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彼と彼女の音物語  作者: 坂田 ゆう
第二楽章 Where_is_Her_Love_Letter?
6/10

-4-

 冬休み。

 学校は自主登校で三年生はほとんどいない。来るのは図書室で自習する生徒だけだ。図書室は三年前に新しくできた別館へと移されたので、本館に行く必要はなくなる。

「受かったんだ」

 疑問ではなく断定。

「ああ」

 別館と本館の二階にある連絡通路で由美(ゆみ)(しゅん)は会った。

 この二人だけで話すのは珍しいことだった。普段、話すときはその場には(さくら)がいたのだ。

 友達の友達―実際その程度の知り合いだった。

「お前は指定校推薦で決まったんだったな」

「受験なんてめんどくさいまねしないわよ」

 由美はそのまま通り過ぎようとした。

「何か探してるのか?」

「……違うわ」

 俊は小さな声で「そうか」と言い、別館最上階へ向かう。

 最上階には音楽室がある。彼はそこでピアノの練習をする。


「由美?」

「……え?」

 由美が後ろを向くとそこには桜の姿があった。

「おはよう」

「おはよう、桜」

 由美の親友の桜だ。高校に入って、最初に話しかけてくれた。桜がいなければ、高校三年間一人ぼっちだったかもしれない。

「桜って一般じゃなかった?」

 由美が最初に感じた疑問は、桜が本館にいること。

 桜もその疑問に気づいたのか、ここにいる理由について話し始めた。

「うん。ちょっとだけ散歩してたの。私たちが来れるのって、あとちょっとだけじゃない?」

 三年生は学期末になると自由登校になる。受験生も自由登校なので、学校に来ることがほとんどなくなってしまう。

「勉強だけじゃ気が滅入るんだもん」

「推薦で行けばよかったのに」

 推薦を辞退した親友に呆れた風に言った。

「そうだ!ねえ、遊びに行かない?」

「勉強どうするの?!」

「いいじゃん、今日だけだから」

―……まぁ、いいかな?

「今日だけだよ?」

 友達ではないとできないこと。それは由美にとって大事なものだった。当たり前のようで当たり前じゃない。それはとてもかけがえのないもの。


 階段で一番上まで登ると、そこは他の階と違った造りをしていた。この学校は進学校でありながら、スポーツや美術方面にも力を入れている。もちろん音楽も。

 鍵を開けると、天井は段々になっており、黒板の前にはピアノが置かれている。そこは音楽教室だ。

 俊は荷物を置き、ピアノへ近づく。赤い布をとると漆黒のピアノがあらわになった。

 鍵盤に手を置き、音を奏で始める。

 音が止むと入り口から誰かが入ってきた。

「私がいるときといないときでは音が全然違うね、千葉君」

「先生、来てるのなら来てると言ってくださいよ」

 入ってきたのは浅田(あさだ)(ひろし)先生。音楽を教えており、俊のピアノも教えている。宏は今年で七十を超える年だ。

「千葉君のピアノは面白い。何を考えているのかわかってしまう。でも、君はもうそういうピアノを聞かせてくれない」

「昔の話です」

 俊は息を吐いた。

「君のピアノは素晴らしい。しかし、そこには君がいない」

「だからプロから降ろされたと言いたいんですか?」

 俊は中学の時、プロのピアニストになった。しかし高校に入ったと同時にアマに降格させられた。

「自分を殺さないで、自分を生かしなさい」

「それはできません」

「傷つくのが怖いのかい?」

―先生。あんたは、なにもわかっていない

 俊は自分の中にいる自分を殺す。そして、笑った顔でこう言った。

「そんなことはないですよ」

「そうか……」

 宏は残念そうな顔をして教室を出た。

「なにもわかっていない」

 俊は誰もいない音楽室で、ピアノを弾き続けた。

 彼の思うが儘に。

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