はどのくらい動いているのですか?」
俺はちょっと気になった事を、父様に尋ねました。
館の中はそれなりに騒がしかったのですが、騎士団の詰所はそれほどでもなく、むしろ通常通りといった感じだったからです。
「騎士団からは、二十名を出して捜索に当たらせている……」
えっ?たった……二十人? 騎士団は従卒やら下支えの人間を合わせれば、全部で二百人近い人員がいるのに?
「何故、たった二十人なのですか?」
少しイラついた俺は、問い詰めるように父様へ食って掛かります。
「アーサー、少し落ち着きなさい」
立ち上がった父様は、俺の傍にしゃがみ込むと目線を合わせながら、肩に手を置きます。
「いいか?アーサー、俺が命じれば騎士団を全員動かす事はできる。だがそれをした場合、その後はどうなる?」
父様の言葉で、ようやく自分が冷静ではないと気付かされました。
いけませんね。頭では分かっているのに、アーサー君の感情…… いや、激情が全面に出てきたみたいです。
「すみません。父様……」
俺は素直に非を認めて、父様に謝罪しました。
もっともな話です。
いくら御用商人の娘とはいえ、平民の娘が失踪しただけでは、本来ならば騎士団は動かないのです。
失踪人の似顔絵などが回されるのがせいぜいでしょう。
あとは家族や知人が探しまわるか、金銭に余裕があれば、冒険者ギルドに依頼を出すのが一般的なのです。
それに騎士団は領内の治安維持や定期的な魔物の駆除、それに有事の際は領軍の中心として使われる大切な戦力。
それをすべて動員するという事は、領内を空にすると言う事にもなってしまいます。
今はあまり聞きませんが、周辺領主との小競り合いに発展する場合もあるのです。
そして最大の問題は、不公平さです。
『あの商人の娘を助ける時に、騎士団を大勢動員したのに……』 なんて声が上がれば、好ましくない前例を作ってしまうのです。
「騎士団の他にも、手の空いている家の者達へ、捜索に加わるよう言ってある。これは預かっておくから、お前は大人しく待っていなさい」
そう言って、父様は俺の腰から短剣を取り上げて、部屋へ連れて行くように、リーラへ言いつける。
リーラに背中を押されて部屋に歩き始めた俺は、これからどうすべきか、ずっと考えていました。
部屋までたどり着くとリーラは、「お茶の用意をしてきます」と言って部屋から出て行った。
俺はベッドにコロンと横になり天井を見上げながら、父様の言いつけを守るべきか、それともエリカを探しに出るべきかを、ずっと悩んでいた。
ウジウジ悩んでいると、いつものノックの音と共にリーラが戻ってきた。
あれ?いつものおやつなら銀の盆に乗せて運んでくるのに、今日は食事の時に使うカートで持ってきたぞ?
「リーラ、そんなに持ってきても、あんまり食欲が無いよ……」
リーラの事だから、美味しいものを食べて元気を出して欲しい。って考えてるんだと思った。
体を起こしてカートの方向を見てみれば、リーラはキョトンとした顔で小首を傾げている。
「あれ?アーサー様、エリカちゃんを探しに行かないんですか?」
はい、今度は俺がキョトンとする番でした。
フキンをどけたトレーの上には、地図やさっき父様の執務室で取り上げられていた、短剣が乗っています。
それに、いつもより多いおやつと、簡単な軽食が二食分……
それを見た俺は、なんだか一人で悩んでいたのがバカらしくなって、クツクツ笑いがこみ上げてきました。
いやはや、リーラにはお見通しだったようです。
「たぶん、エリカちゃんが一番待っているのはアーサー様だと思いますよ?」
このメイド、しれっと無断外出を促していますが、大丈夫なんでしょうか?
「一番は、やっぱりお父さんじゃないかな?」
苦笑しながらも椅子に腰掛けて、リーラが持ってきてくれたおやつを口に運びます。
「いいえ、私にはわかりますよ。エリカちゃんが待ってるのはアーサー様です。
だって、私と同じニオイがしますもの……」
「ニオイって……なんだよ」
「あら?年頃の乙女に、そんな事まで言わせるつもりですか?」
おいおい、三歳の女の子に対抗意識燃やしてるのか?このメイドは。
なんだか手際と意識のギャップが、異常に激しいっす!
