15.カミングアウトしました
はい、シリアスをサクッと崩壊させる特殊能力を身につけている、アーサー君です。
「何なの!あの魔法は!自分で考えて創りだしたの!?」
カクカク人形のごとく、ママンに揺さぶられています。
揺さぶられっ子症候群とか、この世界では認知されてないんでしょうね。
ああ、アレって生後半年くらいまででしたっけ?
「母様、とりあえず、落ち……着いて!」
舌噛みそうになりながら、なんとかディアナ母様を落ち着かせると、魔法を発現した経緯を聞かせた。
すると驚いた様子だったけど、何とか納得してくれたみたいだ。
「それにしても、書庫にあった『あの』魔法書で魔法を発現させるなんて、驚いたわ」
えっ?それどういうこと?
……はい、なんだかとっても悲しい気分です。
俺が参考にしていた『サルでも分かる魔法入門』は、なんでも父様は少年時代に物覚え悪く、基礎の前に知識を付けさせる目的で、最も優しい本を取り寄せたみたいです。
つまりは、入門書の前段階に位置する本、ってことらしいですわ……
あっ、俺が視線を向けるとあからさまに視線そらしやがったぞ、この親父!
ディアナ母様の話では、魔法書のたぐいは危険な物もあるので、だいたい母様の部屋で一括管理されているそうです。
そりゃ書庫で見かけないはずだわな。
「明日から私が直接、基礎の魔法を教えるわ。土台もできてないのに属性魔法使いこなすとか、いびつ過ぎる」
その意見に、父様も大きく頷いています。
あんた、厳しい顔で同意してますけど、今貴方の尊厳って底値スレスレっすからね。
「それで、お前は屋敷を抜けだして、外で魔法を練習していたのか?」
そう言えばリーラの疑いを晴らすのと、魔法のカミングアウトで外出の内容言うのすっかり忘れてたわ。
「実は……」
俺はもう一度ぶたれるのを覚悟して、ポケットからゴブリンの魔石を取り出した。
「なっ……! 魔石だと!?」
父様は俺が取ってきた魔石を受け取ると、それを見て驚愕に顔を染めた。
いや、魔石って言ってもゴブリンのですから。そんな驚くことじゃないでしょ。3才児が言う事でもないけど。
「お前は、魔法だけで魔物を倒して来たというのか?」
「いえ、殆どは剣で倒しました」
「なんだと!」
今度は父様が大いに驚いておりますよ。
俺は何も言わずに腰からナタを抜いて、父様に手渡す。やっぱりきちんとした武器じゃないと、刃こぼれとか酷いです。
血糊は拭いましたが、まだ脂などが拭いきれていません。見る人が見れば判るでしょう。
ナタを受け取った父様は、その刃を見て目を見開いております。
「……アーサー、ちょっとこちらに来なさい」
魔石を母様に預けた父様が、俺の肩に手を置いて庭の方へ連れて行きます。
庭の先に出た父様は、俺にナタを返すと数歩離れてから、振り返って言いました。
「アーサー、かかってきなさい」
厳しい表情でそう言った父様は、自然体で立ったまま俺に向けて言い放ちます。
なるほど、腕試しって事ですか。そりゃ3才児が剣で魔物倒してきましたわー!って、言っても信じてもらえないわな、そりゃ。
とは言え、肉親に刃物向けるのは気がひけるので、一応聞いてみます。
「このナタで、立ち会ってもいいのですか?」
「無論だ、その程度の刃物なら傷もつかんから、安心してかかってきなさい。なんなら魔法を使ってもいい」
だそうです。んなら遠慮はいらない……かな?
本人の許可が出ましたので、俺はナタを持ちなおすと下段に構えます。
ステータス見てるんで俺よりも強いのは判ってますから、どう攻めるかを考えてます。
問題はリーチと身長差なんですよね。それじゃあ、考えてた奥の手でも使いましょうかね。
ジリジリと間合いを詰めていった俺は、一足の間合いまで近づいてから、相変わらず自然体で立っている父様に向けて飛び込んだ。
その速度に少し驚いた様子の父様は、避けることもせず相変わらず自然体のまま佇んでいる。
俺は重心を低く保ったまますくい上げるようにして、父様のヒザの腱を狙いナタを振るう。
コース、タイミングともに最適な一撃だったんですが、驚きの事態が発生しました。
何か硬質のガラスでも叩いたみたいに、ナタの刃が父様のヒザですべり服にすら傷がつかないのですよ。
なにそれずるい!
足がダメなら続けて攻撃するだけです。もともと足への一撃は相手の体勢を崩す意味合いが強いので、俺は既に次のモーションに入っています。
低い体勢のまま左手を地面にかざし、魔力を発動させます。
飛び上がるのを補助するように風魔法を地面に叩きつけて、足りないジャンプ力を補うのです。
覚えてる人いるかな?赤ん坊の頃に風魔法で俺が移動してたのを?それの応用ですね。
父様と目線が合うぐらいの高さまで跳躍した俺は、父様の驚く顔を見ながらも体のバネを効かせて切りつけます。
「ちっ!」
驚いた父様は咄嗟に右腕で首筋をかばい、ナタの刃は太い腕に阻まれてしまいました。
ここでも何か硬いものに阻まれて、ナタの刃と腕が拮抗しています。
ギリギリと押し合っていた腕とナタですが、やがて重力に負けて俺の体が落下していきました。
刃が滑るのと同時に、ゴブリンとの戦いで限界が来ていたのか、ナタがバキンと折れてしまったんです!
父様の腕、どんだけ頑丈なんだよ!
