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婚約破棄したいのに、婚約指輪が外れなくて婚約者様から逃げられない。

作者: 可愛えみな
掲載日:2026/06/09

「ヲルディオ様! どうか、婚約解消してくださいな!」


 デスクに乗り出さんばかりの勢いで、私は婚約者であるヲルディオに言った。


「それはできないよ、アルル。このやり取り、もう百回目だよ?」


 私の申し出を、ヲルディオはあっさりと却下した。

 彼は悪びれることもなく、デスクに置かれていたティーカップを手に取り、ハーブティーをひと口飲む。


 脚を組んで優雅にお茶を楽しむ姿は、とても絵になっている。それほどに、彼は外見に恵まれているのだ。

(っ、て。見とれてる場合じゃないわ!!)


「やっぱり早摘みのレモンバームティーは格別だね。アルルも一杯飲むかい?」

「それはぜひ……ではなくて! 私は婚約解消していただきたいと言ってるのです!」


 部屋全体に響くような声で、私は必死に叫んだ。

 ここは、王立魔法庁の一室。ヲルディオは若いながらも、強大な魔力を持つ大魔術師であるため、特別にこの広い仕事部屋が与えられている。


 この部屋に出入りするのは、私と彼の二人だけ。

 叫び声が消えたあと、防音が行き届いた部屋に、一瞬の静けさが広がる。


「だって、アルルはその婚約指輪を外せないんでしょ? だから無理だよ」

「うっ……」


 私の左薬指をちょんちょんと指の先で突きながら、ヲルディオは言った。

 私の薬指に嵌っているのは、ヲルディオから贈られた婚約指輪。


 強力な魔術がかけられているため、私の意志で外すことはできない。

 無論、魔術をかけたのはヲルディオである。


「悪いけど、婚約解消したいなら外してから言ってくれる?」

「だっ、誰のせいでこうなったと……!」

「アル」

「……っ!?」


 くい、と私の顎を掴み、ヲルディオは顔を寄せてきた。

 互いの前髪が触れ合い、唇が触れ合ってしまいそうな距離。


 私は赤面して、顔を背ける。


「っ、は、離してください……!」

「アル。君は自分が、僕と不釣り合いだから婚約を解消したいと思ってるんだろう? そんな理由、僕は許さないよ」


 妖しい笑みを浮かべながら、ヲルディオは私の耳元で囁く。

 その姿はあまりにも艶やかで、彼が妖魔の類だと言われても頷けるほどだった。


 しかし、そんな悪魔の誘惑に乗ってはいけない。私は慌てて、ヲルディオから離れた。


「と、とにかく……! この指輪が外せたら婚約解消できるんですよね? だったら私、絶対に諦めませんから!!」

「そうかそうか、分かったよ」


 頬杖をついて、ヲルディオは小馬鹿にしたように言った。


(絶対に、別れてみせるんだから……!)


 そう思いながら、私は足早に部屋を出ていった。


+


 ヲルディオと私は、幼い頃からの友人だ。

 互いの両親の仲が良かったこともあり、子供の頃はよく一緒に遊んでいた。彼に対して恋心を抱いていたのも、事実である。


 いつしか私たちは、互いを愛称で呼び合う仲になっていた。


『大きくなったら、アルは僕のお嫁さんになってね!』

『うん! もちろんよ、ルディ!』


 ヲルディオとは、そんな約束をしたこともある。


 しかし。私たちが思春期になった頃、大きな転機が訪れる。

 ヲルディオには強大な魔力が発現したものの、私には少しも魔力が発現しなかったのだ。


 成人してから、ヲルディオは王命により魔法庁への入庁が決まった。

 そしてこの国では、強大な魔力を持つ者同士が結婚するのが通例である。

 だから私は、初恋を胸にしまうことに決めた。


 それなのに……ヲルディオは、なぜか私を婚約者に指名した。

 それどころか、彼は根回しをして私を自分の秘書に任命したのだ。


 無論、反対の声は根強かったようだが、彼は「大魔術師」という肩書きを使って、すべて黙らせてしまった。


『誰がなんと言おうと、僕の奥さんはアルに決まってるじゃないか』


 彼に釣り合うほどに強い魔力を持っていたならば、嬉しくて泣いていたであろう言葉。

 しかし私は、ヲルディオの言葉を素直に喜べなかった。


 無力な私との結婚は、将来彼の足枷になってしまうから。


+


「んー……本当に、どうしたらいいのかしら」


 夜。自室で私は、すっかり頭を抱えていた。

 ちらりと、左薬指に視線を落とす。


 伸縮性のある特殊な素材の指輪は華奢な作りだが、指にぴったりと隙間なく嵌っている。私が指から抜こうとしても、ビクともしない。


 魔力同士は反発する性質を持つため、ハサミやペンチなどの魔法具を使うことも考えた。

 しかし隙間がないとなれば、そもそも魔法具を使うのも難しい。


「いっそ、指ごと……いや、絶対無理!!」


 さすがに、婚約破棄のために指一本持っていかれるのは全力で避けたい。私はすっかり途方にくれていた。


「そうだ。制服のジャケットのボタン、付け直しておかなきゃ」


 私は引き出しから裁縫箱を取り出して、縫い物を始めた。

 魔法庁の職員は、全員が制服を着ており、その生地や糸には特別な魔力が織り込まれている。

 そのため、メイドには修繕が頼めないのだ。


「針に糸を通して……ホント、通しにくいわね」


 そんな独り言を呟いた時、私の中で、とあるアイデアが思い浮かんだ。


(そうだ……! これさえあれば!)


