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サークル、

作者: 浦さん

今作品が初投稿となります。しばらく投稿は行う予定でいますが、いずれの作品も文芸部で活動していた時期、趣味で書いていた時とのブランクもあり、筆力は学生時代のままとなります。あらかじめ、駄文であることはご了承ください。なお、今後の作品に関しては、投稿後、こちらにて呟く予定でいます。本作で興味を持たれた方がいましたら、ぜひ次回作以降も拝読してください。

サークル、


 別れたばかりの彼氏から、二通目のラブレターが届いた。

 高校も卒業して、バイトも初めて、朝に起きたのなんていつ以来だろう。

 一階の集合ポストまで朝刊を取りに行って、新聞を手に取ったら一通、見慣れない手紙が残っていた。

 封筒にはピアノがプリントされ、五線譜の上を踊るおたまじゃくしが、縦横無尽に刺繍されている。差出人は――日向。彼にしては背伸びをした感じだと思う。

 自分の部屋に戻り、たまっていた洗い物をしながら、彼のことを思い返していた。

 この部屋で過ごしたこともあった。明るい日向という名前は、お世辞にも似合わない男だった。

 私は濡れた手をタオルで拭き、それから宛先の欄に記された、丸っぽい「真香様」を 指の腹でさすった。


 おたまじゃくしと違って、ぼこぼこと凹んでいる。


 もともと振ったのは私だけど、こうして彼の気持ちに触れてしまうと、どうしても、私の方が振られたかのように思えてしまう。胸に溜まったままの、想いを吐息と一緒に洩らしたくなる。

 シンクに反射した私の顔は、私の懇意にしていた女生徒の顔を想起させた。私と彼女は、何から何まで違った。気が強くて、強情で、でも、嘘は決して付かない……。


 振った気持ちに、後悔なんてないはずなのに、自分の気持ちを確かめたくなる。


 先ほどまで牛乳パックを開いていた、ハサミを手元に引き寄せ、わざわざピアノを切るように、封を開ける。

 中にはルーズリーフが三枚。こういう時、見てくれだけでも体裁を保とうとするのが、日向らしく思えた。

 制服はきちんと着るくせに、ハンカチはぐしゃぐしゃ。髪は整えるくせに、襟元の乱れは気にしない。彼はいつだって完璧じゃなかった。今回だって、どんな思いで朝刊よりも先に手紙を投函したのか、分からない。


 ルーズリーフを開き、文字を目で追う。「また会いたい」が二回、「好き」が三回、「忘れられない」が、一回……。

 時折、学生生活の思い出を邂逅したり、二人でしたメールのやりとりも載せられたりしていたが、興味は一向に湧かなかった。


 三枚目の便箋には、「また三人で会える日を待っています。お元気で」と締め括られていて、彼が何を伝えたかったのか、分からなかった。



 私は三枚の便箋を封筒に戻し、パックのコーヒーをカップに注ぐ片手間に、ゴミ箱に投げ入れた。いずれまた後悔して拾いに行くのだ。けどそのたびに、またガッカリもする。

 ――一枚目だってそうだった。


 きっと、私は彼に愛想を尽かす以外になかったのだと。そう思わずにはいられなくなる。

「卑怯な女ね」

 聞きなれた声、それと生温かい温もりを耳元の辺りに感じ、いつだって傍に居てくれた、彼女の姿を目で探してしまう。安定を失ったコーヒーが、服に染みを作る。カラカラという音を聞いて、直ぐに、先ほどのが風の仕業だったのだと分かった。

 カーテンを挟まないようにガラス戸を閉め、ぶら下げていた角型ハンガーを取り外す。

 振り返り、この部屋はやっぱり、一人で暮らすには大きすぎたなと思った。


 今だってきっと――。

 今だけは他のことに気を向けたくて、つい、らしくもなく、本を手に取った。

 二日前にこの部屋を出ていった、男勝りな彼女が、私のために残していった本。一人の女を巡って、下宿人が二人、自殺するだけの話。


 私は頭に入ってこない文字を、ただ目で追いかけた。この部屋を出ていった二人の男と女から、逃れるために。ただ夢中でページを繰った。


 高校の授業で、舟を漕ぎながら聞いた知識が、沸々と蘇る。彼は何で死ななきゃいけなかったのか。どうして彼が死んだあと、男は女を幸せにしてやれなかったのか。


 一度は彼から奪い取ろうとまで考えた女だ。出し抜いて、それが卑怯で、彼を苦しめると分かっていても、その時の押さえられない衝動のままに、男は画策を行い、謀ったはずなのだ。


 だのに、手に入れた途端、男は目の前の女より、死んだ友を優先し、囚われてしまう。女なんて、最初からいなかったかのように……。

 ただ男は、女を不幸にするために、生きているのだと。二人とも、いいや少なくとも男は、女のことなんて頭に入っちゃいなかった。女の幸せなんて、考えちゃいないと。みんなが死んだ彼のことで頭を悩ませている中、私はクラスで、そんな感情しか持ちわせていなかった。


