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彼と彼女の音物語  作者: 坂田 ゆう
第二楽章 Where_is_Her_Love_Letter?
3/10

-1-

 高校生最後の冬。

 早朝の平日に走っている電車は人が少ない。そして学生の数はさらに少ない。

 その少ない学生のうちの一人である千葉(ちば)(しゅん)は、乗車口の真横にあるわずかなスペースに入り、耳にイヤホンを付けていた。その先はポケットにある音楽プレイヤーだ。彼は吸い込まれるような黒い瞳をしており、髪もそれと同じ色をしている。それと反して肌が病的に白い。

 彼の手に単語帳が握られていた。

 電車が止まり、次々と人が乗ってきた。そろそろラッシュの時間帯に入る。

「おはよう」

 誰かが俊に声をかけたが返事が返ってこない。そして耳にイヤホンが付けられていることに気づく。

 俊は集中しており、単語帳に目を向けている。

―邪魔しちゃ悪いよね


 俊の集中力が解けて、何気なく前を向くと、目の前に幼馴染(おさななじみ)がいた。

「いるなら声をかけろよ」

 幼馴染である吉田(よしだ)(さくら)は、俊を見て笑っていた。コートとマフラーを付けており、肩まである髪はそのままだが、前髪はいつも横分けなのに対し今日は真ん中分けしている。

「だって集中してたから」

 俊は足元に置いてあるスクールバッグに単語帳と音楽プレイヤーをしまった。

「今日は早いな」

 桜はいつも俊より遅く登校している。

「今日はいつもより早く起きちゃったから」

「そうなんだ」

 俊は窓に結露でできた滴が垂れていくところを見ていた。

「今日はなんかあるのか?」

「なんで?」

「前髪」

「前髪?あー、これね。寝癖ができちゃっててこうするしかなかったの」

 桜の髪は黒くまっすぐで、寝癖ができていたようには見えなかった。

「なるほどね」

「かわいい?」

「似合ってるんじゃない?」

 彼は言葉を濁してどうにか流すことにした。

 彼にとっては言葉を濁したつもりだったが、濁せていない。

「ありがと」


 高校の最寄り駅―外苑前。地下鉄線の駅なので、地上階まで登らなくてはいけない。登校ラッシュの時間帯になると階段が混んでしまう。そのせいで遅刻する生徒は少なくない。

 朝が早いこの時間帯だと、生徒は全然いない。実際、今は俊と桜しかいない。

 二人が高校までの道のりは長くもなく短くもなく。

 地上に出ると冷たい空気が二人を迎えた。

「寒いな」

「マフラー持ってくればいいのに」

「マフラー持ってねんだよ」

「買ってきてあげようか?」

「別にいいよ。そこまでしなくても」

 俊は、近づいてきた自分が通う高校を見て言った。

「もう冬は終わる」

 そろそろ冬休みが入り、ほとんど学校に来なくなる。冬休み明けは自由登校になって、場合によっては外に出なくなる。

「そっか、推薦とれたんだっけ?」

「今日が合格発表だ」

「そうなんだ、実技があったから発表遅かったんだ」

「まあね。お前は……もちろん受かったよな?」

 桜はばつが悪そうな顔をして笑った。

「わたしね、一般受験することにしたの」

「え?お前の成績だったら第一志望を推薦で行けるだろ」

 俊はどうしてという顔をした。彼の顔があまりにもわかりやすすぎて桜は声を出して笑った。

「行けるけど、志望校を増やしたの。それが今の第一志望。そこは推薦で行けないから一般で受けなくちゃだから」

「そっか。がんばれよ」

「うん」

 校門をくぐり、下足室へ向かう。

 下駄箱を開けると、ひらりと紙のようなものが落ちた。

「なんだこれ?」

「……っ!」

 俊がとる前に、桜がものすごいスピードで拾った。彼女にしては珍しい、冷静さを欠いた行動だった。

 桜が拾ったものを胸の前で大事に抱えている。

「もしかして、らぶr…」

「待って!それ以上は言っちゃだめ!」

 俊の言葉を途中で断ち切った。

「まだそうと決まったわけじゃないでしょ?!」

 桜の顔が赤くなり、涙目になっている。

「ふむ」

「な、なによ?」

「はよトイレにでも行って、中身確認してこいよ」

 桜の表情がほんの一瞬固まった。

「……見たくないの?」

「もちろん、後で見せてもらうよ。……ゆっくりとね」

 俊は人が悪い笑みを浮かべて言った。

「うわぁ!」

 桜は猛ダッシュで階段を上って行った。

「ふぅ」

 彼はその後を追うように階段を上った。

 ただ、教室に行くのにこの階段が一番の近道というだけで、他意はない。

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