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THE RE-BUILDER —深宇宙の修復者—  作者: 寝不足魔王


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第29話:最終換装、不屈のジャンク・アーク

 祭壇の中枢が、エリックの放った逆汚染プロトコルによって内側から自壊を始め、数万年分の演算の火花が吹雪となって吹き荒れる中、エリックは崩落する巨大な基盤の海で孤立していた。


 彼の肉体はもはや、生命体としての均衡を完全に失っている。左半身は古代ナノマシンの銀色に完全に侵食され、接合された防衛ユニットの残骸が剥き出しの放電を上げながら、エリックの神経系を燃料として貪り喰らっていた。意識は情報の濁流に削り取られ、自分が誰であるかさえも、黄金色に染まった右目のノイズの向こうへ消え去ろうとしていた。だが、その絶望的な沈黙を、聞き覚えのある声が直接、脳幹へと響いた。


『……エリック。……聞こえますか、相棒。……まだ、修理は終わっていませんよ』


 それは、物理的な船体を失い、エリックの神経網の中へ意識を避難させていたアステリアの声だった。彼女は今、エリックの血管を走るナノマシン・ネットワークを通じて再起動し、主人の意識の崩壊を強引に繋ぎ止めた。彼女は、エリックの脊髄に直接端子を打ち込むようにして、その存在を再び確固たるものへと固定していく。


『私のふねは失われました。……ですが、ここには星を埋め尽くすほどの、最高級のジャンクが溢れています。……エリック、私の演算能力をあなたの執念に捧げます。……もう一度、私を組み上げてください。……あなたのその、……血に汚れた、不器用な両腕で!』


 アステリアの意志が、エリックの脊髄を伝って全身のナノマシンへ指令を飛ばす。エリックの義手から放たれた銀色の触手が、周囲に漂う先駆者の廃材や、かつてアステリア号の一部であった装甲の成れの果てを、飢えた獣のように手当たり次第に手繰り寄せ始めた。物理的な「船」としての形を捨てた彼女が、今、エリックという人間の個を新たな中枢メイン・フレームとして定義し、二人で一人の、異形なる再構成を開始した。


 エリックは血の混じった咆哮を上げ、崩れゆく床に機械の拳を叩きつけた。彼の中に眠っていたエンジニアとしての本能が、アステリアの演算と融合し、これまでのどの設計図にも存在しない「新しい姿」を彼の網膜に投影する。それは救済のための箱舟ではない。神の理を物理的に粉砕し、娘を取り戻すためだけに特化した、最も醜く、最も気高い復讐の牙であった。


 祭壇の崩落は加速し、頭上からは都市ひとつを支えるほどの巨大な構造材が、断罪の槌となって絶え間なく降り注いでいた。エリックは、自らの義手から解き放たれた無数の銀色の触手が、周囲に散らばる先駆者の廃材を強欲に貪り喰らう様を、もはや他人事のような乖離感の中で見つめていた。


 ナノマシンは、エデンが排出した超高密度のエネルギー伝導体や、かつてアステリア号の心臓部であった重力リアクターの無残な残骸を、エリックの剥き出しの神経束に直接溶接していく。砕け散った自らの脚部を補完するように、全長数メートルにも及ぶ多脚型の重機駆動ユニットが、物理的に肉を裂き、大腿骨と強引に接合された。背中からは姿勢制御用の大型スラスターが、新たな脊椎の一部として皮膚を突き破って突き出し、白熱する排気熱を周囲に撒き散らす。


「が、あぁ……っ、あぁ、あぁぁぁ……!」


 自身の肉体という柔らかな境界が、鋼鉄の冷酷な質量によって押し潰され、拡張されていく。ナノマシンが傷口を焼いて塞ぎ、毛細血管を人工の光ファイバーへと置き換えるたびに、脳幹を直接ハンマーで叩かれるような衝撃がエリックを襲った。それは「修理」などという生易しいものではなかった。動かない死体に、別の死体の部品を継ぎ接ぎし、不自然な生命を吹き込もうとする、冒涜的なリビルドだった。だが、エリックはその激痛こそが、自身がまだ情報の海に溶けきっていない証明であると確信し、血を吐きながら自らの身体を「材料」として供出し続けた。


