16.騎士団の稽古で揉まれました
自分づきのメイドに、おやつを脅迫された3才児、アーサー君です。
育ち盛りに、おやつ抜きはキツイっす。
今日はいつもより早く起こされました。
ようやく日が昇った所ですね。普段は、もうすこし日が高くなってから起こされるんですが。
さっそく今日から、騎士団の稽古に参加させてもらうそうです。
洗面を済ませてリビングに向かうと父様も起きていて、すぐに騎士団の詰所に向かう事になりました。
そう言えば親子でお出かけとか、初めてですね。
一緒に歩くとやっぱり体格と歩幅の差で、置いて行かれそうになります。
そんなわけでちょっと小走りで父様へついていきます。
正門を出てホント目と鼻の先にある詰所に到着すると、中からは活発な掛け声や木剣の打ち合う音が聞こえてきます。
ああ、なんだか懐かしい感じがしますね。ジジイの道場も夕方はこんな感じの熱気でしたよ。
そんな熱気ある中に父様が入ると、皆が一斉に手を止めてこちらに向かって一礼してきます。
「皆、手を止めるな。そのまま続けろ!」
その声で騎士団の面々は各々稽古に戻っていきます。
そんな中で父様は、まっすぐに一人の男の所へ歩いていきました。
その人は太っい木刀を上半身裸でブンブン振っていますよ。
ちょっと初老が入ったおっちゃんで、体格は父様よりもやや細身ですが、パッと見て筋肉の密度がすごいです。
マッチョって言うより、みっちり肉が詰まってるって表現がぴったりきますね。
「おおチェスター様、早速おいでですか!」
その人は何度か館で見かけたことのある、騎士団長のダリルさんでした。
「ああ、すまんが、息子をよろしく頼む」
父様は俺の頭にポンと手を置いてそう言いました。
「おお、アーサー様、大きくなられましたな」
ニカッと笑いながら俺に笑いかけてくれたダリルさんは、ドスンと音をさせて木剣を置くと俺を見てから、再び父様に視線を向けます。
「それで、本当にいいのですか?」
あっれ~? なにか、嫌~な予感がヒシヒシとするんですが……
「ああ、俺が鍛えては肉親の情が出てしまう。それでは、アーサーのためにならない」
すこし苦しげにそう言った父様は、俺の背中を押して前に出るようにする。
「今日から、よろしくお願いします」
そう言って頭を下げた俺に、少し関心したようにダリルさんは目を細めた。
「俺は、チェスター様のように甘くはないからな?」
そう言ったダリルさんは、後ろに引っ込むと短いサイズの木刀を持って再び戻ってきた。
「これを使え。本来は短剣使いのヤツが使う木剣だが、お前にはちょうどいいだろう」
俺は木剣を受け取ると、何度か握り具合とバランスを確かめた。
まあ、ちょっと長いけどバランスは悪く無いですね。
「それじゃ、よろしく頼む」
そう言って父様は一度だけ俺の頭に手を置いて撫でてから、館に引き返していきます。
あれ?父様も参加するんじゃないの?
初日から、ガチムチの騎士団の男達の中でぼっちですか?何か危険を感じるんですが。主に貞操的に……
「ああ、任せてくれ。しっかり鍛えてやる」
なんでしょう、ダリルさん。ジジイと同じニオイがします。
って、いつの間にか領主様にタメ口っすよ!
「さてと、それじゃまずは、お前さんの実力を見せてもらおうか?
話には聞いているが、実際に見てみなくてはな」
そう言ったダリルさんは、先程のぶっとい木剣ではなく、普通サイズの木剣を取り出すと、俺に切っ先を向けてきました。
あっれ~?昨日からどうも、戦ってばかりの気がします。この物語はいつから、バトル物になったんでしょうか?
冗談言っても、避けられそうにない雰囲気なので、少し離れてから俺は一礼して木剣を構えました。
昨日のように奇策や作戦があるわけではないので、今日は普通に正眼に構えます。
それを見たダリルさんが少し驚いてから、ニヤリと口の端を釣り上げました。
ああ、間違いありません。この人、ジジイと同類や。
まあ、怖がっていても始まりませんので、ススッと踏み込んだ俺は、互いの剣先が触れ合う寸前まで動き、そこからまっすぐに飛び込みます。
ただし自分の切っ先を、相手の剣へわずかに触れさせ、反動で相手の剣が戻ってきた所へ自分の剣を乗せ、すべらせるようにして跳び込むのです。
狙いは相手の指から、ヒジにかけてのあたりですね。
身長的にあまり上は届かないので、剣を握る手の甲をめがけて切っ先を動かしていきます。
先の先を制する動きの中では、前世では俺の得意技でした。
技を受けると判るんですが、来るのが分かっているのに、反応が間に合わないんですよ、この技。
しかし、ダリルさんは慌てずに剣を横に寝かせて、ガード(鍔)の部分で俺の剣を受け止めました。
俺がジジイから学んだ剣術は、古流剣術に近いんです。
相手の動きを止めてから、本命の攻撃や組討を繰り出すのがパターン的には多いんですよね。
最初の攻撃を止められて、驚きはしましたが慌てずに、そのまま木剣から力を抜いて剣を引きます。
そこから上に突き上げるようにして、首筋に向けて突きを繰り出すと、ちょっと驚いたように、ダリルさんが上体を反らしました。
これが誘い、相手の体勢が崩れたら、そこからが本当の斬撃。
上に上げた剣をもう一度振り落とし、相手の太ももを深く切りつけます。
ホントは密着状態から首を狙ったり、胴を薙ぐんだけどね。ほら、身長差がね。
稽古ということで、魔力強化を使っていなかったのかもしれません。
確かな手応えを手に残して、俺はダリルさんの背後に駆け抜けると、振り返って残心を取ります。
油断、ヨクナイ!
