妖精姫の悩み事
「ねぇ、私女神並みにきれいよね」
「……」
「超美しいよね。世界一愛らしいよね」
「……」
「賢いし、武術の心得もあるし、最高よね」
「……」
「聞いてる?私、完璧な存在よね」
「……なにが言いたい」
「つ・ま・り」
そう言って私は勢いよく立ちあがった。
その反動で今まで座っていた椅子が後ろに倒れる。
「こんなに美人で有能な私に、どうして誰も求婚してこないの!!」
拳を握りしめ窓に映る空をきつく睨みつけながら、怒りと屈辱を織りまぜた声で叫んだ。
それに対して机を挟んで反対側に座るディアンは、怒ったシルクも可愛いなんて事を思いながら優雅に紅茶を飲んでいたのだが、そんな事にシルクは気付く事が出来るはずがなかった。
「だって変だと思わない?私17よ。結婚年齢適齢期真っ只中よ。社交界で最も輝いている私にどうして誰も近寄って来ないの?おかしいわよ。ディアンもそう思うわよね」
「別にいいじゃないか。どうせお前の本性を知らずに公爵という地位と見た目しか見ていない者ばかりだろう」
「それでもよ。一人も来ないのは絶対おかしいわ」
だってこんなに綺麗なのに。
夜会ではダンスに誘われまくるのに、誰もそれ以上に歩んでこようとしないのは変よ。
誰かの悪意を感じるわ。
「そんなのいても鬱陶しいだけだ。諦めたらどうだ?」
この私に、諦めろですって?
「そんなことするわけないでしょう。お父様もお母様もお兄様も諦めろって言うけれど、諦める理由が見つからないわ。娘が結婚できなくてもいいっていいのかしら?」
「さぁな」
「ディアンはいいわよね。なにせ大国の皇太子様だもの。あなた顔と地位はいいんだから、その無口な性格どうにかしなさいよ」
「どうにもならん」
「どうにかしろって言ってるのよ。知ってる?『氷の王子』って呼ばれてるのよ。本当に笑えるわ」
「皇国の『妖精姫』も笑えるぞ。そう称える奴等に今の姿を見せてやりたいくらいだ」
意地悪げに口角をあげながら彼は言った。
そんな事をしたら今まで『守ってあげたい女性』として築き上げてきた私の人気が崩れてしまうわ。
けれど、それはそれでギャップがあっていいのではないか?
「……そうしたら。逆に私の人気が高まったりするかしら。頼れる女、って感じで」
「……やめておけ」
心底嫌そうに顔を歪めるディアン。
なによ、失礼ね。
「冗談よ。私は儚く美しい『妖精姫』ですもの」
「それでいい」
相変わらずディアンはそっけない。
昔はあんなに可愛いかったのに、いつの頃からかあまり喋らなくなってしまった。
「ディアンも女の子に優しくしないと結婚できないわよ」
「俺には婚約者がいるから大丈夫だ」
…………。
「……は?」
「もうすぐ結婚する予定だ」
「え?私聞いてないわよ、幼馴染なのに」
言ってくれてもよかったのに。
ちょっと傷つくじゃない。
「非公式だからな」
……それ私に言ってよかったのかしら。
誰か知りたいけれど、非公式なら聞いちゃいけないよわよね。
「……どんな子?」
「世界で一番魅力的な人だ」
あら、そんな優しげな顔久しぶりに見たわ。
「あなたがそこまで言うなんて、そうとう好きなのね」
「あぁ、愛してる」
「ちょっと、こっちが恥ずかしくなるじゃない」
そんなセリフよく顔色一つ変えずに言えれるわね。
逆に私が赤くなっちゃったじゃないの。
「そうか?」
「そうなのよ」
そういうものなのよ。
「なるほど」
まったく、ディアンも少しは乙女心を分かってもらわないと婚約者に逃げられちゃうわよ。
いや、でもこいつの事だから逃げ道とか潰してそうね。
かわいそうに、いざとなったら私が助けてあげよう。
「あーあ。あんたくらい私を愛してくれる人が現れないかしら」
「もうすぐ現われるんじゃないか?」
「適当な事言わないでよ」
溜息をつきながら先ほど睨みつけた空をもう一度見る。
嫉妬するくらい綺麗なこの空の下のどこかに私だけの王子様がいるのかしら。
早く知りたいわ。
だって私の隣に立つ人なんだから、きっと地位も名誉も権力も顔もいい最高の男に違いないのだから。
そんな私が実はディアンの婚約者は他でもない自分で、同じ空どころか同じ屋根の下に結婚相手がいたとか。
どこから見てもシルク溺愛の大国の王子に目をつけられたくないから求婚がなかったとか。
耳を塞ぎたくなるような甘い言葉とともにそれを知るのは、二人の結婚式の三日前の夜のことでした。
たしかに地位も名誉も権力も顔もいいけれど、これはないでしょう女神さま。
シルク
『妖精姫』
公爵令嬢
賢母として後の世に名を残す
儚げな容姿だがなかなか図太い精神を持つ
ディアン
『氷の王子』
大国の皇太子
国をより豊かにさせた賢王
シルクに近づく奴を裏で片っ端から排除してきた