102.幼なじみがヤンデレ化しました!
王都での生活初日が始まったのですが、どうやらイベントフラグ満載のようです。
うーんと、朝の気配を感じてゆっくりと目を開けましたら、何やら人の顔が目の前に飛び込んできます。
少しぼんやりする意識を集中させて目の焦点をあわせてみて、いきなりびっくりデスよ!
到着の報せも送ってないんですが、いつのまにやらエリカが我が家にやって来まして、当然のように俺のベッドに横になっています。
アーサー君は思春期に片足突っ込んでる年齢ですから、最近はなるべく同じベッドで寝ることを避けてきたんですよ。
それが、ねぇ……
いつ潜り込んだのか、俺のベッドで俺の顔を覗き込みながら天使の笑顔を浮かべています。
あれ?これなんてデジャブ?
いやいや、そんなことを言っている場合じゃないです。
いつもはヒュンヒュンしていることの多いアーサー君の息子ですが、寝起きってこともあって自己主張しちゃいますから!
ここでまかり間違ってエリカに手を出してしまえば、『チキチキ王都で命がけの鬼ごっこ~鬼はロイドさんだよ』が、何の前触れもなく開始されてしまいます。
とは言え、元々の素材が良かったのか最近ますます美人になってきたエリカの容姿と、少し甘酸っぱいような香りに、心の天秤がグラリと揺れそうになってしまいますね。
「おはよう、エリカ。確か、まだ王都の商会には到着したって報せてなかったと思うんだけど、どうしてここにいるのかな?」
俺のお問いかけに少し不思議そうな顔をしながら、エリカはさも当然そうに答えてくれました。
「うん、おはようアーサー。どうしてって、アーサーの気配がしたから、到着したんだなって、判ったんだよ?」
いやいやいや!それおかしいから!
俺ですら、魔法を併用してようやく2~3キロの範囲を探知できるけど、我が家から商会までどれだけ離れてると思ってるんですか!
5キロ以上離れてるんですよ!
「うーん、とりあえずそれは置いといて、そろそろ俺達も成長してきたから、あんまり同じベッドに居るとあらぬ誤解を受けちゃうよ」
俺がそう言ってやんわりたしなめると、エリカが少し悲しそうな顔をして目にじわっと涙を浮かべました。
「だって、最近そう言ってずっとエリカのこと避けてたよね?ずっと寂しかったんだから……」
うぐっ、そう言われると言葉に窮してしまいますが、絞める所はシメないといけません。
スキャンダルや悪いうわさは、秒速で王宮まで伝わってしまいますからね。
そうなれば今度は、ミレイア様の命を受けた騎士団と、チキチキ……が始まってしまいます。
っというか、幼なじみとお姫様が俺に好意を寄せてくれているのに、どちらにもおいそれと手を出せないんですよ。
なろうと思えば猿にも狼にもなれる年齢なのに、おあずけですからね。正直つらいっす。
「ごめんね。エリカのこと嫌いになったんじゃないよ。でも、今は悪い噂で家を傾ける訳にはいかないんだ」
俺はそう言って微笑みながらエリカの頭を撫でてやります。
ええ、鋼の意思を総動員して、心の中の悪魔を羽交い締めにしてですね。
誰か、『ミスリルの意思』とか『オリハルコンの意思』なんて売ってるトコ知らないですかね?少しくらい高くても買うよ?
気を取り直して上体を起こすと、エリカは朝早くウチに来たのでしょう。寝間着ではなく普段着でした。
俺はエリカに一緒に朝食を食べようと言って、リーラを手伝ってほしいと伝えます。
残念ながら今の所、我が家の人手は少ないのでリーラが家事全般を取り仕切っています。
なので着替えや洗面といった朝の支度は、俺の方から断ってあります。
っていうかね。胸部装甲が着替えのたびに背中へ押し付けられるとねぇ……
朝の生理現象を持て余すこと必定な訳ですよ。
っというか、リーラもアレ絶対ワザとやってるよな!
はぁ…… なんでしょうね?この誘惑の多い人生。
しかも、誘惑に負けたら死亡フラグとか、いい加減にして欲しいです。
使用人だから大丈夫だろうなんてリーラに手を出した場合、間違いなくエリカとミレイア様にバレて追いかけられますね。
場合によっては『娘を泣かせた罪は重い』とか言いながら、ロイドさんがそれに加わり、リーラ経由でバレた場合、笑顔で母様が王都に降臨するでしょう。
そうなったら、正直逃げきれる自信がありませんね。
一人になった部屋で、大きく深呼吸をしてから素数を数えます。
えっ?素数を数える理由? 言わせんな恥ずかしい!