でもまだあきらめませんよ。俺にはまだ武器があります。
ナタの柄を手放した俺は、即座に無属性で棒を作り出します。
着地した俺は、父様に向けて突きを繰り出します。ここで引いたら多分次はありませんからね。
相手が驚いているうちに畳み掛けなければ、強者相手には通用しません。
伊達にジジイと毎日、死闘を繰り広げていた訳じゃありませんからね。
「えっ、アーサー!ちょっと待て!」
何か父様が驚いてますが、既に動作に入っている俺の動きは止まりません。
あっ、棒の先端が向いている先は……
……ちーん
ゴメン、父様。身長差の事忘れてたよ。
まさか棒で玉を突くビリヤード状態になるなんて……
うん、男として心から同情と謝罪を。
「大丈夫ですか……? 父様」
「だっ、だいじょう……ぶ。だ!」
なんかめっちゃやせ我慢している気がしますが、その痛みはよく分かるので、敢えて何もいいません。
回復魔法かけてもいいんだけど、いくら父親とはいえ、ねえ?
「母様、父様に回復魔法をお願いできますか?」
「えっ、ええ、わかった……わ」
父子の初対戦は、こうして苦い結末に終わったのでした。
弟とか妹の生産に、支障とか出ないよね?大丈夫だよね?
再び、リビングルームに場所を移しまして、俺の今後の事について再び話し合いが持たれることになりました。
ああ、その前に使用人達の部屋がある区画に寄って無事リーラの謹慎を解いておきましたよ。
いや、ベッドの上で体育座りしながらブツブツ言ってるリーラさん、マジ怖かったっす。
俺を見た途端、涙と鼻水たらしながら抱きついてきたので、頭なでてあげましたが、若干引き気味でした。
それで、エリーナさんにお茶を淹れてもらい、再びお話し合いになったのですが、両親はひどく真剣な顔でこちらに視線を向けてきました。
「結論から言おう。アーサーお前は明日から、母さんから魔法の授業、騎士団で剣の稽古を受けなさい」
ソファに座って腕を組んだままそう言いた父様は、少し嬉しそうなそれでいてどこか寂しそうな、複雑な表情を浮かべていましたね。
そりゃあねぇ、こないだまでハイハイしてたと思ってた我が子が、いきなり魔物討伐してきましたって言ったらそうなるわな。
「あなたの魔法はとても珍しいし、強いものだけど基礎が出来ていないと、とても危険なのよ」
俺の隣りに座る母様が、優しげにそう語りかけてきます。
まあ、武術に関しては前世から下地があるけど、魔法については完全独学だからなぁ。
「朝晩の騎士団の稽古に参加できるよう、団長に話をつけておく。母さんの授業は、仕事の合間を縫ってだな」
母様は、回復魔法と魔法の腕を見込まれて、色々と忙しく仕事をしてるんですよ。
魔法使いの発掘と育成になる幼年魔法学校の校長や騎士団の魔法使いへの指導、回復魔法での重病人の手当などなど。
結構、引っ張りだこですね。
「わかりました」
俺は素直に頷いておきます。どのみち独学と単独の練習だと、できることは限られるからね。
おいおいカミングアウトしてこういう方向に持って行こうと思ってたんだけど、こんなに前倒しになるとは思っても見ませんでしたけど。
とりあえずは、そこまで言って父様は「仕事に戻る」と言って、執務室に向かいました。
溜まっていた仕事をほっぽり出して、俺の捜索を指揮していたそうで、いやはや頭が上がりません。
すると、隣に座っていた母様が俺の手を握って、優しく言葉をかけてくれます。
「騎士団の稽古なんて、本当はやらせたくないけど父様は言い出したら聞かないから。辛かったら、いつでも私に言うのよ」
その言葉に俺は何も言わずに頷きましたが、何か母様のキラキラした目を見ると魔法使いにしようという魂胆が見えるような……
その後はお茶を飲みながら、簡単に魔法の基礎について母様から教わりました。
それを聞いた俺は、どれだけ規格外の事をしたのかと、ちょっと遠い目をしてしまいましたよ、ええ。
まず無属性魔法の使い方が、根本的に間違ってました。
無属性魔法はまず肉体の強化やブーストなどに使用されるもので、俺みたいな使い方は聞いた事も見たこともないそうです。
俺の一撃を防いだ父様の足とか腕も、魔力強化によって防いでいたそうで、この世界ではそれが常識だということ。
もうひとつ言えば、魔力強化を覚えた人ならゴブリン程度は問題にならないそうですが、生身の人間だと大人数で戦わないと危ないらしいです。
はい、やっちゃいましたね。
ひととおり話が終わって、リーラとともに夕食前のお風呂にやって来た時、何かリーラと距離を感じます。
「リーラ、怒ってる?」
「いいえ」
うわ~、かぶせ気味に否定してきたよ、このメイド。
「どうしたら、機嫌直してくれる?」
ちょっと気まずいままお風呂を終えて、着替えている途中に聞いてみましたが、リーラは答えてくれません。
「約束は、守るからね……」
ちょっと卑怯な気もしますが、このままギスギスした状態で過ごすのは嫌なので、小さな声でそうつぶやきました。
「仕方ありませんね……」
少しだけ、小さくため息を吐いたリーラは次の瞬間には優しく微笑みながら俺の手を握ってくれました。
うん、やっぱりリーラはこうでなくっちゃな。
「明日のおやつアーサー様の分を全て譲ってくれますか?」
……前言撤回、このメイド転んでもただでは起きないらしい。
はい、要求を飲みましょう。そのくらい安いもんです。