 ボタンを付け直した私は、さっそく「あること」を試してみたのである。


+


「ヲルディオ様、今日こそ婚約解消してくださいな」


 翌日。登庁した私は、ヲルディオにそう言った。

 いつものように、ヲルディオは首を横に振る。


「残念だけど、指輪が外れないなら……」

「それが、外れたんですよ」

「え?」


 私は指輪を着けていない左手を差し出し、にこやかに言った。

 方法としては、こうだ。


 まず、魔法糸を通した魔法針を指と指輪の間に滑り込ませる。そのまま魔法糸と指輪の魔力反発を使い、指輪を少しずつ滑らして指先側にずらしていき、抜き取ったのだ。


 魔力反発は微細なもののため、かなり時間がかかったものの、無事に指輪は外れたという訳だ。


「さあ、ヲルディオ様。婚約指輪も外れたことですので、婚約解消を……」

「へえ、なかなかやるじゃないか。アルル」

「え?」


 気づけば、ヲルディオはイスから立ち上がり、私の左手をしっかり掴んでいた。

 口元は笑っているが、目はまったく笑っていない。


「じゃあ、そんな器用なアルルに、ひとつお願いがあるんだ。僕の着けた婚約指輪も、外してくれるかな?」

「……え?」


 ヲルディオの左手に、指輪ははまっていない。そもそも、婚約指輪は女性が着けるものだ。


 私が混乱していると、ヲルディオはさらに続ける。


「ここだとさすがにアレだから、少し場所を変えようか」

「え? え? え?」


 ヲルディオは私の手を引いて、隣の仮眠室に連れていった。


 バタン。


「ほら、全部で二つあるよ。『婚約指輪』」

「ひああああっ!?」


 ……これ以降のことは、口にするのも憚られる。どうか、私の悲鳴と叫び声で察してほしい。


「さ、どっちから外す? どっちが先でも良いよ」

「ゆ、指に嵌めたもの以外、指輪とは認めません!! こんなっ、こんな……!」


「知らない。どこに着けてても、僕が指輪と言ったら指輪だよ。じゃあ、まずは簡単そうなここから行こうか。さっき使ってた糸を使っても良いよ」


「こんな場所……っ、取れないですっ!!」

「ほら、しっかり掴んで?」


「無理、無理ムリむり!! そんなことしたら、もげちゃう!! 潰れちゃう!!」

「ははっ、男の身体がそんな弱い作りだと思ってるの? 可愛いなあ。ほら、頑張って。二本目もすぐ隣にはめてるでしょ?」

「ひえっ……!!」


 結論から言うと、二つの指輪はすべて外すことができた。

 しかし、仮眠室から出てくる頃には、私はすっかり意気消沈していた。


 なぜなら……『指輪外し』は、私にはあまりにも刺激が強すぎたのだ。


「っ、もう私、お嫁にいけない……っ」

「僕がもらってあげるって、言ってるだろう?」


 半泣きの私とは対照的に、ヲルディオはすっかりご機嫌だ。

 私を束縛するためには、自分が体を張るのもいとわない。そんな彼が、私は恐ろしくて仕方がなかった。


「ね、アルルって、僕と結婚するのが心の底から嫌?」


 応接ソファに私を座らせて、私の髪を撫でながら、ヲルディオは問うた。

 顔をあげると、サファイアのような瞳と目が合った。


 彼の美しい金髪と碧眼は、美しすぎるあまりつい見入ってしまう。


「世の中のルールとか、世間体とか全部無視しても、僕との結婚は嫌?」

「それは……っ」


 私がヲルディオと別れたいのは、彼に迷惑をかけたくないから。

 彼と不釣り合いな自分が嫌なだけで、ヲルディオのことが嫌いなわけではない。


「嫌じゃないみたいだね」

「ち、違っ」

「だったら良いや」


 私の心を見透かしたように頷き、ヲルディオは私の腰に手を回した。


「僕たちの結婚に文句を言う奴は全部始末するから、安心して?」

「あ、安心できませんっ!! 物騒なことを言うのはやめてください!!」


(私がこの腹黒魔術師から逃げるすべは、ないのかしら?)


 そう思いながらも、私はヲルディオから逃げる方法を考え始めていた。

 結局。私が彼から逃げられず、私たちが結婚するのは、もう少し先の話。


 終わり。


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