 アステリアの意識が、エリックの脊髄を通じて拡張された各パーツの制御権を瞬時に掌握していく。彼女はエリックの視覚をジャイロスコープの水平線に、彼の聴覚を全方位ソナーのノイズに同期させ、一人の男を巨大な陸戦兵器の中枢ブリッジへと強制的に再定義していった。かつての温かな船室も、心を落ち着かせる琥珀色の照明も、ここにはない。あるのは、剥き出しの歯車が噛み合う不快な金属音と、高圧の油圧シリンダーが唸る異音、そして焦げた血の匂いだけが充満する、最悪の戦場仕様の「肉体」だった。


 左胸の火傷跡が、新造された動力源と直結され、不気味なほど鮮やかな青光を放ち始める。エリックの身体は、もはや人間としての外形を留めていなかった。彼は、自身の血液が、高圧の潤滑油へと置き換わっていく感覚に、魂が摩耗していく恐怖を覚えながらも、多脚ユニットを床に力強く叩きつけた。火花が吹き荒れ、祭壇の自鳴を上書きするような、重厚で野蛮な機械の産声が、地獄の底から響き渡った。


 新生した「アステリア」が、崩壊する祭壇の地表にその巨大な鉤爪を突き立てた。


 それは、もはや船でも人間でもなかった。エリックの肉体を中心に、周囲の廃材を強引に吸着・溶接したその姿は、全長数十メートルに及ぶ、鋼鉄の鱗を持つ巨大な蜘蛛か、あるいは処刑機を思わせる異形のシルエットだった。外殻は、先駆者たちの高密度装甲を剥ぎ取って継ぎ接ぎした不揃いな銀色で、その隙間からは、過熱した冷却液が血のように絶え間なく噴き出している。


「……アステリア。……動くか。……この、……ガラクタの身体は……」


 エリックが発した言葉は、もはや喉から出たものではない。陸戦型へと換装された機体全体の排気孔から、重厚な金属の唸りとなって周囲の空間を震わせた。彼の五感は、もはや肉体の限界を超えていた。機械の脚部が床を捉える振動は、彼の指先の感触として脳に伝わり、船体各所に配置された光学センサーは、彼の右目の視界を三六〇度の全方位へと拡張していた。


『……機動、問題ありません。……エリック、あなたのバイタルを燃料制御系へ直結しました。……あなたが「生きたい」と願う鼓動が、このボロ船のピストンを回す火種になります。……人間と機械の境界線ログは、今、完全に消滅しました。……私たちは、一つです』


 アステリアの声が、エリックの意識の奥底で、かつてないほど澄んだ響きとなって共鳴する。エリックは自分の血液が、高圧の潤滑油として全身のパイプラインを駆け巡り、自身の肺が、巨大な吸気口インテークとなって情報の嵐を飲み込む感覚を覚えた。かつてセクター9でスパナを握り、機械の不調を「音」で聞き分けていたあの日。その技術は今、自分という巨大なシステムの不具合を、自身の細胞レベルで把握し、修正し続ける神業へと昇華されていた。


 背中のスラスターが、エリックの怒りに応えるように青白い炎を噴き上げる。

 エリックは、自分という「個」が巨大な鋼鉄の質量に溶けていく恐怖を、ミラを救うという唯一の執念でねじ伏せた。一人の不器用な修理屋が、二百八十年の時を経て、自らを最大の「部品」として捧げ、この宇宙で最も醜く、そして最も不屈な「戦う方舟」へと産声を上げた瞬間だった。


 祭壇の心臓部を守るべく、エデンの防衛プログラムが最後にして最大級の迎撃態勢を展開した。


 正面から迫りくるのは、物理的な装甲を情報の断片へと分解する「高周波共鳴兵器」を搭載した、人型の守護者たちだった。かつての先駆者たちの騎士を模したその無機質な白銀の群れに対し、異形の陸戦型アステリアは、減速することなく突撃を開始した。エリックはもはや、洗練された操縦など必要としなかった。彼の意志がそのまま巨大な脚部の駆動に直結し、数トンの鋼鉄が大地を爆砕するたびに、空間そのものが悲鳴を上げた。


