14話
本屋を出ると、モールのざわめきがまた近くなる。
朝倉は通路の先に出ていた大きなポスターを見つけると、少し足を速めた。氷の入った透明なカップに、黄色っぽい果肉みたいなものが沈んでいる。上には白いクリームが乗っていて、いかにも期間限定という顔をしていた。
「新作、気になってたんだよね」
「見た目からして甘そう」
「それがいいんじゃん」
そのまま朝倉が先に店へ入る。僕も少し遅れてついていった。
レジ前には数人並んでいた。メニューボードを見上げる朝倉は、さっきまで本屋で僕を見て笑っていたときと同じ顔で、でも興味はもう完全に次へ移っているらしかった。そういう切り替えの早さは、朝倉らしいと思う。
「これにする」
指したのは、さっきのポスターと同じやつだった。
「パイナップルヨーグルトフラペチーノ、みたいなやつ」
「味の想像がつかない」
「つかないから気になるんでしょ」
僕は結局、カフェオレにした。そういうところで冒険する気はあまりない。
注文を終えて受け取りカウンターの前に寄る。氷の音とか、ミキサーの低い音とか、カップを置く音とかが重なっていて、本屋よりはずっと落ち着かない。でも、さっきまでのやりとりを流すにはちょうどいい気もした。
先に朝倉のができた。
大きめの透明カップを受け取って、朝倉が目を輝かせる。
「わー、美味しそう!」
そのままストローも取って、嬉しそうに席を探しに行く。僕は一歩引いてそれを見てから、自分のカフェオレを受け取った。
壁際の二人席がひとつ空いていて、朝倉はそこに先に座った。僕も向かいに座る。カップを置く。氷が少しだけ鳴る。
朝倉はストローを刺す前に、一度こっちを見た。
「てか、私、橘のことあんまり知らないんだけど」
急だった。
けど、言い出し方はいつもの調子だった。
「図書室でもいつも私が話してばっかだし。今日も」
「それでいいんじゃないの?」
反射みたいにそう返す。
「僕は別に、自分のこと話すの好きじゃないし」
朝倉は新作ドリンクを一口飲んで、それからすぐに次を投げた。
「彼女とかいたの?」
「僕の話、聞いてた?」
「聞いてたよ」
「だったら分かるでしょ」
そう言いながら、紙カップの縁を少し指で押す。
「面白くもないし、退屈なだけだよ。興味もないでしょ」
そこまで言ったところで、朝倉が黙った。
軽く返してくると思っていたのに、そうじゃなかった。
顔を上げると、朝倉はさっきまでと違う目でこっちを見ていた。
「橘で暇潰してないって言ったよね」
声は強くない。
でも、逃がさない感じがあった。
「私は、興味も無いし知りたくもない人を遊びに誘わないよ」
そこで一度だけ言葉を切る。
「自分にそんなラベル貼りしないで」
まともに受けるつもりはなかったのに、その目のほうが先に入ってきた。
僕は視線を逸らす。
紙カップの淡い茶色だけ見て、小さく息をついた。
「……ごめん。軽率だったかもしれない」
朝倉はそのまま少しだけ僕を見て、それから急にやわらかく笑った。
「いいよ。で?」
切り替えが早い。
でも、責め続けないために自分でそうしてるのが分かる笑い方だった。
僕は少し迷った。
また適当に流すこともできた。でも、さっきみたいな顔をされたあとだと、それも少し違う気がした。
「友達は、そんなに多くない」
それだけ言ってから、続ける。
「全くいないわけじゃないけど。学校で話すのは、水野くらいだし」
朝倉は黙って聞いていた。ストローを持ったまま、口は挟まない。
「小さい頃から、本読んでることのほうが多かったんだよ。別に何か嫌なことがあったとかじゃなくて、そっちのほうが自然だったから」
カフェの周りの音はあるのに、そのへんだけ少し遠い。
「人と遊ばないことも、あんまり寂しいと思わなかったし。そういうのが当たり前になってた」
言いながら、少しだけ変な感じがした。改めて並べると、自分のことなのに他人事みたいだった。
「だから彼女はいない」
最後だけ、質問に戻すみたいに言う。
朝倉はすぐには返さなかった。少しだけ考えて、それから小さくうなずく。
「なるほど」
ストローをくるっと指で回す。
「昔から、興味の対象が人じゃなくて本だったんだ」
「雑なまとめ方だね」
「でも間違ってないでしょ」
「まあ」
朝倉はまた一口飲んで、それからさらっと続けた。
「それが本から人に移れば、人気者になれる気がする」
「異世界の話でもしてるの?」
朝倉が笑う。
でも、すぐに笑いっぱなしにはしなかった。
「ほんとにそう思うよ」
そのまま、こっちを見る。
「橘は優しいし、あんなに真剣に向き合える人だもん。本にだけど」
返しに詰まった。
本屋で見られていたことまで、そこでまた戻ってくる。皮肉にもなっていないし、冗談だけでもない。その中途半端さがいちばん困る。
僕が黙ったままになると、朝倉はすぐに空気を変えた。
「じゃあさ、小説って最後のシーンが分かってても読むの?」
「急だね」
「だって気になったし」
「読むよ」
「へえ。ネタバレ平気なタイプ?」
「平気なのと、気にしないのは少し違う」
「なにそれ、また難しい」
そんなふうに、会話は少しずつ元に戻った。
本の話をしたり、水野がたまに変なところで鋭いとか、編み物で一回マフラーを長くしすぎたとか、そういうどうでもいい話が続く。さっきの少し張った感じは、もう前ほど強く残っていなかった。
そのうち、朝倉がストローを口にくわえたまま、少しだけ目を細めた。
「なんか、眠くなってきた」
「帰る?」
聞くと、朝倉はすぐには答えなかった。
カップの中を見て、少しだけ考えるみたいに黙る。
「……もうちょっとだけ」
そう言って、姿勢をずらした。
テーブルに突っ伏すんじゃなくて、壁際のソファに肩を預けるみたいにして座り直す。髪が少しだけ肩から流れて、目を閉じる。
「寝るの」
「ちょっとだけ」
「ここで?」
「うん……」
返事はしたけど、もう半分眠そうだった。
僕は止めようかと思った。でも、止めたところでどうするんだという気もしたし、朝倉は体調が悪いわけでもなさそうだった。ただ、歩き回って、飲んで、しゃべって、そのまま少し気が緩んだだけみたいだった。
周りの客の声は低く続いている。氷の溶ける音が小さく鳴る。
朝倉は壁に寄りかかったまま、すぐに静かになった。
本当に寝たのかは分からないくらい自然だったけど、呼んでもたぶん、すぐには返ってこないだろうなと思う程度には、目を閉じたまま動かなかった。
プロジェクトとして、アプリ上で作成してます~。