とりあえずなんとか落ち着いた俺は、身支度を整えてから食堂に向かいます。
食堂に入れば、エリカとリーラが笑顔で迎えてくれました。
うん、素数、素数……
「アーサー様、おはようございます」
「おはようリーラ。今日はアチコチ挨拶で顔を出してくるよ」
席につきながらそう言った俺に、リーラはこっくりと頷いてからゆっくりと微笑み、そのまま無言です。
その瞳には、あからさまに文字が書いてありまして、『おみやげよろしく』と読めますね。
俺は苦笑しながら頷いて、目の前の朝食に意識を向けました。
今日はサラダとハムエッグ、それに焼きたてのパンですね。
エリカが紅茶を淹れてくれまして、礼を言ってそれを受け取った俺は、ふとテーブルの上に視線を向けました。
この場にいるのは俺とエリカとリーラ。つまり3人分で良いはずなんですが、なぜか4人分の朝食が準備されています。
「一人分、余計に朝食の準備がされているけど、だれか来客があったっけ?」
俺の問いかけに、『ああ……』という顔を浮かべたリーラが、口を開きます。
「それはエリカちゃんから……」
リーラがそこまで言うと、不意にカツカツと足音が鳴りまして、ガチャリと食堂のドアが開きます。
……うん、血相変えて肩で息をしたロイドさんが俺とエリカを交互に眺めて、固まっています。
いや、そこで固まられても困るんですが……?
「……クソッ、俺は認めん。同棲など断じて……!」
ロイドさんが、小声でつぶやく内容が耳に入ったんですが、あらぬ誤解を受けている気がします。
とりあえず入口で突っ立っていられても邪魔ですので、声をかけましょうか。
「ロイドさん、とりあえず用件はだいたい察しがつくんですが、とりあえずは座りませんか?」
俺がそう言ったら、ロイドさんはブツブツと何かを呟きながらも、空いている席に腰掛けました。
ですが、エリカが淹れた紅茶を差し出されると、とたんに表情を切り替えて嬉しそうにカップを見つめています。
うーん、ロイドさんの溺愛っぷりは見ていて清々しいですね。あの強烈な殺意が自分に向かなければね。
「そう言えば、エリカが王都に出て来るって珍しいよね?」
俺は移住してきてから、あまりセルウィン領から移動する事がなかったエリカが、王都に来ている状況に、ようやく思い至り、尋ねてみました。
もしかして、押し掛け女房をするつもりで王都に来た?
いや、最近の若干重めなエリカの感情を目の当たりにすると、考えられなくもない……かな?
っていうか、ロイドさんの言動を見ればその娘であるエリカの行動にも、一抹の不安が……
「えっ?普通に入学試験を受けるんだけど、もしかしてアーサーったら忘れちゃったの?」
そう言われれば聞いたような気がしないでもないんですが、聞いてないような……
俺は胸の前でフォークを握りしめながらウルウルしているエリカを横目に、記憶の泉で過去記憶を引っ張り出します。
……うん、過去半年分のエリカとの会話で、そんな話はでとらんぞ!?
「いや、記憶力には自信があるんだけど、エリカから入学試験を受けるって話は聞いてなかったと思うよ?」
俺がそう切り返すと、エリカはクルッと後ろを向いてしまいます。
あれ?気のせいでしょうか?
何か今小さく舌打ちが聞こえたような気がするのですが……?
「あれ~?おっかしいなぁ?エリカの気のせいだったかなぁ?」
一周回って、こちらに向き直った時には、先ほどと変わらぬ笑顔を向けながら、そんな感じではぐらかしてきましたよ。
「いや、アーサー君をビックリさせたいから、試験までは内緒にって……どわっ!」
何か口を開きかけたロイドさんの目の前に、いつ投擲されたのか、フォークが突き刺さっております。
いや、一瞬エリカの方からロイドさんを凌ぐくらいの殺気が感じられたんですが、これって気のせいじゃない……ですよね?
目の錯覚でしょうか?エリカによく似た般若が見えたんですが、まだ旅の疲れがぬけてないのかなぁ?
「そっか!エリカの実力なら間違いなく合格できるね!」
「うん! そしたらアーサーと一緒に登校して、いっぱい勉強したいな!」
「そうだね!エリカとの一緒ならきっと楽しいだろうなー!」
なぜか一瞬、ヒュンとした下半身に引っ張られながら、俺はやや棒読み気味にそう答えました。
ぶっちゃけてしまえば母様から魔法の英才教育を受けてますからね。
ですので、ウチから推薦状のひとつでも書けば、間違いなく学園をすっ飛ばして仕官も叶うぐらいの実力ですからね。エリカってば。
そんな俺の言葉にロイドさんが何か言いたげな表情を浮かべますが、エリカに笑顔を向けられて、紅茶と一緒に言葉も飲み下したようですね。
うん、俺もサラダと一緒にツッコミの言葉を飲み込みましたから、よくわかります。
なんとなく、視線を交わしたロイドさんと、少しだけ解り合えた気がします。はい。
連続更新は今日だけなんだからね!




