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7話

翌朝になっても、鞄の中には昨日薬局で買った、小さな袋が入ったままだった。


別に、それ自体は大したことではない。

入れっぱなしにしていただけだと思えば済む。実際、持ってくるかどうかも今日の朝も悩んだ。昨日の帰りに買って、そのまま片づけ忘れただけだと言い聞かせようとも思った。


なのに、登校しているあいだに何度か鞄の肩紐を持ち直した。

そのたびに、必要以上に指に力が入る。見える景色はいつもの朝と変わらないのに、鞄だけが少し落ち着かなかった。


教室に入って、自分の席に座る。


本を開く。ページをめくる。

そこまでは、いつも通りだった。


でも、読めている感じがしなかった。

目は行を追っているのに、頭の中にはほとんど残らない。気を紛らわせるために本を開いているのが、自分でも分かった。鞄の中のことを考えないようにしている時点で、もう十分に考えているのと同じだった。


一時間目が始まると、少しだけましになる。


黒板を写して、先生の声を聞いているあいだは、意識が前に向く。完全に忘れるわけではないけれど、少なくとも考える余白は減る。余白がなければ、そのぶんだけ遠のく。そういう程度には、授業は役に立った。


それが、昼休みの少し前からまた戻ってきた。


時計を見る回数が増える。


昨日がたまたまだったのか、そうじゃないのか、そんなことは分からない。

分からないし、わざわざ確かめる理由もないはずだった。猫がいるかもしれないし、いないかもしれない。朝倉がいるかもしれないし、いないかもしれない。どちらにしても、僕が確かめに行く筋合いは特にない。


ないはずなのに、昼休みが近づくほど、意識だけがそっちへ寄っていった。


チャイムが鳴る。


水野が椅子を引いて、こちらを見た。


「食う?」


「うん」


弁当を出して、蓋を開ける。

箸も持つ。そこまでは普通だった。けれど、食べる動きが少し遅かったらしい。


「どうした」


「別になにも」


そう返すと、水野はそれ以上は聞かなかった。

でも、納得した顔でもなかった。卵焼きを口に入れながら、僕の机の横に立てかけてある鞄を一度だけ見た気がした。


そのとき、教室の前のほうで声がした。


「どこいくのー?」


女子の声だった。


少し遅れて、朝倉の声が返る。


「ちょっとね」


顔を上げる。


朝倉が席を立っていた。

手には小さな袋がある。昨日見たものとよく似た、片手で軽く持てるくらいの大きさの袋だった。友達に向かって何でもない顔で手を振って、そのまま教室を出ていく。


いかにも自然な動きだった。


僕は弁当の蓋を閉じた。

水野がすぐに気づく。


「どこいくんだ?」


「図書室」


口から先に出た。


水野は一拍だけ黙って、それから僕の手元を見た。


「鞄持って?」


そこで詰まった。


言われてみればその通りだった。

昼休みに図書室へ行くだけなら、鞄なんて置いていけばいい。わざわざ持っていく理由はない。僕は答えを探すみたいに、鞄の持ち手を握り直した。


「……なんとなく」


「なんだそれ」


水野は笑った。

笑ったけれど、止めはしなかった。たぶん、本当に図書室へ行くとは思っていなかったのだろうし、こっちもそう思わせられるだけの顔はできていなかったのだと思う。


僕はそのまま教室を出た。


廊下は昼休みの声で少しざわついていた。

階段を下りて、西側へ向かう。昨日と同じ道のはずなのに、今日は妙に長く感じた。歩いているだけなのに、なかなか着かない。


途中で一度、まだ戻れると思った。


本当に図書室へ行けばいい。

途中で曲がって、本を開いて、昼休みが終わるまで適当に過ごせば済む。そうすれば何もなかったことにできる。そもそも、ここまで来る必要自体なかったのだから、それがいちばん自然なはずだった。


でも、足はそのまま西へ向かった。


校舎の外に出ると、空気が少し変わる。

体育館側の通路は人が少なくて、教室の声も遠くなる。歩くたびに、鞄の中の小さな袋がかすかに触れた。たったそれだけの重さなのに、妙に存在感がある。


昨日より距離がある気がした。


実際に遠いわけではない。

ただ、そこに近づいていくこと自体が少し不自然だから、そのぶん長く感じるのだと思う。今ならまだ戻れる、とまた考える。曲がり角の手前まで来ても、まだそう思っていた。


けれど、止まらなかった。


そこで止まらなかった時点で、もう半分くらいは決まっていたのかもしれない。


角を曲がる。視界が開く。

昨日とほとんど同じ場所に、朝倉がいた。


フェンス際にしゃがんで、猫のほうへ手を伸ばしている。

小さな体がそのまわりを落ち着きなく動いて、朝倉はそれに合わせて少しだけ姿勢を変える。何か話しかけているらしい声も聞こえた。教室で聞くのとは少し違う、力の抜けた声だった。


そこまで見て、僕はようやく思った。


本当に来てしまったんだな、と。


ただ通りかかったわけではない。

たまたま足が向いただけでもない。ここまで歩いてきたのは自分で、そのあいだ何度も戻れたのに戻らなかった。つまり、来るつもりだったのだと思う。


そこを認めるのが、いちばん面倒だった。

お読みいただきありがとうございました。

これも、2000文字程度の1回の出力で出ています。

修正も加えてないはずですね。この文章は。

ちなみに生成時に文字数の指定はなにもしてないです。自由に書いてもらってます。

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