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13話

そのまま三階の通路を歩いて、本屋に入る。


入口を抜けた瞬間、視線が自然に文庫本の棚へ向いた。新刊台より先に、奥のほうに並んだ背表紙が目に入る。本屋だけは、どこをどう見ればいいかで迷わなかった。


朝倉はそんな僕を見て、小さく笑った。


「じゃ、私はあっち見てくる」


指した先には、雑誌のラックと漫画の平台があった。


「うん」


それだけ返す。


気を遣って一人にしてくれたのか、単に自分も見たいものがあるのかは分からなかった。でも、どっちでもよかった。朝倉が離れていくのを見送ってから、僕はそのまま文庫棚の前に立った。


背表紙を順に追う。


気になったものを一本抜いて、裏返してあらすじを読む。戻して、また次を取る。似たような動作を何度も繰り返す。普段なら隣に誰かいるだけで少しは意識がそっちへ向くのに、このときはそれがほとんどなかった。


本の前にいるときだけは、選ぶというより、ちゃんと探している感じになる。


題名を見て、数行の紹介を読んで、紙の厚みを指で確かめる。少し気になったらまた冒頭を開く。そうしているうちに、一冊を手に持ったまま別の棚へずれて、そのまままた何冊か見比べる。


時間の感覚が抜けたのは、そのへんからだった。


店内の抑えたBGMも、遠いレジ音も、ページをめくる音も、どこか薄くなっていく。ただ、目の前の背表紙だけが順番に残る。外に朝倉がいることも、さっきまでモールを歩いていたことも、その間だけは少し遠かった。


ふと顔を上げたとき、思ったより時間が経っていることに気づいた。


手に持った本を見て、周りを見る。付き合わせていたことが、その瞬間になってようやく戻ってきた。待たせたかもしれない、と思って、僕は棚の向こうや通路の先に視線をやる。


少し離れたところに朝倉がいた。


雑誌コーナーの端あたりで、こっちを見ていた。目が合うと、隠す気もなく口元が上がる。待っていたというより、見ていた顔だった。


急に恥ずかしくなる。


僕は手に持っていた本を戻して、少し早足でそっちへ向かった。


「声かけてくれたらいいのに」


朝倉は笑ったまま肩をすくめる。


「ごめんごめん。あんなに真剣に選んでたら声かけづらくて」


「そんなに時間経ってた?」


「けっこうね」


そう言ってから、朝倉は少しだけ目を細めた。


「橘ってあんな顔するんだね。初めて見た気がする」


「どんな顔」


「真剣そのものって感じで」


そこで一回言葉を切って、また笑う。


「なんかいいね」


返す言葉に困った。


困ったまま立っているのも嫌で、僕は視線を逸らすみたいに店内の奥を見た。


「もういいでしょ。次はどこ行くの?」


朝倉がすぐに反応する。


「なんか乗り気だね」


それだけじゃ終わらなくて、さらに口元を上げた。


「それとも照れてる?」


「僕はこれで帰ってもいいんだよ、全然」


言い返した途端、朝倉が声を上げて笑った。本屋の中だから少し慌てて口元を押さえたけど、目元はそのまま笑っている。


「それで帰るの、タイミング悪すぎでしょ」


「朝倉が変なこと言うから」


「変じゃないよ。思ったこと言っただけ」


そこまで言って、朝倉は本屋の外の通路を指した。


「次はね、あそこのカフェ行こー。新作のドリンクあるからそれ飲みたい!」


さっきまでの空気を、そのまま前に押し出すみたいな声だった。


僕は小さく息をついてから、歩き出した朝倉のあとを追う。


本屋を出ると、またモールのざわめきが戻ってくる。少し開けた通路の先に、期間限定の新作ドリンクを大きく載せた看板が見えた。朝倉はそれを見つけると、さっきより少しだけ足取りを軽くした。

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