そこまで聞いた俺は、ついに堪え切れなくなって吹き出してしましました。
「うん、わかった。またリーラには迷惑をかけるかもしれないけど、後のことは頼むね」
「はい、迷惑だなんて。今更ですわ……」
うん、そうだよねー。あっ、リーラがなにか遠い目してますよ。
帰ってきたら何かお菓子でもごちそうするとしましょう。
そうと決まれば時間がありません。
とっとと計画を立てて、早々に出発するとしましょう。
おやつをあっという間に平らげて、お茶をすすりながら、この周辺の地図を眺めます。
父様の話によれば、エリカはウチに来たいと言って店の人にせがんだらしい。
その話を信じれば、エリカは一人でウチに向かおうとした可能性が高い。
幸いにしてセルウィン領では、奴隷目的の人さらいや身代金目当ての誘拐は、ここ数年発生していません。
ダリルさんが騎士団長に就任してから、鬼のように犯罪者をひっ捕らえたらしいです。
あの強さなら、納得ですね。
丘の上にある領主館は街の中からも見えるので、行こうと思えば初めての人でも大抵たどり着けます。
俺は地図に指をはわせて、ウォーターズ商会の場所から、領主館まで道をなぞっていきました。
これまで歩いた情景を『記憶の泉』で思い出しながら、指を進めます。
ふと、途中の一点で俺の指が止まります。この分岐点、領主館への看板が出ていますがエリカに読めるか?
さっきの情景を記憶の泉で思い出すと、草木が生い茂って看板が隠れてしまっています。
ここを曲がってしまったとすれば……?
この道は以前、俺がゴブリン退治に出た道に通じています。
俺は窓の外を見て太陽の沈み具合を確かめました。急がないと日が暮れてしまいますね。
「リーラ、僕はこの道から西の街道に向かって探してくる」
そう言って道の分岐の話と自分の推察を伝えました。
「日暮れまでには帰ってくると思うけど、何かあったら合図の魔法を上げるから父様に報せてもらえる?」
「わかりました。こちらは上手くごまかしておきますので、アーサー様もお気をつけて」
リーラが一礼してくれたのを見て、俺は大きく頷いてから手早く装備を身につけます。
さて、ここからは時間との勝負ですね。
俺は素早く館を抜けだすと、練習場までダッシュで駆け抜けてから、例の柵に向かいました。
ぶっつけ本番になるけど、警報の魔法については一応、対策を考えてあります。
柵にたどり着くと俺は、無属性の魔法を使って、柵に流れている魔力へ干渉して、少しずつループを作っていきます。
某国民的 青ダヌキの、通り抜け○ープみたいに魔力の流れに逆らわず、通り抜けられる円形の隙間を作るのです。
よし、上手く行ったようです!
その隙間をくぐり抜けてから、俺は魔力強化を発動して身体能力を強化します。
走り出した俺は、世界新が出せそうな速度で草原と田舎道を駆け抜けていきます。
エリカ…… 無事でいてくれよ!
田舎道に到達してからは、時々止まりながら周囲の気配を探索しつつ、エリカを探していきます。
平行して足あとが残っている場所があれば、エリカらしいちいさな足跡がないかを見ていきますが、それらしき痕跡は見当たりません。
もしかして、自分は見当はずれな方向を探しているんじゃないかと、不安になります。
ですが西の街道までは確認するんだと、意思を強く持って不安を押し殺しながら進んでいきました。
そしていつしか、西の街道までたどり着いてしまいました。
ちょうどT字路になっている街道のどちらに進むべきか?何か手がかりがないかと、アチコチ見回しながら叫びます。
「エリカーーーッ!!」
誰もいない街道に虚しくこだまが響いて、やがて消えていきました。
言霊って、あるんですかね? それとも何か魔法的な力でも働いたんでしょうか?
偶然、視界に入った街道の先に、色鮮やかな『何か』が落ちているのに気づきました。
そっちの方向へ走って行って、その物体を確かめてみると、それは紛れも無くエリカの髪に結ばれていた赤いリボンでした。




