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子供のころの話。それは千葉俊がピアノを始めたきっかけ。
千葉家の家の隣には、吉田家の家があった。
俊が幼稚園に入ったころと同じころに吉田の家からピアノの音が聞こえてきた。
初めて聞く音色に俊は興味を持った。彼の母親に聞くとそれはピアノという楽器だった。
「お母さん、僕もピアノやりたい」
このころの俊もまだ子供で、他人がやっていることをうらやましがる。隣の家の吉田桜と同じ幼稚園で、友達だったのでなおさら彼女が弾くピアノに興味をひかれた。
そして、俊の母親は彼を桜と同じピアノ教室に入れた。
最初は誰だってうまくは弾けない。練習とそれに費やした時間がうまくさせる。
もちろんそれには個人差があった。
「しゅんくんってピアノじょうずだよねー」
俊は飛び抜けて、上達が早かったのだ。
同じピアノ教室にいる子供にとって俊はヒーロー的存在だった。
そして二年が経った。
ピアノ教室が終わった後、母親たちが迎えに来るまでの時間に俊はいつものようにピアノを弾いていた。今、迎えを待っているのは二人だけ―彼と桜だけだ。
この時には、ほとんどの子がやめてしまっていた。
「俊はまだピアノを続けるの?」
「うん!」
俊の笑みは純粋で輝いていた。
しかし、それは無惨にも周りを傷つけることがある。
「……そうなんだ」
桜は今にも泣きだしそうな顔をして笑った。
ピアノだけを見ていた彼はそれに気づかない。
「わたしね、ピアノやめることにしたんだ……」
音が消えた。
無意識のうちに俊がピアノから手を放して、桜を凝視していた。
「……なんで?」
「だっておもしろくないんだもん。俊ばかりが上手になって、わたしたちは上手にならない。そんなのつまらないよ……」
それは誰から見てもおかしな言い分であった。しかし俊にはそれを指摘するだけ心の余裕はなかった。
しばらくして、桜の母親が迎えに来た。
「じゃあね俊くん」
「……ばいばい」
俊の目から何か光るものが落ちた。
彼の才能は既に他人を傷つけ、そしてその時彼自身を傷つけた。




