99.出発の挨拶 下
どうしてウチの領は、こうも人外が沢山いるんでしょうね?
そんな人外の代表的な人と、絶賛対峙中のアーサー君です。
俺とダリルさんは微動だにせず、ですが数手先を読み合い駆け引きを繰り広げます。
おそらくは相当の腕がなければ、この戦いの状況は見えないでしょうね。
傍目にはただ動かずに、睨み合っているだけに見えるでしょう。
ですが相手の先手や『起こり』を、互いの意識の中で制し合っているのです。
数分にも及ぶ、精神がガリガリと削られる対峙の後、状況は予期せぬ形で動きました。
ピピッと、鳴いた鳥が羽ばたき俺達の頭上を通り過ぎて行きました。
そしてフワリと舞い降りた一筋の羽毛が、俺とダリルさんの間に舞い落ちます。
俺もダリルさんも、いまさら羽が降ってきたところで集中を乱すような、ヤワな精神はしていません。
しかし、羽が刹那の瞬間、俺の視界に入ったダリルさんと重なり、そこで両者が初めて動きました!
互いに地を蹴り、掻き消えるように距離を詰めた俺達は、最初で最後の初撃を放ちます。
俺は突進してくるダリルさんの未来位置に向けて抜刀し逆袈裟に切り上げます。
それに対してダリルさんは同じように、右手に持ったロングソードを無造作に振り上げてきます。
ですが一見すれば無造作に見えるその剣閃は、的確に俺の首筋を狙っています。
逆にこちらの軌道は、このままだとダリルさんのロングソードに阻まれてしまいます。
このまま当たれば良くて相討ち、勢いで負ければ体格で劣る俺は、押し込まれてしまうでしょう。
……もっと早く!
鞘走りを始めた小太刀を、決して力まず速度を上げる事だけに意識を集中させました。
脱力、正中、捌き、螺旋、鞘引き、握り、技の全てに注力してダリルさんの剣よりも早く……
飛び込みと同時に最高速で鞘を離れた小太刀は、ロングソードを僅かな差でかいくぐり、ダリルさんの首筋にピタリと押し当てられました。
それに送れること、ほんの一瞬。ダリルさんの剣が、俺の側頭部に届きます。
「……強くなったな、アーサー」
掛け値なしの一言が、ポツリと投げかけられます。
互いに剣を引き、ダリルさんが少し寂しそうに、それでいて楽しそうに俺に笑いかけてきました。
「お前はもう立派に一人前だ。王都でよく学びそして戻ってこい」
そう言ったダリルさんに、俺は深く頭を下げ「ありがとうございました」とお礼を言いました。
間違いなく、俺を強くしてくれたのはダリルさんですからね。
踵を返したダリルさんは、それ以上何も言わずに素振り用の木刀を持ち、ブンブンと豪快な素振りを始めます。
俺は出発準備があったので、その後の光景は又聞きになるのですが俺が屋敷に戻ってからのダリルさんは、いつにも増して嬉しそうに騎士達を吹き飛ばしたとかなんとか……
さて、領主館に戻って事務仕事を終わらせてから、俺は再び外出しました。
できれば挨拶回りは、今日中に済ませてしまいたいと思いまして、あちこち動き回る予定なのですよ。
そんな訳で、まず最初に顔を出したのは例によってエルモさんの所です。
すっかりブランドとして定着したセルウィン領の剣は、今や王国内で知らない者がいないくらいになっています。
その中でもエルモさんの剣は、王国の騎士団長とミレイア様の剣を打った事で名声が鳴り響き、今では押しも押されぬ一流の武器屋に成長しました。
エルモさんの打つ特注剣は、2~3年待ちもザラです。
あのおっさん店主も、王都に店を出したりして、精力的に商売してますね。
最初は、俺のアイディアを小馬鹿にしてたクセに……
まあ、その分俺にも利益が発生しているので、文句はないんですがね。
って言うか、ホントは入学金とか、俺のお小遣いで楽勝だったんですがね!
ですが、親の挟持とか色々ありまして、結局は父様持ちになりました。
いやー!笑いが止まりませんわ!
