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4話

あれは、ゴールデンウィークが明けてすぐの朝だった。


休みのあいだに緩んだ生活は、そう簡単には元に戻らない。

僕の場合、その原因はかなりはっきりしていた。前の晩、読みかけの本を途中で閉じる気になれなかった。ただそれだけのことで、翌朝の僕は遅刻を確定させていた。


別に、珍しいことではない。

少なくとも僕にとっては、取り返しのつかない失敗というほどでもなかった。遅れたものは仕方がないし、そこから急いだところで劇的に何かが変わるわけでもない。そういう種類の朝だった。


通学路はもう静かだった。

登校の波はとっくに過ぎていて、いつもの通学路は静かだった。遠くに急いでいる生徒がいた。でも、僕はその背中に混ざる気にはなれなかった。今さら小走りになったところで、遅刻が遅刻でなくなるわけじゃない。


だから普通に歩いていた。


そのとき、スマホが震えた。


水野からだった。


――遅刻か?


短いくせに、妙に的確だった。こちらの状況を見ていたわけでもないのに、当然みたいに言い当ててくるところが水野らしい。


僕は立ち止まるほどでもなく、画面だけ見て返した。


――うん


すぐにもう一件来た。


――正門、生活指導いる

――裏から行け


なるほどと思った。

親切なのか、面白がっているだけなのか、そのへんが少し分かりにくいのも水野らしい。たぶん両方なのだろう。


顔を上げると、前方に学校が見えてきていた。

南側の正門のあたりに、先生らしい人影もある。遠目でも分かる程度には、そこに立っている意味がはっきりしていた。


怒られるのが嫌というより、面倒だった。

呼び止められる。時間を聞かれる。どうしたのかと訊かれる。答えれば、少し言い訳みたいになる。別に反省していないわけではないけれど、反省を人に説明する時間はもっと嫌だった。


だから僕は、正門へ向かっていた足をそのまま西側へずらした。


通学路から外れて、校舎の外周に沿って歩く。

グラウンドの端をかすめて、体育館のほうへ回る。人一人が通れる門がある。鍵がかかってないのでそこから入る。この時間、外に人がいなく、皆教室に入ってるのだろう。人の気配がないだけで学校はずいぶん別の場所みたいになる。


外通路は細かった。

校舎の壁とフェンスに挟まれて、ただ先へ続いている。完全に隠れた場所というほどではないけれど、少なくとも正門よりはよほど静かだ。自分の足音だけが必要以上にはっきりして聞こえた。


このまま裏手を抜ければ、昇降口まで行ける。

そう思って歩いていたときだった。


「ん?どうしたの?」


声がした。


足は止めなかった。

でも、意識はそっちへ引っ張られた。


「ほら、食べなよ。いっぱいあるから」


やわらかい声だった。

朝の学校には少しだけ似合わない気がした。少なくとも、教師や生徒が交わす業務的な声ではなかった。


僕は角を曲がった。


そこで、朝倉珠里を見た。


少し明るい茶色の髪が肩より下まであって、きれいに巻いているわけでもないのに、妙に形になっていた。前髪は軽く流れていて、たぶん丁寧に整えすぎていない。

しゃがんだ姿勢のせいか、教室で見るよりも輪郭が近かった。いつもは先に雰囲気のほうが目に入るのに、そのときは顔立ちの整い方のほうが先にきた。


制服の着方も、少しだけ崩れていた。

きっちり優等生という感じではない。でも、だらしないところまでは行かない微妙なラインだ。


その朝倉が、フェンス際にしゃがんでいた。


視線の先には猫がいた。

朝倉は小さな袋を持って、少しずつ餌を落としていた。猫が近づけば手を寄せて、警戒すれば無理に追わない。その繰り返しを、当たり前みたいにやっていた。


「可愛いな」


小さく言った。


その言い方が、少し意外だった。


教室にいる朝倉は、もっと分かりやすい。

目立つし、よく話すし、誰とでも自然に距離を詰める。気づけば輪の中心にいる。


でも、今の朝倉は違った。


クラスで見る朝倉と、今ここにいる朝倉は、たしかに同じはずなのに、どこか違って見えた。

何が違うのかは、うまく言えない。

ただ、今の朝倉を見ていると、こっちのほうが作っていない顔なんじゃないかと思う。

これが素だと言われたら、たぶん僕は普通に納得した。


僕だけが気付いていて、朝倉はまだ僕に気づいていなかった。


そのことが、少し困った。


見てはいけないものを見た、というほど大げさではない。

けれど、本人が気づいていないところを勝手に見てしまった感じはあった。しかも、ここを通らないと昇降口には行けない。だからといって引き返すのも変だし、立ち尽くすのはもっと変だ。


僕は迷った。

一秒もなかったと思う。たぶん半拍くらいだ。


それから、何でもないふうを装って歩いた。


そういうときに限って、足音はよく聞こえる。

普段なら気にならないローファーの裏が、やけにはっきり地面を拾っていく。静かな場所というのは、こういう時に人を居心地悪くさせる。


先に反応したのは猫だった。


耳がぴくりと動いて、こちらを向く。

その動きにつられるみたいに、朝倉も顔を上げた。

お読みいただいてありがとうございます。

少し長くなりましたが、これも1出力です。これもそんなに苦労せずに作られてます。

全体で20~30分かかってますが、この文章を出すだけなら多分5分程度?で出ています。

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