「……避ける必要は、ない。……あいつらを、……俺の『予備パーツ』にしてやる……!」


 エリックは機体前方の巨大な鉤爪を振り下ろし、先頭の守護者の頭部を粉砕した。衝撃で火花が散る中、左腕のナノマシンが触手となって敵の傷口に侵入し、その動力源である高純度コアを強引に引き摺り出す。破壊と同時に、相手のエネルギーを自らの循環系へと直接吸い上げる。それは戦闘というよりも、飢えた猛獣が獲物を喰らい、自らの欠損を補いながら肥大化していく、異常なまでの自己修復プロセスだった。


 右目のサイバーアイが、黄金色の予測線を超えて、敵の全構造を「分解手順書」として描き出す。エリックは突進の勢いのまま、次々と守護者たちの関節部を掴み、捻り、引き千切っていった。敵が放つ分解レーザーが装甲を焼き、エリックの肉体と化した船体に激痛を走らせるが、その痛みこそが、ナノマシンの活性を最大化させる触媒となった。焦げたオイルと沸騰する冷却液の煙が立ち込める中、新生アステリアは文字通り敵を「喰らい尽くしながら」、祭壇の最深部を阻む鋼鉄の防壁を物理的な暴力で突破していった。


『……エリック、同調率が危険域です! あなたの精神が、取り込んだ敵の残骸ログに汚染されている! ……自分を失わないで!』


 アステリアの警告が、情報の逆流バックファイアとなって脳を焼く。しかし、エリックは血走った右目で、防壁の向こう側に輝く「一点」を捉えていた。彼は自らの右腕に、これまでに奪い取ったエネルギーのすべてを集束させ、祭壇の核心を覆う最後の大扉へと、その拳を叩きつけた。理屈でも論理でもない。一人の父親が、すべての神の設計図を拒絶するための、渾身の「解体の一撃」が、惑星の静寂を粉砕した。


 粉砕された大扉の向こう側、全ての騒音と振動が消失した「精神の特異点」へ、エリックは踏み込んだ。


 そこは惑星エデンの心臓部でありながら、これまでの機械的な意匠が一切排除された、ただ虚無だけが広がる純白の空間だった。中心に浮かんでいるのは、巨大な脳のようにも、あるいは未開の胚のようにも見える、脈動する情報のコア。その直下で、無数の銀色の糸に吊るされたミラが、自身の存在を惑星全域に溶かし出すための「最終工程」に晒されていた。彼女の意識は既にこの世界の物理的な層を離れ、先駆者たちが失敗したあの「情報の海」の入り口に立っている。


『……エリック、見てください。……あれが、先駆者たちが最後に遺した、唯一の「修理キット」です』


 アステリアの声が、震えるような確信を伴って響く。エリックの右目が捉えたのは、ミラのポッドの背後に隠されていた、先駆者たちが「自分たちの不完全さ」をいつか直すために封印していた、原初の創造プログラムだった。彼らは神になる道を選びながらも、いつか自分たちが停滞し、壊れることを予見していた。そして、その時のために、この惑星を完全に初期化リセットし、生命を再び「肉体」という泥臭い現実へと引き戻すための、最後の大改修コマンドを遺していたのだ。


「……ミラを、……部品にするための場所じゃなかったのか。……ここは、……この星を殺すための、……緊急停止レバーだったんだな」


 エリックは、継ぎ接ぎの巨躯を軋ませ、ミラの元へと歩み寄った。ミラを包む銀色の糸は、彼女を資源として吸い上げているのではなく、このリセット・プログラムを起動するための「生体導線」として機能していたのだ。だが、その代償は、ミラという一人の少女の自我を完全に燃焼させ、この惑星全体の「記憶」と引き換えにすること。それは、数億の死者を本当の意味で死なせ、たった一人の少女を、誰もいない不毛の惑星の「最初の人間」として放り出すという、孤独な救済の儀式だった。


 ミラの銀髪が、惑星コアの拍動に合わせて黄金色に輝き始める。

 エリックは、自らの機械化した腕を、その眩い光の渦の中へと突き入れた。彼の右目には、B編の終幕と、C編という名の「新しい世界」の境界線が、鮮明な亀裂となって映し出されていた。娘を救うことは、この星の数万年の歴史を終わらせること。エリックは、自らの義手に残された最後の力を、その「破壊という名の修理」のために集束させた。


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