「おう、アーサー。久しぶりだな!」
俺が顔を出すと、区切りのいいとことで作業の手を止めて、汗を拭いながら笑顔で対応してくれました。
作業場の中は、俺がアルバイトしていた頃とはすっかり様変わりして、伝手を頼って呼び寄せたドワーフが数名と、たくさんの下働きの人達が働いています。
正直言うと、店主のおっさんが大量に押し寄せた注文に対応できず、俺に泣きついてきまして、黄金色の対価を頂いて、生産工程や量産体制について色々と助言したんですけどね。
そうしているうちに、鍛治師ギルドの支部が領内に出来まして、いつの間にかドワーフさん達が領内に移住してきたんですよ。
そこからは、あれよあれよと言う間にブランドが確立して、更に注文が増えるという好循環が生まれましたね。
「こちらこそ、ご無沙汰してます。今日は出立の挨拶に来ました」
俺はそう言って、両手に持った酒をエルモさんに手渡しました。
「そうか、もうそんな時期か。寂しくなるなの……」
エルモさんはそう言いながら、俺とがっちり握手を交わします。
うん、ゴツゴツとした頑丈な手から、じんわりと温もりが伝わってきます。
「手入れや修繕は、王都の店に話を通してある。何か困ったことがあったら、遠慮なくこき使ってやれ!」
エルモさんがそう言ってニヤリと笑い、俺もそれに笑って応えます。
王都の支店には、俺が顔を出した当初のエルモさんの一番弟子さんと、例の土下座店員さんが送り込まれているのですよ。
ええ、むこうで何かあったら、遠慮なくこき使わせて頂きます!
こうしてエルモさんや古参の職人さん達と別れの挨拶を交わし、俺は武器屋を後にしました。
そして、やってきました大森林!
いつものように転移の石柱に触れて、アル中古代竜のねぐらに飛んだ俺は、まっすぐに寝室を目指します。
おや、今日は爆睡中ではなくて普通に起きてますよ。
こりゃ、明日は雨でしょうか?
「おお、アーサーか。今日は稽古の日だったか?」
寝起きなのか?はたまたアルコールが回ってるのか?つい先日説明したはずなのですが、ヴェーラさんはそんなことをのたまいます。
「いやいや、この前ちゃんと説明したじゃないですか。王都の学校に入学やするから、しばらくは来れないって」
俺がそう言うと、思い出したように柏手を打ったヴェーラさんが『ああ!』といった顔を浮かべました。
間違いなくこの駄竜、素で忘れてましたね。
「いま、素で忘れてましたよね?」
「い、いや、そんなことはないのじゃ! ほれ、その証拠に餞別も用意しているのじゃ!」
そう言って懐をゴソゴソと漁ったヴェーラさんは、小さな鈴を取り出します。
懐を探っていれば、自然にワンピースの胸元がはだけまして、チラリどころかモロなんですが……
やめてよね!アーサー君は、多感なお年ごろなんだから!
「ほれ、これを持っていくのじゃ!」
俺はとりあえず胸元から視線を外してその鈴を受け取ると、手のひらでコロコロと転がしました。
一見すれば普通の鈴に見えますが、その材質はおそらくオリハルコンっすね。
それと、その上部に取り付けられたストラップ、いや組紐みたいなこれも、何か特別な素材みたいです。
「これは竜の鈴なのじゃ。その紐はワシの毛で編んである。魔力を込めて鳴らせば、どれだけ離れていてもその音色がワシに届くのじゃ!」
そう言ってドヤ顔をこしらえているヴェーラさんに、いよいよもって明日の天気が気になりますが、指摘するのは怖いです。
なので俺は笑顔でそれを受け取りました。
っていうか、王都にヴェーラさんを呼び出したら、間違いなく王都怪獣大決戦になる気がしますね。
母様が王都に出てくるよりも、壊滅度合いがハンパなさそうなんですが……
俺は滅多なことでは使えないなと思いながら、空間魔法へ丁寧に鈴をしまいました。
「ありがとう、ヴェーラさん。ホントに危なくなったら使わせてもらうよ」
「一人寝が寂しくなったり、ムラムラしたなら遠慮なく呼んでもいいのじゃぞ?」
ズイッと身を寄せてきたヴェーラさんが、ペロリと唇をなめながら上目遣いで、こちらに怪しい視線を向けてきます。
ヤバイです。貞操の危機です。お婿にいけなくなります!
「そろそろ、オスの匂いもそれなりに濃くなってきて、そろそろ食べごろなのじゃ」
いやいや、ボソッとそんなヤバイ独り言を言わんで下さい!
俺は慌ててお礼を言ってから、ダッシュで洞窟を抜け出しましたよ。ええ。
うっさい、ヘタレとか言うな!
( ・`ω・´)<報告書の無限地獄から生還!




