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進学が決まった三年生の冬休みは、好きなことを好きなだけできる。
俊は冬休みにも関わらず高校に通う。
ピアノを弾ける場所は限られており、必要な物や音を出せる場所、ピアノがあるのが高校しかないのだ。
鍵を借りるために職員室に向かったが、先客がいて借りれなかった。
「だれだ?」
別館の最上階である四階へ向かうと、ピアノの音が聞こえた。誰かが弾いている。
弾き終わった頃を見計らって教室に入ると、そこには桜がいた。
「……どうしてここに?」
桜は席を立ち、俊に向かって歩いてきた。
「そもそもどうしてピア…」
「ねぇ、俊」
俊の目の前で桜が立ち止った。彼女の目が彼の目を見る。
「……俊はずるい」
「そうかもな」
俊は笑いながら言った。
「ピアノ……弾いて」
桜が俊にピアノを弾くように言う。
「桜、お前ピアノが嫌いなんじゃなかったのか?」
「そうだよ」
「じゃあ、なぜ……」
「俊のピアノを聞きたいからだよ?」
―なぜ、わざわざ自分が傷つくようなことをするんだ?
俊はピアノに近づいた。
由美は気づくと高校の別館にある音楽室の前に来ていた。
近づくと、扉の向こうから声が聞こえてきた。
―桜と……千葉?
席に座り鍵盤に指を置く。
若干低くなった席を調整する。
「ふぅー……」
俊は軽く息を吐いて、そしてピアノを弾き始めた。
今、彼が奏でている音はいつものとは全く違っていた。
ピアノの奏でる音の中で彼は生きていた。
ピアノを弾き終わって、桜を見るとあのころの桜を思い出した。
「ピアノ嫌いか?」
「……うん。でも、今日のは好きになれたかな」
桜はピアノに近づき、寄りかかった。
「桜」
「なに?」
「少し時間をくれないか?」
「へたれだなー」
桜は音楽室中を大きな笑い声で満たした。
「いいよ」
桜は鍵を渡し、荷物をまとめて教室を出た。
「……なんで、傷つくことをためらわないんだよ!」
誰もいない音楽室で一人、小さくそして強く叫んだ。




