第12話:境界線の向こう側
第11話で、ついにその指に宿った『魔王の心臓』。
指輪が放つ禍々しい鼓動は、主人公の少女の平穏を容赦なく奪い去りました。
この第12話は、第1章の最終話となります。
少女が昨日までの自分に別れを告げ、戻ることのできない「非日常」へと踏み出す、その決別と覚悟の朝を描きます。
彼女が校門という境界線を越えたとき、世界はどのように姿を変えるのか。
物語の大きな節目を、どうぞ見届けてください。
左手の薬指が、熱い。
昨夜、あの指輪が私の肌に触れ、心臓の鼓動を一つにしたあの日から、体温が自分のものじゃないみたいに高く感じられた。
鏡の前に立つと、そこには見慣れたはずの女子高生の姿がある。けれど、指輪をはめた左手を胸元にかざすと、トクン、と伝わってくる振動は、明らかにこれまでの私のリズムとは違っていた。重く、深く、奈落の底から響いてくるような、魔王の心臓の音。
「……本当になっちゃったんだね。もう、昨日の私には戻れない」
指先が微かに震える。それは恐怖かもしれないし、あるいは、自分の中に宿った強大な力への、どうしようもない期待感なのかもしれない。
『主様、その震えこそが、貴女が「生きた証」を刻もうとしている証左にございます』
足元の影が不自然に長く伸び、ベリトの声が鼓膜に直接滑り込んできた。彼は姿を現さない。けれど、指輪を通じて伝わってくる彼の気配は、昨夜よりもずっと濃く、鋭くなっていた。
『さあ、顔を上げ、誇り高く歩んでください。貴女が踏み出すその一歩こそが、世界の境界線を塗り替えるのですから』
私は部屋を出て、いつもの通学路へと向かった。
朝の空気は澄んでいるはずなのに、私の視界には、街のあちこちに黒い淀みが見える。電柱の影、路地裏の暗がり。そこには、昨日までは見えていなかった「あちら側」の住人たちが息を潜めているのが分かった。
学校の鉄門が見えてくる。
生徒たちが談笑しながら吸い込まれていくその入り口は、今の私には、巨大な結界の入り口のように見えた。ここをくぐれば、私は「安全な日常」という皮を被った「戦場」へ足を踏み入れることになる。
私は足を止め、左手の指輪をきつく握りしめた。
掌に伝わる魔王の鼓動が、私の覚悟を促すように一段と激しく跳ねる。
「……いこう、ベリト。境界線の向こう側へ」
私は、迷いを振り切るように校門を跨いだ。
その瞬間、日常の喧騒が遠のき、世界から色が失われたような静寂が訪れる。私の物語の第1章が、今、静かに幕を閉じた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
これにて、第1部・第1章が完結いたしました。
ただの女子高生だった主人公が、ベリトという謎の存在と出会い、呪いとも祝福ともとれる力を手にするまでを描いてきました。
最後に彼女がくぐった校門は、もはや安全な学び舎への入り口ではありません。それは、人知れず繰り広げられる「魔王」としての戦いへの入り口です。
第2章からは、舞台はいよいよ学校の中へ。
日常の皮を被った教室で、指輪の力が何を引き起こすのか……。
引き続き、愛梨とベリトの運命を追いかけていただければ幸いです。
第2章・第13話でお会いしましょう!




