2話
僕はしおりを挟んで、本を閉じた。
その音で、朝倉が少しだけ笑う。区切りをつけるつもりで閉じたのに、そうしたことでかえって朝倉を意識してしまうのが、少し嫌だった。
「帰るの?」
「もう、閉まる時間だと思う。」
「そっか」
朝倉も机から体を起こした。鞄を持つ動きまで自然で、最初から一緒に出るつもりだったみたいだった。
僕は立ち上がって、椅子を机に戻す。
「橘ってさ」
扉のほうへ歩きながら、朝倉が言う。
「なに」
「さっきの、否定しなかったね」
「どれの話」
「優しいってとこ」
「都合よく拾うね」
「大事なとこだから」
図書室を出る。空気が少し変わる。廊下はまだ明るくて、窓の向こうの白っぽい光が床に伸びていた。
朝倉は僕の半歩前を歩く。振り向くたび、肩にかかった髪が揺れる。
「興味なさそうなのに、ちゃんと返してくれるんだ」
「朝倉がしつこいからでしょ」
「それ、ちょっと嬉しい」
「なんで」
「しつこくした意味あるってことじゃん」
東階段に入ると、足音が少しだけ響いた。手すりに触れた朝倉の指が、下りるたびに視界の端で動く。
「橘って、中々逃げずに答えてくれるね」
「逃げてるつもりだけど」
「足りてない」
「厳しいな」
「うん。相手が橘だから」
二階分の階段は、思ったより短かった。途中で何度か朝倉がこっちを見たけど、そのたびに僕は下の段を見た。
一階に着くと、学校の音が戻ってきた。遠くで運動部の声がして、昇降口のほうから靴音が混ざってくる。
昇降口に並ぶ靴箱の前で立ち止まる。上履きを脱いで、ローファーを引き出す。しゃがんだまま、朝倉が横から言った。
「ねえ、このあと少し遊ばない?」
かかとを押し込んでいた手が止まった。
「急だね」
「図書室の続き、みたいな感じで」
「それ、外でやる話なの」
「外のほうが橘、逃げにくいかなって」
「朝倉は鬼だね。」
朝倉が笑う。
僕はローファーのつま先を床に軽く打って、かかとを合わせた。
「なんで僕と」
言ってから、自分で少しだけ面倒な聞き方をしたと思った。
でも朝倉は、あまり考え込む様子もなく口を開いた。
「うーん、なんとなく」
「雑だね」
「じゃあ、何でだと思う?」
問いを返されて、すぐには答えられなかった。軽くかわしたように見えるのに、朝倉は僕に言わせるつもりでいるらしい。
僕は靴箱の縁に手をついたまま、視線を上げなかった。
「他にもいるでしょ。付き合ってくれるやつ」
「いるかもね」
朝倉も上履きを脱ぎながら答える。
「でも、今日はそういう人って感じじゃなかった」
「なるほど、全然わからないよ」
「そう?」
「うん。しかも、断りにくくしてる」
「橘が勝手に断りにくくなってるだけじゃない?」
それはそうかもしれなかった。
朝倉は先に立ち上がって、ローファーのかかとを鳴らした。ガラス越しの外はまだ明るい。
「じゃあ今日はいいや」
「は?」
「その代わり、今度の土曜。駅前で集合しよ。」
「勝手に決めないで」
「嫌なら来なければいいよ」
そこで少しだけ笑う。
「来なかったら、ちょっとへこむけど」
僕は答えなかった。
答えないまま鞄を持つ。
朝倉はそれを見て、もう一度だけ笑ってから、先に昇降口の外へ出た。
「またね、橘」
止める言葉は、出なかった。
ガラス扉の向こうで朝倉が一度だけ振り返る。僕はローファーのつま先を見たまま、遅れて昇降口を出た。
お読みいただいてありがとうございます。これは簡単に出たやつですね。
変わらず、作るのには20~30分程度かかってますが、一回目の出力で出ています。




