職業IT系エンジニア!
カタカタカタカタ。
小気味よく響く、機械式スイッチのキーボードの打鍵音。
ディスプレイを埋めているIDE(統合開発環境)上を、コードの羅列が流れるように書き込まれていく。
ッターン!
エンターキーを叩いて、ビルドを実行。
エラーはなし。
依頼完了だ。
……。
そんなファッショナブルな世界が、あるかもしれないけれど、俺の後ろには一度もなかったな。
職業IT系のエンジニア。
とは言っても、よく聞くSEなんかではない。断じて違う!
俺はどこまで行こうとも、プログラマーなのだ!!
そう言い続けて、早二十年。
以前は、新規開発のプロジェクトに参画することが多かったが、コストカットの波にのまれて、稼働しているシステムの保守を掛け持ちしている。
ロートルで単価の高い人間を雇い続けるには、そうするしかないのは重々承知。
俺の方も保守作業の恩恵を最大限に使って、有給消化率百パーセントを継続して数年になっているので、文句はない。
趣味の自転車に費やせる時間が増えたからな。
保守ってやつには波がある。
余程にヤバいシステムでない限りは、月に問い合わせが数件から十件程度で、コード修正が必要なものは一パーセントくらいなものだ。
仕事は顧客からの聞き取りを基に、現地から回収されたアプリの動作ログを解析して、アプリのバグであるのか、仕様通りの動作なのか、操作のミスであるのかを切り分けて報告する流れ。。
コードを書いている時間よりも、ログをみている方が圧倒的に長い。
調査依頼が多くなってくるのは、現場で使う人の入れ替えが起きる時で、三月から五月。八月から十月の年に二回。
たまに、サーバーや周辺機器の入れ替え等で、安定稼働するまで面倒をみることもある。
機械を入れ替えただけで、バグが顕在するのかと言われれば、本来はないはずなのだが、マルチスレッド……並行処理に影響が出やすく、面倒をみることが多い。
現在のマルチスレッドは、本当にマルチスレッドで、昔のタイムスライシングとはわけが違う。
同時に同じメモリにアクセスもすれば、命令だって同時に行うのだ。
なので、矛盾していたり、参照か循環していたり、手順が微妙に違ったもの同士かぶつかり合う等があった場合に、想定外の動作が実現する。
なので、ハードウェアのスペック。特にメインボードのベースクロックやCPU、メモリ、HDDやSSD等のメディアのアクセス速度が上がると、並行処理に影響が出やすいってわけだ。
「橋田さん」
俺を呼ぶ声。
振り返れば、怖いものでもみたかのように、顔を引きつらせる男がたっている。
目つきも悪く、短く切りそろえた髪を後ろに撫でつけているから、見た目が怖いと上司に注意を受けるほどだ。
「はいはい」
できるだけ、優しく返事をする。
「チケットがきたので、お願いします」
新たに登録されると、メールで周知されるのに律儀なものだ。
「分かった。ほれ、アメちゃんをやろう」
見た目て損をしているのはわかっているので、機嫌は悪くないよ、怒ってないよというアピールにアメを使う。
特に律儀な若者には、労いの意味も込めて渡している。
「あ、俺。今、歯の治療中で……」
こういうこともあるさー。
「何、気にするな。チケットの件は分かった。やっとくよ」
頭を下げて去る若者。
嫌われてはいないと思っているが、敬遠はされてるんだろうなぁ……。
気を取り直してチケットを確認する。
報告された現象と発生時刻を読み込み、ログを開く。
時刻である程度の絞り込みを行い、報告にあった現象に関連するロギングワードで検索をかける。
ログから現象を見つけ、前後の生ログを読み込み、使用者の操作であったのか、アプリのバグなのかを判別していく。
見つからなかった時はどうするのか?
検索する時刻範囲を広げて行くしかない。
たまに、日付が違ったりもするので、そうなると、ただただ時間を浪費していくことになる。
判別ができたらログを抜き出し、現象発生までの流れを簡単にまとめ、チケットを更新すれば終わり。
今回は、報告者の思い違いで、現象が起こるような操作がされていたことが、ログから分かった。
アプリの不具合であれば、ここから修整方針と内容を決め、コードの修整とテスト。
関連機能についてもテストを実施することになる。
担当するシステムによっては、アプリを丸々作り直したくなるようなこともあるが、新規開発と違い、ユーザー折衝等は専門の人かやってくれる。
出不精でコミュ症かつ、見た目が強面の俺にはちょうど良い。
なんと言っても、無理難題を言い渡されることも、なくなりはしないが、少なくなった。
そのおかげで、メンタル面もすこぶる快調だ。
「さて、昼から一本登ってくるかな?」
ロードバイク出勤の俺。
隙を見つければ、すくさま会社から逃亡を図ろうとしている。
「橋田。午後のミーティング忘れんなよ!」
こちらも強面の課長様から、直々に言い渡される。
サラリーマンなんて、こんなものよね。