「わたし、この本嫌いだわ」

「だって、誰も女のことなんて、見ていないわ」

「最後はそこに居る事さえ、きちんと見てもらえていないもの」


 私は授業が終わると、決まって前の席に座る、一文字違いの少女に愚痴をこぼした。

 話を振るのは大抵私で、話の種はこのお話だった。内容はどれも同じで、とりとめがなくて、価値観も何もかも違う彼女は、最後に決まって、その女のことを、そうやって値踏みした。


「でも、自分の気持ちを上手く伝えないなんて、卑怯な女ね」


 遠のいていく意識の中、体に重みが戻り、はっとなって体を起こす。心なしか影が少し伸びたような気がする。テーブルの上についていた肘は、いつの間にか腕枕に変わっていた。


 私はゴミ箱から、先ほどの便せんを、封筒を拾い上げた。箱の底には、棄てられなかったもう一通の手紙も残っている。


 私はもう一度手紙を開き、文面に目を落とした。何度読んだって書かれている文字は変わらない。「好き」の二文字も、「会いたい」の四文字も……。


 私は広くなった部屋の中心で、三人の思い出が染み込んだテーブルの上で、その手紙をきちんと読み返した。




「拝啓、真中様、この度は何も言わずに家を出てしまい、すみませんでした。

 あなたと付き合っていたころ、よくうじうじと悩んでいたことをからかわれていたので、今回の門出くらいは、悩まずに行えたかと思います。

 当時からしっかり者で、僕なんかとは正反対の性格だった、あなたのことです。

 僕は大好きだったあなたを、苛々させたり、迷惑をたくさん書けたことと思います。

 今回だって、その一つに数えられてしまうのでしょう。

 何も言わずに出て行って、残った荷物の処分なんかも、迷惑を掛けてしまう事と思います。ほんとうに申し訳ありません。

 本当はあなたに振られた時、潔く部屋を出て行くべきだったのです。けれど、あなたの存在を忘れるのが、辛すぎた。出来る事なら、いつまでも忘れられないままでいたいと、そう願ってしまう位、私はあなたの事が好きだったのです。」




 何度も読み返していくうちに、手紙に入った罫線の上に、涙が零れ落ちた。拭っても、拭っても、こぶしの合間を潜ってぽたりぽたりと文面の上に黒い染みを作っていく。

 彼が伝えたかったのは、別れであり、そしてまた、出会えたことへのお礼出会ったのだ。



「――。僕はあなたの心が、次第に離れて行くのをどこかで感じ取っていたのかもしれません。心のどこかで、僕よりも円香を、あなたは心の拠り所にしていました。僕もそれを責める事は出来ないと思っています。けれど、それはお互いに仕方がないことだったのだと、同時に思います。僕はあなたから逃げて行く際に、同時に貴方の心の拠り所をも奪ってしまったのですから。もし、僕たちの行為があなたに赦されるのだとするなら、また、以前と同じように、三人で会いたいと思っています。今は無理だとしても、いずれ、また三人で会える日を待っています。お元気で」




 私は便せんを握りしめたまま、嗚咽を漏らした。テーブルの上に置かれた写真立てには、三人の笑みが並んでいる。その写真を下からのぞきこむように見上げ、また、泣いた。

 不思議と悲しみは湧いてこなかったのだ。ただ、本当に二人が居なくなってしまったのだという現実が、私の胸を押しつぶした。胸の中に積もらせた思いは、吐き出す際に声にすらなっていなかったと思う。それでも、ひとしきり泣き終えると、すっきりとした。


 どこかで二人が部屋を出て行ってしまったという事実を、受け止めたくなかったのだろう。自分の気持ちが日向に向いていると信じ込んで、ずっと彼を縛って来た。円香が言っていた卑怯な女とは、きっと、棄てられるのを恐れていた、私の事を指して、言っていたのだろう。


 彼女は本当にまっすぐで、嘘なんて一度もついたりしなかった。

 笑っている三人の写真を手に取り、自分も真似をして笑って見せた。写真の中で笑っている、少女たちのようには笑えないし、まだ、頬がひきつってもいる。けれど、今だけは円香の言う、卑怯な女ではない気がした。


                                    ( 了 )



今後の投稿は読書が溜まっているため、二週間、長ければ来月にまたいでしまうかもしれません。今のところ連載は書く気はありませんが、ご要望などがございましたら、感想欄の一言に記載していただくか、お気軽にこちらの方へ連絡をお願いします。https://twitter.com/koutatatukino

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― 新着の感想 ―
[良い点] 文章がきちんとしていました。 改行が多いので読みやすいと思います。 [気になる点] 後半にいくにつれて誤字が目立ちました。 一番やってはいけなかったのは手紙の宛名かなと思います。最初は真香…
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