昨日のゴブリン戦で、学びましたからね。アーサー君は同じ過ちを繰り返しませんよ!
って、あれ? ダリルさんがなにか振り返って、構えを解いてますね。
これは終わりって事で、いいんでしょうか?
「ぶわっ、はっはっはっ!!!」
なんっすか!このオッサン、急に笑い出しましたよ。
「いやはや、話を聞くだけでは信じられなかったが、こうして目にしてみれば、本当に面白い!」
なんだか一人で愉快そうに笑ってらっしゃいますが、えーっと、俺どうすればいいの?
気づけば周りにギャラリーが集まって、騎士団の面々が俺とダリルさんを取り囲んでるんですが……?
あっ、今気づいた!父様もその輪の中に紛れて、こっち見てるじゃん!
「気に入ったぞ、小僧。いや、アーサー!今日から俺が徹底的にシゴイてやるから、たっぷり楽しめ!」
「はっ、はい!」
何か、本能で悟りました。この人は、『ハイ』か『イエス』でしか答えちゃいけない人だ。
「お前はどこかで剣を見たり、学んだりしたのか?」
「いいえ、体の動くままに剣を振っています!」
それを聞いたダリルさんは、一層楽しそうに笑い出します。
「お前の剣筋と、腕前はよくわかった!アーサーは型にはめるよりも、その動きを伸ばした方がいい。稽古は実戦中心でやるぞ!」
あー! どうやら俺は、ダリルさんの変なスイッチを、ポチっちゃったみたいです。
質問された時はビビリましたが、前もって考えていた言い訳で、何とか通用しました。
「おい!お前ら!今のアーサーの動きはしっかり見ていたな?
これからは年齢に関係なく、アーサーも模擬戦に混ぜる。
負けた奴は、俺が直々に可愛がってやるから、覚悟しろ!」
その言葉を聞いた騎士団の面々は、驚きや悲鳴などなど、いろんな声を上げています。
とりあえずは、ハブられて練習場の隅っこで剣を振らなくていいらしいので、一安心ですね。
ただ、問題がひとつ……
ダリルさん、全然本気出してませんよね?むしろ、わざと俺の一撃を受けましたよね?
「よし、アーサー! もう一本だ! 今度は手加減なしでやるからな!」
あぁ…… やっぱりね。
はい、開始3秒でボコボコにされました……
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朝の稽古が終わり、案の定ボロボロになった俺は、ヒーコラいいながら屋敷まで帰り着きました。
帰り道でこっそり、回復魔法をかけたのは言うまでもありません。
そうして館に帰り着くと、リーラがお湯で絞った手ぬぐいと、着替えを用意して待っていてくれました。
うん、このメイド。最近は若干キャラ崩壊気味だったけど、本来は仕事をキッチリこなす、凄いメイドなんですよ。
シャツのボタン留める時、うしろから覆いかぶさるようにして顔を密着させて、後ろから柔らかい凶器を押し当ててくるくらい有能な……
ゲフンゲフン、なんでもありません。
着替えが終わって、いつもより多めに朝食を平らげたら、何故だか予定がぽっかり空いてしまいました。
なんだか、近くの村でモンスターが湧いたらしく、騎士団と村の自警団で撃退できたらしいのですが、けが人が出たと。
そんで、今日は俺に魔法を教えるんだ! って張り切っていたディアナ母様が、そちらにドナドナされたらしいです。
いや~正直良かった。
考えてみれば、昨日から3才児のくせに働き過ぎなんですよね。アーサー君。
エリーナさんの手習いも、騎士団の稽古と魔法の勉強でうやむやになってますから、たまには引きこもってまったりしても、バチは当たらないですよね?
書庫から本でも引っ張り出してきて、夕方までゆっくりするとしましょう。
そう思って朝食を平らげた後、書庫経由で部屋に戻ると、程なくしてリーラでもない、か弱いノックの音が聞こえてきました。
「はーい、どうぞ」
俺は本から目も上げずに生返事をして相手を部屋に招き入れると、区切りのいいところまで本を読んでから、やっと顔を上げました。
おおぅ、妖精さん再び!
気づくと、ベッドで本を読んでいた俺の目の前に、エリカの顔がどアップで飛び込んできました。
「うわ!びっくりした! ああ、エリカちゃん。こんにちは」
「……こんにちは」
エリカはどうも俺の読んでいた本に興味があるらしく、その中身に一生懸命目を向けますが、残念ながらまだ読めないようです。
「アーサー君の読んでる本、なに?」
ちょっと拗ねたように、口を尖らせて聞くエリカちゃん、マジ可愛いっす。
「うーん、これはセルウィン領で、昔に起きた事を書いてある本だよ」
はい、そこは本当です。今読んでいるのは、その名も『セルウィン家史』ですよ。
「難しくない?エリカ読めないよ?」
「大丈夫だよ、なら僕が字を教えてあげるね」
「うん!」
おや、エリカちゃんはどういう訳か、すごく勉強熱心ですね。これは将来が楽しみです。
よし、不肖アーサー君、先生役として頑張っちゃいますよ~
こうして夕方までエリカと一緒に、昼過ぎまでゆっくり勉強を教えて、なんだかとっても癒やされた気分です。
殺伐とした日常に訪れた、一時の潤いって感じですかね?
たまにはこんな時間もいいもんです。
「くぎぎっ、アーサー様はワタサナイ……」
お茶を持ってやって来たリーラが、笑顔のままで何か腹話術的に、口以外の場所から、変な副音声を発しています。
おい、リーラ。さっき褒めただろう!3才児に嫉妬してどうするよ。
はい、リーラのオチ担当は、どうにも覆りそうにありません。




