3話
ガラス扉の向こうで、朝倉が一度だけ振り返った。
僕は何も言えなかった。
言おうと思えば何かはあったのかもしれないけれど、結局、口は開かないままだった。
朝倉はそのまま校門のほうへ歩いていって、見えなくなった。
それを確認してから、僕もようやく歩き出す。少し遅れて動いたせいで、自分だけ取り残されていたみたいな感覚が残った。
さっきまで話していた。
ちゃんと終わったはずだった。
でも、うまく終わった気がしなかった。
来なかったら、ちょっとへこむけど。
短い言葉だったし、別に特別大げさなことを言われたわけでもない。なのに、他のやり取りはもう曖昧なのに、その一言だけが頭に残っていた。
教室にいる朝倉は、分かりやすい。
目立つ。友達が多い。誰とでも自然に話せる。気づけば輪の中にいて、しかもそれが無理をしているようには見えない。明るくて、気さくで、あの場所にいることが最初から決まっていたみたいに馴染んでいる。
たぶん、あれは作りものなんかじゃない。
少なくとも全部が全部、嘘というわけではないのだと思う。
ああいうふうに笑えて、ああいうふうに人と話せるのも、朝倉の一部なのだろう。
僕とは違う。
僕は教室の真ん中にいたいと思ったことがない。
静かなほうが楽だし、自分から人の輪に入っていくこともほとんどない。話さなくて済むなら、そのほうがいい。誰かに興味を持たれたいとも思わないし、持たれなくても別に困らない。
そういう人間だった。
だから、本来なら、朝倉と僕はあまり関わらないまま終わるはずだったのだと思う。
同じ教室にいても、ただ同じ空間にいるだけで、特に何も起こらない。名前くらいは知っていても、それ以上にはならない。そういう距離で十分だったはずだ。
実際、少し前までそうだった。
なのに今は、帰り道を一人で歩いていても朝倉のことを考えている。
さっき見送った背中が、まだ目の端に残っているような気がする。もうとっくにいないのに、いない感じがしない。見慣れているはずの帰り道まで、少しだけ落ち着かなくなっている。
何なんだろうと思う。
どうして、僕と朝倉がこうなったのか。
別に、大した理由なんてないのかもしれない。
朝倉がたまたまそこにいて、僕もたまたまそこにいた。ただそれだけのことだったのかもしれない。
朝倉の気まぐれだったのかもしれないし、僕の運が悪かったのかもしれない。あるいは、運が悪かったわけでもなくて、ほんの少し順番がずれただけなのかもしれない。
そういう、後から振り返っても説明しにくい程度のことで、人は簡単に誰かと関わってしまうのかもしれなかった。
運命みたいな言葉を使うほどの話ではない。
そんな大げさなものではなくて、本当に小さなきっかけだったのだと思う。
でも、小さいから軽いとは限らない。些細なことだったはずなのに、今になって妙に効いている。そういう種類の始まりだったのだと思う。
歩きながら、自分の歩幅が少し変になっていることに気づく。
考えごとをしているせいだろう。
たぶん、最初からそうだった。
最初から、僕は少しずつ調子を狂わされていたのかもしれない。
あのときも、たしかそうだった。
あれは、五月だった。
ゴールデンウィークが明けて、日常がまた学校の形に戻りはじめた頃のことだった。
お読みいただいてありがとうございます。
これもさらっと出ましたね。1話が少し難しかった気がします。
めんどくさいのが、前後の繋がりが今後多少のずれが出てくる可能性はある様な気がします。
今の所なさそうですが。ただ、如何せん表現がくどい気がする。。。




